れいめい塾
Gazing At " Promised Land "
2003年度 8月第2週
8月10日
本格的なお盆休みが今日からスタート。といっても中村(新潟松下勤務)みたいに塾やら師弟関係のしがらみをものともせず、大阪で彼女との蜜月を過ごしている輩もいる。さらにはそんな先輩マネしたわけでもあるまいが、今年の中3の欠席が目立つ。閑散とした教室の風景、そんな。そこへ静香の妹、背番号11番が今日からウチの夏季講習に参加決定。グラウンドで見せる覇気は陰を潜め、もの静かに机で勉強している。一発目は因数分解を利用しての二次方程式文章題。しかし学校では因数分解に入ったところとかで計算でつまずく。あたふたして教えているとグラサンの国籍不明系の男が顔を出す。「紀平やん!」 紀平(ヤマハ発動機勤務)、目の表情は見えないが顔をほころばせ黄色い紙を渡す。「ほら、オッサン! アマゾンの地図や」
午後8時、持ち慣れない仕草でお中元を2箱持参したのは、なんと高橋ドクター(山田日赤病院勤務)。「えらい気を使わせて」と俺。「いやいや、これは僕が飲みほすんですよ」 今夜は紀平もいる。森下もいる。佑輔もアキちゃんもいる。突如にぎやかな塾に一変。古い塾で動めいていた紀平をゲットした高橋ドクター、嬉々として塾の前の飲み屋に繰り出す。
深夜2時に酩酊状態で帰参、一度はバスマットの上に寝かすが「マージャンやるぞ」と咆哮。アキちゃん(早稲田大学1年)と佑輔(早稲田大学1年)の新メンバーを加え古参の森下が脇を固めスタート。しかしリーチに眠狂四郎では勝負にならない。結局半荘1回で撤収、夜の街を伊勢のネグラ目指して疾走していく。
8月11日
前田(早稲田大学ドクターコース)が帰省。聞けば来年からイギリスへ1年間留学するという。「よく親が許したよな」「まあ、じいさんやばあさんは不満みたいやけど、親父やお袋は好きなようにすればいいって」「思えば遠くまで来たよな・・・中3の高校受験を目指して勉強してた頃にはこんなことになるとは親御さんも思てへんだやろな」「中学の時はね、成績もふるわなかったからなんとか農協へ入れようと思ってたらしい、でもね塾に入って成績が上がり二群(津高と津西)に合格した頃にはなんとか役場に入れようって・・・それが今じゃね」「でもな、普通の家じゃそんだけの体力がねえからな。まあ感謝するこっちゃ」
夜に授業の予定のアキちゃんの姿がない。古西(名古屋大学2年)が大学のダチと赤目へキャンプに行ってるいじょうはアキちゃんが不可欠。あすかの生物を受けている愛に頼む。「至急兄貴に連絡してくれよ、前田先輩がお怒りです!って」
午後10時に真打登場、アキちゃんの現代文が深夜0時を過ぎて始まる。かつて福井から密航してきたアキラ(関西大学3年)はウチの塾の感想を聞かれ以下のように言ったとか・・・「日本中の塾の中には深夜0時を過ぎても授業が終わらへん塾はあると思う。そやけど深夜0時を過ぎてから授業が始まる塾はここだけやろ」 今夜のミッドナイトトレインのゲストは大森(津西3年)と寺沢(三重3年)と浪人の允・・・。教えているアキちゃんの携帯が鳴る。「先生、村瀬(横浜市立大学2年)から連絡で、ゲンチャリで塾に行くつもりやったけど雨が降ってきたんで迎えに来てくれませんかって」「あいつ、お世話になった俺をパシリに使うってか!」「どうしましょう」「行くよ行くよ、行けばいいんだろ!」 絵梨香を送るついでに村瀬んとこに迂回。思えば絵梨香も村瀬も嬉野中、村瀬は学年トップで高校入試に突入した。果たして中学の5年後輩、先輩と同じ道を辿ることができるだろうか・・・。
やはり学生生活の長い前田、滅法強いわ! アキちゃんと村瀬の若い力なんぞ捻じ伏せながら驀進する。森下もちょっかいかけるがいなされる。俺は一度も浮くことなく終了。午前5時にベッドに潜り込み、洗牌の音を聞きながら沈む。
