青い影3 真夜中の妖艶に謎めいた語りの沼に梅男は呑まれていった。身の危険を感じつつ、いやそれ以上に放蕩者の持つ賭博性の末期的な理性を無視した蕩尽の魂にゆらめきながら。 興味本位な指向は本来的に備わる、曖昧ながら視線が知らぬ間にたどる軌跡にほぼ忠実である。 梅男は貞子という女性に直接関心を抱いたのではなく、その背後に隠されている目には見えない淵の底を覗きたかったのだ。それは人を安易に寄せつけない立ちくらみを覚える結界が、遠い遠い世界の果てに到達出来ないもどかしさを必ず宿している故に。 だが梅男は神妙な精神などは持ち合わせていない。内奥から吹き上げてくる熱風に身も焦がされるもよしとする、荒神の落とし子ではあったが。とはいえ常日頃より、その様なほとばしる熱情に支配されているわけではなく、逸脱する境界はどちらかと言えばよく見極めているつもりだった。 女の好みをとってみても、自分より年上に心情的な恋慕を持った。決して若さに溢れる新鮮な情感のやりとりや、はちきれる肉体を嫌うわけではないが、手に余るような巨乳をまさぐる時に感じる、あの徒労を予知させる不愉快さには閉口する。開発途上国に派遣される重圧にも似て。 所詮は面倒なのか、人肌の熱燗に安寧の郷愁を感じてしまうように年増の女性の包容は心地よい、例え絶頂に到らずとも。 梅男は、自分は知り合いの花野西安のように性的人間ではない、もっと違った傾斜で異性と触れあうことが出来るはずだと、平時より下心などは無粋と小細工めいたコミュニケーションは避けていた。 では今日の道行きはどう説明するというのか、梅男は衝動を理解し行動へと身を投じたが、恐いもの見たさのあの複雑な心理を解剖したところで底なしの暗黒へと下って行くだけでしかないと、無駄な松明を灯そうとは思わなかった。 あえて焦点を絞るのなら、性也の夜話に促され緞帳の裏の向こうへと突き抜けてみたかったのであり、人前で性交を演じるという羞恥心をかなぐり捨てる情況に、超人的な越境を見いだそうとしたのである。 「それでね、監督さんえらく創作意欲が溢れたみたいで、紀州熊野特集とか言い出してしばらく南紀に滞在して、何本か撮るって言ってました。今ですかあ、新宮とか奈良との県境あたりの温泉にも行ってくるって話してましたよ」 性也はここからが本題に入るという顔つきで「あの〜、森田さんどうです、男優は現地調達もするって監督さん言ってました、誰か出来そうな人間はいないかって、よかったら紹介しますけど、名刺もらってるし、貞子さんにも連絡はとれます。このご時世、許容ですよ、許容、貞子さんはあっぱれ故郷に錦を飾ったじゃないですか」 梅男は性也の言葉に冷や水を浴びせられたような清冽な驚きを見せたが、酔いも加担してか、体の地熱は増々上昇していく。 「けっこう条件もいいんです、ギャラっていうのかな割ともらえたんですよ、しかも前金で。その後ね、これは内緒って言われたんですけど、後から他のシーンの撮影でこっちに着いた別の女優さんね、熟女系とコギャル系の全部で3人いたんですけど、好きな子自由にしていいぞって、あはっ、これもご褒美ですか〜みたいな。いやあ、森田さんだからこんないい話し教えるんですよ、おそらくお金自分で払ってでもって奴いますからね」 翌日、梅男は多少の検討に心ゆらいだものの、意を決して性也を介してその異色なる監督に、これは面接というのだろうか、現在は熊野川周辺で仕事中、新宮市の旅館に宿泊してるその伝道師に会う為、車を走らせているのだった。 峠を登りきった辺りで目の前に長いトンネルが暗い口を開けているのが迫る。陽光が不意に車内に鋭く差し込んだ。 サンバイザーを下ろし、同時にルームミラーを調節しようと左手を伸ばす。瞬間、捕獲したとばかりに梅男の見つめる視線が太陽光線に挑むかのような、かがやきを放った。 |
|||||||
|
|||||||