○月○日
BHCにへるぷにいった。イナの兄貴に引っ張られていった
今日は「オールイン」の方にサンドゥが出勤すると聞いていたので、イナの兄貴に誘ってもらって嬉しかった
サンドゥのおっさんは…きらいだ…
すぐ殴るしすぐゴッドファーザーを見たかっていうしすぐ無理なことを命令してくるし
ぼくたちの旅行だって邪魔してきたし…。だからBHCにへるぷに行けると知って嬉しかった
けどBHCは、「オールイン」よりも濃い人たちがいっぱいいて、ぼくは、固まっていた
大騒ぎになってしまった。ぼくは、オーナーに報告した。そしたら帰りに紙につつんだおやつをくれた。…うれしかった
イナの兄貴は、途中で誰かに電話していたけど、無言で涙目になっていた。…きっとアノヒトにかけていたのだろう…
ぼくが固まっていると、突然「煙草はやめたのか?」と声をかけられた
え?知らない人なのに、なんだろう…と思っていたら指をとられ、へし折られそうになった。怖かった
トイレにいったら、そのひとが鏡の前で苦しそうに何か喋っていた。怖かったので隠れたけど、あとからまたその人が来て、すごくにらまれた
大騒ぎのとき、その人は、テプンの兄貴を持ち上げていた。それでぼくは『テソンの兄貴だ!』と思い出した
なんだかわからないけど思い出したくなかった人だった
オーナーに聞いたらあの人は時々休むらしい。休みの時だけ、へるぷに来たいと思った


○月○日
昨日お医者さんで貰った薬を飲んだ。チョンエが不安そうな顔をしていたので、ハグしてあげたけど、ぼくも涙がでてきた
チョンエは「早くお金を貯めて屋台をやろう」と言う。ぼくだってチョンエと屋台をやる方が楽しいし安心だ
お金をためなくちゃな
おやつをふんだくったのはボクサーの人だけど、それをまたふんだくった人がいるらしい。テプンって人だ
ぼくのだったのに…

今日は「オールイン」の方に出た。サンドゥのおっさんは「野暮用」とかで休みだったのでホッとした
イナの兄貴は今日もBHCに行くらしい。へるぷにはチョングさんを連れて行ったけど、チョングさん、暴れないかな?
控え室にいたらチョンウォンさんがいたので、それとなくサンドゥのおっさんのことを相談してみた
でもチョンウォンさんは黙っていただけだった
怒ってるのか笑ってるのか解らなくて怖かった
ぼくが離れると、スングクさんを手招きしてなにかコソコソ耳打ちしてた
スングクさんの視線が怖かった
それでぼくはチス義父さんのところへ行った
義父さんは、「おまえ、どじょうを捕まえてこい」と言った
ぼくは、どじょうはヌルヌルしてるからイヤだったので、うまく誤魔化して逃げた
ああ、早く帰りたいな。でもお金貯めなきゃいけないし…
「オールイン」はちょっと居心地悪い。でもBHCだと心臓がドキドキして、もっと落着かない
喋ったことないけど、ウシクの旦那なら友達になれるかなぁ…。あーあ…

