理由なき反抗17


天満育という学者は、更にこう加えた「作品内に破れ目があるんです、風穴と我々は呼んでいますが、みつおです。あの男がすべての鍵を握っているに違いありません。居酒屋敬老の海にみんなが集まるシーンがあるでしょ、唯一カメラに映らなかったと書かれている。それとラストでは富江の前からいなくなってしまう。富江も内心、了解してる風じゃないですか、何よりも『知っていることしか知らない』と口癖だけど、予言めいたことも臭わせている。『一切は決定されている』っていう意味を『知っている』ってことになる。つまりは彼だけがからくりを見抜いている」
「だとしたら、彼をつかまえてきて、問いつめればいいじゃないですか、わたしもそれに近いこと試してみたんです、でもするりと逃げられてしまった」
天満は驚き「そうなんですか、それいつの話でしょうか」興奮に目が充血している。
「つい最近です、でもわたし何だか、腹が立ってきてそれきり、あの人の事は忘れてました。それより」とそこまで言いかけて、思わぬ身震いに襲われた。そして頭の中が沸騰するように混乱し、天啓ともいえる閃光がそこから飛び出してきた。わたしの内省、あれは自己洞察じゃない、兄への追悼とトラウマも純粋なものとは違う、あれは世界への不審感、そう何かがずれている違和感の根本。エロス的根源論に理論武装されたすべての物語。山下昇の去勢潭、森田梅男の失楽園、そしてわたし自身の汎性的な現実文脈、、、そうだわ、もしわたしも書かれたものだとしたら赤く流れる血潮は血流じゃなく、文脈そのもの。昇さんも梅男さんも異相を察し超越をはかった、でも乗り越え方もやはり決定項の主題、エロス。そして反発ともいえる挑戦は無惨な結果で終わる。天罰を与えられたように、、、いや、そうじゃない、天罰ではない、これはショーケースよ。見せしめが先にあって、葛藤、反抗劇は後から肉づけされた。
「天満さん、みつおは呼び出せます。そして今度こそ、尋問しましょう、そして解体するべきだわ」
力強い加也子の言葉に、天満の眼鏡が震えたかに見えた。夢で会えるとみつおは言った、これは字義通りにとらえるのでなく、念じれば、もっと簡単に言えば、意思すれば会えるという意味だと思う。

翌朝、加也子は出社間もないだろう山下昇の勤務する会社に電話を入れ、本人に面会を申し込んだ、とても重要で至急を要すると半ば高圧的な口調で迫り、時間を作ってもらい、今まで感じとってきたことを打ち明けて熱心に事の次第を説明した、その際に掲示板小説のすべてをプリントアウトしたものを手渡してしっかり目を通すように念を押したのだった。その後、喫茶グリルで天満教授と再び面談し、密かに案を練った。そして明日の夕暮れにみつおが現れるはずだから、そしたら又、連絡くれるようマスターにお願いした。
後は静かに時が来るのを待つばかり。

奇妙は果実は底なし沼のほとりに棲息している。足取りの沼底を恐れてはいけない、錯綜の森を突き抜け、やっとたどり着いた湖畔、今こそ編み目をほどくように果実を割ってみせる。
貞子にはことを一切知らせなかった、もしある証明がなされたら貞子は従姉妹でなくなる、それどころか存在も否定されるかも知れない。天満にも秘密裏に計画を運びたいので、赤いバーのマスターはじめ他の一切の人間への他言を禁じるよう話した。自分と山下昇、森田梅男、天満育がこれから始まる大団円に参加を許されるのだ。
明日の夜の行動に備えて加也子は、早めに床につこうとしたが、ふと気になりパソコンを開いて、例の掲示板をクリックした。更新は880「青い影」で止まっている。赤いバーのマスターは脚本業に専念しているので、一切の文章はオフィシャルの広告文は別にして一般には公開していなかった。
加也子はこう思った。仮にあのマスターにことの真相究明を申し出たところで、何の回答も得られはしない、もはや、この世界は彼の意識からはスピンしているに違いない。
謎をより迷宮へと悦びに浸りながら、自らの虚構と虚無に耽溺している、みつお以外に誰も真実を知らない。
「知っていることしか知らない」あの文句が数珠の連鎖のように頭の中をぐるぐるとまわっていく。まさにそうね、円還に閉じているか、わたしが子供時代に考えていた、そう神経過敏に信じていた自分によると自己の脳裏こそが世界を構築しているのよ、わたしは脇役や物語の布石ではない、「貴女の謎は僕には謎だ」そこがみつおさん、あなたの風穴よ、知っているのはどこまでか、これでやっと証明できるわね、、、