8月12日
紀平のノートパソコンが一番前の机の上に置いてある、おとつい来た時からずっとだ。あの時の紀平、ウチの生徒をからかいながら仕事をしてた。このパソコンをウチの塾に寄付してくれることを願いながら中3の授業、やっと関係代名詞に入る。昨夜の大分県入試問題にウチの中3、たったく歯が立たなかった。千葉・愛知・兵庫・奈良と無難な、具体的には関係代名詞の露出が少ない県の入試問題を行脚してきた。そして迎えた標準より少々高めレベルの大分。俺は毎年、大分の入試問題でその学年の英文読解の仕上がり具合を見る。そんなところへ紀平慌てて登場。「オッサン、俺のノートパソコン知らんか!」 俺が指さす方向を見て紀平、安堵の表情。「ここにあったんかいな? 俺は家の隅々まで調べたわ」 いいかげんな社会人ではある。
家では仕事をする雰囲気にないとの御託、結局は紀平、深夜までウチのコンピューターの部屋で仕事している。
越知(4期生)が帰省。「越知先輩が帰ってくるまでに東京へ戻らなくっちゃ」と逆下克上発言をかましていたはずの前田、やっぱこの二人は宿命の赤い糸で結ばれた師弟やで。自分の不運をどこか塾に来る途中に投げ捨ててきたんだろう、超知への挨拶を終えるや前田、緑の海(マージャン卓)に漕ぎ出す。
やはり越知の神通力か、昨夜は世界の全てを蹴散らした前田のマージャンを萎縮させる。今宵は越知のマージャンが全ての闇を凌駕する。そして紀平、久しぶりにウチのマージャンに参加。シーサンプトウというまがい物の役満を和り一人悦にいる。
8月13日
ついに今年度の“歴史の甲子園”が始まる。年に一度、ウチの塾に巣食う歴史マニアック少年に、中2と中3、さらに高校入試が終わろうとも大学入試で日本史を取る予定の高校生が一同に集っての試験。今年度の試験開始は午後8時から。愛がどうしても都合が悪いというので午後2時スタート。量が量だけに、小学生は二日に分けて開催。久保は午前中で終了、トータルミスは14。上出来だろう、ただ一部を自宅で実施している。俺の狙いは、他の面々が注視のなかで延々と地道な作業を長時間にわたってできるかどうかを問うのが目論み。確かによく頑張った、しかし俺の目論見的には自宅実施は少々色あせちまうんだが・・・。
愛の試験会場は中3の教室、これは本人にとっては極めてきつい。たった一人で中3ほぼ全員の視線が眩しいなかでの勝負。愛は去年全県模試県順位1位などを果たし、横綱相撲で津高に合格したキャリアを持つ。つまりは中3にとって雲の上の存在といっていい。愛もそれをひしひしと感じ、同時に中3の高い壁として存在したいと願っているだけに無様な点数は取れない。高校生活、なんのかんの言っても緊張感のない時間の羅列・・・一年のうち一瞬でも、自分があらゆるものを削って志望高校を目指した熱さを思い出してほしい。この目的ゆえに、高校では現在日本史を履修していないものの大学入試では日本史を使う予定の高校生にも、俺はこの試験を断固強いる。
衆人環視のなか時間が過ぎていく。愛にとってプレッシャーかかりまくりの2時間半・・・。「先生、終わりました」 そして、中3が愛の答案を採点していく。愛の顔色が悪い。後輩にかっこ悪いとこは見せたくない。採点終了・・・ミス3。漢字のミスが2つ。たかが漢字というなかれ、愛の兄貴のアキちゃんがここに居合わせればそういったはず。
午後8時、中3と中2が隣の教室に移動。着席後に愛ですら2時間半かかるマラソンがスタートする。離脱者は絵梨香、午後8時前に帰宅。今夜の試験を受けないことに関してはなんら報告を受けていない。アカウンタビリティーの欠如、このあたりが絵梨香らしい。所詮は組織論が似合わない人生を送るのだろうか・・・。今日の昼間、教室の中に出現した孤高、後輩たちの目標になるため、生臭く言えば後輩たちから失望されないために演じた山本愛の見得。絵梨香の目に、あの愛のたった一人のサイレントバトルは一体どう映っていたのだろうか・・・。ともかくこの時点で中3の負けが決定。英語の書き写しが明日から始まる。
