Gazing At " Promised Land " 2003年度 6月第三週 6月15日 父の日である。母の日に比べると子供にとっての重さが甚だ違うような・・・。 6月17日 叔母の様態が悪くなったという知らせ。俺はオフクロを車に乗せ名古屋へ走った。お腹に水が溜まり、それを抜くとのこと。オフクロは知人の名前を次から次へと出し、お腹の水を抜くということは体力の消耗も激しく一歩一歩死に近づいていくことだと言う。 抗癌剤治療のため一旦は脳梗塞になった叔母だったが、会話能力や試行能力はリハビリを積極的にこなしたことで、言語療法師のスタッフの面々が驚くほどの長足の進歩を示していた。再び柔らかい抗癌剤治療が始まり、担当医のほうからは余命について、なんとか1年間ほどは・・・と告げられ、家族ともどもホッとした束の間、ここにきて事態は急変。 思えば入院当初の「ここ2、3日」から「ここ10日間」となり小康、4月に自宅で倒れた時には「2か月もてば・・・」との担当医のコメント。 そして俺は友人のつてでアガリスクよりよく効くと評判の、北海道で採れるキノコの存在を知る。叔母の次男に知らせると「後悔するのはいやなので、この際何でもやってみたい」とさっそく取り寄せた。それが5月初旬のことで、6月に入った頃に担当医から「このままの状態が続けば、1年間ほどならもつかもしれません」との発言、遂に出た。思わず出たガッツポーズ! それなのに・・・。 病院にかけつけた俺達に分かったこと。患者には水とは言ってあるが、それは安心させるための嘘で本当は癌細胞・・・。担当医は言ったという、「ご自宅で治療されても結構です。また、ホスピスという施設でも・・・」 怒りの古市の数学T・Aが今日からスタート。 深夜、菊山が青天霹靂の志望大学変更? 「実は・・・京都大学を視野に入れて勉強しようかなと・・・」 6月19日 やっと知樹につながる。「俺さ、明日静岡へ行くんやけどさ、土日のオマエさんの予定は?」「あっ、土曜日に父さんと母さんが来るんやけど・・・」「そりゃ残念!まあサッカー王国静岡代表校の練習でもとくと見せてもらうよ。やっぱすごい?」「うん、すごいよ」「どこで練習してるねん。高校か?」「いや、高校から車で10分ほどのグラウンド、谷田グラウンドっていうんやけど」「分かった、じゃあ隅っこから見学する。別に声なんてかけへんでもええで」 週に一度の奈良県散策もそうだが、こんな時にネットがあると便利だ。ちょこちょこと検索して浜松郊外の24時間営業サウナ「健康ランド・ハッピー」に泊まることに決める。といっても授業が終わってからの出発だから到着は午前4時頃だろうけどね。もう少し早ければ紀平を叩き起こすところだが・・・。朝は700円で食い放題のモーニング食って東名高速で藤枝の静岡県武道館までぶっ飛ばす。 当日の更新は静岡のネットカフェからでも・・・。 6月20日 深夜0時過ぎに塾を出発、さすがにこの時間帯、かなりの車にはさまれながら23号線を北上する。午前4時にでも浜松のサウナに着けばいいとこか。途中に点在する横綱ラーメンを横目で見ながら愛知県を走る。今日は何も食べていない。空腹感が身を焦がすがサウナに着いてからビールを飲みたい!その一心で静岡県に入る。サウナは浜松の繁華街からかなり離れたところにある。浜松市内に入ってから探すのに手間取り到着時間はやはり午前4時。 安田君がずんと前に出る。大森は距離をちらしながら不規則に動く。また安田君がずんと出る。安田君の竹刀に動きはない。ちゃちゃを入れるような大森の竹刀。お互いがお互いのスタンスで立ち向かう。不協和音の交錯が少ないのは安田君が手数を出さないからだ。何度かの協議で試合は中断されながらも時間が過ぎていく。ファイター対アウトボクサーの対戦・・・ボクシングならこう表現すべきだろう。しかし剣道は経験者でないと分からない要素が多い。何度かの打ち合い、そのたびに沸きあがる拍手。応援は拍手だけ、声援は厳禁なだけに素人には物足りない。竹刀の交錯、しかしどちらが有効打を打ったのか分からない。ただ安田君、てこずっている・・・。その刹那、大森がふところに飛び込む。安田君すかさず大きく下がる。瞬時、再び踏み込み前へ。その瞬間、大森の出頭小手! 3人の審判の手にした白が一斉に上がる。どっちだ! このあたりが俺の素人たる所以。それを確認する前に体育館内に響いた異常などよめき・・・大森が一本取った! 試合開始までの間もどよめきはやまない。俺の隣りに席を占めていた浜松北高校の男子生徒が思わず叫ぶ。「ブラボー!」 こいつ何人?と思いつつも、そこかしこから「うまいよ、今の」「負けちゃったよ、おい!」「相手誰や!」「組み合わせ表をかせ!」 