理由なき反抗10 川面を流れてゆく、玩具の帆かけ船のこころもちに加也子は身をゆだねた。 卒業後に進学か就職と、これからの進路を決定する時においても、あみだくじを引いてみるような行き当たりばったりの心情にくるまれ、大事なことは今を賭けてみせる行為そのものであり、目的は後から決まればいい、そんな本末転倒の方が自由を感じる、そう思うと次は日本地図をひろげて、目を閉じると人さし指でめくらに突き立ててみせた。 大阪の就職先も特に深く考えず、繊維会社の事務、老舗和菓子屋の売り子、防災保険会社と気楽に面接を受け、限界を察してきたら少し考えて転職をした。それは、いく先々にはそれなりの混雑した人間関係があって、渦中とまでは言わずとも火の粉が飛び火しそうになると、素早く見極めて距離をとるのだが結果、増々、関係性がぎくしゃくしたものになってしまい、おそらく他者の思惑以上に自身の神経が逆立ってくる。そうなると根気より嫌気が圧倒的に勝ってきて、身を引かざるを得ない。 上司、同僚との軋轢もあったが、異性との仲たがい、この場合は色沙汰とはっきり言った方がいいだろう、何度かそういう関係も経験してきた。同じ大阪でも短大に進学した耳子に、時たま会ってそのままを話して聞かせると「あんた、冒険家ねえ」と半分あきれた口ぶりで目を丸くしていた。 加藤保音の口説きが功をなしたから、加也子のアパートへ頻繁に通い続け時折は泊まっていくことにもなり、男女が粘着的に合わさる恋情めいたものが芽生えたのだろうか。少なくとも保音はそう信じかも知れない。しかし、実のところ加也子にとってみれば、自分に性的快楽を与えてくれる媒体に通じるものという関連づけでしかなく、パーツのようにいつでも交換可能な側面でしかなかった。 あの事務室での夜、早速にも初デートと、気持ちがつんのめる保音に誘われるまま、酒場へくりだし深夜の時計が臨界に近づいた頃、近くのラブホテルに連れ込まれ、たまりかねた欲情をぶつけられる勢いで肉体を激しくむさぼられた。加也子も久しぶりのセックスに十分に熱いものがこみ上げてきて、自ら体位を入れ替えて男の奮発したものをしっかりと口にした。16歳で処女をなくしてから幾人と交わって来ただろう、絶頂に達するときの忘我寸前の悦楽はアルコールの酩酊に限りなく匹敵する。 関係はしばらく快感原則に従うようにして爛れながら継続し、仕事のシフトの都合にもよるが週の半分以上は下半身をぶつけあった。そしてちょうど一年ほど経った時、少し風変わりな交わりが開発された。 加也子が冷蔵庫へ飲みものをとドアを開けたその背後より、保音の思いつきの乱雑な手つきが下の着衣をむしりとり、あらわになった臀部を撫でまわしながらいきり立ったペニスをはめ込んできた。挿入の勢いで加也子は頭ごと、当時から閑散としていた庫内に突き込まれるような体勢となったが、股間に男根をはさみながら白い部屋へと押し込まれる妙に新鮮な気分と、頭部だけ閉鎖的な情況になるという日頃はありえないシチュエーションに、半ば興奮を覚えながら不均衡な居心地のよさを感じとったのか、あぁっと呻き声をもらすと一気に高みへと登りつめたのである。 保音も我ながらいいアイデアと十二分に満足し、それ以来この冷蔵庫との3Pというべき行為は不可欠な性技になっていった。 豆腐の食べかすが、口元についている感じがして手で拭った。冷蔵庫には糸こんにゃくだけが残っている。あれから何年が過ぎ去っただろう、ふとあの頃のセックスを想い出すことがある、しかし、突き上げては昇天していった官能までは想像が到らなかった。 あの加藤保音は、ある日を境にして突然、加也子の前から消えていなくなってしまった。バイク仲間の若い男に連れられ「今からな、ちょっとショップへな、革ジャン見にいてくるわ」そう言い残したきり、二度と部屋へも職場にも帰ってこなかった。関係者は事故か何かよからぬ事件にまきこまれたのではと躍起になり、悲観的になる前にと警察に捜査願いを届け出た。前々から店内でも噂が囁かれていた加也子は、事情の詰問を受けると淡々とした口調でありのままを捜査官に語った。その後、保音より謝罪と退職届けが郵送されてきて、危惧した事件性にはいたらなかったが、職場にいたたまれなくなった加也子も程なくして辞職したのであった。 |
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