断章18 「僕は若かったし、自由奔放な世界のなかに生きていると感じていました。毎日の会社勤めであくせくしていても、煩わしい人間関係に縛りかけられていたとしてもです。どうしてかって、それは未来という時間がまだまだ前方にひらけていて、余裕たっぷりだったからでしょう。一応学校も出てそれなりの就職を得た、、、ああ、そこですね、はい、僕は特に目的やどうしても実現させたい理想なんて持っていなかったんです。欲がないって言われそうですけど、自己実現だけが欲望じゃないでしょ、物欲とか性欲なんかも立派な意義があると思います。 又、こういうふうにも、、、自己を高めるなり精進するなり、ある目標に到達するには社会の壁や個人としての限界点を乗り越えようとする強靭な意志と力が要求される、これは裏を返せば社会にへつらい調子を合わせ、そしてようよう自分なりの突破口を見つけだす。一見、自由で大いなる翼に見えてその実、非常にがんじがらめの身体ともがれた翼、大空を気ままに飛び回るというよりライセンスをもらって飛ばしてもらっているんじゃないかって、、、だから、相変わらずまわりを常に気遣いし続けなくちゃいけない、他にも色んな飛行物体があるだろうから、衝突しないよう注意が欠かせない、結局、自由きままなんてどこにもないってことですね。 そこで折り合いが問題になってくるんですが、僕は仕事そのものは束縛だとは感じてないんです、実家が自営業なんで小さい頃から、営業時間としての束縛は当たり前に映っていました。自由奔放はそれ以外に見いだすべきなんです、Y子への恋情はそういう意味では起こるべきして起こった謎ときだったかも知れません。さっき話しましたように、自由世界を発見するには定理や方法論などないから、自分で探る当てるしか道がないわけです。 少し長い補足になりましたけど、盲目というのはその探り方進み方を言い表しているのであって、恋愛対象、つまり相手の実像は見ていないようできちんと計測されている、、、Y子は、Y子の見た目は僕にとって自由世界への入り口にちゃんと見えていたんでしょう、きっと。 彼女から話があると言われ、直感的に不相応な関係だったのをY子も痛感していたのかって、そう思って覚悟はしていたんです。失恋、いえ振られるわけですから、あこがれからですよ、それは傷つくでしょうし、立ち直れないくらい大きく世界が傾くのは理解してもらえるかと思います。ところが開けてみれば様相が考えていた場面とは違っていた、、、決して僕のことが嫌いになったわけでも段差みたいなものに心変わりしてきたのでもない、すべてはY子の事情だけにあったのです。 彼女の側の世界が崩れようとしている、、、僕はあの時やっと自分の心のなかが見えてきたんです、恋は盲目というけどほんと、よく自分自身を熱病で浮かれた状態にさせ、五感を通じて感じとる何もかもを曖昧なものにしてしまいます。そして、見事な一人芝居を演じていたのだってことも、、、だって、話の中身があらわになって僕には問題点がなかっていう自負が芽を出した途端に、それまでの熱が急激に解熱していくようで、封じ込まれてた謎が氷解していくようで、これは反対に自由を取り戻したんじゃないか、ようは高嶺の花であり続けたY子がもはや地に落ちた天使、それは僕と等身大で肩を並べる存在、しかもとりまく環境は最悪の事態が迫りつつある、、、Y子の置かれた状況の詳細が克明であればあるほど、耳にする僕が息苦しくなってきたのは他でもありません、いくら良心的な気持で受けとめようとしても、熱病から解かれたからには五感の働きは正常な機能を取り戻し、内奥から最善の本能がきつく手を引き始めたからです、、、自己保存と云う安定に向かって。 ここまでの説明ですと、おやおや、随分ですな、と思われるでしょう、見方によると金の切れ目が縁の切れ目から現金を差し引いた図式になりますけど、それはある意味現金ですね。しかし、前にお話しましたように、これはあくまで一側面を誇張して、拡大解釈して、その上で冷静に見直してみたまでのことなのです。これほど数式みたいに割り切れるものでしょうか、僕はY子に恋をしているんです、例え彼女が犯罪者とわかり、窃盗、傷害、殺人と罪科を重ねていたとしても、決してその場で見限ることはありません。次第に季節がめぐるように心放れしていくことはあっても、、、」 |
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