断章19 「虚脱した様子のためらい勝ちな普段のY子の口吻とは思えない神妙とした響きは、僕からしてみれば非常に複雑な思惑の到来になりましたが、砂塵が突風に煽られてもとの形状を地にとどめないように、すべてを失いかけているY子の胸のなかと同じく、二度ともとには戻れないと云うあきらめを今は自覚するしかありませんでした。 しかし心の隅の方では彼女の不幸に同調した上で、かつてあったものが崩壊した土壌に再び新たな息吹が芽生えてくる可能性が密やかに宿っているとも感じとりました。それは夢見から覚めた後の日常への回帰に似た先行きを懸念するよりもっと直感的な、微力だけど段々と加速されて行く過去から未来への時間の流れに確信を抱く、あの疑いようのない信頼なのでしょう。 打ち破れた幻想は確固とした信念なりで成り立っていたんじゃない、所詮、夢のまた夢、大きな裂け目が思ったより見晴らしがよいのと一緒で、価値観が如何に根拠のない信奉だったのか、まっさらに広がる空漠とした失意の向こう側はそれほど悪意のある空間ではありませんでした。病人が回復間際に覚えるあの健気な安堵感に似たまなざしを、向かい入れる窓の外の日射しのように、、、 僕はかすかな体温をまだ維持している凍結者でした。更にY子は親族間の込み入った内実や会社再建が可能なのか、知り得る限りの事柄を、どこか独り言に近い筋道立った的確さで続けて行きながら、いよいよ身の振り方をと云うところにきてにわかにくぐもった声色になって、言葉が矛先を見失ったふうに沈黙の暗渠へと落ちてしまいました。 その無言の間が僕には居たたまれなくて、母親なり親戚に相談してみたのか問いかけますと、Y子はただ首を横に振るだけで、目線もそらしたまま変らずうつむき加減で黙りこんでしまいます。 その時、闇の中で小さな明かりが点滅した、、、不意にあるよからぬ思考が彗星のように僕の頭を過って行ったのです、、、ひょっとして身内にも打ち明けられられない本心が僕のところに来ても滞りを現すのは、抱える不安に真正面から向き合うことを恐れる、最悪の現況からの呪縛を解こうとすること自体がより胸の痛みを募らせる、選択肢の想定を回避させるあの脅威からではなくて、もっと違う思惑から来ているのではないか、、、そんな位相の在りかに思い巡らすと、いきなりよこしまな考えが閃き或るひとつの推測が一気にせり上がって来たのでした。 僕の身体中に電流が走り出しました、、、それでもその感電はきわめて俊足な行動、Y子への仮借のない詰問となって、まるで怒りで打擲するかの勢いで彼女の隠された箇所をきれいさっぱりに洗い流してしまったのです。 とてもきれいに、見事なくらい鮮やかに、炎天下に放り出される不甲斐なさを十分に受諾しながら、、、そして後先のことをさっぱり忘れてY子に詰め寄ると、さっきまでの沈黙はより深まりを見せることを放棄し、とうとう一時はつまずきはしたものの、奥まった部屋のふすまを静かに手をかけるようにしてこう言い出したのでした。 『そうよ、性也くんの推測通り、お父さんの意識がなくなって、次から次とやってくる事態にパニックになりかけたけど、一番最初に打ち明けたのはN社長にだった。さっき聞かれたように肉親が危篤なのにわたしが出勤しているのは、おかしいって思うのも無理はないわね、、、だって居場所なかったし、妹は高校生だし、友達も親友って呼べる子はいないわ、、、もちろんあなたのことも考えた、、、でも、あまりの重荷に性也くんが、、、つまり、耐えられなくなって結局わたし、本当にひとりぼっちになると思ったの、、、ごめん、、、どっちにしろ傷つけてしまった、、、』 自分のどこに傷が与えられたんだろう、、、あの時はこみ上げてくる怒りと云うより、またもや舞台が変ってどこまでストーリーが続いていたのか思い返す余地もなく、さいころの目が何度も無作為に振られるままに予測を強いられる、まるで置いてきぼりをくった子供みたいで、Y子は懸命に心苦しさを僕に伝えようとはしているんでしょうが、その心苦しさは、誰にも受け入れてもらえないと僕がどこかで高をくくっていることをわかっているとでも言いた気な、そんな投げやりな調子させ含んでいるのでした。 そして確信犯に対して向かい合う時に生じる、不定形な畏敬の念と憐れみの情が混交するなか、この後に重ねてY子が口にした衝撃の言葉の連鎖を僕は生涯忘れることが出来なくなるのでした、、、」 |
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