790 貞子の休日10 窮地のどん底にあった3人の目に貞子が飛び込んできた。いつもと様子が違う。彼女も昇みたいに豹変し、猟奇的な殺人鬼と化したのであろうか。想像の猶予もままならぬ間に、的確な勘で背後の気配を感じとった昇は鮮やかな身のこなしで、振返り様に素早く銃口を貞子に突きつける。が、貞子はそれより尚、俊敏にまるでくの一の技法の如く、目にも見えない移動で銃を構える昇の背後にまわり込んだ。そして後ろから手を伸ばすと何と昇のズボンのファスナーを一気に下げ、更に下着をまさぐり、肉棒をつかみとった。あまりの超技巧的なテクニックに昇の鬼面は、白日に晒されたように一瞬神通力を失った。小銃を握られ思わぬ不覚とでも言いた気な表情を見せる。すかさず、貞子は身を反転して膝をつき握りしめた一物を口に頬張ると、一気に手先と連動して首を上下させる。ムクムクと起動始めた小銃に意識をとられた昇は、思わず手元から殺戮劇を演じ続けた兵器を落としてしまった。 猟銃が床に届くか否やの時だった。昇の脳天に稲妻が走り抜け、同時に貞子が後退して行くのが見えた。下腹部に違和感を覚る。肉棒が食いちぎられているではないか。すでにとめどもない出血の氾濫が始まっている。昇は怪鳥音を発しながら激痛に踊らされて、独楽のようにまわりだし苦悶に顔を歪め、切断部からの鮮血を放水するよう周囲に噴出した。 3人は金縛りにあったように、致命傷にのたうちまわる昇に目が釘付けになっていたが、もうひとつの修羅にも気がついた。そう貞子にも変異が起こった。喉元を両手で締め上げるようにして嗚咽にならない、不気味な苦しさを見せ白目を剥いてもがいている。 今度は店長が俊足で貞子に迫る。そして体を強く抱きしめ貞子に接吻した。猛烈なる吸引をもって。店長の頬が見る見る間に砂地獄にようにへこんでいった。貞子は白目をより大きく見開いてはいるが、抵抗することなく咄嗟の口づけに身をまかしている。みつおと富江、それに死せる男性両人の空ろな眼窩は、その極限まで高まりつつある至上の受難劇を、信念と敬虔の狂詩曲が流れる中、じっと見守っているのだった。時間の感覚は麻痺し、時間そのものが痙攣する。 やがて貞子は苦悩から解放された堕天使のよろめきにも似た安堵の姿態を見せる。白い鳩の群れがいっせいに羽ばたいた。貞子から離れた店長の口元は血で赤く染まりながら、床の上に何かを吐き出した。それは子ねずみの死骸にも見える昇の陰茎であった。傍らには出血しながら失神した昇が倒れていた。 手で口を拭う店長に貞子が歩みよるとこう呟いた「貴方は私の命の恩人だわ」すでにいつもの彼女らしさを取り戻している。「いえ、貞子さんがあの殺人鬼を退治してくれたのです、貴女こそ聖女です」店長は生まれて初めて愛の力に包まれていた。すると貞子がこう言った「死とエロスといいます。私を抱いて下さい」貞子は几帳面であった。「店長のお名前は」「僕ですか、性也といいます、大橋性也です」「素敵なお名前」貞子は店長の性也の手をとり、隣の部屋へと促すと、ドアを閉めた。そして衣服を脱ぎだした。下着だけになった時、性也はその奇怪なパンティを見て新たな戦慄が走ったが、貞子は気にせず全裸になり横になって両足を大きく広げた。満開に咲く薔薇の花びら。性也はもう地獄にいつ堕ちてもいいという奇態な覚悟さえ抱き、自らも服を脱ぎ捨て野性の思考で官能の世界に溺れていくのだった。 呆然自失としていた富江は、ようやく落ち着いてみつおの方を見つめた。彼の唇が迫ってくるような予感さえもって。だがみつおは力尽きたような表情を浮かべこう言った「さあ、そろそろ大団円が近づいてきた、ここを出よう、奇跡が起こってるかも知れない。物語が破綻する瞬間が見えるかも知れないんだ。行こう」 隣室からもれてくる制御のないの歓喜の歌に見送られるようにして、みつおと富江はその血塗られ、汚され、清められた部屋を後にした。
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