ムラさん通信 第16号

2002年5月1日

ムラさん通信の索引へ
 第10号  |  第11号  |  第12号  |  第13号  |  第14号  |  第15号 

  ザ・サークルのギター弾き「ムラさん」から、 日頃お世話になっている「みなさん」へのお便りです。 ホーム・ページでは十分に伝えられないザ・サークルの近況や、 文化情報、私の雑感などを、随時お知らせします。
メイルでも配布していますので、必要な方はお知らせください。次回からお送りします。
ご意見、ご感想などは、 Eメール でどうぞ。

 最近あまり大きく取り上げられなくなりましたが、 今日は労働者の祭典「メーデー」ですね。
そこで、広辞苑を引いてみました。
メー‐デー【May Day】
五月一日に行われる国際的労働者祭。 一八八六年アメリカ労働者の八時間労働制要求の示威運動が起源。 八九年第二インターナショナル創立大会で決定、九○年から世界各地で挙行。 日本では一九二○年(大正九)第一回を東京の上野公園で行い、 三六年以後禁止、四六年復活。労働祭。
ということです。
メーデー‐じけん【―事件】
一九五二年五月一日、対日講和条約が発効した直後の東京でのメーデーで、 日比谷公園で解散したデモ隊の一部が皇居前広場へ進み、待機していた警官と衝突した事件。
 学生のとき憲法の教材で読んだ記憶がありますが、こんな事件もあったのですね。
「三度の排除攻撃、衝突で拳銃弾70発、催涙ガス弾73発が発射され、 デモ隊側死者2人、重軽傷者千数百人に達した。 警官隊側負傷者も800人といわれる。」(日本大百科全書) 「東京都職員の青年が背後から拳銃弾で心臓を射ち抜かれ即死した」(同) のだそうです。
今日とは状況も違いますが、 戦後のイデオロギー対立の中で生まれた不幸な事件と片づけてよいのでしょうか。

 産業革命から生まれた「労働者」、
今「情報革命」が進行しているとすれば、 それは何を生むのでしょうか。
メーデーの歴史から学ぶものはないのでしょうか。

 ◇菅島ハイキング◇ 

 歩くのが気持ちのよい季節になりました。
鳥羽の離島、菅島へのハイキングはいかがですか。

  「菅島紀行」 は、昨年の連休に鳥羽の離島・菅島をハイキングしたときのご報告です。
鳥羽湾がみえたり、太平洋が見えたりと、とてもすてきなハイキング・コースでした。

 ◇コスタリカという国◇ 

 鈴鹿市が、コスタリカのW杯日韓大会出場のための、 準備キャンプ地に決まりました。 (鈴鹿市のHP)

 中米の小国・コスタリカ (同HPでの紹介)は、 東亜の大国・日本では余り知られていませんが、 実は、日本と同じく「戦力不保持」を明定した平和憲法の国なのだそうです。

 2001年5月1日付けの朝日新聞に、作家の早乙女勝元氏が書いています。
それによりますと、 半世紀にわたって軍事費ゼロ、アメリカからの基地要請も認めず、 戦闘機も戦車も全く持っていないそうです。

 中南米というと内戦とゲリラのぶっそうなところというイメージ。 隣国の内戦のときにも、恒久的な非武装永世中立宣言をアピールし、 さらに対話・協調による外交政策を掲げて、中米和平をまとめたそうです。

 日本では、外交においても、 憲法があるから協力できないなどと、 平和憲法を邪魔者のように言っているのが気になります。
自国の憲法に誇りをもってアピールして、 世界の平和に貢献することは不可能なことなのでしょうか。

 今年の2月25日付けの毎日新聞では、「ひと」欄で、 早乙女愛さんが、コスタリカの記録映画「軍隊をすてた国」 (公式ホーム・ページ) を作ったことが紹介されています。
愛さんは早乙女勝元氏の娘さん、お父さんが思い立ったが行き詰まった企画を成功させたとのこと。
映画は東京では上映されるようですが、私たちには見る機会はたぶんないのでしょうね。
同紙によると、愛さんは、 「コスタリカに暮らす人たちの日常を伝えたい。 …軍隊のないのが空気のように当たり前の国でした。」 と語っているそうです。

 ところで、コスタリカは良質のコーヒーの産地です。
「コスタリカ」は、酸味が強くコクのあるマイルド系で、私の好きな銘柄のひとつです。
ストレートでもおいしいし、 濃いめに入れて、カフェオーレにすると本当においしい。

帽子  息子が高校生のときに、学年にコスタリカからの留学生が来ていて、 PRのためにと、 インスタントコーヒーと、帽子をいただいて帰ってきたことがありました。
その帽子は、今でもわが家の居間にあります。
写真をごらんいただくと、犬のぬいぐるみがかぶっている帽子がそれです。

 そのような恩義があるからというわけではありませんが、 見たこともないコスタリカという国が少し好きになっています。

 ◇2千円札でうれしいお便り◇ 

 だいぶ以前になりますが、このようなお便りをいただきました。

「何号か前に、[2000円札]を取り上げていらっしゃいましたね。
最近ようやく銀行の自動両替機を使って、2000札を出せるようなりました。
私は「時計屋」をしていますので、両替には絶えず行きますので、 その度に2000円札を指定するようにしています。

お釣りで、お客様にお渡しした時の反応が面白いです。
「あぁ、そうか!」とニコ…の方が多いですね。
こんな反応がなくなった時に、初めて“2000円札の認知”がされたことになるのでしょうネ。
それまで『2000円札普及委員会大阪支部』として(^O^)がんばります。」