今夜が終わっても中3は第2ラウンドが待っている。今回の範囲は歴史の日本史の最初から慶安のお触書までだが、10日後に明治大正時代を高3とすることになる。今日の試験はカッコ補充でまだ楽なところがある。まあ、ほとんどカッコやん!と異議が上がりそうだが。しかし大学入試を控えた高3とやる以上はお互い受験生同士スキンシップを図りましょうなんてノリじゃない。ケンカである。内容たるや、じゅうぶんに大学受験に対応できる詳細さを極めている。白紙の上にペリー来航から加藤高明の普通選挙法実施までを延々と埋めていく試験。再び地道な調練が続く。
10日後に控えた第2ラウンドのプリントを渡す。「すまんな寺沢、中3を育てるとはいえ、テンパッてる高3にこんな安易なプリントを覚えろなんてね」 もちろん冗談、中学レベルを逸脱している優れもの? プリントを読み進めるうちに寺沢の顔がみるみるゆがむ。「いや、・・・これは・・・じゅうぶんに役立ちますよ」 試験は8月23日の予定・・・。
アキちゃんが浪人決定した允にウチの塾で勉強することを強く薦めた。ただでさえ流されそうな浪人の日々を塾の後輩とヒリヒリするような勝負を重ねることでテンションを持続することを心底願ったからだ。今日の歴史の試験で中3は中2に対し先輩としての凄さを見せ付けてほしかった。まだまだ10年早いよ・・・そう見得を切る中3を見たかった。その姿勢を維持する努力、荒ぶる魂の血の滾(たぎ)りこそがウチの塾で過ごす受験生の踏絵だと思っている。同じことが今年高校に進学した愛にも言える。今日の気持ちを積み重ねていけば、必ずやアンタの志望大学・東京大学の姿が見えてくるはずだ。切磋琢磨されたい。
1階に下りると古西がバスマットの上に眠りこけている。キャンプからのご帰還らしい。英気を養ってるんだろう。今夜も今夜とて、長い夜になりそうだ。
午後10時あたりから塾内の平均年齢が急激に上昇する。4期生の越知が同期の臼井(三重トヨタへ見習い中)と姿を見せる。さらに前田が村瀬を率いて登場。1階のバスマットでキャンプの疲れを一掃した古西が嬉々として走りまわっている。瞬く間にマージャン卓が2卓完成。授業を終えたアキちゃんと森下が加わり開局。俺は前田と越知と臼井とのシニアグループ。きついきつい、1巡のミスが何度も和りを逃す。それは他の3人も同じようで久しぶりに昔の熱が蘇る。結局は若さに任せて前田が押し切りトップ。これに地団太踏んで悔しがるいい年をこいた熟年が3人。心底こ奴らにマージャンを教えてきて良かった・・・。
午前3時過ぎ、二卓に蠢く修羅場を覗き込む佑輔。村瀬が、俺や古西の追撃をなんとかしのいでトップ。「どないした」「先生、送ってってほしんですけど」と昔同様のリクエスト。酔いもかまわず俺は車に乗り込む。佑輔が今まで教えていたんだろう、高3の怜美も乗り込んでくる。青信号なのに止まっちまう俺の車。「先生、青ですよ」と佑輔。車は慌てたように動き出す。ヨットハーバーの近く、久しぶりの佑輔の家。それもあってか家を間違え手前で車を止めちまう。そして別れ際の挨拶は昔と同じ、「先生、お休みなさい」「ああ、お休み」
前田は昨日東京へ戻る予定だったとか、それがマージャンのあまりの楽しさに負けた? 結局は今日のチケットも昨日同様にキャンセルとなる按配。確かにトップを取って、心底「やった!」と喝采を叫べるマージャンは数少ない。金は賭けていなくとも、ウチのマージャンはそんなマージャンだ。森下の存在が越知・前田・臼井といった年配の連中の注目を引いたのは間違いない。俺もまた森下にしてやられた。下の駐車場、車に乗り込むときに越知がつぶやく。「新しいタイプやな、トイツやアンコを最大限に利用しよる。対抗策を講じなくっちゃ」 いいぞ、森下。オッサン連中を本気にさせたぜ。
