理由なき反抗20


射法は、弓を射ずして骨を射ること最も肝要なり。所に曰く鉄石相剋して火の出ずる事急なり。 ー 吉見順正

天満は銀縁眼鏡の奥から冷気を帯びた眼光を放ち、手にはサイレンサーを装備した短銃が先へ向けられている。
「さあ、捕り物はここで完了、大人しくしてるんだ、これから言うことをよく聞け」
高度な殺傷能力の銃、隙のない構えと不遜な態度からは、とても教授の物腰には見えない、まるで諜報員か軍人のような風体である。にんやり笑う後ろの道には黒塗りの車がさっと横づけされた、助手席にはあの金髪青年、運転手は連れの若い女。
みつおはフラフラとベンチから立ち上がった。「動くな」怒声とともに天満の左手から一本の弓矢が飛んできて足下に鋭く威嚇の矢尻が突き刺さる。見れば、道衣に袴ばきの森田梅男が弓を携えている。
後方にはライフルを構えた山下昇の姿があった。そうこの公園は昇の自宅からすぐ近くである、銃砲を持ち歩いていては万が一の発覚があってはならないと、釣り竿ケースに忍ばせ、クーラーボックスまで担いでの用心の入れようだった。
そんな包囲網を廻らせた中、天満は「三島さん、さっき物陰にひそんでいた時、この二人には真相を話しておいた。説明しよう、みつおという男は異次元からの使者なんかじゃない、少しばかり予知能力のある人間さ、先々に起こることをある程度は感知出来る、だがすべてではない。でも、私たちにとってはおいしい獲物なんだよ。手荒な真似はしたくない、あんたがエロいことしだしたんで、興味深く観察させてもらったよ、所詮は生身の体をしてるなあって。そいつは未来を感じてしまうんで、悲観的になってしまったんだ、すっきり全部が透けて見えるなら諦めもあろうが、中途半端な予見は生殺しといったところか、自分ではかたわ者だと思いこんでるペシミストさ。世界中にはけっこういるんだよ、こんな奴らがね。赤いバーの妄想小説とみつおの存在は、いわゆる共時性という偶然さ。そいつは自暴自棄になって映画まで出てた、まるで捕獲して下さいって名乗りをあげてるようなもんだ、私たちの組織は常に情報網を張っているからね。さあ、そうと分かれば素直に従ってもらおう、おっと油断はいけない、この先を見通されるかもな、みつお、黙っていうことを聞くんだ、さもないと隣のいいことしてくれた女を撃つ、いいな」
最後の言葉に梅男と昇は相照らして、離れた距離から驚き動揺した。
みつおはどこか寂しそうな顔をして、天満が立つ方へと歩いていく。が、さっと上着の胸のあたりに右腕を忍ばそうとした、間髪を入れず、天満の形相が殺気立つと条件反射的に手にした銃の引き金を引いた、消音機を通したくぐもりながらも瞬発性のある音が発して、みつおの肩先に命中するが尚も右手を引き抜こうと迫り寄る、続いて弾丸は走り今度は首筋を貫通していった、ワイシャツが流血に染まり崩れおちるようにして倒れながら、右手を差出すと、その手のひらには真珠の数珠が巻かれていた、天満は舌打ちすると、対面からこちらに銃口を向けた昇を確認するや、とっさに身を返し、攻撃の構えに出た、その寸隙を縫って加也子はまわりの光景がかすれる中、倒れたみつおに駆寄ろうとした、天満の素早い銃弾は昇へ放ったつもりだったが、前に踊りでてきた加也子の脇腹を打ち抜いていった。まるでスローモーションのように反り返る予期しない残映を見つめる眼鏡が一瞬にして破壊される、横合いから梅男が不動の離れを見せて天満の顔面へ、矢は左目を適中し脳漿深く射抜いていった、天満は事態をつかめないまま苦渋に歪んで絶命した。
時を待たず、天地左右に伸張した残身の梅男の胸元に激震が走る、黒塗りの車の窓から狙いさだめられたライフルの弾が大きく風穴をあけていった、臓物と一緒にどす黒い血が流れだす、尻餅をつくように梅男の足場が倒壊する。すると窓枠からの長い銃筒の位置を計ろうとした金髪が、続け様の爆音とともに真紅に染まる、後方から昇が憤怒の狙撃で外人の頭部を粉々にしたのだった、即死した肉片と流血を浴びた運転手は、目の前が真っ暗になりながらエンジンをふかし逃げ去っていった。
夜のしじまは瞬時にして血ぬられ、もの言わぬいくつかの死体が暗黒の海に漂っていた。