晩夏8 恥じらいに身をよじらせ自ら口を開くというよりは、歴然とした事実を語る時、言葉と共に外部に溢れ出す息差しの透明感を麻菜はそこに見てとった。 幸い今日は娘を実家に預けて来たので、そんな鈴子の告白めいた話に落ち着いて耳を傾ける心の余裕があり、秘匿された真実を前にして狼狽をあらわにしないよう努める、気遣いとも云える糊塗さえ覗かせた。 それは映画やドラマの目に余る場面で視界を閉ざす心理に近い、あたかも類火を予期してしまう思い込みの激しさでもあった。年長者である麻菜は自ずと包容の双翼を広げ出し、深さの知れない傷口を優しく庇おうとする。それが、無垢のいたわりであるのか、感傷がもたらした還元される情動であるのか、問うてみる必要はなかった、何故ならどちらもが不可分となって胸裡に巣くっていたからである。 寡黙に沈む鈴子の居住まいを正さんというふうに、麻菜は先んじて自分の身の上話に話頭を転じることで、淀みゆくであろう場の息づかいを換気しようと始めた。無口な相手に対する最も有効な手段となる為に。 店内には数人の客の姿があり、今しがた杉山周三も現われカウンターに席を下ろしたところだった。密談としてみれば、周りのざわめきも丁度よい背景音となるだろう、慰めや思いやりにとっても、自己本位な悲哀の滑舌にとっても。 そうして、畳の上に積もる塵芥を濡らした古新聞の千切れで掃き清めるよう麻菜は喋りだした。 「ねえ鈴子さん、言いにくい話をされたと私は思ってないのよ、あなたは自分の為にそう言いたかったのよ、そんな気がするなあ。他の人はどうか知らないけど、鈴子さんは静かで大人しそうに見えて、実は燃えるような情熱を秘めているように感じるわ、そして、あなた自身がそれによく気づいていないの、じゃないと何にも考えないいい加減な女になっていまう、そんなはずないわね、普段からの沈着な雰囲気は決して適当な判断を下す人には見えないもの、いいのよ、別に訳を聞かせてくれって言ってるのじゃないから、でも言いたいことがあればお話してほしいの、だから私のことも少しわかってもらえたらと思うの」 鈴子は身体の芯が俄に温まってくるのを覚えた。そして掌が僅かに汗ばみ始めるのを意識しながら、心の中でこう囁いた「そうなの、待っていたのかも、この瞬間を。麻菜さん親子の姿を見た時から感じていた、何かよくわからないけど、とても惹き付けられるものを、、、」 「前に聞いてもらったわよね、私、一年前に離婚してこの町に子供と帰ってきたのよ。もう三十路も越えちゃったし、実家に世話になってるのも肩が凝るし、今はこの近くにアパートを借りて娘と二人暮らしなの。私の結婚話はどうでもいいわね、それより、どうして千打金融と鈴子さんが繋がるかって疑問なんだけど、これも突っ込まないから大丈夫、ただ、あなたがあそこの社長に騙されたり、何か負い目があるとも思わないの、いいえ、そう見えないのよ。こないだ言ってたけど進んで面接受けた訳でしょ、だから、そこが難問なの、人から見ればよ、世間擦れしてない大人しい娘が、まるで手篭めにかかったみたいに思われるでしょうけど、そんなに単純じゃないわ、人間関係にせよ、色恋にせよ、それじゃあ、鈴子さんが単細胞人間になってしまう。あなたはあなたの意志で千打金融を望んだとしか私には考えられないの、、、色々あるでしょうけど、ああ、いいのよ、無理して説明なんかいらない、想いは秘めておくのが一番よ」 心の襞が捲られていく内容だけに重くなり勝ちな声色を、麻菜は精一杯軽やかにして世間話のようにして冷やかし気味に変色させてみたのだが、対する鈴子の伏せ目の奥に時折いつもとは違った光が瞬く反応を見て、気分を高揚させ一心に慈愛の情へと傾いていくところを、何処かで塞き止めようと奸計がめぐらされてしまうのはどうしてなのか。これを自己撞着と呼ぶのだろうか、たわいのない噂ではない、相当な重みを持つ心情が見通せるからこそ、その先まで見つめ抜かないといけないと云う、本線から逸れたよこしまな考えが首をもたげ出したのだった。 切実である口先とは裏腹に、銀路と鈴子の関係を一気に暴きたい欲求が噴出して来る。親密の度が越えられようとする時には必ず冷酷な仕打ちが待ち受けているものだ。それが、どういったからくり模様に造型されているのかは、麻菜にもよく把握されていなかった。 |
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