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私は頑張るしっ!!!

山本愛の塾内日記 200年9月


9月5日(公立高校入試まであと189日)

今日、私の兄こと山本直矢がいつものように「何時に帰るんや」と言うために、向こうの高校生の部屋からやって来た。私がどうしようかと悩んでいると、少し不機嫌になり「帰るんか、帰らんのか。帰るんやったらあと10分で来るから」などとぬかした。私はまだやることがあったので「ほんじゃあ、先生に送ってってもらうわ」と言うと、かなり悪い態度で帰っていった。毎度ながら迫力がないなぁと思い、少しかわいそうになった。  

9月6日(公立高校入試まであと188日)

今日、山口県入試問題の国語の条件作文を書いたので先生に見せに行った。今日は何を言われるのかと少しビクビクしていると「最後がアカン。ここまで盛り上がってきて一気に下がってしまっとる」というありがたいお言葉をいただいた。実はこれを言われるのは3回目である。そろそ自分才能のなさに気づく・・・。開き直って笑っていると「森下先輩に見てもらえ」と先生が言った。今度は何を言われるのやらと思っていると、意外にも「共感できる」と言ってくださったので、調子に乗った私は「10点満点中何点ですか?」と聞いてしまった。しかしさらに意外なことに「7点」と言われ驚いた。「いける!」 そう思った私は先生にも同じ質問をしてみた。「何点ですか?」「3点」 やっぱり世の中ははそんなに甘くないなと思った。       

山口県入試問題「あなたが季節感を感じる時」

夏休みに入って間もないある七月の午後、私はあまりの暑さにいらだっていたので気分転換にお風呂に入ろうとしました。私の家はお風呂に行くまでに畳の部屋を通らなくてはならず、その畳の部屋に入った時、私はふいに「夏のにおい」を感じました。どこか懐かしいような心やすらぐにおいです。そのにおいをかいだ時、「もうすぐ夏だなぁ」と思い、しばらくじっとしていると、これから始まる夏への期待がふくらみ、とてもわくわくしてきました。このことから私は夏が大好きになりました。

9月7日(公立高校入試まであと187日)

今日、私が夕食の買出しにファミマへ行き塾に帰って来ると、さっきまでいたはずの先生がいなくなっていた。「ごはん食べに行ったんかな」と思い、あまり気にしていなかったのだが、どうも帰りが遅い。どうやら先輩方も知らないらしい。先生がこのまま帰って来なかったら、私を家まで送っていってくれる人がいないので、私としては困るのである。その時、森下先輩が「誘拐されたみたいにおらんくなるでな」とボソッと言った。もうそろそろあきらめモードに入ろうとした時、先生がひょっこり帰ってきた。森下先輩は少しびっくりしていた。これで安心と思いながらも、いきなり姿を消し、いきなり現れる。そのうさんくささに、ただただ、あきれるばかりだった。

9月8日(公立高校入試まであと186日)

今日、昨日の「先生誘拐事件」のなぞが解けた。なんと先生は夕飯を食べるために家に帰ったついでに「千と千尋の神隠し」を見ていたというのだ。私が先生でもそんなの見るんやとあっけに取られていると、先生が言った。「でもな、途中で戻ってきたんやで。あの新が龍になって戻ってくるところ」 私は心の中で「あ、あそこか」と思い、さっきの先生の言葉を気に留めていなかった。それからしばらく沈黙が続き、私はさっきの先生のセリフを思い返してみた。「あの新が・・・」「あの新が・・・」「ん? 新?」 私はその時、思わず叫びそうになった。「先生!新じゃなくて白です」 先生は物覚えがいいのか悪いのか・・・。そういうところは「ただのオッサン」と変わらないなと思った。

9月9日(公立入試まであと185日)

今日、塾内に巨大グモが出現した。窓にはりついている。私はすぐに叩きつぶしてたろうと思い、近くにあった新聞紙を丸めた。両者のにらみ合いが続く・・・。「今だ!」 そう思って飛びかかろうとした瞬間、先生の娘であるれいちゃんが落ち着いた様子で窓を開け、クモを追い出したのだった。みんなが席に戻り勉強をし始める中、一人立ちすくんだ私の右手ににぎられた新聞紙がせつなかった。

9月10日(公立入試まであと184日)

