暗殺の夜5


春の夜の少し湿っぽい空気を深く吸い込みながら今自分が如何なる情況下に佇んでいるのか、揺れる大地の怒りに出来ないもどかしさみたいな焦燥は足下から巻き付く蛇性の忌まわしさを孕み、昇の意識に陶然とわき上がってきた。
酔いはまだ醒めることなく、方や手触りの明白な輪郭はちょうど王冠をすっぽりといただいた矜持が、歴史の終焉により崩壊していく様の諦観を予期したのだった。
夢は綻び破れ、宣託は地に堕ちた。それは地下の大王がまぼろしのように霧散してゆく瞬間である。
昇と貞子は、店から道路をはさんだ小奇麗に形よく整備された児童公園のベンチに腰を下ろしている。囲いの冊に添って伸びている桜の枝は、散りゆく花びらを静かに見送っているようだった。悔いなく日没を受け入れる山々の尊厳な気品と同じ感情で。
貞子の視線も静かだった。気遣いで昇を外へと促したように思えたが、特に問いただすわけでなく何ら疑いなどにも関知しない素振りに映り、貞子自身が今ここで心落ちつく夜の感触に親しんでいる風情を醸し出していた。
昇は今日の目覚め、いや夢見から始まる時の奔流に全身全霊もみくちゃに弄ばれたとしか言いようのない不甲斐なさを意識しつつも、魂魄が急速に遠ざかってゆく臨終間近の寂寞に支配されているとおぼろげながら感じ、思考をすべて停止しようとした。
貞子の無言は何もかも水にさらわれた清浄な世界の調べに思われ、深く耳を澄ますまでもなく穏やかに昇の魂に沁み入るのだった。ややあって、静寂の吐息は絶えなることから小さな咳を発しやや調子が乱れ、ひとつくしゃみをした。人はこれを絶望と呼ぶのだろうか。又、くしゃみをする。排出すべきものはまだ残っている、毒素が生ける病原菌だとしても何らかのエネルギーを宿しているに違いない。思考には覚束ないが、曖昧な感触だけは残滓として沈殿しているように感じられた。
昇は決して思念に突き動かされたのではい、残り粕が不意に培養され熟成へと一気に駆け上がっていく底知れない激流にあらためて呑み込まれたと言える。それは地下の住人さえ探り得ない、限りなく奥深い所に逆巻く水脈だった。
貞子の手をさっと取ると、立ち上がり力強く引っ張っていく。驚きとためらいの表情を見せながらも、その強引な逆巻きに呆気に取られるようにして抵抗を忘れ貞子は昇の後について行くしかなく、一方昇には激流の轟音が般若心経のうねりに似た呪文のようにひたすら聞こえる。そしてある情景が脳裏を数回横切っては消えながら、やがて一瞬だが像が結ばれ、夢告知で見せられたはずなのに何故か封印してしまった、あのおぞましい衝撃で失神したのちの隣室で催される貞子と性也の濃厚なまぐわりの図となって、炎上した。
暗き洞窟には理屈は共鳴しない、火の手が上がるだけである。昇は引く手を一層強めると公園内にある公衆便所へと貞子を連れ込み、個室の中に押しやり封じ込めるようにして扉を閉めると、懐から先程の小型ナイフを取り出し野獣の本能を突きつけんばかりと鋭い眼光でことの欲求を誇示し、勢いのままに圧倒され無抵抗な貞子のスカートの下に手を入れまさぐった。更に下着の中にも指先を滑らせると、ややざらついた感触の陰毛の裾へとかき分け無遠慮に肉の裂け目をこねまわす。そのあと自らズボンのファスナーを下ろし半ば堅くなりかけの男根を口にするよう目線で示し、押さえ込もうと頭に手を乗せ跪かせて、喉元にねじ込む獰猛さで奥深くペニスを含ませた。
左手で貞子の後頭部の髪をしかとつかみとり、なめらかな運動を指示する。ことの重大さを把握出来ないまま欲情に従うしかない定めに置かれたと観念した様子で、恐怖さえ忘却したのか虚ろな目のままひたすら昇の性器を吸い上げ、上下する。
昇は今、恍惚の絶頂へと、地下から噴出し地上に飛び出して天空高く駆け上っていくひとつの塊となっていった。
いい知れる悦楽に陶酔し、頭部がキンキンと鐘を鳴らしたような目眩と覚えると勢いよく、喉の奥へと射精した。そしてまだ怒張したままのものに噛み付くように強要すると、貞子はさすがにこわばり躊躇に駆られたが、金切り声と共に非情に飛んでくる昇の拳でしたたか頬をぶたれて恐怖と放心が渾然となり、食いちぎれるくらい思いきり歯を立てた。
おびただしい鮮血が貞子の顔面に吹き出し、悲鳴にならぬ頓狂な声を上げ身をすくめる目の前、ゆっくりと昇は倒れ込む。局部の痛みはしびれに近く、次第に意識が薄れかける頃、夜空の彼方でヘリコプターの羽音がけたたましく響いていた。ああ、これが夜の支配人の言ってた、夜間ドクターヘリかと思い出した。、、