断章20 「どうして僕ではなく、N社長だったのか、これが臭いものにふたをして互いに不可侵をうたって来た証なのか、、、僕が自覚していたY子に対する直情に見えて屈折した恋慕は、何も自分で衒い隠匿するまでもなく、はなから彼女にお見通しだったのです。 結果、苦境のただなかで選んだ手段は、業種こそ違いはあるけど同じ企業と云う形態のトップに君臨するN社長に陳情し、父の経営破綻をどうにか食い止める策がないのか、免れないとしたらどのように会社が解体され、隠し子まで発覚した今、財産分与はどうなってしまうのか、それとも聞き及んだ借財が膨大で反対に土地家屋も取り上げられ裸同然となる、、、少なくとも肉体関係が僕より以前から存続する彼に、苦境を委ねてみるのはそれほど不自然なことではありません。当たり前でしょう、それに新入りの若造に比べれてみても社会的知識や実践としての経営学、人脈や交易に格段の差があるのは歴然としてます。 最も現実的な手段からいって彼女のとった素早い保身は、決して非難されるべき性質を孕んではいません、それどころか、『わたしは今もこうしてOLやってくるくらいだから、洋服も車もまた稼いで自分なりのものを買い直せばいいの、染み付いた贅沢はなかなか洗い流せないけど、働くことは苦だと感じたことはないわ。心配なのは妹やお母さんなの、だから藁をもすがる思いだったのよ』如何にもしおらしい口実と聞こえるかも知れませんが、どうしてY子の根底までさらって疑ってみなければならないのでしょう。 最初からすべてを承知で交際を願ったのは誰だったのか、、、自由と不自由の狭間を黙認しつつ実際には、そんな不安定な位置に身を置くことが青春の記念碑を打ち立てることだと、ほくそ笑んだのは誰だったのか、、、 さいころは自分自身の一番、生き生きとした手つきで振られていたはずなのです。何が何だかわからなくなるって言葉がありますけど、僕は沈着を放棄するどころか増々ありとあらゆるものを透視出来るような心持ちにその時なっていました。耳のまわりに無数のガラスの破片が突きさってくる、激震による痛覚もそうして自らを知らしめる時報とさえ成り果てたのです。 Y子の告白は終着駅を忘れた無人列車のようでした、たった僕ひとりを乗せて走ってゆく、、、 N社長にことの次第を明らかにするに及んで知略をめぐらし、とにかく彼の弱みをつかみとることが切要だと彼女は心得ていました。一通り事情を打ち明けた後、Y子は驚きを面に現したN社長に向かって、話は変るがどうも妊娠したと思われる、社長さえ望めば産んでもかまわないと、今度は驚愕をもたらすと同時に、狼狽と苦渋で顔面を見事に変形させてしまったのでした。 それが事実であるのか、、、Y子の語るところによると、僕との場合とは違ってN社長との交わりでは時折、じかに射精を受け入れることもあったそうです、、、それがどんな目論みなのか、意味合いがあるのか、、、月のものの到来を聞き取り安全日だと確認するとどうしても中に出したいって、駄々っ子みたいにうるさく懇願するとのことでした、、、精液を承諾するその行為だけで、すべてが言い尽くされています。それよりも懐妊の告知があくまで脅し文句として吐かれた謀略にすぎなかったのか、それとも以前から体質的に随分、月経の遅れがあると漏らしていたY子の言い分を素直に受け止めて、今現在の生理状態を本心から、つまりは女性だけが勘づるいのちの微細な宿りを正直に訴えたのか、はたまた、その中間をとって、本人にも定かではないが月のものが始まらない以上、半信半疑は承知の上であえて口先だけが自ずと飛び出してしまったのか、、、この窮地の打開を心のどこかで願いながら、、、 例え下衆の勘ぐりと思われようが、僕の最大の疑問視はここに集約されるのです。ええ、もちろん、はっきりと教えて欲しいとY子に問いかけました、、、すると、またもや、これもひとつの術策かと半ば興ざめしてしまう、あの瞳を暗色に変え、さざ波に震えて貝を閉じる姿態を再現してみせたのです。 寝た子をゆり起こすようにまでして、問いただす権限など持っていないはず、その頃には僕も彼女にならって沈黙のポーズをとり、ことの真相をただすのではなく、向うから訪れるのをひたすらに待ち続ける覚悟を決めたのでした。その後、『抱いて』と吐き捨て、目の前に一糸まとわぬY子の裸形が立ち洗われるまでは、、、」 |
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