テス、相談される…

BHCと『オールイン』の間にある路地に、異様な風体の男が立っていた
男は、『オールイン』の裏口を、叩こうか叩くまいか迷っているようだった
かなり間を取って、やはり引き返そうと『オールイン』の戸に背を向けたその時、背後のドアが開いた

「ん?何かご用ですか?」

ゴミ袋を外に出しに来たテスが、不審な男に声をかけた
ニット帽を被り、マフラーをグルグル巻きにし、マスクとサングラスで顔が見えない
長めのコートのボタン全部締めている。足元はスニーカーだ

『なんだこの人…』

背を向けたままの人物が、ゴミ袋を持っているテスの腕を掴んでグイグイ引っ張っていく

「わっちょっと何するんですかっ。ボクはゴミを出さなきゃいけないんですっ」

テスが叫ぶと、不審な男は、パッと手を放した
そして路地を抜けて表通りに出ていった

テスもゴミ袋を持って後からついていく

『なんなんだ、物乞いにしてはキレイだし、普通の人にしては変すぎるし…、まさか『ポラリス』から引き抜きに?
えへっ…ぼくを?えへっ』

ニヤニヤしながらごみを捨てていると、さっきの不審な男が俯いて手招きしている

『…こわい…でももしかしたらえへっ…引き抜き…えへっ…でもでも、引き抜きだったらちゃんと断ろう!
やっと自信もついたし、ここでやっていけるんだ!ボク』

テスはニコニコ笑いながらその男に近づいた

男はテスを誘導するように手招きしながら、店の近くの喫茶店に入っていった

テスは少し迷ったのだが、とりあえず、開店まで時間はたっぷりあるし…と思い、男についていった


男の正面に座ったテスは、叫び声をあげた

「ミンチョルさんっ」
「…ち、ちがう…」
「だってその前髪はミンチョルさんですよ〜どうしたんですかぁ?風邪ですか?そんなに着込んじゃって〜」
「…大きな声を出すな!」
「…は、はい…。でも一体どうしたっていうんです?」
「…いいか、僕をミンチョルだと思うな。ただの一般人だと思ってくれ」
「…一般人…」『こんな一般人いないよ…』
「実は…」
「はい」『引き抜きじゃないんだなぁ、ちぇっ、なんだろ。また髪のモデルやれっていうのかなぁ…』
「頼みがある」
「はあ…」『やっぱりな…』
「その前に、なぜ今日はこんなに暑いんだ?どうして部屋の中に霧が発生しているんだ?」
「は?…いえ、今日は普通に晴れてて良い天気ですけど…」
「嘘をつくんじゃない。僕の目がおかしいとでも?僕には君の顔さえも霞んでみえるぞ」
「…マスクしたまま喋ってるからサングラスが曇っているんじゃないですか?
できればマフラーやコートや帽子もお脱ぎになったほうが…」
「…ほう…随分冷静な対応だな。それに言葉遣いも丁寧でカツゼツもはっきりしている!
さすがだ、テス君。きみはNo,1ヘルプだ!」
「はあ…」『No,1ホ○トじゃないんだ…』
「君の助言を受け入れるよ。ふうっ。ああ、涼しい。…テス君、君はなんて的確に助言してくれるんだろう
僕はこの間、ヘアスタイルの事で君に多くのことを教えてもらった」
「…は?」
「君は…確実に成長した。あの過酷な旅でね」
「…は、はあ、それは僕も少しそう思います」『えへへ』
「そこでだ、今から話すことは、誰にも言わないでほしい。僕と君だけの秘密にしてくれないか」
「…は、はいっ」
「…僕をミンチョルだと思わないで聞いてくれ」
「…は、はい…」
「…僕の…悩みを…聞いてくれないか…」
「ええっミンチョルさんの悩みをぉっ?」
「しいいっ声がおおきいっ。それに僕はミンチョルじゃないっ!」
「…あ…はい。そうでした。じゃあ、なんてお呼びしたら…」
「ミ…ミソチョル…」
「ぶっ…」

