大いなる正午17 ミューラー大佐の話しは続けられた。 「そのプロジェクトに関する詳細は残念ながら伝えることが出来ない。これは超弩級の極秘項なんでね。しかし、人類に残された選択肢は二通りしかない、滅亡か超越的進化か、歴史的螺旋だの、博愛精神の流布だのこれこそ疫病じゃないか。システムの全体像を君に露呈するわけにはいかないが、追々私の任務の位置は示しておこう。 さて、厄介な問題かあると先ほど言ったはずだが、これはストレートに表明しよう、ははっ、少しも詩的ではないな。まあ仕方がない、詩的なのは私ではなく、問題そのものだからね。それは俗にいう超能力者と呼ばれる存在が、極めて緊張の高まる事象で惹起するということなんだ。霊感、透視、予知といった不可思議な能力自体は、民間伝承や神話的言説それに宗教の諸相を通して随分と昔から研究されてきたが、科学万能主義の今日でも占星、風水といった占いや、神事や祝祭、縁起などにまつわる些事は、実証不可能な形而上学の疑念に対しいとも簡単に安易な解答をもたらしている。根拠なき盲信は時に美しいもんだよ、だが美は永続ではないんだ、逆説的だが論理が美を放逐してしまった。美を今生に形成しようとした芸術家も罪つくりだな、元来、我々の感覚で捉えることが不可能なものを何故に留めおこうなどと傲慢な恣意が働くというのか。自己の欲望の源泉を覗き見るという肩こりに拍車をかける営為も又、無益な知の遊戯だよ。だから人間は他者の中にすべてを、そう善悪やら愛憎、希望に絶望、信頼に欺瞞、無知に全能という様々な異相をかいま見ようと、絶えず物欲し気な思惑で生きているわけだ。 我がショッカーの情報班は、現存するテクノロジーを大きく越えたコンピュターを開発して、それこそありとあらゆる現象に感覚、わかりやすく例を上げれば、自分の指先に生えている産毛の感触がその後の世界観にどう感化を能えるのか、そして生態系に対して影響を及ぼす確率は、といった微細なものまで実験している。もちろん人間心理の探求も怠ってはいない、古今東西の学術文芸書をすべて解析し、日毎も新聞記事や小学校の壁新聞にいたるまでデータ化して、電脳という字義通りの全体網羅を行なっている。もはや神の領域かも知れない。 これ以上は臨むべきものもないほどに、すべては決定事項として我々の予見の前に計算をはじき出してしまう。比喩だが、この先、情報提供と解析が尚かつ速度を早めれば、コンピュターは人生に退屈してしまって自爆するよ。ははっ、なんという喜劇なんだろう、人間の懊悩も同類じゃないか。そうしたらだよ、ここからが山場だ、よく聞いてもらいたい、そこで厄介なあの問題が急速に浮上してきたわけさ、実際、超能力を持つ奴らを片っ端から情報処理してみたんだが、分かりやすく説明すれば、何と最高の電脳をもっていても、計上ミスどころか、まったく予測不可能と、くじ引きのハズレみたいに白けた回答を出した、そしてこういう事実も判明してきた、奴らの能力とやらも各人の体力や知能指数同様、とんでもない個人差があるってことが歴然となった。 もう気がついただろうが、みつおという男は我々が籠絡して試験的に多角方面から監視し始めた中のひとりだった。コンピューターでの全面解析が不能な以上、原始的な諜報活動によって研究再開したわけだよ。本人は好意的に賛同したかって、ああ、あいつはひとつだけ条件を提示して了承してくれた、自由に行動させてくれという願いさ。もちろんショッカーの存在も研究内容の目的も伏せてあるし、奴が知りうる限り我々を含めその件に関する一切の漏洩を禁じた。薬物でコントロールなどしてないよ、というのも実はね、初期段階の実験で薬物投与による試みも行なわれたんだが、すべて負の成果に堕ちて行ったわけで、面白いものだと思ったよ、天然は化合物を拒絶するんだ。 いいかい森田君、神話や伝説、偶像の神々が今、奇跡を引き起こすのではない、生きている人間、血の通っている生命が人智を越えた秘技を操り、想像の領域へと飛翔していくのだと私は信じている」 「そうですか、先進国では超常現象に対して真摯な取り組みを示しているとは聞いてましたが、しかしミュラー大佐、方法論はどうあれ、死なせてしまう結果では、失敗だったということになりませんか。それとも、僕と同じく彼は助かったのでしょうか」 |
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