理由なき反抗7


日中の陽射しはすでに後退してゆき、暗幕に辺りが覆われる。とても繊細な厳粛な時間。
想い出に耽っていた加也子の携帯が着信メールを知らせた。送り主は喫茶グリムのマスターから。
「こんばんわ、グリムです。今、みつおさんが見えてます。一応、連絡しときます」
加也子は先程までのうつろう夢のような気分が、一変して新たな意欲へと転じていくのが分かった。体温が上がっていくのと同じくらいの感覚で。

みつおとはあの合コン以降、数回会ったことがあった、いや、見かけたという方が実情か。一度は「貞子の休日」の出演時において、二度目は飲み会の後、酔い覚ましに帰り道の横に広がる墓地の中で。というのも加也子は小さい時分から墓場で遊ぶのが好きで親からは「あんまり墓なんかに用もないのに行ったらいけないのよ、引っぱられからね」と何回も注意を受けたが、何故かひんやりとして、よそよそしい佇まい、足下がとられるような砂地の感触、墓石に刻まれが蝕まれて読み取れない文字、苔むした個所などに棲息している小さな虫たち、夏場ならば絶え間なく聞こえる蝉しぐれ、煙る線香に入り交じる献花のかすかな香りなどに、遊戯的な親和を覚えた。
あれは確かにみつおだった。こんな夜遅くに何をしているのだろうと不思議に思い、声をかけようとした途端、さっと背を向けて暗がりの中に消えていったのだった。
その後も夜間に限るのだが、あまり人気のない道筋で姿を見たことがある。それらを特に印象深く記憶していたり、興味を抱いたりしたわけではなかったが、ある晩の夢見にみつおが出てきたのだった。
夢はいつも奇妙な空間構造で幻惑するが、無駄な映像は意味なく表出しないだろうと、前々から加也子は思っていた。まさにあの映画のみつおのセリフみたいに「すべては決定されている」とう言う通りに、粉砕されたガラス絵の断片が時間軸を無視して乱雑に散らばるだけで、丁寧に根気よく破片をすべて集めてみれば、その訪問先が知れるように、望んでいるものの正体が判然とするように、あらかじめ答えは用意されていた事になるのではないか。その答えのイメージ化として、象徴として彼が立ち現れたのなら、随分とご丁寧な示唆に富むところであるが、その夢内容はかつてない破天荒な幻視であり、軽業師の目眩によりかき乱された風景画であった。

とてつもなく細長い空間、列車の中のように直線的で反復性のある無機質な居心地、無限の連続でどこまでも伸びているカウンターに、無数の椅子。薄暗く、渇いた空気。埃の積もる音さえ耳を澄ませば聞こえてきそうな絶対無音に近い部屋。突然、金属とコンクリートがぶつかりあうような焦燥的な音の接近が起こる。音のする方を見ると、みつおが椅子の位置を正そうと遠く端からこちらに向かって順よく近づいてくる。原因判明に安堵する。すると音が消えてしまった。再び不安な気分になる、と直後に今度は反対方向から同じ音が響いたと思いきや、いきなり隣の席にみつおが腰かけていた。氷がわずかに溶ける微笑みでもって。驚いて立ち上がろうとすると、みつおが口を開いた「肝心のは、眼が見えないということなんだ」そう呟くと、白い霧のようなものに被われて、よく見ればみつおの姿はなく椅子の上には、紅色の布地のお守り袋のようなものがある。恐る恐る手にしたら袋を閉じてあった編み目の紐が自然にほどけ出し、中から真珠の数珠が現れた。その一粒一粒には通し番号が書かれている。順番に読み上げるのだが、三の所から先に進めない、何度試してみても、、、

そこで夢から覚めた。
しばらくはたゆたうような心持ちがしていたが、意識がはっきりしてくると共に甘酸っぱいリンゴのような瑞々しさを感じた。
みつおは映画の時、真剣に演技をこなしているようだったが、出番待ちの間はほとんど無言だったような気がする。思えば一番、得体の知れない人物を演じていたのであり、実物の素性も加也子は何も分かっていない。謎はいつも魅惑的とか言っていたような覚えもあるが、どのセリフだったのか思い出せなかった。
喫茶グリムの店主から、みつおが数日前に顔を出したと小耳にはさんだ時、次回また現れたらぜひ連絡をもらいたいと告げておいたのは、夢枕に触発されたわけでもあったが、謎が魅惑なのはいつものことであるのか、その定説を確認してみたいという、二重の謎解きにときめくアミューズメントで引っぱられる感じがしたからであった。