吹き出したテスを睨み付けるミンチョル

「あっすすすみません、ミン…ミソチョルさん…で…悩みって?」『なんだろうなんだろうなんだろうっ
聞きたいっ聞きたいっ聞きたあああい』

「…今、僕には多くの悩み事がある」
「多くの?ぼく、多くの事に答えられますかねぇ」
「…僕は君に答えを求めている訳ではない」
「は?」
「答えは自分で出す」
「…」『じゃぼく連れてこなくていいじゃん…って言いたいけど…悩み、聞きたいし…』
「だから、君に、悩みを聞いてくれ、と言っている」
「…あ…はい…」
「ふうっ…。あの女…」
「女性関係ですか?!そりゃあホ○トなんですから女性関係の一つや二つあり」
「違う!」
「…す…すみません…」
「あの女の問題もわずらわしいことだが、その事を君に聞いてもらいたいわけではない
あの女については、みんなで解決していく他ないんだ
うまく金をばら撒かせて売上をアップさせたいと思っている
しかし、僕の悩みはそんな事ではない!いや…確かにあの女をどう扱うかという事は、悩みの一つにもなっている
だが、それは慢性的な悩みであって、僕が君に聞いて欲しいのは、もっと急性の悩みなんだ!」
「…あのぉ…」
「なんだ!」
「一つだけ教えてください…」
「なんだ!」
「…あの女っていうのは、誰の事なんですか?」
「あの女の話はするな!」
「…」『なんなんだよっ自分から言い出したんじゃないかっあの女あの女って…気になるじゃんかぁっ
…て言いたい!けど…』

「ああ、そうだ、君、何にする?」
「へ?」
「注文だ。僕がおごろう」
「は…はい…じゃ…えっと…プリンパフェを」
「…コーヒーとプリンパフェ…」

ミンチョルはテスを上目で睨み付けている

「あ…ダメでしたか?」
「…いや…」
「ぼく、ここのプリンパフェ、食べたくて食べたくて、いつも掃除しながらここのウインドゥ覗いて
いつか食べたいなって思ってたんです。ミン…ミソチョルさんにおごってもらえてウレシイです」

テスは悪びれもせず、ニコニコ笑ってそう言った。ミンチョルは、それを聞くと、睨むのをやめてフッと笑った
『かわいい…』
そう思った自分自身を、ミンチョルは信じられなくなった

「ミン、ミソチョルさん、どうしたんですか?めまいでも?」
「い…いや、今一瞬、君がカワイイと思ってしまって、気持ち悪くなったんだ…」
「げ…」
「…いや、もう大丈夫だ。忘れてくれ」
「…じ、じゃあ、あの、悩み事の方を…」
「…あ、ああ、そうだった…。聞いてくれたまえ…。まず、これを見てくれないか」

そういうとミンチョルは、例のイベントのお知らせをテスに渡した

「ああ、これ、ぼくもオーナーに貰いました」
「…じゃあ、一応目は通しているのか?」
「…ええまあ、ざっとですけど」
「…どう思う?」
「どうって…大変そうだなぁって…」
「だろう?!見てくれたまえ!ほらっほらっ。何故この僕が、ダンスや歌を、大勢の人の前で披露しなくてはならないんだ!」
「え?そりゃあ、かっこいいからじゃないですか?」
「え?…そ、そうか…」−ミンチョル少し頬を緩める
「だって、テプンさんと二人でしょ?歌なんて…。当然、お笑い系と正統派っていう対比をさせてお客さんを
喜ばせようっていうオーナーの目論見じゃないですか?」
「…君は甘い…」
「え?」
「君は知らないんだ。テプンは、ああ見えても、持ち歌を持っているんだ!」
「え?」
「それもバラードだぞ、バラード!あいつが、180度変身してバラードをしっとりと歌うんだぞ!」
「…うそ…」
「本当なんだ!」
「…で、でもミン、ミソチョルさんが本気出したら、テプンさんなんて目じゃないですよ」
「…そ、そうか?本当にそう思うか?」
「はい。絶対」
「…だが、何を歌えばいいんだ…」
「…あっほら、ZEROの約束とか」
「絶対にイヤだ!」
「…」
「…まあいい、歌はイナにでも相談してみる。あいつの知り合いがかっこいい歌を歌ってるらしいから…
…それから、ここを見てくれ」
「…はあ…」
「オーディション体験の責任者になっているだろう?」
「これはミン、ミソチョルさん以外にできない事じゃないですか。これが何か?」
「僕もこれには自信を持っていたんだ。だが…」
「何か?」
「イナが以前、僕のドラマを見ていたらしくて、『セナの才能、見抜けなかったんだ〜』とか
『ZEROが誰だかわかんなくて奔走してたなぁ〜』とかニヤニヤしながら言ってくるんだっ!」
「…ああ、そうですねぇ…」
「そうですねぇ?」
「…」『だってそうだったんだからそうですねぇって言っただけじゃんか!』

テスはちょっとむくれてプリンパフェを一すくい口に入れた

「…それは美味しいものなのか?」
「おいしいです」
「どんな味なのか?」
「…欲しいんですか?」
「いや、そんな事は言っていない。どんな味なのかと聞いている」
「口で説明するのは難しいですねぇ」『フンっあげるもんか!』

