青い影2 貞子は対峙した。反射するすべての鏡とあらゆるものの影に向かい。 小さな町中では、わずかばかりの話題を面倒だと感じながらもその手垢だらけの触手は、流れや波紋の伝播と形容するに疎ましく思うほど、無粋に埃まみれに扱かうことを信条とし、終いには捨て去る。 国道を南へと走らせ峠へとひたすら向かいつつ、ハンドルを手に梅男は性也の話しを慎重に思い返していた。その運転速度に比例するように。 性也の語った、貞子の自尊心とやらは果たして思惑通りに保たれ遵守されたというのか。 結局、噂は噂を呼び貞子はよからぬ邪推の神輿となり、珍棒に食いついた変態女のレッテルを貼られ蔑まれ、回避されるべき悲劇は顧みられることなく、失笑のヒロインとなった。 「それでね、貞子さん、居たたまれなくなって町を出たんです、東京の知人とかの所とか聞きましたけどね」 性也は上気した気分を抑えるように少しばかり厳粛な口調になり「それでですね、何日かブラブラしたりしてたんです、まあ向こうに行けば知った顔がいるわけじゃないし、元々が活発な方ですからね、陰にこもるタイプじゃない。それである日、渋谷かどこかで歩いてるとこをですね、スカウトっていいますか、キャッチされたんです、ええそうです、AV女優に。最初はモデルクラブだとか言ってたみたいなんですねど、やっぱそっち系だったというわけなんで」 その後、貞子は訝しい雰囲気にためらうも、地元での醜聞に対する自虐的怨念を一気に爆裂させる衝動に駆られ、その道の稼業を了解したのだった。そして一旦こうと決意すると几帳面な正確も手伝ってか、職種内容に対し積極的に臨んで行き、その姿勢が業界内で中々の評価を得ることとなり、短い月日にも関わらずそれなりの名声を勝ち取ったというわけである。 「それでですね、今回のロケはいわば凱旋みたいなものなんです。汚名を返上するとかの次元を越えて、どうだ私の裸をみんな欲しいだろ、見たいだろみたいな。思いっきり直球の仇討ちって感じじゃないですか。ええ僕は実際、アレしましたからね、演技ですけど、でもしっかり伝わってくるんですよ、貞子さんの気持ちが」 そこまで喋ると性也はふっと落ち着いたように、目線を落とし更に面妖な成り行きを話し出す。 「でいくつかのAVに出演しまして、ある監督に見初められたんです。その監督っていう人は業界でも異色でしてね、奇抜な作品ばっか撮ってるんです、僕も以前に何本か見たことあります。それで今回は列島縦断シリーズとかの一環の企画で古き町並み、自然を背景に奇想天外な物語を制作するとかで、それを聞いた貞子さんがそれでは是非とも私の故郷でと推薦したんです、世界遺産にも登録ですからって力強く。そしたら監督さんえらく乗り気になってですねえ、早速やろうじゃないの、というわけでこの町にやってきたというわけなんです。あっ、僕ですか、何で男優やったのかって、それがですね、これまた妙ちくりんと言いますか、因縁といいますか。ロケ隊スタッフ達と共に貞子さん、帰ってきましてね、宿の手配とか一応済ませまして、いよいよ明日から脚本に沿って撮影開始というその前の晩にですね、景気づけに一杯やろうと一同で繰り出したです、最初はうちの店に見えて食事しながら乾杯してました。それで勢いついてもう一件行ったんです、そこで監督さん始めカメラマンのスタッフがえらい興味深いことに引き寄せられてったんですよ、貞子さんはその店は以前から知ってました、そうです、あの赤いバーです。久しぶりの再開でそこのマスターは上機嫌で色々お話聞くうちに段々と、ほら何といいますか降りてくるっていう奴ですよ、梅男さんも知ってるでしょ、その異色の監督さんと映画談義になって意気投合みたいな感じで盛り上がりましてね、はい、僕も店がはけてから顔出ししたんですよ、だから、よく覚えてます。マスター、例の神憑りテンションでね、いい題材というか物語があるって言い出して、是非自分のホームページ掲示板に連載中の新感覚劇場を、映像で再現してみたらどうかきっと素晴らしいものが出来上がるとぶちまいたんです(笑)で、マスターが逐一説明しましたら、監督さん、雷にでも打たれたような反応で興奮しまして、よしそれで行こう、ってな事になった次第ですよ。僕が登場せざるを得ないのはこれで、わかってもらえたですよね、そういうわけなんです、はい」 反芻する性也の話しを、どこか自分自身ではない箇所へと仕舞い込みたくなる心理は如何なる情動によるものなのだろうか。振り払っても振り払っても積もりゆく、死の灰の燃焼に到る絶頂の横溢。梅男はそこへ向かおうとしていた。 |
|||||||
|
|||||||