今日、先生が帰ってくるはずだったのに帰ってこなかった。(先生は広島へ行っている) 私は多分帰ってこないだろうとなと思っていたので「やっぱり」という感じだったが、私と同じ中3の由子は「せっかく実力テスト持ってきたのに、なんで先生おらんのさ」と言い、かなり怒っていた。由子以外の人は先生がいないことを気にもとめていない様子だった。私は「みんな、ちょっとは気にしたれよ」と思ったものの、よく考えれば私も全く気にしていなかったので「そりゃそうか」と一人で笑っていた。

9月11日(公立入試まであと183日)

今日、やっと先生が帰ってきた。その先生が買ってきたお土産は「ごめん」という名のお菓子だった。そのお土産が何を言っているのか考えただけで笑いがこみ上げてきた。そこで今日は先生を「ただのオッサン」から「かわいいオッサン」に昇格しようと思う。先生、本当に「ごめん」なさい。

9月12日(公立入試まであと182日)

今日、私は全国入試問題の理科をやっていた。岩手県である。その問題の中に「礫」という漢字が出て来たのだが、どうしても読めない。しかたないので先生に聞きに行くと、先生は「何て読むんやろな」と言って、しばらく考え出した。すると突然、先生はあきれたような顔になり、私に言った。「ここに『れき』って書いてあるやろ!」 そしてもちろん「おばさん!」と言うのも忘れなかった。「あの5分間は何だったんだろう」 私はその思いでいっぱいだった。

9月13日(公立入試まで181日)

今日、私が塾に来たとき、中1の女の子達が何やら騒いでいた。どうやら英語の発音をしているらしいが、あまりにもうるさすぎる。とりあえず私は持っていた荷物をわざと机に叩きつけて大きな音を出してみる。が、中1はそのことに気づきもせずに、依然としてしゃべり続ける。だんだん私の怒り度指数が高まってきた。すると、真ん中の部屋にいた先生がそのことを察したのか、中1を高校生の部屋に連れていった。私は行き場のない怒りを感じながらも、ひとまず安心した。

8時30分頃に中3で英語のテストをしていると、高校生の部屋から中1が戻ってきた。私はまた騒ぐのではないかと心配だったが、ある程度静かにしているので安心していた。しかし、中3のテストの残り時間がわずかになり、みんながピリピリし出した頃、中1がまた騒ぎ出したのだ。今度は一気に怒りが頂点に達した。中3の一人も私に目で訴えてくる、「黙らせて!」 どうやら他の中3も同じらしい。私は息を大きく吸った。そして「うるさい! 中3がテストしとんの、発音するなら外行って!」と怒鳴った。一瞬にして周りが静まりかえった。

今日のことで中1がちょっとでも周りの空気を感じ取れるようになってくれればいいと思う。逆に私を「ただの恐い先輩」だと思うのならば、これからも「恐い先輩」であり続けたいと思う。

9月14日(公立入試まであと180日)

今日、私は今までに間違えた数学の問題を集めて作った「オリジナル問題集」をすべて解くことにした。その問題集はノート3冊にもおよぶ大作で、問題の量もとにかく多い。「今日中に終わるんかな・・・」

私は集中するために廊下でやることにした。目の前には『全部解くまで帰らない』と書いた紙を貼って・・・。15時ぐらいから始まった、その「数学との戦い」は深夜まで続いた。ずい分時間が経つのが速く感じた。そして26時になり、残すところあと4ページというところまで来た。その時だった。「おばさん、帰るよ」という先生の声が聞こえたのだ。「試合終了」である。私はおしくも負けてしまった。

一回戦は私の負け、二回戦に御期待下さい。

9月15日(公立入試まであと179日)

今日の昼、先生が「愛、今日は送ってけんでな」と言った。もちろん理由は「飲みに行く」からである。私は心の中で「ちっ」と舌打ちをしながらも、誰か先輩が送ってくれるだろうと思い、軽く受け流そうとした。しかし先生はその後に「ちなみに送ってくれる先輩もおらんよ」と付け足したのである。「ええ!!」 私は思わず叫んでしまった。以前にも書いたとおり、私にとってはそれくらい重大なことなのである。

夜になり先生が宣言どおり飲みに行ってしまった。本気でどうやって帰ろうかと悩んでいると、なんと明日帰ってくるはずだった森下先輩がひょっこり現れたのである。私と先輩の目が合った瞬間、それは二十二世紀に残したい感動の名場面であったに違いない。私はすぐにかけより言った。「今日送ってください」「先生は?」「飲みに行きました」「ふ〜ん」 森下先輩はそう言うと、ふいにポケットからケータイを取り出し、ボタンを押し始めた。「まさか・・・」 私の嫌な予感は的中した。そうなのだ、先輩も先生と一緒に飲むために、先生のいる飲み屋に行ってしまったのだ。私はもはや笑うことしかできなかった。