○月○日
お医者さんへいったら薬とドーナツをもらった
嬉しくてBHCと「オールイン」の間の路地でこっそり食べていたら、「何食ってんだ」と声をかけられた
テプンさんだった。『取られる』と思ったので、咄嗟に「薬です」と言ったら、ウシクの旦那が通りかかって
「クスリ?テス!クスリなんてやっちゃいけない!だめだよ。廃人になる!」と涙目で言われた
精神安定剤を処方してもらっていると告げたら安心してくれた。ウシクの旦那は優しいから好きだ
「そうか、…苦労してるんだな…また相談にのるからな」と言ってくれた。嬉しかった
ウシクの旦那は、さっさとBHCに入って行ったのに、テプンさんは、まだいる。そしてドーナツをじいっと見ていた
ぼくは、「これは薬ですからねっ」と少し強気に言って、ばくっと食べた
「ほんとに薬かどうか、調べてやる」と言ってテプンさんは、かじりかけのドーナツをもぎ取り、一口で食べてしまった
ぼくは、不覚にも涙を流してしまった
「なんだ、ドーナツじゃないか。ウソつき!ウソついちゃいけないんだぞ」と、テプンさんは、ドーナツを口いっぱいにほお張ったまま、はっきり喋った
どうしてあんなにほお張ったまま、はっきり喋れるんだろう…
ぼくは、一口しかかじれなかったドーナツを思って泣いた
そしたらテプンさんが、「これ、やる」と言って何かくれた
風船ガムだった
「これ、やっつけたいヤツの前で思いっきり大きく膨らましてみろ。ビビるぞ!」と言って肩をパンパン叩くと、店に入っていった
こんなものでサンドゥのおっさんはビビるだろうか…
でも…ためしてみようかな…


○月○日
今日もBHCはめちゃくちゃだった。テソンさんがスイッチ・オンになっちゃって、一体何人がかりで押さえただろう…
ぼくは逃げたかったのに呼び戻された。で、触りたくなかったけど、必死で爪先を押さえていた
テソンさんは、僕たちを振り切ろうとして暴れたので、僕はほっぺたに傷ができた。痛い、痛いようぐす

テソンさんがやっと静かになったので、ほっとした
テプンさんが「これ。チーフがお前にって」と紙包みを渡してくれた。おやつかな?

ありがとうございますと言って、ポケットにしまうと、テプンさんがじいっとポケットを見ていた
取られそうだったので、そのまま外に逃げた
「オールイン」の端まで行って紙包みをそっと開いてみた。ドーナッツだ!やった!丸々一個ある!
それにしても、よく無事に僕の手に渡ったね、ドーナッツ君、とドーナツに話し掛けながら、あんぐり食べようとして違和感を感じた

よーく見てみた
ドーナツにしては、表面がスベスベしてて、まるでアンパンのようだ。でもドーナツだよ?

もっとよーく見てみた
真ん中で折れてる!折れてるのを誤魔化して○にしてあるぞ???なんで???

穴の部分をよーく観察した

歯型がついている。真ん中の部分を噛りとってドーナツみたいにしてあるだけだ!!!

あんぱんだったんだ…。「あん」がかじられているんだ…
呆然としていたら、BHCのドアからテプンさんがこっちをじいっと見て、ニッと笑った
歯に、あんがついていた…

落ち込んで「オールイン」に戻ろうとしたら、中から勢いよくドアがあいた。ぼくは顔をぶつけた
「ああ、すまない。けがはないか?」
とだけ言ってその人はさっさと歩いて行った。チョンウォンさんだった

ドーナツ型のあんぱんは、いつのまにかネコが咥えていった…。ぐすん

○月○日
おととい、お医者さんへいったけど、先生は風邪でお休みだった。僕は知らないでずーっと外で待っていた
扉が全然開かないので、泣きながら家に帰った
昨日は先生がいた。よかった。先生は優しかった
でも、先生のところで、とってもコワイことがあった
もしかすると、BHCや「オールイン」よりもコワイかもしれないことが…
新しい先生を紹介された。手を見せてと言われて撫で回された。僕は、毒でも塗られてるんじゃないかと心配てで心配で…
でも、コワイ先生は、今日は診察しないと言って出ていったのでほっとした
いつもの先生が甘納豆をくれた。これなら取られないでしょって…
でも…
甘納豆を一粒食べた時、後から「何を食べている!」って声をかけられて、僕は二粒ぐらい、床に落としてしまった
床に落ちた甘納豆を見つめて、「これは何だ?」と聞かれた。テソンさんだ…
怖かったので一粒あげた
テソンさんは、じっくり味わっていたけど、「一粒じゃわからないな。もう一つ」と言って手を出したので、もう一粒あげた
「これは…深い味だな…。うーん…。この食材は、高いものなのか?」と聞かれた
多分安いと思うと言うと、「そうか…深い…味だ…新しい料理に使えそうな予感がする…」と言って甘納豆の入っているポケットをじいっと見つめてきた
ぼくは、その視線が怖くて固まってしまった
テソンさんは、ポケットを見つめたまま、震えだした
「…待て…、まだだ。違う…待て…うっうううー」
そう叫んで、テソンさんは僕のポケットを怪力で破った!…僕のスーツが…(;_;)