少し意地悪なテスをまたまた睨み付けるミンチョル。しかし気をとり直し、また違うところを指差し、話を続けた

「ここを見てくれ」
「ふぁあい、ヘアースタイルね。この間やっていた奴ですね?」
「…オーナーは僕を過大評価してないか?僕は自分の事ならわかるが、他人の髪型などてんでわからないんだ!
わかっていれば、最初からソンジェに、その髪型はどうかと思うと意見できたんだ!」

いきまくミンチョルをプリンのスプーンを口に加えたまま、呆然と見つめるテス
ミンチョルは、興奮したまま続ける

「そんな僕に、他人の髪型のアドバイスなど、できるわけがないっ!」
「…ふぁ…いや、あの…僕にそんな事言われても…」
「君に解決してくれと頼んでいるわけではない!何度も言っているだろう!聞いて欲しいんだ!」
「…あ、はいはい…」
「それから、ほら、見てくれ、ワインテイスティング」
「ああ、これなんかミン、ミソチョルさんにぴったりじゃないですか」
「違う!」
「え?」
「ぴったりなんかじゃない!イナはあのきらびやかな人の元で本格的にテイスティング修行をしたらしいが、
僕は、元御曹司とはいえ、それほどワインをたしなんだわけではないんだ!
そんな僕にどうやってテイスティングを指導しろと?」
「…は…はあ…」
「だから僕は、元御曹司とはいえ、正式なマナーなど、習ったこともない
確かに幼い頃から高級レストランに出入りはしてきた。だが、僕の父は、あのソンチュンだ!
あの人が正しいマナーを知っていると思うか?!
…すまない。これは君に言うより同じ境遇のチョンウォン君に相談すべきだったかもしれない…」
「へぇ…」

テスは、いつも冷静で強気なミンチョルの、意外な面を見ることができて、はじめのうちは楽しかった
でも段々飽きてきた。だからずっとプリンパフェを食べながら、ミンチョルの話を聞き流していた

「聞いているのか?」
「はっはっはいっ聞いてます一応…」
「…テス君…」
ミンチョルは急にテスの手を握り締めて顔を伏せた
『げっ…なんなんだ?』
「僕は…不安でたまらない。完璧にできるかどうか、不安でたまらないんだ」
『ってことは僕に意見を求めてるってこと?話が違うじゃん!って言いた〜い
でもこんなミンチョルさん見てるの楽し〜いえへっ』
「僕は一体どうすれぱいいんだろう。全てを捨てて、逃げ出したいくらいだ…」
「あの〜、チョコレートパフェも食べていいですか?」
「は?…あ、ああ、いいよ…いいけど、僕の話は聞いているのか?」
「聞いてます。聞くだけでいいんでしょ?」『ちょっと意地悪しちゃおっとえへっ』
「…僕は、今、『どうすればいいんだろう』という疑問をなげかけたつもりだが…君には届かなかったのか?」
「答えてもいいんですか?」
「…」
「あ、おねえさん、チョコレートパフェ追加してください。ミン、ミソチョルさんは?コーヒーおかわりしますか?」
「いや、僕は…」
「おかわり自由ですよ」
「あ、じゃあいただくよ」
「それで、ぼく、答えてもいいんですか?」
「…ああ…」
「じゃあ、言います。ぼくの意見を言いますね」
「ああ、頼む」
「イナさんに教えて貰えばいいじゃないですか、ワインとかマナーとか。仲いいんでしょ?イナさんとは…」
「イナに?!…それは…チーフとてできない…」
「プライドとかいうものが邪魔してるんですかぁ?」
「…」

チョコレートパフェが届く

「いただきまぁす。もぐバクバクうまいっおいしいっああおいしいっうれしい。カミサマ感謝します〜」
「そんなに美味しいものなのか?」
「はいっ」

またまたテスを睨むミンチョル。テスは美味しそうにパフェを食べている

「ああおいしい。…ミン、ミソチョルさん、適当でいいじゃないですか」
「なにがっ!」

ミンチョルはチョコパフェがテスの口に運ばれて行くのを目で追いながら吐き捨てるように言った

「だから、食事なんて楽しく食べればいいじゃないですかぁ
だってオーナーは別に完璧を求めてる訳じゃないでしょ?」
「はっ…」
「きっと誰かが失敗したら慌てたりするのが楽しみなんですよ、絶対!
あの人は絶対そうです。僕にはわかります!」
「…あの人は…確かに…確かにそうだ…。くそう。こんなことならヤン・ミミに店を買って貰った方が…」
「げっ。それはやめてくださいよミン、ミソチョルさん!オーナーは確かに腹黒くてイチビリで
妄想が大好きなヘン○イですけど、でも僕達が、なんとか僕達らしく輝けるのは、オーナーのいい加減さのおかげなんですよ
だからもっとリラックスしてイベントに臨めばいいんですよ
ミソチョルさんが失敗しちゃってしょんぼりする姿なんて、きっとお客様にとってはたまんない姿なんですよ
だから失敗を恐れちゃだめです。オーナーはそのあたりの意外性を狙ってるんです、きっと」
『あれ、僕、こんなに頭が切れたっけ?久しぶりに甘い物を食べたから、糖分が頭にいって賢くなったのかな?えへへっ』

