れいめい塾
Gazing At " Promised Land "
2003年度 10月第4週
10月19日
デンちゃんが登場。今日の中3へのメニューは三平方の定理。夏休みには一通り終わっているものの、娘のめいなど公式からして忘れている。デンちゃんも慣れたもので、今年の中3には優しいこと優しいこと。つまりは歯ごたえがない、鍛えがいのないメンバーというわけだ、クソッ!
この日、久居市体育館では寛水流の空手オープントーナメントが開催されている。本来ならチャンピオンの直嗣が出張るところだが受験生ともあって今年は出番なし。しかし綾奈(高田6年制6年)が出場するとあっては見ないわけにはいかない。また最近塾に入った小6の啓介の実力も未知数、お手並み拝見としゃれこんだ次第。なにせ綾奈はともかく、啓介は3年後にはカラオケ大会で俺と一騎打ちをすることになる。敵情視察でもあった。
綾奈の顔面に相手の突きが入る。身体が離れ再び交錯する刹那、綾奈の左のハイキックが相手の顔面に決まる。塾では見られない気の強い一面、あの怖い顔で勉強したら志望大学に合格すること請け合いである。
10月20日
胃の圧迫感とチリチリする痛みが去らない。たまらず中浜胃腸外科へ。ここは高校時代のダチがやっている医院、他の患者さんには愛想がいいドクターを演じているようだが、こと俺に対しては口が悪い。1週間ほど前に胃に不快感を感じ訪れたわけだが、その時は鎖骨骨折の鎮痛剤で胃を痛めただけだと思っていた。そこで中浜ドクターからの薬を飲み続けたがチリチリ感が癒えない。「一応これまでと同じ薬を出しておくけどな、これを飲んでも治らないようやったら胃カメラかバリウム飲んでもらうぞ。40から50あたりは危険なんやって」「入院だけは避けたいんやけどな」「胃潰瘍やったら通院でもなんとかなるがな・・・悪性やったらどうなるやろな」「人事みたいに言うよな」「だって人事やん」「ちぇっ」「そうそう、俺たちが津高の同窓会の幹事学年になるまであと5年なんやけどな、それに合わせてネットワークつくりで高3時のクラスからそれぞれ2名、代議員みたいな奴を選出してるんや。オマエの名前を入れといたからな」
10月21日
前田が挨拶にやって来る。「先生、今から東京へ戻ります」「そうか」「また親父次第で帰ってくることになるかもしれへんけど」
菊山が現れ全国統一模試の成績表を見せる。京都大学A判定を皮切りに軒並みA判定が並ぶ。偏差値65前後で足踏みしていた英語が遂に75、そして綾奈ともども中塚が苦戦していた物理がやっと偏差値70の大台を突破する。
最近物思いに耽る甚ちゃん、肩の痛さを堪えながら絵梨香を送って塾に戻ると、その甚ちゃんの姿はない。「甚ちゃんは」「帰られました」とブーちゃん。話し相手を失った俺は気勢をそがれ、ままよとばかりブーちゃんとこれからの人生の展望に関して話し出す。
ブーちゃんは高校卒業後、北陸地方の『プラント』という郊外系量販店に就職。そして2年後に福井にある親父の市場を手伝うことになった。しかし大学受験に対する欲望が心をもたげウチの塾に密航。
ブーちゃんの受験生の夏、なんとか政治経済には見通しがついた。仁志(立命館大学2年)の名アシスト! しかし遅々として進まない英語に俺は手を焼いている。
計画性がないのがやっかいなのだ。試験はするものの、そこそこの出来になるとほったらかし。あとのフォローをしている気配はない。覚えるものの忘れていく・・・。何度も苦言を吐いた、しかし一夜漬けのノリでしのいでいく。その意味では政治経済は覚えるエリアが限定できる。言い換えれば英語に比べれば覚える絶対量が少ない。ブーちゃんが塾に来た当初、社会は一切やらず英文読解で攻めた。最も時間がかかる英語から・・・その戦略は正しかったはずなのだ。しかし偏差値は40前後の一人旅。どう考えても英語が勝負の趨勢を分ける。先週の森下の代打ち、法政大学の英文読解ではわずかに高2の面々を上回ってはいた。しかし相手はクラブで日常を埋没し死にかけの高2・・・果たして喜んでいいものか。とにかく英語、英語なのだ。
10月22日
小瀬古が姿を見せる。卒業論文に関する資料調査をウチの塾の中学生でやりたいとのこと。事前に父兄には許可を取るのが筋だろうが、ええい!と事後承諾。テーマは『中学生は今の性教育に満足しているか』 小瀬古が作成したアンケートに生徒たちが答える形式だが、質問事項にはそれほど生臭いものはない。当の中学生たちも期待をはぐらかされた風情。
アンケートが終わってから前の飲み屋『大将』で飲む。といっても小瀬古は車できているのでウーロン茶で付き合ってくれる。懐かしい時間が過ぎていく。最も思い入れが多い生徒だった。それなのに俺は彼女の志望を叶えることができなかった。もう一度だけチャンスが欲しい。あの頃にリセットしなおしたい。この4年間何度も考えたことが頭のなかを満たしていた。午前0時間際に甚ちゃんが姿を見せた。「生徒たちの思い出を紡いでいくのが塾の先生やからな」と甚ちゃんがつぶやいた。俺はうなった。この4年間俺が紡いだ小瀬古という糸は確かにそこにあった。しかし小瀬古も新潟という雪深い街で自分の糸を確実に紡いでいた。小瀬古が口にする音色は、助産婦を4年終了時に習得できる変則カリキュラムもありきつい毎日だが、基調にあるのは希望という色で染められていた。甚ちゃんが言った。「今が楽しい、充実しているというなら、もっともっと塾の後輩たちに対して口を開いてやれよ。オマエは俺の記憶のなかでは10期生の顔ともいえる存在なんや」
10月23日
俺が会いたいと切望していた亮子を伴い小瀬古がやって来た。今日はチョコレートパフェを食べようと『イジリンマ』に出向くが休み、隣の『たか屋』で飲み始める。
亮子もまた高校入試、大学入試と志望を叶えることができなかった生徒だ。大学入学とともにいつしか連絡は途絶え、成人式に会ったきりとなっていた。今は医療事務の資格も取り自信に溢れている様子。「医療事務の資格の勉強をした時は大学受験よりも頑張ったよ」 俺の知っていた亮子はいつも今イチ自信のなさそうな顔で話した。その亮子が今、恥じらいながらも満面に笑みをたたえて言った。亮子の糸も俺は何度も何度も紡いでは解き、また紡いだ。そんな今までの5年間が癒されているのを感じながら何度も何度もチューハイを飲み干した。
10月24日
越知が帰省、葬式と結婚式という複雑な取り合わせだ。その越知は前田同様に古西の授業に参加している。そして越知の帰省をホームページで知った森下も京都から戻る。マージャンの面子が揃った古西は終始ご機嫌で授業を進めていく。
中3の進み具合が今イチとろい。いらいらしながら時を刻む。
10月25日
昨日と変わらぬ中3のトロサ、誕生日が近づいている俺はオーラスでハコテン間際の気分。気分はささくれだち、何に対してもむかつき、タバコの本数が増える。こんな状態では到底遊べない、騒げない。山本愛(津高1年)と岡(三重6年制)が姿を見せる。「先生、誕生日の段取りを相談したいんですが・・・」と愛。「あかんわ、こんなテンションではできへんよ。中止や中止!」 俺は再び職場放棄をやらかして家に戻る。階段を下りていく俺の背中に愛の言葉が降りかかる、「先生、私たちは絶対にやりますから!」
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