残身6 「先日の記者会見の模様、あの禁断の映画化に関します新たな情報番組を拝見中、花野様の思い切った突発的な挙動には心胆を奪われました。何と申しますか、ああいった常識を逸する私らの感覚では予想外の意表は、これも演劇効果を踏まえた上での宣伝とお見受けしてよろしいのやら、室内ではありましたが正かいきなり下半身の着衣を脱ぎ捨て、女性の下着を身につけるとは如何なる表現効果を打ち出していらっしゃるのか、ましてや前後ろを反対に穿いてまわりからは感嘆と嘲笑の入り交じったどよめきの中、平然と股間を曝している勇姿は正直ただただ圧倒されるばかりでありまして、翌日のワイドショーなどでも大々的に報道されてましたが、花野様ご本人があの直後に説明されておりましたように、やはり強烈な印象をごく単純にあたえることで絶大な話題性を意図されたと考えるのがまっとうな筋でございましょう。 別の会見では、現在の若い恋人から相当非難を浴びて大変だったと豪快に笑い飛ばされておりましたけど、その恋人が今回の新作に大抜擢されたと、、、風評では衆目に於ける変態的意表も恋人を前景へと迫り出す為の乱暴な演出であるなどともっぱらですが、今だ配役などは公表されておりませんご様子、若い女性役と云うことで果たして誰を演じますのやら楽しみな次第であります。 今回の映画化がどう脚色されますのやら皆目見当もつきませんが、過去に花野様が銀幕デビューされる前「貞子の休日」がこの町を舞台としまして撮影されたことはもちろんご承知でありましょうけど、あの映画の主人公の従姉妹役に扮しました三島加也子と云う名前にはご記憶あることと存じます。何せ駅前公園内に於ける大活劇の立役者として伝説の人物となって口伝され続けて来ましたから、、、否、記憶どころか決して忘れ去ることの出来ない名であることは「大いなる正午」の結末を読みますと、明らかにミステリー仕立てとして鮮烈な意匠が凝らされているのが一目瞭然であります故、十二分に意識されている事と察します。梅男と同様にあの女性の消息も不明のままなのをご存じの上、それら重々にお含みながらあえてあの封印された物語を今ようやくひも解かせようとなさっておられる、、、 さて大変前置きが冗長に過ぎました事どうぞお許し下さいませ。あれから二ヶ月の間、私は斯様な齢に達し生まれてこのかた得も言われぬ恍惚の日々を送ってまいりました。事の次第を簡潔に説明させて頂きますと、次男から聞かされた映画化にまつわる風聞から大きな衝撃を受けまして、近所の知人やらを駆けずりまわった件は先程のお話通りでございますが、そう興奮覚めやらぬままにパソコン教室を経営しておる人物に触れる機縁がありまして、内情はさておき老年者の自分みたいなものが高性能な機器を操れるのか、と問うたところ、手先との連動によって脳細胞が活性し何よりかつてない蠱惑が待ち受けているなどと、意味あり気にえらく古風なもの言いの誘い水でして、会話の流れで当時倅が使っていた機種が確か押し入れか納戸に仕舞ってあるはずで、しかし前に次男の検査では情報が全部消えてしまい得るものがないと判断された旨を伝えましたところ、それでもその教室の人は現存するなら一度見せて下さい、本体さえ稼働してくれたら修復される可能性もあるし消去された内容も復元出来るかも知れないと言い出しまして、今でこそ格安で新品のパソコンが買える時代ですが、それでも梅男が時折熱心に向かっていたものは言わば思い出の品、早速仕舞い込んであるのを見つけ出しますと修繕を依頼したわけでございます。 結論から申し上げましょう。さすがは時代の進化と都合のいいところだけ喝采を送るようですが、その古びた機械は見事に復活を遂げて消えていたはずのもの、、、そうです、、、当時仕事で活用していたと思われる事務処理用の資料などと共に、恐らく至極個人的な覚え書きが甦ったのでした。それは梅男の書き置きのようでもあり、来るべき未来への伝言のようでもありました。 花野様、これから書き記されますものは、十年以上前からの梅男の赤心そのものであります。ご注意下さい、同封の包みはその情報ではありませんから、、、大変心苦しいお願いなのですが、これより先の内容公開はある交換条件のもとで是非とも成立させて頂きたいのです。理由でございますか、重ねるようで恐縮ですけれども、私、森田武吉を今回の映画に出演させてもらいたのであります、行方知れずの三島加也子と山下昇のお二人とご一緒に、、、それから、、、」 |
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