        9月16日(公立入試まであと178日)

今日は津高の文化祭ということで、中3のほとんどの人が文化祭に行った。私も「今日は久しぶりにはしゃぐぞ!」と気合を入れて出かけた。しかし、今日はデンちゃんこと河上先生が来る日なので、私はなるべく速く塾に向かった。他の中3も続々と集まってきた。しかし、そんな努力のかいもなく私達を待ちかまえていたのは「文化祭なんて高校受かってからでええんじゃ!」という河上先生の厳しい一言だった。

9月17日(公立高校入試まであと177日)

今日、第3回三進連の結果が返ってきた。私は県で16位というまずまずの成績だったのだが、国語が他の教科に比べあまりさえなかった。私がその成績表を先生に渡すと、先生はしばらくその紙を見て「国語がなあ・・・」と言った。私は苦笑した。それからその成績表をコピーして先生に渡した。私はさっきの雪辱を晴らすため、コソコソッと国語をやり始める。「いつか見返してやる」

またしばらくして、先生が私の所へ来て言った。「さっきコピーしてくれた成績表さあ、もう一回コピーしてくれやん? ・・・なくなった」 私は思わず「えっ!?」と叫んでしまった。「もうなくなったんかよ・・・」

私はさっきまでの先生への闘志が、しゅんとしぼんでいくのを感じた。

9月18日(公立入試まであと176日)

今日、私はある一つの事をなしとげた。その一つの事とは、私が夏休みが始まると同時にやり始めた「2001年全国高校入試問題集」の国語である。北海道から始めて毎日一県ずつ解いていき、ついに今日最後の県である沖縄とぶつかったのだ。私は心の底からこみ上げて来る喜びを噛み締めながら問題を解いていく。そして、ついにその一瞬は来た。「終わった・・・。終わったんや」 私は言葉にしきれない喜びを感じながら、まずは森下先輩に伝える。「先輩、終わったんですよ」 先輩は笑って小さな拍手をしてくれた。そして、次は先生。私はわざわざ高校生の部屋に行き、さっきみたいに言った。「先生、終わりました」 どんなコメントをくれるんだろうと期待が膨らむ・・・。しかし、先生は「そうか、おめでとう」と言っただけだった。私ががっかりして帰ろうとすると、そんな私の気持ちを読み取ったかのように「すいませんね。一緒に喜んであげれる先生じゃなくて」と言った。「分かってるならもうちょっと祝ってよ・・・」 その思いでいっぱいだった。

9月19日(公立入試まであと175日)

今日、私は公立入試まであと175日しかないことに気づいた。しかも、あと175日というのはあくまでも公立であり、私立はもっと早い。そう考え始めたら急に不安だけが大きくなった。「私、受かるんかな?」 二人の兄もこんな気分を味わったのだろうか。

しかし私はすぐに気を持ち直した。「受かるんじゃなくて、受かればいいんや!」 悩んでいても始まらない。その悩む時間さえもったいない。私はそのテンションを最後の最後である大学受験まで保ち、「絶対合格」することを決心した。

9月20日(公立入試まであと174日)


今日、私が廊下で勉強していると、突然先生が来て私の隣に座った。私が何だろうと思ってきょとんとしていると、先生はボソッと言った。「今日送れやん・・・かも」 「どこか行くんですか?」 私が恐る恐る聞くと、「先生はマージャンっちゃう?」と少し間を置いて言った。そこへ沙耶加が先生に質問に来たので、先生は逃げるように中学生の部屋に戻ってしまった。
しばらくしてから、私は先生に本当に送ってもらえないのか聞きに中学生の部屋に行った。そして「今日送ってもらえないんですか?」と聞くと先生は「森下先輩に『私はどうすればいいんですか』って聞いてみろ」と言った。私はその言葉の意味が分からなかったが、とりあえず高校生の部屋に行き一部始終を先輩に話した。話し終えると先輩は、笑いながら「多分、先生マージャンしたいんやに。そやけど自分からは言えやんで俺にふっとんの」と言った。なるほど、さすが私より先生のことを分かっている。それから森下先輩は中井先輩と世古先輩と相談してマージャンをすることが決定。(つまり私は送ってもらえない・・・)
私はしぶしぶそのことを先生に告げに行った。「先生、OKだそうです」「何が?」「マージャン」 その言葉が終わらないうちに先生は笑顔になっていた。そして私に言った。「それじゃあ、すいません」 というわけで、私は今日は早く帰って、家でアキちゃんこと私の兄と向き合って勉強したいと思う。

