理由なき反抗18


思念や意思があらゆる事象を、矢で射る如く貫けると狂信ともいえる確信で臨んだ、加也子の計画はその信念において二重の実相を見いだすことになった。
時は加速度を強め疾走していく。黄昏に辺りが姿を隠し始める。昨夜は以外と熟睡出来た。朝食にトーストにバターをたっぷりつけて食べ豆乳を飲んだ。それから部屋の掃除をいつもより丹念に行ない、その合間には洗濯機もまわした。昼食は糸こんにゃくとかまぼこを炒め、ご飯の上にかけて簡単に済ました。テレビをつけているが、ただ画像が流れていくだけで、内容は意味がないようでまったく把握されない。夕刻が迫ってくるとさすがに次第と緊張が高まってくる。山下、森田、天満の三人に再度、確認の電話を入れた。それから冷蔵庫に残された最後の品の豆腐に直接、醤油をかけ飲み込むようにして夕食とした。すでに食欲はない、豆腐も食事として腹に入れたというより、すべてを片付けてしまいたい希求が、縁起かつぎに儀式化されたにすぎない。
シャワーを浴び、髪を束ねてジーンズに半袖のブラウスの軽装で、外に出ようとした刹那だった。携帯が鳴りだす。
グリムからだわ、慌てながら「はい、三島です、どうもすいません、えっ、はい、わかえりました」
みつおが今さっき来店して、加也子に電話連絡をつけてくれと言ったという、そしてつながった受話器にみつおが出させてくれと頼まれた、どうするかとマスターが訊いてくる。
「はい、替わって下さい」すかさず答える。間を置きあの渇いた声が聞こえてきた。
「三島さん、みつおです。今からどこに行けばいいのですか」
加也子は胸の中に突風が吹き抜けていくのが感じられた。知っている、彼はわたしたちの先々まで見通している、でもすべてではない、予知は万能じゃない、でもなぜ、いや、わざととぼけたふりをしているのかも知れない、しかし今はもうそんな詮索の猶予はなかった。
「あの居酒屋前の児童公園です、1時間後、8時に来てもらえませんか」「今からでは都合が悪いんですか」「あの仕度がありますので」それだけ会話しただけで冷汗が吹き出していた。集結時刻は9時にしていた、みつおが素直に付いてきてくれるかわからなかったし、宵の口は人がいる可能性が高い、あの公園に指定したのは昇の事情と、もうひとつは大胆なる演劇精神からであった。この場所以外の舞台は考えられない、昇はさすがに難色を示したが、ある事情を考慮すればと諭し了解を得た。
加也子はしたたり落ちる汗を拭いながら、結集メンバーにみつおからの連絡と時間変更を急いで伝えると、早くも一気に疲労が押し寄せて来て、玄関前でしゃがみこんでしまった。奇襲ともいえる思わぬみつおの対応に、電話先の誰もが一瞬、言葉をなくし、狼狽している様子がありありと見えた。
中でも天満教授は驚愕の声を上げ、先制攻撃に出ばなを挫かれたと弱音を吐いた「三島さん、勝負は見えてきましたよ、知ってるんですあの男は、何もかもね、これも決定済みとしたら、すでにもう終わったに等しい、、、」
昇も落胆まではいかないが、「僕はすでに二回、悲劇の主人公にされました、一度はフィクションのようですが、次は不思議な事実だった、そして今度は葬られるかも知れない、、、」
昨日、突然面会に来た加也子の仮想現実論に対し、昇は眼を輝かせながら傾聴した。予知夢に促されるままに理性的に振舞ったつもりの大きな逸脱行為、プリントされた小説の冒頭にすでに自分が登場している、その後の悪夢にような出来事も、現実離れした事件にしか思われない、でもそれらがすべて作られたもの、書かれたものであったのなら辻褄があう、自分は理性的な人間なんだ、犯罪など実際には関わる資質がない、だから三島加也子の力説に共鳴したのだった。すべてを見届けてやろうと決心した。
この計画を持ちかけた当初、梅男の反応は以外だった。被害者として何よりも梅男自身の為に救済を唱える加也子の言説に対して、過ぎ去ったものには執着しないと、大悟したかの深甚な落ち着きを見せた。しかし、越境を願う心性があればこそ、自己投機的な方法に向かっていき、敵弾に倒れたのではなかったか、無常の境地に安寧を求めるのならば虚無の顔を覗いてみたくはないかと、修行に身を費やし弓道を極めようとする探求者の自尊心に松明を灯して、結集への決意を固めさせたのだった。その梅男もみつおの人智を越えたつかみどころのなさに、立てひざがぶれる思いがした。