大いなる正午16 「これを見たまえ」ミュラー大佐は仰臥する梅男の目線を右方向へと誘った。 オフホワイト一色のがらんどうに思われたこの空間には寝台と、傍らには小型冷蔵庫ほどの医療器機らしき箱形の形状物から複数の配線が自分の身体に延びているだけに見えた。曲線や凹凸を排除した一切の装備が見当たらない均一な室内。そんな無表情な一面が、そうまさに一面が下方へと丁度、幕が垂れる様と反対の手順で開放される、それは奇異な手品を思わせるショウの始まりであった。 窓硝子が開かれたと思いきや、それは小型スクリーンに映し出せたれた外界、そう見慣れた山林の緑が全面に横溢している。山間を縫う小道が糸のように向こうに消えゆく。梅男は一瞬、ここは人里離れた山岳地帯か、それとも日本から遊離した見知らぬ山深い秘境かと想像してみた。だが梅男の目先を共に見やるのでなく、梅男の顔色を伺いつつあるミューラー大佐の慢心に制御をかけている目つきから、黙しきれない無垢な思惑を享受して、身震いを覚えながらも隠れた次元を了解した。 続き様に反対側にも外の世界が展開していく。高台か屹立した断崖からなのか見下ろされた大海原と、抜けるほどに爽快な蒼穹。 「風光が見せる雄大さは実に素晴らしい、どうかね、自然的な音響も聞きたくないかな」 梅男にはそのセリフがすでに過去形の言葉として耳朶からはみ出す思いがして「もう聞こえていますから、十分です」と静かに皮肉と小さな呪詛を込めて、そう呟いた。 そんな素振りを俊敏に感じとった大佐は、優秀な生徒に薫陶を授ける時に見せるあの鷹揚な態度で、今一度、威厳を保持せんとばかりに、矢継ぎ早に衒学的な説話へと流れこんでいった。それは、危うい位置で均衡を見失いかける情感の発露であり、斜の構えから繰り出す打擲であるのか。 「現象というものは逐次表象として時間軸に沿うもので、我々はその基底をなすところに信憑を委ねるのだが、ひとつ厄介な問題がある。第六感とやら呼称される非論理的な感性や過剰な想像がもたらす予感といった、未知数のデータの集積だ。君は与えられた情報量を的確に分析する能力は人並みに持っているだろう、だが人は過酷な状況下であればあるほどに、適正を欠いた直情的な心理でものごとを承諾してしまう。冷静な判断を忘れるということだ。 さっき話した、君の反応と了解を見定めながらの講義は、実に順調な滑り出しの期待を私に抱かせる、簡潔と言ったがより明快な論旨で進めることに路線変更させてもらうよ。森田君、そもそも君を救出した段階ですべては明徴と言えるからね、期待は当然であるべきなんだよ、事件簿の頁を繰るような煩瑣は省略して、ここは詩的な述懐で一気に高みまで駆上がろうと思うが、どうだろう、無論、一気といっても総ての語り尽くすわけではない、君の体調を配慮しながらの上でだが」 「はい、出来ればその方が、楽になります。クロスワードみたいに小出しにされるのは性に合いませんから。あの世に片足より深く突っ込んだ身です、もう動じることはありません、期待感は僕も同じです」 憔悴と疲弊による投げ遣りな放恣ではない、その基調には悲愴に暮れゆく陰影も見あたらなかった。梅男は赫奕とした意志を持って臨んだのである。 「それでこそ、超人的志向といえる。わかるだろうが、我々は軍人などという民族意識の延長線が断層を重ねていった歴史的必然性の賜物からの脱却に向かっている。ああ、この制服かね、これは冗長を省く為の直裁な表徴だよ。誤解される以前に毅然となりうる挑発としてのね、何に対して、すべての欺瞞に対してだ。人をなりで判別してはいけないな、はは、所詮見た目さ、同じ見るなら猖獗が確実に露呈しはじめた現実を見据えるべきだよ。 私はショッカー極東総括最高幹部として、来るべき夜明けを前にひとつの重大な任務を遂行する為に今ここにこうしている。いいかな、ここからが肝要なところだ、世界はもうすでにあらゆる意味でグローバルな結束に首肯しているのが現状なのさ、環境問題や兵器の自粛、福祉や人種差別、貨幣の流通や物資の規制、民主化信奉への手放しの讃辞、反面、旧態依然の国家主義やかつての冷戦以上に、冷徹な正義を主張しあう国々。実はこれらは残像なんだよ。そうトップレベルの要人らは、互いに手をとって壮大かつ超越的なプロジェクトを開始しているんだ」 |
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