9月21日(公立入試まであと173日)

今日、私は床で勉強することにした。理由はない。何となくそんな気分だったのだ。それはそうと、床というのは案外暗く、どう考えてもめが悪くなりそうである。ただでさえ低下してきている私の視力がさらに下がることは間違いない。しかし、私はそんなことは気にせず勉強した。勉強で目が悪くなる? 「かっこいいじゃないか!」 半分そんなノリだった。

しばらくすると、森下先輩が来た。しかし先輩は私をチラッと見てどこかへ行ってしまった。私はかまわず勉強した。そこへ先輩が再び登場した。今度は右手に何かを持っている。「何だろう・・・あ!!」 私は目を疑った。なんと線p誌のみぎてに握られていた物、それは「電気スタンド」だったのだ。夢ではない、まさしく私のための物だ。私は嬉しくて言葉が出なかった。「今日はいい日だなあ」 本当でそう思った。

しかし、そんなウキウキの私を先生の「今日も送れやん」という言葉が待ち構えていたのであった。

9月22日(公立入試まであと172日)

今日、たかし先輩のお父さんが来るということで、先生は「飲みに行くかも」と言っていた。私の今までの経験からいくと「飲みに行くかも」イコール「飲みに行きます」である。これはまちがいない。なぜなら私は先生の「〜かも」という言葉に期待して幾度となく裏切られているからである。
夜九時をまわった頃、先生は予想通り飲みに行ってしまった。私は予想が当たった喜びと、今日も送ってもらえない悲しみが混ざり合い複雑な気分だった。

夜十一時半頃。いい具合に酔った先生が帰ってきた。まだ理性を保っている様子だったので、私はおそるおそる聞いてみた。「これからマージャンですか」 すると先生は嬉しそうな顔をして「何で分かったんですか? これからは安倍晴明と呼びましょう」と言った。「・・・」

このように、最近先生の行動の予想が出来るようになってきた私。喜んでいいのか悪いのか・・・。

9月23日(公立入試まであと171日)

今日、森下先輩と世古先輩は京都へ、中井先輩は九州へ、たかし先輩は福井へ帰ってしまった。先生はとてもさみしそうに「夏も終わりか・・・」と、つぶやていた。とてもかっこいいシーンであるが、そのセリフを聞くのは実に3回目である。私は思った。「先生の夏って何回あるねん」

先生は、今日は私を送ってくれるそうなので、先生の悪口はこのへんにしておこうと思う。

9月24日(公立入試まであと170日)

今日、第二回全県模試の結果が送られてきた。私の目標は「真歩先輩を倒す」こと。つまり三重県順位一位を取ることだった。しかし目標はとはそんなに簡単に達成できるものではなかった。結果は十一位。完全に私の負けである。「真歩先輩は強い」

しかし私は思う、「超えられない壁はない」と。

9月25日(公立入試まであと169日)

今、先生が寝ている。しかし壊れて背中のもたれる部分がなくなったイスに毛布をひいて枕にしている。いったいどういうことだろう。かなり熟睡している様子だ。私はこれから先生に送っていってもらわなければならない。先生は起きてくれるだろうか。とりあえず、耳もとでスリーカウントしたいと思う。しかし本当にしようとして先生に近づいた瞬間、先生が目を覚ました。と思ったらまた眠ってしまった。これで本当に白山までの25分間、ちゃんと運転できるんだろうか・・・。「飲酒運転よりたち悪いやん」 とにかく送ってもらう車の中では絶対に寝ないようにしたいと思う。

9月26日(公立入試まであと168日)

以前に森下先輩が電気スタンドをくれたという話を書いたが、「あれからというもの私は床での勉強にハマってしまった。口では上手く説明できないが、とにかく「いい感じ」なのである。しかしその床座りには一つ欠点がある。何かというと、私は床に薄いダンボールを敷いているのだが、薄いせいで少しお尻が痛いのである。たまに毛布をその上に敷いてみたりもするのだが、今日は暑い。困った私は、仕方なく「尻痛コース」を選んだのだ。

しかし、そんな私の悩みは今日解決した。なんと先生が私に「バスマット」を与えてくれたのである。なんでもタロー先輩も「バスマット」を敷いて勉強していたとか。私はさっそく敷いてみた。「やわらかい!お尻がいたくない!」 私は心の中で絶叫した。初めて先生のバスマット好きが理解できたような気がした。しかし、ますます「れいめい塾化」していく自分をまのあたりにし、少しせつなくなる私だった。