甘納豆は紙に包んであったので、バラバラにはならなかったけど、その紙包みは、テソンさんがハアハア言いながらどこかへ持っていった
一粒しか食べてないのに…(;_;)
でも僕は昨日もらったイカの一夜干しのことを思い出した。足を一本ちぎって食べた
うまい!

「それはなんだ!」
…まだいたのか…。テソンさんだな…。いくらなんでもこんなイカの一夜干しなんて、食材には向かないだろうし…
そう思って振り向いてイカを掲げた
僕の親指に激痛が走った
「なんだよっ、指、齧っちまったじゃないか!お前運動神経にぶいなぁもぐもぐ」
イカの胴体がほとんど食いちぎられていた
「足は残ってるか?」「ああ、あんたの欲しいのは足だろ?ほら、テス、テソンに足、渡してやんな」
…テプンさんとテソンさんだった…
二人そろってるんじゃ抵抗したって無駄だ。っていうか、一人でも抵抗できない…
僕は、涙目でイカの残りをテソンさんに渡した
親指が痛いよう。うわーんうわーん。なんでボクばっかり…。うわーん

ぼくは「オールイン」の控え室の前で、ちょっとだけ泣いた
でも昨日先生が「鏡を見て、俺はテスだって言い聞かせなさい、自信をもって」と言ったことを思い出し、やってみることにした
BHCではできないと思う。だって…いつテソンさんが来るかわかんないし、ミンチョルさんも前髪の流れ具合を確かめにくるし
それに、テジンさんが、鏡に木枠で飾りつけするとか言ってたし…
今は休んでるけど、ジュンホっていう人が、鏡に向ってボクシングのフォーム、チェックするらしいし…
だからやるなら「オールイン」の控え室だ…と思った
控え室のドアを開けると…マイケルさんがいた
鏡の前を独占していた。床にいろいろな衣装をひろげて、アレコレとコーディネートを考えているところだった…
僕は、控え室に入らずに扉を閉めた。ぐすん


○月○日
今日は、チョンウォンさんが一緒にお医者さんに行った
先生に事情説明している最中に診察室に入ってくるわ、「土下座」って言葉に怒るわ、もうっ。僕が連れてきてあげたのにぃっ
今日は、もう一人のコワイ先生がいなくてよかった
あ…でも、せっかくチョンウォンさんが行ったんだから、チョンウォンさん、あの先生に診てもらえばよかったんだ!
そうすれば少しは僕の苦脳だってわかるはずだ!フンっ

帰り際に先生がチョコをくれた。チョンウォンさんは卑しくないので取らないだろう
でも早く食べないとまたどこからともなくテプンさんたちが来そうで気が気でなかったので、店のはるか手前でチョコの包みをそっと開けた
そのときウシクさんが「やあ、テス」と言ってにっこり笑ってくれた
「あ、こんにちはウシクさん」
僕は嬉しくなってにっこり笑った
「おお、今日は珍しく笑顔だね。君は笑顔の方がいいよ。あれ?チョコじゃないか
…なんでこんな道の真ん中で食べるの?お行儀よくないよ。それに物を食べる前には、感謝の歌を歌わなきゃ」
感謝の歌?なんだろう…と思って聞いてみると
「んーと…んと…あれっ?僕はいつも食べる前に歌うんだよえーと…あれっ?
…実際に食べ物を持たないとでてこないなぁ…はは、まあいいか、また今度教えてあげるよ」
そう言ったウシクさんの笑顔がとっても眩しくて、僕は絶対今教えて欲しいと言い張った
「だって、実際に食べ物持ってないと…なんか、体で覚えてることってあるだろ?
孤児院にいた頃から、食べる直前に歌ってたから…あの…じょ…条件反射ってのかな?
そういう感じ…だから、あとでテソンのつくったまかないご飯でも食べる時に教えてあげるよ」