マージャンが終わったのが午前7時。この大人数ゆえにひとつでも寝場所を増やそうと俺は家に帰る。奥さんは今、末娘のあいを連れて大阪の実家にいる。つまり俺が寝起きの悪い双子の娘たちを起こす役割を担うわけだ。とりあえずテレビをつけフローリングの床に寝そべる。羊は10匹もいなかったはずだ。
8月14日
さすがに14日、午前中に小学生の姿はちらほら。俺のベッドでは森下が眠りこけている。そして11時に携帯のアラーム音が教室内に鳴り響く。「ああ・・・ごめん、ああ・・・おはよう」と頭をかきながら折りたたみベッドから身体を起こしたのは古西。1階ではアキちゃんと村瀬が一睡もせずに話し込んでいたっけ。「アキちゃんと村瀬とでボーリングにでも行ってそれからカラオケ行って・・・」 後の予定は大きなあくびが包み隠す。
古西が痩せたといっても70kgはある。その巨躯がベッドの上の折れそうな森下の身体の上におおいかぶさる。「森下隊長! ボーリングしたくありませんか」「・・・ない、眠い」 聞けばジャンケンで負けた古西が森下を起こすことになったとか。「しゃあねえな、俺が送っていってやるよ」 村瀬のパシリ、今度も大学生のパシリ・・・オマエら、早く免許取れよ!
歴史の甲子園から一夜明けた今日から強引に二次関数に入る。なにしろ週末にはデンちゃんがやって来る。前回の二次方程式は散々だった。今回はちったあ頑張ってほしいわい!
午前中、横田の高3の英語が久しぶりに開講。三重大医学部野球部は3回戦まで進出するがジャンケンで敗退! すぐに帰る気になれず横田は甲子園見物や、同じ三重大医学部バレーボール部の試合を観戦したりで先日戻ってきたという。お土産は甲子園煎餅、津高2年の野球部トリオ、直矢・慎太郎・松原に食べさせなくっちゃ。
綾奈(高田6年)と怜美(伊勢女子3年)が杉野がくれた梨を切って小学生に配ってくれる。少しはウチの塾の生徒になってきた。
今夜からブーちゃんの公民が始まる。受講者は中3と高2の小林。1回目のテーマは国会。この授業を眺めるのは生徒だけにあらず、甚ちゃんや森下や俺も受講する。さぞかしやりにくかったことだろう。今日のようなひりひりする時間を過ごすことがブーちゃんが大学に合格する試金石となるはず。
昨夜まで続いた徹夜マージャンのパンクラチオンロードは陰を潜める? 日付が変わりそうな時刻になっても誰も姿を見せない。前田からはウチのHPのBBSに東京に戻った事後承諾の文章が載った。なんや、寂しいやん。
深夜に邦博(4期生)が顔を出す。立命館大学から日立建機に就職するものの1年後に転職、ドイツに本社がある外資系で働く。会社の内容は、日産や永谷園などの企業に全社内を結ぶシステムを導入しているその業界では世界シェア1位の会社だ。こんなまわりくどい言い方をせず社名を言えばいいようなものだが、アルファベットの会社を覚えるのは苦手だ。ご容赦されたい。しかしそんな会社も邦博にかかると、自分のキャリアを磨くための環境にすぎない。大西君(立命館研究員)をして「立命からもあんなタイプの人材が出てきたんですね」と感嘆せしめた人物でもある。その邦博、「じつは今夜1時に征希とここで待ち合わせしたんや」
古西が愛しそうにマージャン牌を並べている。前田は土壇場まで迷ったらしいが東京へ帰った。原稿の締め切りに追われている。こ奴はウチのBBSで「僕は日常に戻ります」と書いている。となると俺たちと過ごしたここ数日間は、書き込みのタイトルにもあるように非日常の日々であったわけだ。しかし俺にとってはそれが日常・・・。俺は邦博と森下との話を切り上げて再び日常に埋没するて。起家(チーチャ)は古西、サイコロが緑の海をすべる。
1時間遅刻で征希が姿を見せる。今までビリヤードをやっていたそうな、ホンマ?