9月27日(公立入試まであと167日)

先生は今日もまた飲みに行ってしまった。今日の相手は岡先輩とタロー先輩だそうで、かなりウキウキしている様子だった。

最近の私の日記はこんな内容ばかりである。よく考えてみれば、それだけ先生が飲みに行っているということになる。(しかも明日も飲みに行くらしい)はっきり言って飲み過ぎだ。さらに、先生は飲みに行った次の日に「あー、二日酔いや。しんど」とか「眠っ」という言葉を二、三回は口にする。そんなとき、私がいつも思うのは「じゃあ、行かんだらいいのに・・・」である。そんな目に合ってまで飲みに行く先生の根性が、私には理解できない。というより理解したくない。ということで先生、お酒の飲みすぎと、あとたばこの吸いすぎには十分注意して下さい。

9月28日(公立入試まであと166日)

塾の電話が鳴った。有加里が慌てて取る。今日は(も)先生はいないのだ。「もしもし、れいめい塾です」 明らかにいつもより高い声で有加里が言う。私が「女の子やなあ」などと、おばさんくさいことを考えていると、有加里が、受話器を抑えながら私に聞いた。「愛ちゃん、たかし先輩っておる?」 いつもの声だった。「えっ、おらんやろ?」 私は不思議に思った。なぜなら、たかし先輩が今、福井にいるということぐらい有加里も知っているはずだからだ。それにもかかわらず、私に聞くということは、もしかしたらたかし先輩がいるのかもしれないと思い、真ん中の部屋にいる森下先輩に聞きに行った。後から電話を済ませた有加里がついてくる。どうやら「いません」と言って切ったようだ。「先輩、たかし先輩っていませんよね」 私が聞いたその時、森下先輩ではなく有加里の顔色が変わった。「愛ちゃん、たかし先輩じゃなくって高橋先輩やに?」「・・・えっ?」 そうなのだ「たかし」と「高橋」を聞き間違えていたのだ。「やってしまった!」 私は叫んだ。なぜなら、高橋先輩なら、下にいるからである。しかし、もう電話を切ってしまったのでどうすることもできず、二人で高橋先輩に謝りにいった。先輩にそのことを話すと、「えっ?間違えたの?」と大爆笑されてしまった。「・・・すいません」 私はあまりの恥ずかしさに言葉がつまった。まさに、「穴があったら入りたい」状態だった。

9月29日(公立入試まであと165日)

今日の昼、先生が高校生の先輩に「お前、何個食べる?」と聞きまわっていた。どうやらマックのハンバーガーを買ってくるらしい。「私にも聞いてくれんかな」 私がそう思っていると、先生はそんな私の気持ちを察したのか、「愛は何個食べる?」と聞いてくれた。私はすかさず先生の方を向き、目を輝かせながら、「三個!」と勢いよく答えた。「シーン」 一瞬周りの空気が静まった。「三個か・・・」 先生がつぶやく。「しまった!せめて二個にしとけばよかった!」 しかしもう遅い。先生は何度も「三個か・・・」とつぶやきながらマックに出かけてしまった。

しばらくして先生が帰ってきた。私はマックの袋から望み通り三個のハンバーガーを取り出した。先生は私の方を見て笑っていた。私は逃げるように席に戻り食べ始めた。次第に満たされていく渡しのお腹。私は幸せを感じながらも、「きっと先生に『マック三個食べた』って言われ続けるんや」と思い、とてもやりきれない気持ちになった。

9月31日(公立入試まであと164日)

今日、私が勉強していると先生がコピー機の前から「お〜い、愛!」と呼んだ。「何かテストでもすんのかな?」 私はそう思いながら先生の所へ駆けつけた。しかし、先生が私を呼んだのはテストでもプリントでもなく「コピー機がおかしい」とのことだった。「塾頭が直せやんものを生徒の私が直せたら、それこそ大問題やろ・・・」 私はそう思いながらも一応コピー機を調べた。・・・! 「先生、これ押したらいいんじゃないですか?」 先生は「あっ!」というような顔をして私の方を向いた。そうなのだ、なんと先生より先に私が直してしまったのだ。しかも難しいことをするわけではなく、ただ一つのボタンを押すだけだ。先生は恥ずかしそうに私の肩をたたき、「おばさん」と言った。その時、私は先生に気づかれないようにニヤッと笑い、「おじさん」とつぶやいたのだ。

          

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