理由なき反抗21 夜空も星がいっぱいだわ、、、夜風は血を浄める一助となり、沈滞した硝煙を稀釈してゆくと、もやがかかった加也子の意識も天空から舞い戻ってきたように、霧が晴れてきた。 自分の名を呼ぶ声、、、「三島さん、大丈夫ですか、しっかり、しっかり」右の脇腹からしたたり落ちる鮮血に目をそむけながら、昇が声を震わす「今、救急車が来ますから、そのまま動かないで」 そんな言葉に反して加也子は上半身を起こそうとする、薄紫のブラウスが過剰に染め上げられた色合いに見えた、そこに激しい痺れを感じる。まわりを見渡すとすぐ前にみつおがうつ伏せになっていた。首の後ろに焼けこげた空洞が開いている。 半身を支えてくれる昇に話しかけようとしたが、その黙って目を伏せる仕草に情況を読み取った。誰かにバトンをと手渡しの格好で伸びた右手にはめた数珠の白さが、夜目にも儚い。 そのほぼ直線上の向こうに天満育が大の字で絶命している、矢は眼鏡を斜め貫き頭部にめり込んで、ここから見ると傾いた一本の苗木にも見える。 その左方に横たわる、森田梅男は虫の息で、至近距離からの背後射撃による銃弾貫通は致命傷だった。それでも視覚はまだかろうじて保っていて、反対側の加也子の影は認識できた。左の手には弦が握られたままで、、、即ち金体白色、西半月の位なり、、、そう心の中で吟じるとしばらくして静かに目を閉じた。 遠くサイレンの音が響いていた。 「さあ、横になっていて下さい、もうすぐ助かりますから」昇の声色が先程より力強く聞こえる。ふと、右側を見ると梅男が威嚇に放った矢が地面に刺さったままになっていた。 加也子は唐突に劇的な衝動に駆られた。それは、騒ぎを聞きつけて集まりだした野次馬の面前で下半身丸出しになって、その矢を地中より引っこ抜き、矢尻を自分の性器に深々と突き刺していく、、、子宮をくぐり抜いて股間全体が灼熱に燃え上がり喉元まで火焔が突き上げてくる、、、苦悶に絶えながら矢を両手で握りしめ、腰を浮かすようにして自重をかけると、奥深く体内昇りの龍神となって、はらわたを喰いちぎりながら闇の中を直進してゆく、、、卒倒しそうな限界点にまでたどり着くことを覚えると、対座に横たわる梅男に目をやる、、、瀕死ながらも機に臨み、しかと了解の頷きに大地に張りついたまま、大きく最期の斜面打ち起こしを試みる、、、日の出の心境ではない、日没の斜陽にすべてを賭ける、、、渾身の動作に梅男も又、無惨な弾痕からは臓物がぬめりながら覗き、口から気合いの血反吐をもらす、、、左右引分けへの余力は腹と腰に残存する精気を奮い立たせ、死への旅立ちの静かな心となり、すべての肉体が渾然一体の境地に到達する均衡の、会へと結実してゆく、、、矢は離れるのでもない、離すのでもない、自然のいとなみが見せる小さな奇跡のなかで、離されていくのである、、、しかし己の死と加也子への矢がけという配分は真の集中に震えをもたらして早気に陥ってしまった、、、股ぐらに矢先を貫通させて仁王立ちのその喉仏に的中ならず、無念にも肩先に突き刺さる、、、最期の弓引きであった、、、もはや弦を構える力はない、、、消えかかる視界に山下昇の気配を見る、、、眼力で意を伝播する、、、昇は逡巡に目を細めるが、梅男が力尽きて果てる姿を前にして感無量で決心して立ち上がり、自刃の頂点に咆哮をあげる加也子の後頭部下に銃先を押しあて、涙をのんで引き金を引く、、、炸裂の弾丸は頸骨を圧倒的破壊力で粉砕し、生首が前方へと飛んでいく、、、体躯に限りない愛情と惜別を捧げながら、、、 辺りが騒がしくなってきた。赤いライトが闇に反応する、ふわりと体が宙に浮いた感覚を覚えると「三島さん、病院に向かいます、助かりますよ、きっと、、、」という昇の声が聞こえた。 担架で運ばれてゆくなか、加也子は、死ないだろう、わたしは生きていくだろう、とぼんやり思った。 完 |
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