明日が最後の授業となるアキちゃん、今夜は問題を解くだけに留めたとか。出題は関西大学、寺沢の本命だ。あさっての朝、アキちゃんも東京へと戻るとか。夜にはさっそく彼女との花火見物が待っているとかで、ここにも延長戦はない・・・。三重で過ごす講師と雀ボーイを掛け持ちの日々。今日も今日とてアキちゃん、相も変わらず牌を握ってはあ下手糞なマージャンを打っている。
8月15日
朝目覚めれば9時、ダッシュで娘たちを起こしにいく。奥さんが家にいない今の俺にとり、寝起きの悪いめいと極端に悪いれいを起こすことから一日は始まる。寝起きが悪いことに加え、最近は毎日のように午前様で勉強していることもあり、なかなか起きない。ここは娘たちの最大のウィークポイント、飯で釣るしかない。「早く起きてモーニング食いに行こや」 すかさずれいが「行く!」と言っては飛び起きる。
中3は駆け足で二次関数を進む。三平方から相似までをそこそこに仕上げ、返す刀で二次方程式から二次関数へと入った。毎年の生徒のレベルは違う。ひとつの分野にかける時間も学年差が出てくる。今年はスムーズに進んだと思う。しかしどこかに取りこぼした点はないか、漆黒の闇のなかを窺う。
今夜はブーちゃんの公民2日目、テーマは選挙。中3が頭をひねりながらドント式の議席配分方法に取り組んでいる。健闘を祈る。横のコンピューターの部屋では小西(立命館アジア太平洋1年)がここを本命の大学にしている小林の質問に答えている。
6期生の谷が姿を見せる。聞けば今回、営業に回されたとか。それに至る経緯を述べた後で俺にたずねる。「先生、どう思う?」「山形大学工学部出身の最も営業に似合わない奴を営業に配属するなんて、何かの目論見・・・ないやろな。まあ邦博がおったら言うよ、『谷、いいからその会社辞めちまえよ』ってな」「やっぱり・・・」「まあ、営業に向かんと思てた奴がやってみりゃ意外とむいた、なんてことあるからな」 今日はマージャンという雰囲気でもなさそうだ。アキちゃんが明日東京へ戻る。今夜が最後の授業だ。アキちゃん連れて焼肉屋でも行こうかとも思ったが、谷君も連れてくか。アキちゃんへの慰労会、急遽谷君乱入てな感じやな。
明日は朝から大阪の奥さんのご両親と墓参り。俺が夏期講習の真っ最中に墓参りに出向くのは始めてのこと。墓参りとなんぞという俺にとっては慣れぬことを殊勝に勤めようと考えたのは、叔母を亡くしたことと関係があるかもしれぬ。また双子の娘たちも例年ならこの時期は大阪にいて、義父さんや義母さんにとっては孫と暮らす最も楽しいひと時になっているはず。しかし今年の夏は夏期講習。そんな状況でできる範囲でベストを尽くそう・・・そこで俺は再び大好きな強行軍を繰り出しちまう。予定としては深夜2時あたりから娘たちを車に乗せ大阪へ、朝方に到着、午前中に墓参りを済ませ、再び久居に舞い戻る。しかしこの計画、いとも無残に打ち砕いたのが突然の田丸兄弟(兄はドクター、弟は三重大医学部5年)来襲! それも手に持てるだけのビール・チューハイ・おつまみを携え満面の笑み・・・。今夜も長い夜が始まる、それも極めつけのだ。
8月16日
周りが明るくなってきた午前5時半、一度もトップを取れずに終了。田丸兄もまた同じで一度もいいところがなく敗退。「どうやらオジサン連中にはつらい展開ですね」 今日の午前中に東京へ向かうアキちゃんとはこれで久しぶりの別れ、「アキちゃんまたね」「ええ、正月には戻ってきます」 卓は2つ、俺と田丸兄、アキちゃんの卓がこわれたものの、残りの卓ではやはり古西と村瀬の若い力が谷を圧倒している。ビールは控えめに4本、田丸ドクター持参の缶チューハイを1本だけ飲んだ。酔いはない、やはり怖いのは睡眠、二人の娘たちを急かして車を発進。助手席に乗ったれいに言う。「ただひたすらに話し続けろ! 順当なら眠っちまうよ、ただひたすらにしゃべれ! 俺を寝かすな」 れいと不定詞の用法、国会について叫ばせながら西名阪を飛ばす。
