暗殺の夜3 暗き部屋の限られた広角を持つ照明は、周囲の暗幕を寄せ付けない神々しさを放ち必要とされる特定者に対して、至上の光を寄与し続ける。特定される者は絶え間ない連続性により根源的な意味合いを喪失してゆく。 天賦が生み出す光彩や熱情が沸点に到達する偉業は、狂信的な正義感や盲目者の想い描く女体の映し絵とそれほど違いはない。つまりは視野狭窄は常に片手落ちであるという事である。 幻想は限りなく続く、それはカレンダーの裏側に貼りついている、それは冷蔵庫の中身をすべてすり替えてしまう、ある日には脳裏のドアーをノックして親し気に訪問して来る。昇は訪問客に対し丁重に対応しようと勉めた。 長島君からの期待と不安の入り交じる回答が昇に届いたのは、窓の外から春の薄ら寒い風が舞い込んで来る夕刻せまる頃であった。入院先への電話での問い合わせが、諸般の事情により不可能と判断した長島君は直接病院へと赴き、あの不明瞭に関する証言を得る事が出来た。 その説明によると、みつおという男は入院者の知り合いではなく、加也子さんより予てから引き合わせて欲しいとの旨を酌んで、更なる別人に紹介を依頼したとの事であり、その先までたどろうとお願いしてみたものの、複雑骨折の重症の身である為、携帯も自由に操作ならず、そこで探索は途絶えたというのである。 運命は刻一刻と近づきながら、昇の親和的な抵抗を踏みにじるように不実に過ぎ去ろうとしている、反面、鬼神の陰が夕風に紛れ込み野望を成就せんと暗き顔を覗かせる。外交的攻略が行き止まりとなった以上、根回しなど考えつく姑息な手段はもはやこれまで、長島君に胸中を打ち明けてみたところで一蹴されるに決まっている。本番にて行動を起こすしか道はない、昇は額に脂汗がにじみ出るのを覚えた。 耳を澄ますのだ。そもそも何故に自分が押し入れに保管してある(免許は取得済み)猟銃を持ち出し、人をしかも懇意な間柄の人達の命を絶たなくてはいけないのか、何の衝動であり如何なる意味を成すというのか、恨みもなければ損得なども微塵もない、不条理劇を盲目で演じる操り仕掛けの道化役者なのだろうか、何者かが脳内にそっと入り込み踊らされるのか、それとも知らぬ間に洗脳され遠隔操作で変身を遂げるとでもいうのか。 あの夢の予知をもたらした夜の支配人とやらは、一体何者なんだ、、、、、、思考が同じ経路をひたすらぐるぐると巡っている時だった、回転する円環から弾き出される飛沫のようなの閃きが、昇の背筋に浴びせられた。 支配人は俺の夢、夢は夜の空の下、では下には何がある、そこには誰がいる。 地下の住人の例えはそれこそ、今時の子供でもアニメやホラー映画で理解するくらい立派な神話であり、陳腐な深層心理学では誰もがおなじみで、あの隠されたもうひとつの相貌などありきたりの解釈には、はなから顧みようなどとはしない。意識野からの逃亡、逸脱つまりは抑圧による心的要因と表せば多少はもっともらしく聞こえるのか、では使い慣れ親しんだストレスと言えばよく分かり過ぎて、つまらんのだろう。 もういい、よく分かったのは自分さ、なるほどね、仕掛けは巧妙に見えても構造は単純だ、そういう案配ならこっちにも戦略はある、今度は俺が攻める番だ! 昇はよく耳を澄まし、極限の瞑想から解脱を得た。これは演劇に酷似している、が、しかし肝心な部分が別ものだ。脚本は一手に自分が握りしめている、そして、ある意味すべてが即興で演じる事も可能であるし、本日公演中止を唱えたところで罪には問われまい、当たり前のことじゃないか。それより、そういつもの引きこもりよりも数段の面白みを感じる、予感する、この日の為に俺は生まれてきたんじゃないだろうかと、どうだい、そうだろ。しっかりと演じてやるよ、ブラックスーツを粋に着こなし、おっとブラックタイも締め忘れちゃいけない、氷の微笑をたたえた惚れ惚れする、殺し屋役をな、、、 極秘指令、、、敵国の諜報員の撹乱を内密にそして速やかに阻止せよ。暗殺指令798。標的、みつお&板石掲子。 夜の帳は下りた。 |
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