大いなる正午13 上半身が大きく反り返ると、両の手は爬虫類の蠢動の如く、胸のふくらみを追いかけていき、張りのある乳房をつかみ取って、撫でまわしながら指先を器用に操り、乳首を挟みこんでみたりつまんだりして、山間と谷間のふくよかな段差を愛でるよう地形を確認する。 まるでそこに肉体の地図が広げられたというふうに、柔肌の連なりに眼をこらし、裸体が触れ合ううねりの交歓に耳を澄ますと、鼻腔は体中に吹き出る発汗や陰部からしみ出す愛液の酸味と腐臭が入り交じった、芳しくも動物的な臭いをすべて嗅ぎとってゆく。口もとは飲食や呼吸の器官であることを忘れ去り放棄した思いで、ひたすらに肉厚の柔らかな感触を持つ上と下の唇を、時間が入れ替わる案配で、時に優しく、時に激しく舐めつくす。 歯茎への清掃じみた舌先使いは、体を反転し女陰深くに潜らす探検の前菜の味わいとして、機知に富んだ戯れになり、こぼれ落ちる悦楽の笑みに照応しながら、尾を振る犬の興奮に限りなく近づいていくと、唾液と膣液にしたたる割れ目は大きく歌声を上げていき、そのほの暗き洞穴からは、緋色に染まった体内時計が正午の絶頂の調べを奏で、勢いよく潤滑水が溢れ出してくるのだった。 花野西安は今夜、はじめて川村貞子の身体を知った。痴女の嬌笑としか言いようのない媚態に身をくねらせながら、貞子は耳元に口を寄せ誘惑の言葉を囁いた「あとでわたしを抱いて、、、」 西安は、日中、テレビ局のスタッフと共に貞子の姿を目の当りにした時から、頭のねじが何本か緩んでいくのがわかっていた。悪夢ならこれくらい突拍子もない場面だってありえる、すべての根っこは貞子の電話から始まり、途中で行方をくらましたと思えば、それからの過ぎ去る時間も空間もすべてが痴呆的に脱臼してしまい、もがいてみたところで所詮、悪あがきと放心を決め込んだ。そしたら今度は砕けた破片を見るも幼稚な処方で辻褄合わせよろしく、魔術師の整骨医が上辺の骨格だけを矯正しに現れた、待望の貞子の登場だ。一体どんな脈絡があるというのだろう、どういう思惑が発生して、誰が何の為に、こんな馬鹿げた茶番劇を演出しているのか、いわくありと根っこの芽が顔を出すなり、すぐ様にへこむと、錯乱する神経が絡まる先の髄液をその養分として吸い上げて、奇形の花弁を開かせ毒づいた花粉を無意味にふりまいていった。 「いいから黙って抱いて、何も聞かないで、、、それでいいのよ」 もういい、性也だってそういっていた、何もかもが秘密裏に動いているんだ、きっと青空に浮かぶ雲だって、極秘指令で流れている、今夜の夜空の星座の位置でさえ暗黙の了解があるはずさ、、、今も暗号のようなセックスをしている、、、いずれ時が解決してくれるのを、そう静かに待っていよう。 西安は、久しぶりの悦楽に一切合切を投げ捨てるかの勢いをもって、貞子の股間の奥をひたすらに突き上げ続けた。 無音と思われた空間に、微細でよく聞き取れないのだが、少しづつ何らかの範疇に収められそうな音像が結ばれていく。 人の声らしき抑揚のある諧調にも感じられる。それと浅く吸引するような身近な自然の気配、、、音のする方向が次第に集中力によって定められてくると、それはおぼろの国からの目覚めであり、覚醒によって器官が本来の意識を呼び戻したのだと、ゆらゆらとたなびく影の縁取りが、写真の映像の如く固定した時には、あらためて何かに呼び戻されていたことを思い出し、そして本能の持つ蘇生力は急速に聴覚を通して感触を探りあてようと、超人的な鋭敏さで研ぎすまされた。それは視覚の不在を回避する為に動員された、ひとつの現象だった。 「私の声が聞こえるかね、動いてはいけない、そのままでいい、今、眼帯を外すから聞こえたら目線を私に向けたままにしていなさい」 声は明瞭に耳に通じた。そして視界が開ける。眼底に突き刺さる痛覚を一瞬感じたのち、全体が薄暗い乳白色で覆われているのがわかり、しばらくは霞みかけたりしたが、やがてはっきりと人影が瞳に映る。短い白髪の軍服らしき服装で立つ人物。視線は言われた通りにその位置に固定した。 「おはよう、森田君、私はミューラー大佐という者だ。これから言うことをよく聞いてほしい、、、」 |
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