大いなる正午19 仄暗い病棟とも学舍ともいえる造りの廊下に一人の若い女性が、能面のような固定された面持ちで佇んでいた。階段脇の奥まった硝子戸の方を一心に見遣っている。血色が希薄なその女性の貌容を双眸に収めると、思惑は瞬時に作動して、至極当然の呈で静かな問いを投げかけた。訊けば、叔母がこの戸の先にある浴室に入ったきり、すでに長い時間が経過している、、、困惑は得体の知れない薄気味悪さへと移りゆき、それ故緊縛の姿態を見せているというのか。 森田梅男は、決然として戸を引いてみると、左手に縁取りがアルミで強化された磨り硝子の浴室らしいドアの奥に人の気配を察し、声をかける間もないままにドアノブを回した。が、施錠された阻止ではなく悪意的な抵抗がその向こうに感じられ、強く歯ぎしりしながら重圧に対していった。すると抗力の衰微は、眼前に映る未知の裸体へ驟雨の如く浴びせられる様を開放せんが為、陰惨な序幕とでもいいた気な許諾で、密室を白日へと曝したのである。 浴槽に並ぶ格好で首を横にして仰向けになっている全裸の女体。梅男は一瞬、胸裡にかつてない遣る瀬なさを覚えた。伸びる両の腿、根の藻に官能とは異相の禁忌がある。それも束の間、両腕に扉の圧力が再び伝わって来たことを知って、廊下に向かって大声で、早く誰か人を呼ぶように叫んだ。 放心の目をした若い女性の影が音もなく忍びよると、面は何ら色めく様子を見せずに、すっと手にしたものを梅男に差し出しす、それは小さなねじ回しであった。 ミューラー大佐から、ことの成り行きを聞かされ状況と展望が僅かだが垣間見えて来て、内奥から込上げてくる疑念は噴出となり、この重傷の身を癒してくれるのは是が非でも、あの晩の生死の真相に迫ることだと確信を得た。それは己の延命と交換されたように絶命していった者への畏怖を過分に含んだ、祈祷である。 大佐の返答は簡潔にして的確であった。やはり予想の埒外でなく山下昇以外は悉く被弾に倒れて、三島加也子は重体と知らされ、他は即死であるとの凶報、自分を背後射撃した人物の身元は後に説明を加えるとの言で、究明への道程は思いのほか錯綜としている、神経を沈静させる為にも、概要はみつおの件をもって今日はこれくらいで切り上げる。 「奴も君と一緒にヘリに収容されたんだが、すでに息はなかった。遺体はこの施設に安置されているよ、望みなら容態の回復後に対面させてあげよう。さあ今はゆっくりと休みたまえ」 大佐の言葉が終わるとしばらくして、梅男は深い眠りの中に落ちてゆき、件の夢を見た。 幽かな足音の歩調が寝台の間際で消え去り、いつもの目覚めの一連の空気とは違う気配を感じる。 ふっと嗅ぐ馥郁たる香りは、今をして果たして夢想の境地に揺曳させるものなのか、梅男は覚醒の手前のまだ茫洋とした海域を漂流しているような心地から脱し得なかった。 だが、やがて眼瞼が大きく開かれることに即するとばかりに、女人がむき出しの下半身が被さるようにして顔面を跨いでいったので、思わず息の飲みこんだ。瞬時にしては事情を把握出来なかったが、全裸の女体が逆さ向きで梅男を覆っているのは解る。肘と膝を寝台の両脇に固定して決して体重を怪我人に負担させず、まるで白紙一枚の隙間をはかるようにした見事な肉迫だった。面前に開張した秘所も程よい距離で、今にも接触しそうな位置にありながら、視覚効果を絶妙に演出していた。室内の照明が普段とは異なった加減に気がついた頃には、純然とした官能が、この技巧的な戯れの意図や目論見を論破しようとする熟慮など一切を放逐して、高揚する欲情そのものを効験あらたかに、女陰の芳しさに霊妙なる治癒力を祈願したのである。それは聖なる顕正の慰撫だった。 鮮やかな手元は、患者に悟られることなくその下腹部の着衣をほどき、温かな口唇と舌触りが万端の接触を強調するかのように、股間全域を体温差による異化作用で折伏して、その指先はしかるべき隆起へと導く。 梅男はただただ所動の子弟と化し、すべてを譲与した。不定形なこの空間も、濃霧に隠蔽された真実とやらも、深く傷ついた身体も、蒙昧とした論理も、そして境界線を彷徨った生死のその前途をも。 陰茎は衰退しない、口内に吸いとられた亀頭に電流の快感が走ると、女は少し腰を落して股ぐらを梅男の顔面に近づけ、次は賞味の響宴とばかりに大きく割れた陰部を密着させるのだった。 |
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