最近あまり大きく取り上げられなくなりましたが、
今日は労働者の祭典「メーデー」ですね。
そこで、広辞苑を引いてみました。
メー‐デー【May Day】
五月一日に行われる国際的労働者祭。
一八八六年アメリカ労働者の八時間労働制要求の示威運動が起源。
八九年第二インターナショナル創立大会で決定、九○年から世界各地で挙行。
日本では一九二○年(大正九)第一回を東京の上野公園で行い、
三六年以後禁止、四六年復活。労働祭。
ということです。
メーデー‐じけん【―事件】
一九五二年五月一日、対日講和条約が発効した直後の東京でのメーデーで、
日比谷公園で解散したデモ隊の一部が皇居前広場へ進み、待機していた警官と衝突した事件。
学生のとき憲法の教材で読んだ記憶がありますが、こんな事件もあったのですね。
「三度の排除攻撃、衝突で拳銃弾70発、催涙ガス弾73発が発射され、
デモ隊側死者2人、重軽傷者千数百人に達した。
警官隊側負傷者も800人といわれる。」(日本大百科全書)
「東京都職員の青年が背後から拳銃弾で心臓を射ち抜かれ即死した」(同)
のだそうです。
今日とは状況も違いますが、
戦後のイデオロギー対立の中で生まれた不幸な事件と片づけてよいのでしょうか。
産業革命から生まれた「労働者」、
今「情報革命」が進行しているとすれば、
それは何を生むのでしょうか。
メーデーの歴史から学ぶものはないのでしょうか。
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