2000年10月28日 塾への家出少女こと秋田真歩、予想を大きく裏切る中間試験480点。そして由依も447点で久居中順位13位。仲の良い2人が試験が終わった気楽さもあって教室内でペチャクチャ。教室内にはまだ試験が始まっていない生徒(南郊中・西郊中・南が丘中)がいる。この無神経さに腹が立つ。そしてそれを注意できない中3がいる。10月21日の夜、ふがいない中3に怒り心頭で今年度のケーキ投げ大会中止決定。 「私がいけないんです」と由依が涙ながらに謝るものの、頭に来ていた俺は職場放棄をして家に帰る。酒を飲んでいると高2の中井から電話。「先生。1期生の先輩がみえていますけど」 「男か?」と聞くと「いえ、女の人で赤ん坊を連れています」 時計を見ると11時を過ぎている。1期生? 誰やろな、と思いつつ新しい塾にもどる。犯人は山野かおり、新しい塾の大家さんの娘だ。塾には姿はなく、「どこへ行った?」と聞くと隆哉が「前の店(大将)で飲んでるから携帯に電話してくれって」 電話するとヘベレケの声で「先生、早く来てよ!」 山野の狙いは分かっていた。俺が5月の連休に大学生と飲みに行き、あまりの高さにムカッと来て以来「大将」には行っていない。なんとか手打ちを・・・というところ。ただ、後から聞いた話では俺があの時に眠ってしまい、その後も大学生が来るわ来るわで支払いが8万まで駆け上がったとに内情は大学生から聞いてはいた。別に今では悪感情はなかった。むしろ酔いに任せてケンカふっかけた自分を恥じていた。謝ろうという気持ちもあったが気まずさもあり行きそびれていた。 一人息子を座敷で遊ばせながら山野はチュウハイを飲んでいた。「先生! ここここ」 「へえへえ、オマエ、子どもはええんか。12時前やで」 「いいのいいの、タクシーがまだ来ないって言ってあるから」 「なんだ、タクシー呼んだのか。じゃあ出直そうか」 「タクシーって言っても友達よ。先生も知ってる恭のママよ」 「で、何時ころや」 「さあ。そんなことより、先生、ここに座って仲直りよ。はい!座って。かおりの言うこと聞いて!」 酔っぱらいの女には勝てない。そこへマスターがやって来る。「すいませんでした、前んときは」 「いえいえ滅相も、こちらの方こそ説明不足で」 「だからね、私は先生もマスターもどっちも大好きなの! だからケンカしちゃ嫌なの! 分かった!」 山野は高校受験の3日前に家出するという華々しい?経歴を持つ。そして散々遊んだあげく結婚。しかし2年前に離婚。ウチの塾生のなかでは初のバツイチである。この上ないほどに陽気でかつ豪放、酒癖は悪く時間が過ぎるほどにピッチが上がるやっかいなタイプ。好きな相手とはトコトン付き合い、嫌いなタイプにはこの上なく嫌な奴を見事に演じる。寂しがりやでおせっかい、周りに世話を掛けちらかして憎まれない。その夜、何度も何度も手打ちをさせられベロベロになって帰ったのは深夜3時を越えていた。 23日の月曜日、真歩がこわばった表情で姿を見せた。また家でやらかしたか、と気をもむ。続いて由依も現れる。こちらは前のこともあり動作がぎこちない。ただ、よく出てきたなと安心する。授業の合間に由依の家に電話してみる。元気なお母さん、「今日はね、塾に行きたくないな、なんて言ってたものですから、じゃあお休みにしたら、と言ったんですよ。すると由依が、でも私が塾に行かへんだら先生が気にするからって」 「なかなかツラの皮厚いですね」 「ホホホ、でもね先生。あんまり早く行きたくないって」 「なぜですか?」 「前に自分が怒られたように真歩ちゃんが先生から怒られるのを見たくないからって」 あっ!さっきの真歩のこわばった顔、ありゃ怒られる覚悟をしてた顔やったんや。しかしやっかいなことに怒りが続かないタチだ。真歩を怒ることなんてコロッと忘れていた。今さら怒ってもな、まあいいか。 俺の誕生日前夜、それも深夜・・・つまり時刻的には誕生日の27日の午前1時、中井とアキちゃん、佑輔が姿を見せる。「なんや、お揃いで?」 「先生、やっぱりアカンかな」と中井。「何が」 「ケーキ投げ大会やけど・・・」 「あ、そうか・・・でもな、出勤時間が遅くねえの」 「まあ・・・」 「段取りが悪いって、少年たち」 「あかんの?」 「オマエさ、俺が中止を決めたのは先週の土曜日やで。もしな、どうしてもやりたいっていうなら、なんらかの提示があるやろ。昔から一旦中止が決まっても祥宜(名古屋大学工学部4年)や斉藤が、絶対にやる!って言い切って何がしかの課題に挑戦してクリアしてきたんや。中止の後も状況は変化するってこと言ってきただろ」 「うん」と中井が頷く。「今回もネタはいたるところに振ってあったで。BBS特集で砂山名指しで感想を書けとか、オマエとアキちゃんには10月31日に大正時代一問一答の試験をやるだとか、なんで情報の裏を読みとれへんねん。俺が自分に課した課題は中2の塾内平均420点突破や。中2の成績は悪いは、ケーキ投げで遊ぶでは父兄に申し訳がたたねえよ。だから中2を仕上げるのに必死になってたよ。まだ全ての中学が終わったわけじゃねえが、多分420点なら突破は確実や。俺は俺でケーキ投げ大会のノルマを果たしたよ。で、オマエさんたちは?」 口を開く者はいない。「シビアにいやさ、高3の成績見ただろ? あんな成績で今遊んでてもええと思うんかい」 夏休みの模試で古西と今井の成績が崩れていた。志望校判定には仲良くEが並んでいた。波多野もまたトンネルから出るきざしは見えなかった。 「今の高3でケーキ投げやっていいのは寺田の兄ちゃんくらいだろ。とりあえずは神戸大・大阪大あたりにA判定や。懸念だった数学と物理、やっと目が出た」 「英語も良かったけど」と中井が口を挟む。「英語か、ありゃマグレや」 寺田の英語が古西と今井を凌駕していた。一生に一度くらいこんなことがあってもいいだろう、僥倖としかいえない。「まあ、寺田の兄ちゃん、塾内のベタベタを嫌うタイプやからな、率先してケーキ投げ大会に参加してくることはないけどな」 話し合いは続く。いや、話し合いじゃねえ。俺が単に中止になったグチを垂れていたにすぎない。今年は古い塾でしようと考えていた、それも飛びっきりの奴をだ。しかし中2を初め中学生のほうは快調だったが高校生でほころびが見えてきた。最もバランスのいい学年と思われた今年の高1がすでにぬるま湯につかった状態、これが長い間続いていた。高1の1学期はテンションが高い、これは例年通り。そして夏休みとなる頃から崩れ始める、これも例年通り。そのために夏期講習でしごくことになる。しかし今年の高1はクラブ活動もあり、宿題で手一杯の状態で一夏を過ごすことになる。去年のメンバーならセンター試験5年分を終了していたのが秋に持ち越すことになった。当然、全国統一模試の英語の点数は悲惨を極めた。ここ10年来例を見ない成績・・・。 |