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鎌倉トンネルの怪〜一章

通称、鎌倉のお化けトンネル、小坪隧道は神奈川県逗子にあり関東ではあまりに有名な、いわゆる心霊スポットであった。今から15年ほど前の春の事である。
当時、東京に住んでいた私はかねてより鎌倉に必ずといっていいくらい幽霊を見たり、心霊現象が現れるトンネルがあって、けっこう信憑性があるということで少なからぬ興味を抱いていた。もちろんあの頃にしても霊の存在に関しては否定的持論であったし、そう簡単に拝見できるものなら、一度はこの目で確信してみたいと願っていた。それがある日、話しの弾みで今度行ってみようということになり、念願の鎌倉行きとなった。車はおろか運転免許も持っていなかった自分にとっては又とない絶好の機会であり、日々、満員電車に揺られるかせいぜいタクシーに乗車するくらいの日常感覚からみればお化けうんぬんにも増して、深夜のドライブ自体が何か童心に帰ったように期待できらきらとかがやきだし、とても待ち遠しかったのである。
たしかそれから2、3日後の金曜の夜だったと記憶する。仕事が終ると直ぐさま出発したのだった。時刻は深夜2時をまわっていた。当時は六本木のクラブに勤めていて、メンバーは自分の部下2人、車はそのひとりの部下のものであった。車種は覚えてないがセダンだったような気がする。私は助手席にニコニコ顔で乗り込み、車は夜の首都高を爽快に滑り出していった。海老名のインターあたりで、中華そばとにぎりめしなんぞで腹ごしらえをして、再び厨子を目指して車は山あいの闇の中を駆けて行く。この辺までくるとさすがに胸が高鳴り、何故か神妙な気分になってきた。そしてほんの少しではあるるが何かうしろめたいような妙な感覚、視界には民家はおろか灯りさえ途絶えている。闇の世界というものは人の中枢神経を麻痺させ、心の平行感覚に乱れを生じさせる。危険な薫りがしてきた、頭上から良くないものが降り注いでくるような嫌悪感、奈落の底に堕ちて行く前の諦観にも似た、失意。胸の中で複雑に言葉にはならない黒々とした渾沌が渦巻く。しばらくして「ええと、この辺りなんですけど確か」ハンドルを握る部下がそう呟いた。「何だ意外と早いなあ、もう着いたの」車の時計の針は4時半をさしている。「ああ見えてきた、そこそこ」いよいよ到着か、下半身の血がすっと引いていくようなこそばゆい期待感におそわれる。遂に来た、これがあの有名なお化けトンネルか、車のライトに照らされたその入り口は思ったより幅がせまく、相応の歳月を経た苔むした赴きがあった。「それでは皆の者!」私は何かに憑かれたような大仰な声色で背筋をただし、こう言った「さあ、いよいよ突入や」そしておもむろにバックより一本のカセットテープを取り出し、カーステにセットするよう頼んだ。「何ですか、これ」私は静かに答えた。「般若心境、お経だよ、お経」一瞬間をおいてからハンドルを握る部下は「それってまさかトンネルの中でかけるとか」後ろの座席からも「うそー、ほんとですかー」窓を全開にして大音量で突入する!待ちに待ったこの瞬間が今、訪れようとしている。夜の静寂にエンジン音が無気味に響きわたった。 つづく


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