大いなる正午8 町中が不気味な空気に覆われている。見上げる夏の青空は、渇ききってからはがれ落ちてしまう極度の清涼感で彩られた、ペンキ絵で描かれる軽さに似た人工的な恐怖を見せつけていた。 一夜明けた昼過ぎの太陽の下、様々な憶測が木梨銀路のまわりを飛び交い始めている。不確かで曖昧な証言の数々は、あらかじめ完成されていたジグソーパズルの断片のように、その文様の連なりとして意味あいを鋭角的に示しているのだろうか。 銀路は金融業ならではの、行動的リサーチで、そんな散らばった破片をひとつひとつと寄せ集める手間よりは、手がかりとなりそうな情報源を的確に探ろうとして、狙いを定め現場前の居酒屋の暖簾をくぐってみた。 営業時間は午後4時半よりと書かれているが、仕込みや仕度の従業員は中にいるだろう、前にここの店員に貸し付けしたこともあるしな、そう意気込みながら「ちょっと邪魔するでー、おう、おまはんまだ居てたか、丁度よかったわ」テーブルを上げて床掃除をしている若い男に、大様な笑いを作りながら近づいていった。 男はあまり歓迎すべき者ではないと、迷惑顔の態度で固まりかけたが、相手があまりに親し気な笑みで話しかけるので少しばかり気を許していまうと、後は見事に銀路の巧みな誘導ペースにはまり、いつの間にやら饒舌になっていった。 「わては人情深い男や、他にもっと知ってることあったら、ちゃんと礼はさしてもらうわ。そいであんさん、オーナーが使てた三階の部屋へ上がとったんやな、見えたもんな思い出せるだけ聞かしてくれまへんか」 店員の話しはこうであった。洗いものをしていて皿を割って手を深く傷つけてしまい、中々血が止まらない、店長に相談すると上で少し休んで、あまり出血がひどかったら救急で診てもらって来いと。8時をまわった頃だった、三階は今は物置状態になっている。包帯に滲む赤い血を見ていると痛みも倍増するようだった、早目に縫ってもらったほうがいいかなと考えていた時、いきなりドアの向こうから花火が炸裂したような音が飛び込んできて、思わず壁際の窓を開けて外を見下ろしたけど、どこから聞こえてきたのか、又、何の異音なのかよくわからない、と思いきや更なる爆音が連続的に轟いた。 前方の公園辺りからと直感で判断して、恐る恐るドアを開いてみる、、、霧が所々にかかった中、明らかに人間が倒れている。「僕は視力はいいんです、夜目にもはっきり見えました。動揺してしまってその時には人数は、勘定出来なかったけど、後から思えば五人でした。しばらく呆然としてると、辺りの建物からも公園の様子を伺ってる顔がけっこう見えました。救急車はそうですね、早く来ました。それより驚いたのは同じくらいの到着で空からヘリコプターが舞い降りてきたんです、けっこう大きかったんでびっくりしました。それからも子細に目をこらしてると、パトカーや何台かの車がやってきて、中から人がどやどやと現場に向かってきました。後から自衛隊みたいな戦闘服の連中も現れて、テントっていうのかな、幕みたいに遮断するやつ、あれであっという間にベンチのある場所が覆われてしまって、、、そうです、ベンチの所は屋根もありますから、もう全く中の様子はわからなくなってしまって、、、それから救急車へ何人かが担荷で運ばれていくのは、確認出来ました。その頃になると、騒ぎを聞きつけた人もが多くなってましたね、野次を飛ばす男とかもいて、、、えっ、ヘリはですね、そうものすごい速さで飛んで行きました、、、」 それから先のことは銀路も近くを通りかかって、人だかりの尋常ではない雰囲気に吸い寄せられ佇んで、じっと状況と対峙していたから、今までの店員が語った目撃談によって、随分と破片がつなぎ合わされたように思えてきた。 だが、リサーチの網にとてつもない、大きな捕獲物といえる重要な事態がその後、店員の口から発せられるに及んで、思わず背筋を戦慄が走り抜けて行くのだった。 「昨日から今朝までずっとネットやってたんですよ。あっ、千打さんはインターネットやらない、わかりました、簡単に言いますと、ユーザーが好き勝手に情報だの感想だのを書き込める所がネット上にありまして、中でも大手のサイトにですね、殺到したんです、そう書き込みが、、、第一の発信者はこの町だと思うんですが、、、そうこうする内にあるメッセージが現れて、その解釈をめぐって大炎上してるんです、あっ、大騒ぎになってるってことです。それはこう書かれてました。『さわらぬ神にたたりなし。これは戒厳令の夜であり、人民の意を絶する』と」 |
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