「…君、ほんとうにテス君なのか?」
「はい、テスです。あのね、パフェ食べたら賢くなったみたいです、僕えへっ」
『えへっなんて言う奴は賢くないと思うが…』「…そうか、あの旅の成果がこんなにも顕著だとは…」
「ああ、そうか、あの旅もよかったんですね、僕にとって。えへっ」
「そうか…イベントとは、楽しいもの、なんだな。僕は幼いころから楽しいイベントなど経験がなかったから…」
「じゃあ、今度のイベントでミン、ミソチョルさんも思いっきり楽しんでみてくださいよ、ね?」
「わかった。やってみるよ。テス君、本当にありがとう。君はここでゆっくりとパフェを食べていたまえ
僕は一足先に失敬するよ。お姉さん、こちらにスペシャルゴージャススゥイートパフェ、追加ね
じゃあ、ごゆっくり。ありがとう」

そう言ってミンチョルは、喫茶店を出ていった
あとに残されたテスは、もう二度とパフェを食べたくないと思うぐらい大甘で大盛りのスペシャルなパフェを、涙ぐみながら食べていた

『うえっげっもういらない。こんなにデカイのもういらないっゲップゲップ。テプンさんでもこないかなぁっうううっ』

「テス君!」
「ふえっ?ミ、ミソチョルさん、どうしたんですか?」
「忘れていた!まだあったんだ!僕はどうしたらいいんだっ!」
「は?何がですか?」
「これだよこれ。花の贈り方だ…」
「ふえ?げふっ…あっ失礼しました。…あの…ミソチョルさん、このパフェ、少しいかがですか?美味しいですよ」
「いや、遠慮しておくよ。それよりその花の贈り方なんだが、僕は生まれてこの方花といえば赤い薔薇しか
贈ったことがないんだ。でも、ある女性に『あなたはいつもワンパターン』と言われたんだ…
妻なんだが…」
「はあ…げふっ…あの、ちょっと食べてみませんか?僕一人では多すぎますし…」
「いや、遠慮するよ。それで、ワンパターンな僕が、花の贈り方を教えてもいいものだろうか?
さっきの論法で言えば、楽しければいいじゃないか、イベントなんだから…ということになる
しかし…ここを見てくれないか!」
「げふっいやです」
「なに?イヤだ?」
「パフェ食べてくれないなら、僕くもう見ませんし聞きませんげふっ」
「…」

ミンチョルは、いつになくワガママで強気のテスを上目で睨み、10秒の間を取った
そして、テスのスプーンを取るとパフェを拳の大きさぐらいすくいあげ、テスの目を睨み付けながらバクッと食べた
ごくん。ばくっごくん。ばくっごくん。ばくっごくん。ばくっごくん

「いいか!これで満足か!」

パフェはきれいに無くなった
テスは目を真ん丸にしてミンチョルの口を見つめていた

「…あの…パフェは…どこに…どこに入ったんですか?」
「パフェの話はもういい!ここを見ろ」
「いやです。あなた本当にミン、ミソチョルさんですか?宇宙人じゃないんですか?
あんな大盛りパフェを6口で食べちゃうなんて…」
「5口だ!僕は正真正銘のミン…ミソチョルだ!いいからここを見ろ!」
「…」
「ほら、ここ!」
「デッサン…はあ、これはミン、ミソチョルさん関係無いじゃないですか…」
「そうだ。だが関係があるんだ。ほらっここだっ」
「…ミンジ、ヨンス…」
「妹と妻なんだ!」
「わちゃあ〜…」
「しかも三日間会場にいるんだ、妻と妹…」
「痛いっすねぇ…」
「ふうっ…。いいか、会場にいるということは、僕の歌もダンスも、ヘアスタイル講習もワインテイスティングも
マナーも花も…そして…講演も…全て見、聞き、されるおそれがあるということなんだ!」
「うわっちゃぁ〜…」
「そして同時に、それら全てを全く無視されるかもしれないという寂しい可能性もあるわけだ!」
「え?やっぱり何かは見てほしいんだぁえへっ」
「いや、そういう訳ではないんだが…妻と妹の担当するデッサンのモデルを見てくれ!」
「…あん?…うわっ…相当危険っすねぇ…」
「しかもセミとはいえヌードだ!」
「…はああ…」
「妻など、スヒョンとどうにかなってしまうかもしれない…」
「ああ!はいはい」
「テジンだって『妻』に弱い」
「うんうん」
「ジュンホなども『妻』に弱かったりするだろう」
「はいはいはい」『けけけ。おもしろーい』
「それとこのラプだ」
「はい」
「…妹が危険だ!」
「ふ…はいはいはいっ」
「そんなわけで、妻と妹が、このモデルたちに万が一夢中になってしまったとしたら
僕は、妻たちのいる同じフロアーで空しくパフォーマンスをしなくてはならないじゃないか!」
「ああ…つまり、恥ずかしいけどやはり身内には自分の活躍する姿を見てもらいたい
けども、オクサンと妹さんは、自分より数倍カッコイイと思われる奴等のセミとはいえハダカを
三日間ずうっと見続けるわけで、ええっと」
「もういいっ!はあはあはあ…」
「…あーえーっと…大丈夫ですって。みんな忙しくてそれどころじゃないと思いますし…」
「…」
「ミソチョルさん?顔色悪いですよ?」
「…きもちわるい…」
「…いっぺんにパフェたべたから」
「どうしたらいいんだ…僕は…」
「だから気楽に…リラックスして…ね?」

