理由なき反抗5


不意に解体される秘密基地の崩壊。密かな楽しみは、よくも今まで親たちを含めまわりに発覚してこなかったと言えた。
それは加也子と耳子だけの享楽として、決して他言しなかったことに尽きる。二人はいわゆるヤンキーと呼称される不良生徒ではなかったし、授業態度に問題もなく成績も中間よりかなり上位にあった。性格的にも目立ったところがないので、クラスの中でもどちらかといえば地味な部類である。担任から見て内申書的な心証に引っかかるとすれば、遅刻が他の生徒に比べて多いことくらいであった。
数学担当の木梨は、目の前で空の酒ビンを転がせて酔いしれている二人の顔を判別した。名前も素行も知っている。そして怒声で脅してみたものの、その懲罰が空振りに宙を舞うような脱力的な失望を覚えた。以外な光景といわんばかりの目つきになり「お前らなあ、どうしたんだよ。先生びっくりするじゃないか、これドッキリかあ。どういう事だよ、説明出来るよな、おい三島加也子」
いきなりの罵声から音程が下げられたような木梨の和らいだ口調に「はい、先生、実は今日は兄の命日で法事が昼間にあったんです、、、兄はわたしが小さい頃、病気で死んでしまいまして、、、」
加也子は機転を働かせて、酔いこそ全身をめぐっているが、そのぶん滑舌もよくと虚実をとりまぜ釈明を演じれば乗り切れると、確信めいた予感をつかみ取った。事実、今日は寺にも行ってきたし、まるきりのでたらめではない。
「それで、親戚の人たちと会食の時に、菊美兄さんも生きていたらもう社会人して立派になってるだろうな、酒の味も知らずに死んでいったんだって。はい、わたしの伯父さんなんですけど、さあ加他子ちゃん、兄さんも代わりに一杯やれって勧められて、、、それで、わたし、お酒飲んだんです」
木梨は神妙な顔つきで話しに聞き入ってる。加也子は後一歩と最期の詰めに入ろうとした。
しかし「それで何でこんな夜更けにここで又、飲んでるんだ。飲まされたっていうより、進んで宴会してるって感じだぞ」と突っ込まれる。
「はい、それで酔ったまま、夜になったんですが、お酒始めて飲んだら、何だか伯父さんの言った言葉がこみ上げてきて、そうなんです、お兄さんの魂が帰ってきたようで、遊びに来てた耳子ちゃんと一緒に兄妹だけのお弔いしてあげようって、、、」そこで加也子は黙って見せた。その効果を確認しようと息を飲みながら。
木梨もしばらく無言である。ややあって「でもなあ、中学生が夜中に公園で酒飲んでいいとは誰も言わんだろうに、分別ってものがないのか」手にしたカブトムシをいじりながら、困惑に眉を寄せた。
電流は瞬時にして走り出す。
それまで、ことの成り行きを白けた顔で見物してたとでも、言いた気な態度の耳子がとんでもない事を口にした。
「もう、加也ちゃん無理だよ。先生には泣き落としなんか通用しない。そうよね先生」
木梨は呆気にとられる。
「そうだ、先生も宴会に参加しようよ、お酒飲むんでしょ、さあ加也子、先生にも飲ませちゃおうよ」
そう言うと信じられない早さで木梨の口もとにワンカップを差出した。唇が酒で少し湿った。
「やったー、先生も飲んじゃった、仲間だよー。それもう一杯」悪のりにしたら行き過ぎる。開き直りにすれば無茶である。
「お前〜、何の真似だ。俺は酒は飲まん」木梨の怒声が再び発せられた。
「じゃ〜さ、加也子、先生のあれ、しゃぶっちゃないよ。先生して欲しいでしょ、そしたらおあいこ」
もはや暴走した耳子の言動に、加也子も血の気が引いていくような思いがした。
「馬鹿もん、何を考えとるんだ、今からお前らの家に連れて行くぞ」
新任としての緊張がまだ木梨を十分に支配していた、普段から冷静ではあったが、こんな姑息な手段の陥穽にはまるほど腑抜けではなかった。
すると突然、加也子が大声を上げて泣き出した。つられるようにして耳子も号泣する。泣き落としは通じないといいながらも、更なるうそ泣きなのかどうかの区別もつかないまま、木梨は狐につままれたように呆然と佇むより仕方ない。
手にした甲虫が、憑き物に促されるようにして夜空の灯りに向かって羽をひろげ飛んでいった。