残身5 「それでも星次は、今までの無沙汰から致しますと高齢の私への配慮か、家内の初七日が明けるまで滞在してくれまして、梅男の件に関してはこちらが諭されるような案配でしたが、例の神棚から落ちてきたものを見せますとしばらくしまして難しそうに眉間に皺を寄せながら、仕方ないこれも親孝行のうちかと云った億劫な面持ちで梅男の使っていたパソコンを見せてくれと言うではありませんか。 梅男の部屋はあらかた整理してしまってテレビやステレオなど電化製品は、これも世代の気性でしょうか当時高価なこともありまして故障もしていない様子なのでそのままにしておりました。パソコンなど手も触れたことはありませんでしたが、そのまま押し入れの中に眠らせておいたわけでございます。星次は慣れた手つきでそれを部屋の真ん中に移動させ電源を入れて何やら操作をしておりましたが、中身が空っぽになっていると言うなり元の押し入れに戻してしまいまして、訝しそうに覗きこんでいる私に向かって情報がすべて消し去られているから何も得るものがない、こんな昔の機械は置いといても仕方ないだろうみたいなことを言いながら、同じようにテレビの方にも目を遣って今のご時世は処分するにも代金が必要だからとか、如何にも昔気質の倹約精神を揶揄せんばかりの口ぶりで、自分の子供時代の鬱積を晴らす顔つきを見せるのでした。確かにプラッシーの取り合いやある日ファンタグレープを店からかすめて飲んだのを叱責したこともきっと憶えていたのでしょう、私どもの商いもそれから本格的なスーパーの台頭で一気に傾きその後商売替えを致しました頃には、長男はさておき次男の方はそんな状況を冷静に判断して技術者の道を選んだのだと思います。 私の性分でありましょうか、生真面目すぎると他所様から見られますと細かい気配りをする反面、大きな判断や肝心な決心には戸惑うわけではありませんが、正念場で慎重を期するところが欠けているように思われまして、例えば二人の息子らの結婚や進路にも一切、提言することなく梅男の離婚話など本人から打ち明けられました際も、まあ仕方ないな、みたいな曖昧な言い草しか返せず、妙に抜けたとこがありまして自分ながら呆れる次第でございます。その分私の父親は実に決断力のある豪傑肌の人間でして、なるほど戦渦を潜っていただけのことはあるとつくづく感心してしまいます。 これは随分とお話が脇道に逸れてしまいました、、、それからは体調も思わしくなく日々の活力をどうやって汲み出そうかと思案しておりましたが、行方知れずの梅男が度々夢枕に立ちまして、こうじっと何を言うのでもない伏せ目勝ちな寂し気な顔でいるのでございます。又、花野様のご活躍に胸が躍る思いも重なり、そうしますと青春期のめくるめく希望を懐古しながら、せめて想像の世界でもかまわないから何か生きる目的を抱きながら余生を送って行きたい、ただ老衰を待ち病魔に侵されるだけではどうしても哀しい、寂しい、遣る瀬ない、そういった気持が心の中で大きく比重を持ってまいりますと、特に趣味もなし酒も最近はやりませんので増々、何とか変化のある生活なり精神的な支柱を模索してしまうものです。かと申しまして信仰やら仏様はもう十分でございます。他の人はどうかは存じませんが私には信心が足りないないと言えばそれまで、形式上の儀礼はともかく心底から神様仏様お助け下さいとも念じられないのであります。 夢枕に立つ梅男は、よくよく考えてみればどうにもこんな老いぼれた孤独の病人の表情、心情が外側に現われ出たように思えてまいりまして、すると梅男失踪以来いつの間にやら安否を祈願するところが段々と、まるで経年に色あせる純白の絹にように、いつしか自己本意のまま塵芥を一身に吸い赴くまま気の済むように変色してみるのも最後の人生経験かも知れないと、底知れない人の業みたいなものが垣間みれて来たのでございます。 世界がいずれ巨大な権力に席巻されるのであれば、せめて謎ときの醍醐味くらいの遊び心を有していけないことはないでしょう、残り少ない人生、悲嘆にくれて過ごすよりかは未知なるものに自分を投影して歩み寄る方が愁眉を開くことになるではありませんか。そこで願ったものに到達出来なくともそれはそれでかまわないのでありまして、老人が口にするのも憚れますけど討ち死にしてもよい覚悟なのです。私はこの齢にして漸く自分に正直にそして冷静に見つめることが出来るようになれたと思う次第なのでございます。自分をよく把握して何があろうと決して逃げたりはしません。「大いなる午後」が永遠の確証に至る道程そのものでありますならば、どうぞ私も一役買わせて頂きたく存じます、はい、つまらない道化役で上等でございますから。」 |
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