ミンチョルは俯いたまま、外へ出ていった
テスはふうっとため息をついて思った
『ミンチョルさんって…カワイイ』

そう思った自分自身が信じられなくなって、テスは身震いした


テス、再び相談される…

おなじみ『オールイン』とBHCの間の路地。テスはニコニコ顔で今から出勤である
ミンチョルの相談に乗ってから、既に何日かが過ぎていた

「そう言えばいよいよ明日からBHCのイベントらしいけど、大丈夫かなぁ…」

BHCの裏口から、明日の準備のための喧騒が漏れ聞こえてくる

「大変そうだなぁ…」

今日は準備のため、臨時休業らしい…。なのに従業員たちは、上を下への大騒動のようだ
ちらりとBHCのドアを見て、テスは『オールイン』の方へ向き直った
その時、二つの扉が同時に開いた

BHCからはミンチョルが、そして『オールイン』からはチョンウォンが出てきた
そしてテスの腕を取ると、同時に両側へ引っ張った

「ななな何するんですかぁっ!」
「放したまえ、チョンウォン君。テス君が痛がっている」
「そちらこそ放しなさい、ミンチョルさん。僕は彼に用があるんです!」

にらみ合う二人は、どちらもテスの腕を放そうとはしない
チョンウォンは思いっきりミンチョルを見下ろしている
見下ろされたミンチョルの顔は、どんどんキツネ顔になっていく

『うわっヤバイ。チョンウォンさんはよくわからないけど、ミンチョルさん、キレる一歩手前だっ』

「テスは『オールイン』の従業員だ!」
「そんな事は今関係ない!就業時間外だ!僕は彼に早急に話したいことがあるんだ!」
「ぼくだって話を聞いてもらおうと、昨日から待っていたんだ!」
「ほう…君は昨日から待っていたのだな?」
「そうだ!」
「なら今日も待てるだろう。僕は今日、今、すぐに、彼が必要なんだ!」
「けど僕は」
「君の知りたがっている『口』の秘密など、テス君に聞いても解りはしないぞ!」
「うっ…」

チョンウォンが怯んで力を緩めたスキに、ミンチョルはぐいぐいとテスを引っ張って行く

「はっ…ま…待ってくれ…待って…」

叫ぶチョンウォンなどお構いなしに、ミンチョルはテスを引っ張り、この間の喫茶店に連れて行った

「…あのぉ僕、今日、店の掃除当番なんですけど…」
「君は馬鹿か?!何故毎日君が掃除しなければならないんだ。今日だけじゃないだろう!」
「いえ…そんなことはない」
「しなくていい!」
「…で、でも…ミンチョルさんは『オールイン』には関係ないじゃないですか…」
「しなくていいんだ!時間が無いから聞いてくれ。パフェを頼んでもいいから!」
「パフェはもういりません!」
「じゃあ…他に何がいいんだ」
「…んと…そだな。タコヤキ食べたいな」
「お姉さん、大至急タコヤキ5皿!あとコーヒー!」
「い、5皿もいらな」
「僕の好意だ!断ったら承知しない」
「…」
「聞いてくれたまえ」
「…今日はなんなんですか…」
「…僕はどうにかなりそうだ!」
「ああ、明日からのイベントの事で?でもイナさんから聞いた話だと、ミンチョルさんはもう完璧に何もかもこなせるぞ、スゴイぞって…」
「…イナが?イナがそう言っていたのか?」
「はい。みんなもさすがはミンチョルさんだって誉めてました」
「…そうか…」…頬が緩むミンチョル
「なのに何か?」
「そうなんだ。聞いてくれたまえ。僕は、僕に課せられた使命を果たすべく、あれから血の滲むような努力をして
全て完璧に近いまでのできあがりに仕上げ、明日を気持ち良く迎えられると思っていたんだ、昨夜まではな!」
「は、はい…」
「歌だって、『ポラリス』のサンヒョク君の指導を受けて、完璧に歌えるようになった!」
「はあ…」