今大会一の大番狂わせは決まったようだ。 さすがの安田君、今までと一転、前へ前へと出ていく。引く大森。大森独特の噛み合わない展開が続く。ついに試合終了・・・再び場内に渦巻くどよめき。礼を終えた大森、一目散で走ってくる。防具では表情が読めない。しかし笑っているんだろう。俺は席を立った。時刻は2時55分・・・これから静岡学園の練習、知樹の練習を見なければ。 大森のその後は気にはなった。しかし大森にとって、全国を制覇した安田君との対戦が高校剣道の最後にふさわしい試合だったはず。静岡に旅立つ前夜に話したとき、今回が最後だと言い放ってはいた。最後の最後に、安田君といういいお膳立てが揃った。クジ運のなさを呪ってはいたが、気持ち良く高校剣道の幕を引ける相手だった。大森にとっての安田戦は高校剣道最後の戦い、そして安田君にとってはこれからインター杯・国体へと続く幾多の試合のなかの一つ。結局はこの試合に対するお互いの想いの深さが試合の明暗を分けたんじゃないか。 しかし大森はいつだってこうだった。なにがしかの大仕事をすると、その後には帳消しにするようなボーンヘッドをやらかす。1回戦リーグからは出れるだろうが、大森が優勝するとは思えなかった。高速で静岡まですっ飛ばしながら、今度大森と顔を合わせたときの慰め方を考えた。「だからな、安田君に勝ってもさ、あとの試合に負けたらアカンやろ。受験でいえばセンター試験で高得点叩いてニヤニヤしてて本番の立命館入試で落とすようなもんやで。ええ経験したな。今回の経験を入試でいかすんやで」・・・こんなところでいいだろう。 静岡学園の谷田グラウンドは草薙運動場の奥、県立美術館からさらに細い道をくねくねと山に登っていったところにある。車を止めて敷地に入っていくとすれ違う高校生たちから「ちわっす」と挨拶がかかる。見学者にはきちんと挨拶をするようにと常々言われているんだろう。高校生の練習場に隣接するかたちでフットサル用の敷地があり、そこでは中学生や小学生が思い思いの練習に励んでいた。サッカー王国静岡の面目躍如、小学生離れした動きに驚嘆する。 高校生の練習場では試合をやっている。黄緑と赤のジャージ姿の選手がボールを追っている。試合が終わりジャージを脱ぐと白いTシャツにマジックで名前を書き込んでいる。これが高1か。なにしろ1年だけで50名という。メンバーチェンジして再び1年の試合が始まる。試合が終わったメンバーのなかに智樹の姿はなかった。始まった試合のなか、俺は知樹の姿を探した。1m70cmのタッパでヒョロリとした智樹が到底サッカーで生きていけるとは思わなかった。静岡学園のセレクションを受けたいと言ってきた時、俺は考え直すように言った。しかし知樹の決意は固かった。地元静岡のセレクションで落ちたものの、再度滋賀でのセレクションに応募。合格した。 やはり高1といえども舌を巻くようなプレーの連続、質の高さにうならされた。あの選手たちの中に智樹はいるんだろうか? ヒョロリとした・・・身長が・・・それらしい選手は見当たらなかった。その前の試合に出ていたのか? 時間が迫っていた。義母が緊急入院、奥さんが急遽大阪に出向いていた。明日までゆっくりする予定が崩れた。静岡を5時に出て高速を飛ばして夜の中1の授業に間に合わせなければならなかった。知樹と最後に会ったのは翌日に静岡学園に行くからと母親ともども挨拶に訪れた時、あれから3か月経っていた。俺の覚えているとも知樹はいつしかガタイも大きくなって身長も伸びたやもしれぬ。俺は挨拶をして練習場を後にした。途中、フットサルの練習場で立ち止まった。さきほどの試合を終えた選手が中学生や小学生相手にサッカーを教えていた。それも楽しそうに・・・。練習の合間に下級生を指導している。サッカーの合間にサッカーを・・・これこそが静岡を制した静岡学園の真骨頂か。 渋滞の時間が始まっていた。TAMIYA本社前から静岡インターまで遅々として進まず、やっとインターのゲートをくぐった時には午後5時30分。追い越し車線に入りアクセルを踏み込んだ。 高1に数学を教えている古市に、大森が全国優勝者を倒した話を伝え、俺の唯一の懸念を話す。「もしかしたらさ、大森の奴、味をしめて国体まで剣道続けたいて言うかもしれんよな」 古市が微笑みながら応じる。「そりゃ可能性大やわ。卓ももうこれで終わりやて言うて東海大会へ行ったけど、結局は国体まで剣道してたもん」 確かにそうだった。今度が最後、今度が最後と言いながらも卓は国体まで剣道を続けた。「それってホンマまいるよ、なんや大森に会うのが怖くなってきた」 本音だった。 |
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