大いなる正午7 すぐ前の港から漁船の往来する音がはっきりと聞こえてくる。昼食をすませた花野西安は、すでに迫りつつある巨悪の気配を払拭するかの意思を持ち、今、自分が行動可能な限りに集中しようと努めた。 携帯を開くと思いつくままに手当たり次第に通話を求めていった。貞子にはやはり不通、次には彼女の実家へと、すると電話口に出た母親から、西安の懸念と同様の返答が帰ってきた。 事態を聞き、即座に病院へと駆けつけたのだが、事件の重大性に関する不明瞭な説明を受けた後、加也子は都心部へと移送させられてしまった、三島家の両親は追いかけるようにしてその大学病院まで赴いたけれど、面会謝絶の状態は現在も変わらない。さて気がかりな貞子の消息は、、、早朝、帰省する連絡は一度あったのだが、まだ家にはついていないので、こちら側から何度か電話してみたけど音信が途絶えたままであるという。 西安は今朝からのあらましを一通り話して、自分はすでに到着して生家にいることを伝えると、向こうの声色がにわかに変調したのが鮮明に感じられた。双方に暗雲がひろがっていくのを転化しなければと、「貞子さんは、それなりに事件を究明しようと考えてるかも知れませんね、加也子さんが収容された先に向かったのではないでしょうか、そこで携帯の電源を切っているのでは、、、心配ないです、何もまる一日音沙汰がないわけでもないです。もうしばらく待ってみましょう」 念頭にわき上がる可能性として、この見解は十分に説得力を持っていると確信するよう、いつもの柔らかな口調に少しばかり毅然とした響きを含ませた。 それから、事件の報道が皆無な事情を話し合ってみたが、得るものはなかった。ただひとつ、三島の母親が今は事を静観するようにと言い、どこか制約された面持ちであったという。 手探りで真相へと思いめぐらせるのは、想像の枠から出ることがないと、そこは捨象して無言に頷いたまま、互いに貞子から音信がとれたら至急、その旨、交換する約束をして電話を切ったのである。 続け様に今度は大橋性也にアプローチする。地元時代は親しく交友があったが、もう随分と顔を会わせていない、時折の帰省の際も、すでに生活拠点をこの町から移してしまった性也に出会う機会はなかった。 例の店舗の現責任者に事情を話し、自分の携帯番号を告げて早急に連絡が欲しいと伝えると、休む間もなく森田梅男が開いたという道場へと、外にあった作業用の自転車にまたがり、風を切る勢いでペダルをこいで走って行った。 梅男も性也と同じく、夜の酒場で意気投合して親交があった。しかし、女と見れば何よりも傍若無人に色香のある方向へと姿勢をなびかせていく、自分の事を梅男は表面上は快活に笑い飛ばしながら、心の底では一抹の軽蔑がいつも沈滞しているように感じられた。それは、興に乗りついつい以前に口説きおとした手口や、殺し文句の「これから風呂に入らない」というセリフを自慢気に話している時、それから尻が大好きでバックで突き上げるのが、この世の天国だと、にやけながらの回想を聞かした後、ふと見せる梅男の目の冷たさ。そんなほんの一瞬ながらも、飛び立つ鳥の影のような無味の印象は深かった。決して胸襟を開いているわけではない、無論それは西安の方にも言えることだった、スケベ談義に花が咲き、ただ面白ろおかしくその場限りで楽しめばそれでよかっただけだ、大仰な身振りで話しを誇大に言いふらしたわけでない、淡々と興味ある話題を提供しただけのことで、露骨には嫌な顔を見せる人間はまわりにいなかった。梅男とてどこか魅かれるから酒席を共にしたのではないか、しかし、人と人が道行く路上ですれ違うように、皆が同じ方向へと歩を進めているわけではないだろう、各人がそれぞれの家を持つように。 極めて似通った指向にも若干の相違は生じる、西安は梅男の心にわだかまっている冷淡な思念を感じるにつれて、それが自分に対する嫌悪というより、一種の憧憬、いやもっと的確に見据えれば、ねたみのようなものに通じているのだと考えていた。それは自分の身軽さと飄々とした性格に由来する、敵対感情以前の人本来の肌質に関わる感触であった。 あの撮影の日、影山監督から仰天する仕掛けを聞かされた時は、とまどいこそしたけど、あえて梅男の肛門を突き破ったのはそんな肌の異質を肉体的に再確認してみようという、天の邪鬼な思惑だった。結果、悪戯には度を過ごしてしまった、、、あれから一切、会ったことはない、、、その森田梅男が死んでしまったとは、、、 |
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