「タコヤキお待たせしました。こちらコーヒーでございます」
「ありがとう。さ、食べて」
「は、はい。いただきます…」『5皿も食べられない…』

「それは美味しいものなのか?」
「…どうぞ、1皿…いや2皿ぐらい食べてください」
「…いや、遠慮しておくよ。それよりも、聞いてくれたまえ」
「…ふあい…」『こないだと同じパターンだなぁ…』
「昨夜、オーナーからの緊急伝言が入ったんだ!」
「はいはい」
「間際になって追加事項を知らせてきた!」
「…はあ…」
「僕は昨夜、まっすぐ家に帰ることができなかった…。家の近くの公園で、ひとしきり号泣してから帰ったんだ!」
「ご、ごうきゅう?」
「…それほどショックだったし、今も混乱している」
「はあ、それは見ればわかります」
「何?号泣していた事がわかったのか?」
「いえ、混乱している事が…」
「…そうか…。それで、その追加事項というのが…これだ」

ミンチョルが差し出したFAX用紙を覗き込むテス。汚い文字が並んでいる。よくわからない

「なんですか?このぐちゃぐちゃの字は…」
「オーナーのメモ書きだ。読めないだろう?」
「はい」
「だかテプンは読めるんだ…」
「へぇ〜、なんだかスゴイですねぇテプンさんって」
「…No,1だからな…」
「ふうん…で?」
「…この文字が見えるか?」
「…ものまね?」
「これは判るか?」
「ストリッ○?火山?寸劇は中止…ZEROヤクソク…ソンジエ…何これ…」
「つまり…寸劇は中止になった。これはテジンとテソンがあまりにも忙しすぎるからという、まともな意見だったんだ
だが、そのかわりに新人を使うと言いだしてな、オーナー…」
「はい」
「ものまねが得意な新人がいるから、そいつをショーに出すと…
それから、同じく、ストリッ○が得意な新人もショーに出すと…」
「はあっ?」
「そのストリッ○新人は、僕とよく似た髪型をしているんだっ!妻や妹が僕だと勘違いしたらどうするんだっ!」
「それは有り得ませんよ、ミンチョルさん。大丈夫です」
「でももしも万が一」
「大丈夫ですよぉ、ミンチョルさんがストリッ○するなんて、この世が終わっても有り得ません!
誰もミンチョルさんがやってるなんて思いません。大丈夫です!」
「…しかし、下品じゃないかっ!」
「そうですかぁ?パンツ一丁って書いてありますよ。それならデッサンと同じセミ・ヌードじゃないですか」
「品性を問われないか?」
「逆にお客さんは喜ぶんじゃないですか?」
「…」
「ほら、オーナーはそういうカンだけは働きますから」
「…確かに…」

テスはふうっとため息をついて、タコヤキを口に入れた
ミンチョルがじっと見つめているので、もう一度タコヤキを一皿食べませんか?と言ってみた
答えは同じ、「遠慮する」だった
しかし、テスは、タコヤキを一つ、爪楊枝に刺すと、ミンチョルの口元に近づけた
ミンチョルは、それを寄り目になりながら見詰め、こわごわ口を開いた

「うわっ、そんな大口あけなくてもっ」
「…普通に開けただけだが…」
「えっ?あ、そうですか…」『コワイなあ。この口』
「ぱくっごくん」
「あっ…」『噛まないで飲んじゃったよ…』
「味がしないな」
「…一個じゃわからないでしょう?これは一皿食べてくださいよ、ね?」
「ありがとう、じゃあいただこうかな。ぱくぱくぱくぱくごくん」
『うっ、10こ飲んじゃったよ』
「やっぱり味がよくわからない…。僕の口には合わないなあ。まあいい。それでだ…」
「え?まだ何か?」
「あたりまえだ。だから僕は昨夜号泣したんだ!」
「はいはい…」
「歌を指定されたんだ…」
「…はあ…」
「ZEROの約束にしろと…」
「…ああ、嫌なんでしょ?嫌って言いましたか?」
「言う暇がなかった。指導者が来ていてな、家に…」
「え?家に?」
「そうだ。和気あいあいと妻とご飯をつくり、妹も交えて談笑中だった…」
「へえ〜誰なんですか?」
「弟のソンジェだ…」
「ああ…」『だからソンジエって書いてあるんだ…』

