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貞子の休日4


天候雨多し。桜散る。この季節の午後7時前といえばもう十分に夜の帳も降りて、行き交う人々の表情までもが暗転に心委ねているように見える。決して時間はさかのぼれない。無駄な抵抗よりも自然な衰退に身を任せる夏の終わりの昆虫たちにように過ぎ去ればいい。
この物語もそろそろ山場にさしかかって来た。俯瞰図にカメラを配置し、少しばかりトリッキーな手法で登場人物たちをとらえてみよう。
集合場所、いえ、合コン会場。市内のとある居酒屋。おそらく全員酒はたしなむので徒歩で、又はタクシーで乗り付けると思われる。さあ、時間10分前、スタート!店舗玄関側、左手より一番乗り、長島君らしき男性が早歩きの足取りで早くも登場、彼は段取役だから当然といえば当然か。店内に吸い込まれる。フィルム早回し。えっ、生中継じゃないのかって、何せこれはドラマですから。7分ほど前になると今度は右手より女性3人組、貞子、加也子、富江である。どうやらどこかで落ち合っての集結と見える。ほぼ時を同じくして同方角より、山下、堅井のコンビが方やため息まじり、方や鼻息荒き面持ちで入店。3分前、左手から一台のタクシーが玄関前に停車、出席者と思われるあのまだ読者の見ぬ女性がおもむろに車から降り立つ。ドキュメンタリータッチで店の戸を開く。
7時ちょうど、最後の男がいつの間にやら玄関に位置している、えっ、カメラに映ってないって、そんな馬鹿なあ〜、そんな馬鹿です。何故か何度フィルムを巻き戻しても玄関にいたる軌跡がつかめない。何かのミスであろうか。そんな事には拘泥しない。肝心なのは合コンですから。どうです、このジャン=ピエール・メルヴィルばりの導入部。一方、店内に潜入したカメラは独自の映像美をとらえにその全生命を賭ける。

今度はゴダール風に行ってみよう。「やあ、さすが段取君、そつがない」長島君に向かって山下昇が儀礼的に挨拶する。「あ、どうも今晩は」長島君は以外と落ち着いて見える。あえてそう装っているのだろうか。堅井先輩も軽く会釈。長島君が確保しておいたテーブル席へと二人が歩む。とよく見ると、長島君を前にして背を向けて鎮座する3人の女性の姿。先客あり。これこれ、何がゴダール風かね、しっかりしたまえ。映像美を追求しすぎてリアリズムを忘れては困るよ。カメラは少し見晴らしよい場所に陣取り全体的な構図に固定する。向かって右手に男性軍とやら、左手に女性軍とやら。ご対面。無論、初顔合わせはあれば、顔見知りもいる。それぞれ、おじぎをしたり微笑んでみたり、コミットに余念がない。そこに店の関係者と思われる男性が、颯爽と現れ何やら談笑している。しかし、カメラにおケツを向けているので、映像が又もや、独自のノイジーな絵になる。せめて音声でもと集音に迫る。「今日はどうも、あの、あれで、そうすか、あっ始めまして」まわりにもお客がいるので、騒がしく正確には捉えがたい。断念。と思いきやくるりと反転、その店の人はどうやら店長らしい。他の制服の従業員から店長と呼びとめられ何か質問を受けている。カメラズーム!長身、中々の好青年である。少し目を細めてゆっくりとした身振りで話す姿には、どこか陰影があり、店内の明るい照明の下よりもほの暗い灯りの元で、本来の男性的魅力がダイナミックに跳躍するのではないだろうか。その店長の脇を小柄な女性がすっと通り抜け、彼らのテーブルへと納まる。よしズーム、これこれ、焦ってはいけません。ゴダール風にいきましょう。そして最後の一人がやってきた。7人が席取る位置に向かって、どこか生気を抜かれたような足取りで迫ってくる。反射的に女性陣の中から富江が立ち上がった「みつおさん」店長が横をすれ違うようにして席に接近していく男の顔を見つめる。どこかで見たような、でもよく思い出せない。でもえ〜と。しばらく考えてはいたが店内も活気でざわめきだしていそいそと厨房奥に下がって行った。

読者諸君、これで今宵の宴に男優女優全員ここに集まったわけだ。立ちがったままの富江とみつおと呼ばれた男が着席するのを確認してからいよいよ、えっ、OK、はいわかりました。さあ、お待たせしました。では各人それぞれのプロフィールに肉迫するとしよう。