784
貞子の休日5


カメラはまわり続けていた。時間も流れていた。ここで各人の人物像と簡単な関係図の紹介しなければならない。もちろんゴダール風なんで、モンタージュを駆使したとてもスタイリッシュな映像をもって。
全体構図をとらえていたカメラは、四対四のシンメトリーな人物たちが、やがて左右にぶれながらひとつの集団劇を形成し、人間模様は木々のざわめきのように、陽の光にゆらめく海面の乱反射の文様のように、自在に動作を映しえる。お互いの紹介や挨拶や軽口、恥じらいや微笑、食べたり飲んだりの楽しげな情景、徐々に盛り上がる場の雰囲気。しかし、これはあくまで全体像である。ズームアウトの枠からでディテールには肉迫できない。実際、目をよく凝らして見ると、満面に笑顔の堅井先輩、目は細めているも悦に入ってる長島君、それなりに場にとけ込んでるいる、貞子と加也子、反面、まだ酔いが足りないのか、昇は平静のままだ。始終、無言のみつお、そんな彼を斜めにみつめる、控えめな富江、そして今だ名を知らぬ謎の女。
ズームイン、パン。堅井研二にクローズアップ。注文したえんがわの刺身をうまそうに頬張りながら、いつもの余録とやらの3倍は熱気が感じられる。どこまでも80'sを意識した刈り上げヘアーは今日も健在、昇以外では貞子とは例の赤いバーで面識があるが、他は初見である。すでに割り箸をマイクと見立てて「時の過ぎ行くまま」を今にも口ずさみそう。パン、加也子。貞子とは従姉妹同士だが年齢は少しばかり上、すばしっこい小動物を思わせる愛くるしい面だが、貞子からは愛想なしと思われている。こういう席では人格が変るようだ。お酒はかなりいける。男性軍は長島君の他は顔見知りでなない、女性軍はあのまだ知らぬ女以外は旧知である。少し補足をしよう、実は女性軍にも異変があった。今回の集いに参加予定のメンバー二人が急用で来れなくなってしまった。焦った加也子は貞子に電話、そしてもう一人の人物に声をかけることになるが、実際は全然知らない、欠席者からの紹介、いわば代打を勧誘したわけであった。加也子は冗談まじりの笑顔で長島君の肩を叩く。カメラはそのまますばやくパンして、真正面より長島君のアップで固定される。一見、大人しめ、でも芯はありそう。お酒はあまり強い方ではないらしく、軽めのアルコールとウーロン茶とで交互に喉をうるおしている。加也子とは前から知り合いのようで、だからこそこの合コンが生まれたわけだが、しがらみ、いきさつは本編とはあまり関係がないので端折らしていただく。そこでカット、富江に斜めからアプローチ。貞子の学友。加也子とはそれほどは親しくはない、みつおと呼ばれる男はよく知っているようだ、他は初見。純和風な雰囲気を漂わせる中々の美人だが無口すぎるのが玉に傷か、過ぎたるは及ばざるでもう少し明るく振る舞えば、より映える存在となろうものを、それともいい得ぬ過去があったとでもいうのだろうか。ミステリーには早すぎる。貞子並びに山下昇は実相寺昭雄的構図で切り取る。貞子背後より右反面覗かせ昇の肖像を描こう。先程よりは少しばかり陽気さが巡ってきた様子、高笑いの声、お〜っといきなりハプニング!何と昇が椅子からずり落ちた。緊張あるいは昨日の酔いの残滓を呼び水をしたか。何せ飲み方のペースが早い。苦笑いを浮かべながら瞬きする彫りの深い表情には異国の血が垣間見える。その瞬くまつげの間の下の瞳に映ずる、貞子の影が・・いつもの人間離れした長髪を束ね、浮き世に立ち返った姿勢に怨念の炎は消えて今はない。卵型の形のよい顔面に目元涼しく、時に優しげに溌剌とした唇との均整を見せる造りには、誰もが好感を抱くだろう。昇と今日連れ立った2人以外は面識はない。おっと〜新たなハプニング!今度は加也子がずり落ちた。昇は高笑い「何かうれしいですね〜」これで互角か、ここは戦争ではありません。本当の修羅場はこれから火蓋が切って落とされるのです。次第に盛り上がっていく席上。高揚する人々。カメラは今度はゆっくり移動、いったん後退して、テーブル両端の対角線上の二人をとらえる。みつおと呼ばれる男。顔色蒼白、生気がなくどこか植物的な体質を発散している。表情暗く富江といい勝負かも知れない、その富江とは旧知であるようだ、今回の参加は長島君の口利きによる、よってこの二者の他はつゆ知らず。長島君とはどこで接点が生じているのかは、ここで問う事にあまり意味はない。
暗転後、スポットライトが照射、ついに名のなき女のベールがはがれ落とされる。カメラは正面までクローズアップ。小柄ながらも豊満な姿態、非常に怜悧な印象を持つ西洋人的な目縁、名を板石掲子という。加也子の知り合いより紹介を受け今宵、ここに臨む。彼女だけが席上、孤立に見えた。