「…僕が帰ると、ソンジェが笑顔で迎えてくれた。…僕は妻に迎えてほしかったのに…」
「…はあ…」『ふっ…甘えたさん』
「今何か言わなかったか?」
「い、いえっ何も。そ、それで?」
「ソンジェは笑顔で僕をリビングに引っ張り込み、キーボードを弾きながら『約束』を歌ってみせた…」
「はい…」
「妻は…うっとりと聞いていた…」
「はいはい…」
「そしてソンジェは僕に歌ってみろと…」
「へぇへぇ…」
「僕は、歌ってみた。あまりうまく歌えなかった。それは自分でもよくわかった」
「はい」
「ソンジェは、少し目尻と口角を下げて、小さくため息をついたんだ!」
「…ああ…」
「そしてすぐに笑顔になって『兄さん、うまいね…』と優しく言った…」
「…ふむふむ」
「聞いているのか?そんなふうにタコヤキを串刺しにして!」
「き、聞いてますよ、返事してるでしょ?」
「…そうやって串刺しにしてから食べるものなのか?」
「…いえ、あんまりたくさんあるから、ちょっと遊んでみただけです…」
「そうか、ならいい。それで、そんな風に言われると、僕は無性に腹立たしくなって…『着替えるから』と言って自分の部屋に戻り
机に置いてあったフクスケ人形を叩き割ったんだ!」
「フクスケ人形?」『なぜそんな物が机に?!』
「ああ、知っているか?福々しい顔の、ちょっと目尻の下がった、縁起ものの置物らしい。オーナーがくれた…」
「いいんですか?そんな縁起物を壊しちゃって…」
「いいんだ!あと10個ある!」
「…はあ…」『なんでそんなに…』
「それで気持ちを落ち着かせ、再びリビングにいくと、ソンジェは妻にキムチチャーハンをあーんと食べさせていたんだ!」
「…」
「…。妻は、『美味しいっソンジェさんの奥様になる人って幸せね』と、最近僕には見せないような笑顔で言ったんだ…」
「…家庭崩壊…」
「何っ?!」
「…で?」
「それから一晩中、歌のレッスンだ…。近所迷惑だからやめようというのに、『兄さんは恥をかきたいのか!』っていつになく強い口調で…」
「はいはいはいっ」『ひゃ〜、責められてるミンチョルさん、見てみた〜いっ』
「それで、僕は必死で『約束』を覚えた…」
「よかったじゃないですか、覚えられて…」
「一睡もせずに練習した。だから今朝、妻に歌って聞かせたんだ。そしたら…」
「そしたら?」
「妻は、哀れむように僕を見て、それから笑顔を作って『素敵だったわ…』と言って台所に消えたんだっ!」
「…取り繕ったか…」
「なにっ?!」
「で?一応歌えるようになったんでしょ?」
「ああ、でも『もっと完璧にしないとね、兄さん』ってソンジェが目尻を上げて言ったんだ」
「ソンジェさんが目尻を?!」
「…僕はもう一度部屋に戻ってフクスケ人形を叩き割った」
「…ええ…気持ちはわかります」
「はじめてだ。一晩で二つもフクスケ人形に手をかけたのは…」
「はい」
「割れたフクスケ人形の垂れた目が、僕を冷たく見つめているような気がした…」
「…」『いよいよミンチョルさんもドクターのお世話になんなきゃいけないかも〜へへっ』
「今日も、11時からソンジェの特訓を受けなくてはならない…」
「はあ、そりゃあ…大変ですねえ。でも今日は早めにレッスン切り上げて、早く眠らないと…色男が台無しになっちゃいますよ」
「…テ、テス君…」

