断章17 「僕はやっぱりあの時、平静をとりつくろうとしてものの相当動揺していたと思います。Y子がどれくらい涙していたか、とても長かったようにもほんのわずかの間だったのかよく覚えてないくらいですから。 と云うのもそれから彼女が語りだしたことが、自分の予期していたところと違っていたんで、もう驚きと安心が交互にしかももの凄い早さで去来して、話してくれる内容はちゃんと一言一言把握出来るけど、聞いていうちに終いには、僕がY子の言葉のなかに溺れてしまって段々と息苦しくなってきたんです、、、Y子の境遇が思いもよらなかった事実に打ちのめされ相手の身に共鳴して苦しくなったんじゃなく、圧迫感のようなものが僕を縛り付け、暴風雨にさらされて身の危険を感じる時に似た、強烈な不快な気分に包みこまれてしまったのでした。 『お別れしに来たんじゃない、聞いて欲しの』と眉根を寄せて、まだ潤いをたたえたままの瞳は悲しみそのものでしたが、それ以上にその目線は何かを貫いていく攻撃的な刃みたいな、怒りやとまどい恨みに支配された者がその標的に投げかける鋭い光が見えましたから、、、でも口調はいたって震える内心からの声だと確信出来る弱々しく、たどたどしいものでした。 Y子が僕に聞かせた一部始終はこうです、、、ひと月くらい前に父親が自宅で不調を訴え倒れそうになって病院へ行ったら脳梗塞と診断されたそうで、日頃から壮健で体力自慢していたくらいだったし、本人も身内もそれほど重篤な症状とは考えてなくて、それでも医者の忠告を大事をとって入院して更に精密検査を行いながら養生してたんですが、二日前、いきなり人事不省に陥りいまだ意識の回復がない。担当医も渋い表情を浮かべているけど、まだ絶望的と決まってわけではないので、家族間以外にはまだ病状を報せることをためらっていた矢先に、どこで聞きつけたかY子の家に会社の幹部連中が現れたと思いや、管財人やら弁護士、そして最も衝撃だったのは、父親の愛人と名乗る女性が幼子二人を連れて押し掛け、すでに認知してもらっているのでもしもの時はしかるべきものをみたいなことをと談判し始めたのでした。Y子は寝耳に水でまさか自分に腹違いの兄妹がいたとは晴天の霹靂だったけれども、母親に詰め寄って事情をただすと、表面上は否定してもすでに愛人とその子供らの存在を薄々知っていたようで、それ以上、母親を責めてもどうなるわけでもなく、今は親族会議で現状への明確な対処を話合うということが先決だったので、Y子にはその成り行きを見守るしか仕方なかったそうです。 彼女は僕に出来るだけ詳しく話そうとしてしているようでした、、、叔父を中心とした会社内での派閥や、安泰に見えた運営はいくつかの企画が起動に乗らず経営状況が逼迫していた内情、更には父親が個人的に買いあさっていた株券が最近、一気に暴落して相当な借財が発生してたことなど、、、僕だって入社して月日は浅いですけど、会社経営の仕組みや破綻する事情などは、他の大手企業が崩壊する様を見聞きしてある程度、理解は出来るつもりでした。 社長令嬢として苦労という苦労は知らないまま育ってきたY子にとっては、それこそ王家が滅びてしまう渦中にある悲劇のヒロインの心情だったかと思います。 しかし、僕の内側ではそんな彼女に降ってわいた不遇に対してどこか距離感があるように感じてしまうのです。今後、父親の容態が一刻も早く回復に向かうことを願う一方で、城壁を乗り越え攻めこんでくる敵兵ともいえる色々な難題にどう立ち向かっていくのだろう、いやむしろ、これから待ち受けている境遇をどう受け止めて家族も含め彼女自身が自分を保っていくのだろう、そこまでは十分に共感もし、不幸を嘆き悲しみ、そしていたわりの心もまっすぐにY子に向かっていました。 まだ付き合いだした当初、自分には荷が重いと云う隔絶感が時折頭にもたげたことがあります。でもその重圧は手応えや比率で計られるものとは別種の問題だったのです、それ自身を欲し願ったわけですから、、、そう言ってしまうと如何にも彼女が身にまとっている優雅さや華やかさ、それらに僕とは違う次元に生息していると手には本来届かない女性としての属性だけを好み、あこがれを抱いたと思われるかも知れないでしょう。ええ、確かにそんな側面がなかったとは言いませんし、盲目的な希求力はそれゆえに発動したのだと思います。 とすると目に見えない力とは、一体何なんでしょう、やっぱり恋に恋する若い衝動が先にあって、それから本能が準備万端、迷わず行け!と号令をかけて肉欲を開放すべしと、大義名分によって突撃し出来れば最上の好みの相手を獲得に奮闘する為、集結することで盲目と称して実は以外と理路整然とした計算が働いて、一番都合のいい恋心を作り出していたのでは、、、」 |
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