786 貞子の休日6 我々は出発する、未来に向かって出発する、まだ見ぬ未来に向かって。 錯綜とした森に中をかき分け進もうとする。不穏な焦燥とやがて切り開かれよう大地の広大の栄光を胸に秘め、霧がかった道筋をどこまでも探査していく。森が火に包まれるとは知らずに。 さあ、合コンの場はその後、席替えを催し、未知なる交歓と無心な邪念は想起の萌芽となりかける頃、あの富江はみつおとテーブルを挟んで対面する格好にあった。「おひさしぶりね、みつおさん、少しお痩せになったようね」「そうだね、しばらくだね、あの時僕がいいたかったのは」みつおは凍りついた顔色にやっと血が通じたとでも言いたげに笑ってみせる。「一緒だよ、物語はあらかじめ決定されているという事さ、ここでこうやって貴女と再開するのも僕にはわかっていたんだよ、否、はっきりではない、おぼろげにだけども」「どうしてそんな風にものごとを決められるの、私には理解出来ない」おやおや、富江さんもお酒がまわってきたのか、髪をたくし上げる仕草が頻繁になる。それにけっこう喋る。「今日ははっきり聞かせてもらうわ、私が富江じゃないって前にいったでしょ、覚えてる」 みつおの目の奥では、何か得体の知れない奔流にさらわれていく、哀感をともなったひとつの情景が輪郭を整えようとしている。ズームイン、残念ながらカメラは心の奥までは忍びこむことが出来ない。と、いうかいいとこなんだからね、シリアスでいくよ。 目の奥、流れ、みつおは無意識的に眼を閉じた。そこには一枚の枯れ葉が流れにまかせて、どこか遠くへと消え去っていくのが見えた。まるで記憶の断片のように、切なく儚く。「富江さん、覚えてるよ、貴女は富江さんじゃない、それは僕がみつおでないって事の裏返しなんだよ。鏡それ自体が虚妄であったらとしたら、そこに映し出されるものは何なんだろ、僕は錬金術師じゃない。だから、貴女が映らない」みつおはそこで言葉に詰まってしまった。「みつおさん、貴方は貴方よ、それに私は私、自分の事を棚にあげて人を判断しないで、あの時、私、見下されたようでとても悲しかったわ」富江の頬にはすでに両筋の涙がつたっている。 「そうだわ」その時、向かいの席から掲子がいきなり声を張り上げてきた。「みつおさんでしょ。お話するのはは初めてだけど私、よく知ってる」怜悧なまなざしはより一層、透明度と峻厳さを深めている。「板石さんとかいいましたよね、僕は初めてですけど」「それはそうよ、あなたがすべてが決定稿とかいうように、私もすべてが決定されているのよ!その為に今日ここに来たのよ!」 あまりの大声に一同おもわず、静まりかえり掲子の姿に注視を浴びせかける。何だ何だと言わんばかりの不審な顔色を浮かべる者もいる。 「みんな聞いて欲しいのこれは、とても危険なゲームなの」 長島君は目が点になった、堅井先輩は口をあんぐり、昇は嫌な予感がし、貞子と加也子も驚いて神妙な顔つきに見つめている。富江は下を向いたまま涙をぬぐおうともしない。周辺の他のお客の中もこちらをちらほらと伺っている。 掲子はついに立ち上がって「いいから聞いて時間がないの、手短かに説明するわね、一度しかいわないからよく聞いて。私はどこから来たと思う。778からきたのよ」長島君、点の数が倍増、首がふくろうのようにねじ曲がる。「見づらかったらスクロールして」スクロール!貞子もびっくりだ。「でもここには無いから無理よね、でもここに今いる人以外はみんな簡単で出来るわ。あなたたちが見てるこのモニター、パソコンの縦スクロールよ。現在は786よね、文章の始まり左上に番号があるでしょ。まだ、わかんないの、スクロール下げて778のみつおの冒険に飛ぶのよ。第三段落、いい色のパンストの彼女が私なの。そしてみんなにある警告をしに来たのよ。」 全員、一気にざわめきだす。何いってんだよ、え〜、訳わかんない、どういう事、これってもしかしたら、悪い冗談さ、マジかよ。 「時間がないの、もう数秒よ。ダメ、この場から逃げ出しても意味がない、外に出たって、どこに行ったって同じ。ここは、うっ〜」突然、掲子は苦しみだし、そのまましゃがんで、何かを言おうとしていたが、信じられないことだけど、段々とぼやけるようにして、その場から姿がかき消えてしまった。存在しなくなったともいえる。 昇はその時、今朝見たあの巨大飛行船の夢を思いだしていた。これはハルマゲドンだと実感したあの、衝撃とその後に訪れた哀惜と清澄なる思いを。そして、少しづつわかってきた。理解即実践。俺の任務は今ここで遂行される為にあったという事が。そしてもうすでに戦渦の中にいるというまぎれもない事実であるという事も。
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