お墓参りの場所は大阪府貝塚市。義母さんは足が不自由、杖をついて大阪から電車を乗り継いで貝塚までというのは苦行でしかない。ゆえにここ最近、墓参りは義父さんだけが勤めていた。俺のおんぼろエスティマに義父さん・義母さん・奥さんと義姉さんに三人の娘たち、運転手の俺を含めて総勢8人。きしむようなエスティマ、俺にとっては初めての義親孝行が大阪湾沿いを高石・泉大津・岸和田と走る。
塾に戻ると盆もあってか、中1少々。ところが小西と話しているのは松原(関西学院大学2年)。さっそく就職の話となる。
越知が姿を見せる。明日東京へ戻るとか・・・前田から始まり、アキちゃん、そして明日は越知。前田のフレーズを借りれば、非日常から日常の世界へと帰っちまう輩が続く。何度経験してもつらいものはつらい。
松原と小西との長い長い就職の話を終えて高2の教室へ入るとその越知が村瀬と就職の話をしている。レコード会社への就職を望む村瀬に矢継ぎ早に質問を投げかける。「志望が音楽が好きから? そんなもん腐るほどおるわ!」 村瀬の志望は憧れだけでしかないようだ。もっと具体的にレコード業界に漬からせる必要がある。俺が漏らした、「克典に預けてみよか。あいつ来春に一発派手なイベントやるって言うてたわ。またぞろ海外からバンドを呼んでツアーに繰出すらしい。村瀬にロハで手伝わせてみようか」「それはいいかもしんないですね、今のこいつじゃ話にならない」と越知。お〜い、克典。無償で働くバイトの一人ゲットしたぞ! 連絡されたし。
「今日はぐっすり睡眠をとったからね」との古西、テキパキと準備を整える。「越知、夏の最後の勝負や」「はい、じゃあ始めますか」 二人して古西の並べた牌を引く。場所決め、俺の下家が越知、上家が森下、そして対面が古西。毎晩同じように緑の海で向かい合う。同じ海なれど漁師の顔は違う。今夜の海はどんな顔を見せる。一昨日からろくに睡眠を取っていない満身創痍の俺、こんなときに限っていい手が入る。手が動く。トップ3回続けて取ってベッドに沈む。勝ち逃げ!と怒られそうだが、よほど疲労が顔に出ていたんだろう。誰もが天使の優しさで見送ってくれた。
8月17日
今日の名古屋発8時30分で越知は東京に向かっているはず。それから1時間遅れること9時30分、俺は大森に起こされる。静岡あたりか・・・靄がかかった頭を振りながら今日の英熟語のプリントをプリントアウトする。
綾奈にたずねる。「今日は佑輔の授業あるんか」「ええ、昼から」「最後の授業か」「そうですね」 また一人、夏が往く。
昼過ぎにデンちゃん登場。ここ数日間、中3には二次関数の原野を駆け巡らせてきたが果たして・・・。デンちゃんも今年のウチの中3の実力を把握してだろう、同志社や洛南の問題は並んではいるが定番の問題が並ぶ。このクラスの問題ができなかったら辛い・・・。
「ちょっと甚ちゃんと出かけてくるよ」と森下。「明日から再び夏期講習が始まるから最後の日くらい何かしたいって」 俺は伊勢の料理屋『柚子』の地図を書いて渡す。「時間があれば行ってこい、いい店だ」
夜になり香織(日本福祉大学2年)と昨夜来からおなじみの松原・姉が来襲。甚ちゃんが二人を誘って塾の前の飲み屋『大将』へ。中3のデンちゃんの数学の出来は今イチ、まだまだ完成度は低い。デンちゃんを中川駅まで送り、それ以後はブちゃんの公民の授業。綾奈に補講している佑輔、「前の飲み屋にいる。授業が終わったら来いよ」と言い捨て『大将』へ。古西と村瀬がすでに合流している。後から森下と佑輔が合流する。総勢8人、一瞬の夏・・・。
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