理由なき反抗4 加也子は15歳になった。兄の祥月命日を迎えたその晩、近所に住む同級生の耳子がいつものように薄笑いを浮かべながら、加也子の部屋の窓の向こうで手招きしている。 「わかった、ちょっと片付け終わったら行くから」張り上げるように耳子に向かって声を送った。 又、酒を飲みに行こうと誘っているのである。中学に入学すると加也子の気性に少なからぬ変化が現れてきた。町全体の小学生がこの一校にすべて統合される。当然いろんな個性が、授業中に、廊下の歩行先に、運動場の中央に、人目を避けて本来の用足しとは別目的で潜むトイレの中に、傍若無人に交差してゆく。 あの年頃は心身もろとも女子の方が発育が進んでいた。男子は社会といった規律性に敵対心を見せることによって、背伸びをし思いっきり、自己主張の声を上げようとするが、初潮の中で自然の理を知らされ、同調していくように体つきが豊満な丸みを帯びてくる女生徒は、より内なるものに対して無意識的にある信憑を深めていく。 男子の精通がはかない一夜の無謀な飛沫であるとしたら、女子のそれは湖畔を思わせる落ち着きを見せている。性にまつわる巷説も実は、表立てないだけであって以外と平気で了解しあっていた。 すぐ近所で小学の頃からクラスも一緒であった耳子だが、生来の孤独癖で貫いてきた加也子は、一年生で又同級になり、先輩たちの執拗な勧誘で入部した放課後のテニスのサークルも同じくすることで、以前とは違った距離をもつことになったのだった。 それは一年の夏休みに耳子から「あんた、お酒飲んだことある、どう飲んでみない、気分が別人みたいに変るわよ」 その寝耳に水のような戯言は、危険な遊戯といった口吻など大層なものではなく、もっと身近な、ごく軽い火傷の水ぶくれのような膨らみを感じさせた。 「へえー、耳子はそんなん飲めるんだ、いつからよ」 「小学校から飲んでるよ、父ちゃんが飲めっていうんだもん」 平然と答える耳子に「うそっ、そんなのありなのー、じゃ、わたしも体験してみようかな」と口にした一杯の日本酒が生まれて最初のアルコールであった。それは一升瓶から注がれた。続け様にマグカップに3杯飲みほすと、いきなり焦点が定まらなくなって来て、天井がまわりだした。それでも身の危険を鋭敏に察知したのか、逃げるようにして自室に飛び込むとベットの上に大の字になった。その手には耳子の家から持ってきたカップがまだ握られていた。 加也子は下戸でなかった。それどころか早くも酒豪を予想させる飲み方を始めた。両親も晩酌を欠かさない口だったので、アルコール類は家にも置いてあった。しかし、ある日、母親が不審に「最近、あなた、酒量が増えたのかしら」と父親を会話してるのを立ち聞きして以来、事情を耳子に話し、もっぱら耳子の家で飲むか、水筒などに詰込んで夜間に町外れにある公園の影にまぎれこんだ。小遣いに余裕があると、ワンカップ大関を好んで買いこんでくる。 自制心を崩さない加也子は酩酊にまで浸りこむことはない。それは相棒の耳子も同じであった。平日は2日ほどにして、主に週末に深夜まで大量飲酒した。翌日は両親も仕事が休みなので昼過ぎまで起きてこない。加也子も悠然と酔い覚ましに寝坊をきめこんだ。 その祥月命日の夜、悲劇の一幕が切って降ろされた。 土曜の晩であり天気も良いこともあって今日は少し足を延ばして、より界隈に人気のない通称「妖怪公園」に行こうと耳子を連れ立って自販機で酒を買い、その公園内のベンチに堂々と腰を下ろして、普段は控えめにしている歌声を張り上げ、絶好調な酒宴となっていた。及川光博の「死んでもいい」を振りつきで歌い出したその時だった。 後方から甲高い男の怒声が放たれた。驚き二人は振り返ると、夜影ではっきり見えないが上下ジャージのその姿には覚えがある。 「おい、お前ら何年生だ、こんな夜中に大騒ぎしくさって。ううん、何だその手に持ってるのは酒か、学年と名前を言え!」 駆け寄るようにして、向かってくるその男の顔が外灯の下に迫って来た。方程式が一気に解けるような明るさで姿が判明した。加也子らのクラスの数学を受け持つ教師、この春から新任の木梨銀路であった。 その手には何故かカブトムシが一匹、つかまれていた。 |
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