大いなる正午4 二階建ての店舗兼家屋といっても築数十年の老朽化した建物である。この町でも商店街は過疎化を免れず、まるで歯が欠けたいったふうな町並みの景観は見るものに一抹の寂寞を与えて行かざるを得ない。 千打食堂の二階部屋の建て付けの軋みは、木梨銀路の激しい腰使いによって不協和音を奏でていた。狭い間取りの畳部屋の敷き布団に重なり合う裸体が大きく波打つかのようにして、電球に灯りで照らされた下、自然の営みを見せている。 鈴子は恥じらいに目を閉じていたが、銀路は反対に大きく見開いた目で肉の交わりをまじまじと観察しようと、上半身を起こして大胆に女の脚をひろげてみた。しとどに潤った陰部が互いに規則正しく運動している。思い返したというふうに両の手でけっして大きくはないが、形のよい胸を揉みながら、首筋から肩へと舌先を下降させていく。 ああっ、、、と小さな吐息がもれるのを聞きながら、そろそろ絶頂に近づいてきたのを知ると、さっと肉棒を引っこ抜いて、鈴子のまだ脂肪の無駄ない腹の上にどくどくと精液を吐き出した。 今夜はこれで三回目のおめこだった。上気に火照る女体から離れごろりと横側にあお向けで布団からはみ出すと、十分に満足の表情が自分の面に現れているのを実感して銀路は、いつになく優し気な言葉を鈴子にかけた。 「たまらんわ。どや、お前も気持ちよかったかあ。何や黙りこんで、あっ、かまへん、おなごは淑やかなんが好みやさかい。おおきに、又、させてーな。いつまでもな」 銀路は自分の耳に美しい花が開いた音のようなものを聞いた。これは、この女をずっと手元に置き続けるという意味なのか、それならば内妻にするつもりがあるという事になる。本人にとってこの以外なセリフの持つ孕みはどこかに忘れて来た、いたわりに近い健気な性質であることに間違いなかった。 過去には既婚歴があり、その時にも当然、そんな意味合いの語を相手に投げかけ入籍したはずだったが、今では別の人格として生きている、もうあの頃の自分ではないのだからと、言い聞かせながら想い出の入れ物に蓋をしたままにしておいた。 過ぎ去った流れに身を浸してうしろ髪を引かれるのは、これからの前進の姿勢に反する、こう強く念じたではないか、『昔話しなどには無関心、おとぎ話しと笑って首ふるひと時』 過去形で必要とされるものは、現在形で役立つ現実味を持つものだけで感傷など一銭にもならない、中学教師時代の転落劇からでさえ銀路はのちに大きな収穫を得た。それは逆転の発想を生かした教訓である。 当時の教え子やその父兄、同僚など知り合いにも、貸し付けをしてきた。それでようやく今までの帳尻が合ったと確信したし、これからの推進力となると眼光もよりかがやきを増した。内省、それは原石探しような文学気取りでは乗り越えとは言いがたい、原石などいらない、路傍の石ころを宝石に変えてみせるのが大事である、想い出は屈辱として蹂躙されることで始めて平坦な価値を持つのだ、その方法論を銀路は、金融屋として旗揚げする以前に大阪の裏産業に身を置くことで見いだしていったのだった。 鈴子が帰宅した後、もう一度、駅前公園まで行ってみようと立ち上がった、事態が収拾すれば報告するとか言っていたが、一向に何の知らせもない、いくらおめこに夢中になっていたとはいえ、外の気配には敏感であると思う。 放射能だろうが殺人事件だろうが、銀路は怯むどころか、どこか金のなる木に思えてきてそわそわとしてくる、人の群れるところ交差する場には経済効果が生じるものだから。 商店街に人通りはほとんどなかった。閑散とした静けさは夜の眠りの中でかすかに呼吸しているようで、事件の後の余波のざわめきすら微塵も感じられない。灯りの消えた街路をあっという間に抜けて、先ほどの現場近くまでたどり着くと、人っ子ひとりの姿なく、あれほど大騒ぎしていた物々しさはどこに消えてしまったというのか、捜査員や色とりどりの顔をした野次馬たち、、、それと事件後に特有のあの立ち入り禁止の表示すら見あたらないではないか。 その平常心で保っている公園の安穏に、銀路は拍子抜けしたというよりも言いようのない不穏な雲行きの去来を覚えた。 |
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