ミンチョルは、目に涙を浮かべてテスの手を握り締めた

「ありがとう、テス君。きみは、なんて優しい男なんだ。それでこそNo,1ヘルプだ!」
『…はいはいはい…』
「だが問題はそれだけじゃないんだ!」
「ふぁい?」『まだあんのぉ〜?!』
「この『火山』」
「はい、火山?」
「オーナーが、イベントのオーラスを飾るのに、外部に企画を頼んで、華々しくショーアップしたいと言い出した」
「いいじゃないですか。外部に発注ならミンチョルさんたちラクチンじゃないですか」
「その企画を担当するのが、ミン・スヨンという女性で…」
「ミン・スヨン?どっかで聞いた名前だなぁ…」
「イナの別れた妻だ」
「…あ…」
「イナはそれを聞いて咳き込んで倒れた…」
「えっ…」
「すぐに起き上がったけどな。相当落ち込んでいる」
「そんな…オーナーは知っているんですか?」
「もちろんだ!わざとに決まっているだろう!」
「…ああ…そうですねぇ…」
「…スヨンさんに会いたい…だが、あってはいけない…とか言い出してな。相当未練が残っているらしい…」
「はいはいはい」
「…嬉しそうだな…」
「いえ、そんな事はありません」『ウレシイじゃ〜ん。イナさんの困った顔なんて久しぶりだも〜ん』
「イナは『火山』というだけで、涙ぐむようになってしまった…」
「はあ…で、そのスヨンさんの方は、承知の上なんでしょうかねぇ」
「ケロッとしたもんだ!若い娘だからな!イナの落ち込み様は見ていて辛い
まるで自分のことのように辛い…」
「ふう〜ん」
「だが、イナもやると決めた以上は、スヨンさんのことを意識しないよう全力を尽くすと言っていた」
「…壮絶ですねぇ…」
「しかし、彼女の姿を見かけたらきっと…動きも話も何もかも止めてしまうだろう…」
「イベントになんないじゃないすか!」
「…そう思うだろう?腹立たしいことにオーナーは、そんなところは計算済みなんだ!」
「どういう事ですか?」
「イナの動きが止まるたびに、BGMを流すそうだ。そのBGMがこれ」
「…『初めて出会った日のように』…」
「僕が歌おうと思っていた歌だ…。なんべんも流すことになるだろうから、僕の歌を『約束』に変えたんだよと、ソンジェが言っていた」
「へ?なんでソンジェさんが?」
「音響効果の担当を任されたらしい…」
「ソ、ソンジェさんが?」
「…だから三日間、いるらしい…」
「えっじゃあ、キムチチャーハンも三日間あるのかなっ♪」
「…嬉しそうだな…」
「だって初日だけって書いてあったから…三日間いるならキムチチャーハンも」
「初日だけだっ!」
「えー」
「ただでさえ目障りなのに、キムチチャーハンコーナーで目立ったりしたらどうなる!」
「えー、美味しいんでしょ?ソンジェさんの料理…」
「僕は食べたことがない!」
「え?」
「僕はいつも店で夕飯を済ませているからな」
「…」
「いや…違う…ウソをついた…」
「は?」
「…僕が帰った時には、ソンジェの作ったご飯は、きれいに平らげられているんだ…
僕の分など残しておいてはくれない…」
「…」
「…それというのも、一度意地を張って、『店で食べてきたから』と言ったからなんだ…」
「はあ…」
「その時もソンジェは、目尻を少し上げて『じゃあ兄さんの分は作らなくていいんだね!』と語気荒く言ったんだ」
「…」『…またフクスケかな?』
「僕は平静を装って部屋に戻り、そしてまた、机上のフクスケ人形に手を伸ばしたんだ」
「割ったんですか?」
「その時は、マジックで唇に紅をさしただけだ」
「…」
「ふっ…。だから。僕は、三日間、家族とともに、イベント会場で過さなければならないんだ!」
「いいじゃないですか、別に」
「ソンジェの前で歌うんだぞ!『ヨンスさんへの思いを込めてね、間違えたりしたら許さない!』と
プレッシャーをかけられながら、三日間だぞ!」
「…」
「ああ、どうすればいいんだ…イナもあんなだし…」
「…」
「どうすればいいんだ!」
「…」
「聞いているのか?」
「これ、食べませんか?」

テスは、箸に串刺しにしたタコヤキ10個をミンチョルの口の前に持っていった
ミンチョルは、テスを睨むと、20秒、間を取った
そして…テスから箸を奪い取り、一口でその10個の串刺しタコヤキを口内に収めた

テスは、目を真ん丸にして、その光景を見つめていた

もぐもぐもぐもぐもぐ、ごっくん

『6噛み…伝説の6噛みだ…』

「歯にノリがついていないだろうか?」

ミンチョルは、にいっと歯をみせて、テスに確認を求めた

「眩しいっ…ついてません!」
「ふうっ…。なあ、僕はどうすればいいんだ?」
「…知りませんよ。当たって砕ければいいんじゃないですか?」
「…冷たい…」
「…じゃあ、会場に巨大なフクスケ人形でも飾っといて、なんかあるたびに金槌で叩いて
最終日に火山ショーとともにぶっ壊すパフォーマンスでもしたらどうですか?」
「…」
「もう決まったことなんでしょ?ごちゃごちゃ言ってたって仕方ないじゃないですか」
「…」
「オロオロしてないで、いつものミンチョルさんらしく、キビキビスパスパやればいいでしょ?ね?」
「…」
「じゃあ僕帰りますよ。ごちそうさまでした。ああもうこんな時間だっ掃除しなきゃあ」

「…巨大フクスケ人形、破壊パフォーマンス…。それもソンジェの目の前で…
や…やりたい…やってみたい…そうすれば僕のこの混乱もきっと治まる」


テスが去り、残されたミンチョルは、タコヤキ一皿を見つめながら、呆けたようにブツブツと呟いていた


                                    
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