上野征希の『恵まれました。』 
         
        地響きがする━ と思って戴きたい。 
        なにせ軽四輪から二人の巨漢が、飛び降りるように地に足をつけたのである。 
        安堵の溜息を漏らすように、軽四輪が車高を4cmほどあげた。巨漢と書くと聞こえは良いが、なにせひとりは体重78kgの歩く黒ひげ危機一髪の「樽」、駄菓子太り古西伸崇と、そしてもうひとりは半年で10kg増の偉業を成し遂げた悟り知らずの達磨大師、上野征希であったのだから、ここはやはり、地響きがする━ と思って戴きたい。 
         「征希先輩、これでやっと朝飯にありつけそうですね。ずお。」 
         「お前朝メシて、さっき買うた八ッ橋をパクパク食うといて何ゆうとんの?てゆうかまだ腹減っとんの?」 
         「えー。だってお腹空いとったし、このSAまでもちそうになかったし。」 
         「にしても八ッ橋はないやろ。せめて賤ヶ岳きたんやったらチクワかカマボコにしとけよ。高級かまぼこ。あ、それは静ヶ浦か。」 
         「いやチクワは嫌いですし、甘いものは疲れにいいですよ。あ、先輩も八ッ 橋食べます?取ってきましょうか?」 
         「いらんわ!俺は旅行先ではご当地ものしか食わんて決めとんの!だからここでは中華!」 
         「賤ヶ岳の名産は絶対中華と違う気がするんやけど…まぁいいか、ラーメンいいですね。とんこつラーメン。」 
        発端は8月に遡る。 
         「征希ィ、福井来うへんかァ?」 
         「来いと言われりゃいつでも行きますけど…じゃあこの土・日で。」 
         「帰りはタカシ乗せてってくれよォ。」 
         「はーい。」 
        刀根一郎商店の主、刀根靖司氏からお誘いがあったのが8月末。ひとりでゆくのも心もとなし。頼りになるワトソン君を、と白羽の矢を立てたのが、 
         イベント大好き青木健二 この人といるとやる事なす事が全てネタになる。文句なし最強のナビ。 
         運転大好き横山敦也 この人にハンドル握らせると性格180°変わる。文句なし最恐のドライバー。 
         麻雀大好き臼井章、この人を連れて行けば旅先での夜が倍楽しい。文句なし最高の面子。 
         おしゃべり大好き(?)森下直紀 この人と2日も過ごせば俺でもしゃべることなくなるわい。文句なし最驚の聞き上手。 
        といった面々であったのだが、ある者は仕事、ある者は授業、そしてある者は家族サービスを理由に断られ、日頃の人望のなさをいかんなく発揮。こうなりゃ運転できようができまいが、得意技を持っていようがいまいが、一人で行くくらいなら‐と声をかけたのが、誰あろう甘味大好き古西伸崇、知り合って1ヶ月なのでなんとも。ただいえるのは口グセが「ずお」らしいこと。いつ見ても寝てるか食ってること。体格的にワトソンというよりサンチョ・パンサ、であった。 
         「あぁ伸崇クン。征希やけど」 
         「ずお。征希先輩。どうしたんですか?」 
         「土日ヒマ?この土日。」 
         「特に予定はないですけど…麻雀ですか?」 
         「違いまーす。土曜の早朝に出発するので金曜の晩塾に来て下さーい。」 
         「出発?出発てどこに行くんですか?」 
         「天竺。ちょっとありがたいお経をもらいに。」 
         「天竺て先輩パスポート持ってませんやん。」 
         「…さすが前田崇の一番弟子。白状しましょう。福井行かへん?福井?」 
         「カニっすか!?」 
         「いや、カニとかは正直考えてないんやけど、それもありやな。カニかぁ…そういや大昔アサオに北陸の海鮮がいかにうまいかえんえんと自慢話されたな、…まぁええわ。一泊二日で刀根さんとこ行かん?」 
         「僕旅行大好きなんですよー。原付で伊勢志摩とかアタックしてますからねー。」 
         「…その行為を旅行とよぶかどうかはさておき、今回は車で行くから。ちゃんと泊まるところもありますので、きみは道中起きてくれればよし。親睦を深めながら道中いこうぜ。」 
         「わかりました。ちなみに先輩北陸の方行ったことあります?」 
         「いや、ないけど?」 
         「知らん道を走るのは凄くエキサイトするんですよ!あぁ、俺は旅をしとるんやって そんな気分になれるんですよ!俺も北陸は初めてですんで、めちゃくちゃ楽しみですわ!」 
         「そうか!そう言うてもらえるとこちらも誘った甲斐がある!賑やかに行こうぜ!」 
         「へい!兄貴!」 
         
         「先輩、9:00になったら起こして下さい…ずぉ…」 
         「…寝るんかい。今8:40なんですけど。あなた20分で目ェ覚めますか?」 「起きますよ…起きますからァ…起きますけどォ…。」 
         「飯食ったらすぐ眠たくなるんやな…今から知らん道に入ろうかというのに…  。」 
         「…」 
         「古西君9:00ですけど。」 
         「…」 
         「古西9:00。」 
         「…」 
         「デブ。起きろって。」 
         「…」 
         「一番気にしていることを言われても起きんということは。熟睡中ですな。折角北陸道入ったとゆうのに…ゆうべのみんゴル3タイマン3本勝負が効いとるな。あぁ、俺まで眠なってきた。久居‐福井間がノンストップで走破でけへんて、俺ももしかして年とった?あ、まだCBCラジオ入るわ。おやすみ  しびし…語呂悪いな畜生。寝よ…。」 
         かくしてれいめい塾が誇る「体格だけ」若貴コンビは福井まで20kmを残して鯖江PAにて力尽きたのであった。日差しはまだまだ真夏の車内‐。あまりの暑さに寝ることもかなわず不承無承再度出発するものの、結局福井に到着するまで古西が起きることはなかった。ほうほうのていで福井中央卸売り市場に辿り着き、お手洗いを探すため2人同時に転げ落ちるように降りたので、地響きがした━と思って戴きたいのは言うまでもない。 
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