 飲み屋の割り勘を2千円札で払ったら変な顔をされたり、 少しめげていた私ですが、
『2000円札普及委員会三重支部』として、 これからも、2千円札を楽しみたいと思います。

 ◇梅原猛の授業・仏教◇ 

 「梅原猛の授業 仏教」という本 (アマゾンでの紹介) を買いました。

 梅原猛は、1925年生まれの有名な哲学者で、 中日新聞夕刊に「思うままに」というエッセーを毎週月曜日に連載しています。

 敬称を付けなかったのですが、 私ごときが、梅原氏と軽々に呼ぶことも畏れ多い大先生。
この梅原大先生が、京都市の洛南高等学校付属中学校で、 中学生を相手に講義をおこなったのです。
なお、同校は仏教系の私学で、だからこそこの講義が可能になったようなのです。
それが読みやすい本になった。

 中学生相手だから、やさしい言葉で語っています。
難しいことをやさしい言葉で話すとはこういうことなのですねぇ。 3時間ほどで読めました。
わたしも何となく仏教が理解できたような気持ちになったから不思議。
鑑真さんのお顔に心打たれて以来、またまた仏心を起こしたような錯覚に、…。

 宗教なんぞに関心をもつようになったのは、 ある意味で年のせいなのでしょうが、 若い人たちにこそ読んでもらいたい本です。
一気に読むも良し、12時限に分かれていますので、 一日1限ずつ、12日かけてじっくり読むも良し、 本当に読んでよかったと思える本に出会えることは幸せなことです。

 読み終わったあとで、 ありがたい、ありがたい、と思わず手を合わせたくなるような本ですが、 けっして抹香臭い本ではありません。
 先生自身が、私は若い頃は無神論者だったと語っているように、 特定の宗教の宣伝や、洗脳とはおよそ遠い、学問の本でもあります。
先生ご自身は特定の宗教ではなく「知られざる神々」を信じている、 われわれには知られない「何か大きなものに対する尊敬の心」を失ってはいけない、 と第6時限で説いてみえます。
人間の生き方を考える哲学の視点、宗教と文明の関係、仏教以外の宗教など 大きな視野から、 釈迦の起こした仏教、大乗仏教の発生、日本の偉大な仏教者とその宗派など、 仏教を考えていくのです。

 いくつか印象に残った部分を紹介します。
まず、道徳の基礎には、宗教があると説いています。
これは、中日新聞「思うままに」で現在、 「道徳をどのように教えるか」として連続して取り上げておられるテーマでもあります。
科学が宗教に勝って近代が始まった、 カントは、宗教ぬきの道徳をうち立てようとしたが、それは無理ではないか、 いまの人間は自分を規制する力を失って、欲望に忠実に生きているようだ、と言ってみえます。

 第4時限では大乗仏教について講義されますが、 私は、観音菩薩の話に心打たれました。
観音様は、自ら悟って如来になれるのに、人間を救うために菩薩にとどまっている。
悩んでいる民衆の中に入っていって、自らも悩み、人を救おうとされる。
般若心経にでてくる「観自在菩薩」がそうで、 生きとし生けるものの苦悩を観て、一切の苦厄を救われるのだそうです。
観音様というのは、実は、強い意志をもった偉大な人格なのですね。
そういえば、法事のときに、 般若心経につづいて観音経をお勤めするのはそういうことなのかもしれません。
何か、お経が有り難く思えてきましたなぁ。

 仏様には、如来、菩薩、明王、天部という四つのグループがあるそうです。
第8時限で東寺の講堂で、21体の仏様を見ながら講義していくのですが (もっとも読者は想像するだけです)、 これは知っているとタメになりますよ。
如来は仏さま、悟りをひらいた人間で、釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来、大日如来など。
菩薩はこれから悟りをひらく、いわば如来の候補者で、観音菩薩、地蔵菩薩、普賢菩薩、文殊菩薩など。
明王は如来や菩薩を守る仏で、不動明王(お不動さん)が代表。
天部は、多くは仏教以前のバラモン教の神さまに由来するもので、四方を守る四天王など。
寅さんで有名な帝釈天は、バラモン教で高く崇拝されている神が仏教に入ってきたのだそうです。

 最近の事件についても、宗教という切り口から解説しています。
最後の第12時限は、同時多発テロの1週間後だったようです。
2500年前に国があったからといって、 パレスチナ人を追い出してユダヤの国をつくるというのは無茶だった。 アラブにはそういう恨みがある。
キリスト教とイスラム教の一神教同士の対立は、 千年も続く業だが、この道を進めば人類は滅びてしまうかもしれない。
このような憎悪の念を断つというのが仏教の思想だ。
いま世界で求められるべき徳は、 正義の徳より寛容の徳あるいは慈悲の徳であると思うが、 これらの徳が仏教にはよく説かれていると、語ってみえます。

 靖国神社についても、
日本古来の神道では、世の中を恨んで死んでいった人の魂を鎮めるために祀る。
明治以後、神道がおかしくなって天皇そのものを崇拝するようになった。
国のために死んだ人だけを靖国に祀る、戦犯の東条さんまで祀る。
これは日本の神道の精神とは違う。
中国や韓国の、被害を受けた人を祀るのが日本の神道の精神と、語ってみえます。

 私は強く心打たれるものを感じました。
いかがですか、あなたも読んでみませんか。

お便り、ご意見は、 Eメールでどうぞ

ムラさん通信の索引へ

HOMEに戻る