でもぼく、まかないご飯は「オールイン」で食べますからっ今、今教えてください、食べ物ならここに…

そう言いながら僕はチョコを差し出した
「あ、うん…でも…こんな道の真ん中じゃあ…」
「歌を教わるだけですから、ねっねっ」
僕にしては粘り強くお願いした
ウシクさんは苦笑いしながら、しょうがないなぁと言って、チョコを手にもって、顔の前に捧げるようにして持つと

「日々の糧を与えたもう神に感謝しますばくっ」




…食べちゃった…

「あ…ご…ごめんテス…食べるつもりはなかったんだ、道の真ん中だし行儀悪いし…。ごめんな。テス
こんな道の真ん中で食べるのはイケナイ事だから、真似するんじゃないぞ。でも今教えた『歌』は覚えておきなよ、いいね
あっもうこんな時間だ。店の掃除手伝わなきゃいけないんだった。じゃあまたね、テス、バイバーイ」





ぼくが無理矢理教えてって言ったから…

ウシクさんは、『条件反射』で食べちゃったんだ…

ああ…

せんせい…えねるぎーが…あああ…


○月○日
僕、ほんとうに体の調子がよくない
精神的なものだってわかってる。チョンエが、「自信もちなさい」って言ってくれるけど、僕、自信がない
オーナーにちょっと相談したら、「旅に出てみろ」って言った
旅?それは僕にやめろって言うこと?ぐすん

「そうじゃなくて、自信をつける旅だ」
自信をつける旅?何?それ…

オーナーは、いぶかる僕に「自信回復プログラムの旅」というパンフレットをくれた
そしてこう言った
「ミンチョルとイナから報告が来ている。君もいろいろ大変なようだから、少し休暇をとってこの旅に参加してみなさい。既に申し込んである」

えっ?僕になんの断りもなく?…でもオーナーには逆らえない…。それに…ご飯もついてるみたいだし…。気が楽になるかな?

僕は、少しそう思って、オーナーの好意に甘えることにした

「表に車が用意してある。それから、これ、持っていきなさい」

オーナーは水筒をくれた。…なんだかデコボコになってる…どっかで見たことがある水筒だ…
嫌な気持ちになった…
まさか中に入っているのは…

「梅のお茶だ」

ぎょえーっ。そ、それだけは〜っ

「君がテソンを苦手なのは、よくわかっている。その苦手を克服するための、それは小道具だ。頑張りたまえ
あ…それから、旅の途中で、この封筒をお客様に届けてくれ」

手渡されたのは分厚い封筒だった。郵便で出せばいいのに…

「いや、このお客様は私の親友…いや、分身のようなモノなんだ。君が行くと喜ぶと思うから、頼んだぞ。さあ行け!」

なんだか腑に落ちないけど、まあいいや。梅のお茶も…あとで捨てちゃえ。…水筒も…捨てちゃえい!

僕はなんだかウキウキしてきた
ウキウキして、表に出た
車、車…。ないけどなぁ…

キョロキョロしてると二階からオーナーが声をかけてきた

「そこにあるだろう、自転車」

じてんしゃ…

僕は錆付いたママチャリに跨って、こぎだした
前が涙でぼやけて見えない…


○月○日
ぼくは、もう、ヘルプのとき、猫背にしなくてよくなった
ぼくのおやつは、もう、横取りされない。らしい

ぼくは、わけのわからない旅を終えて、自転車と水筒を返しにオーナーのところへ寄った
そしたら、オーナーは「ああ、そこに置いといて」と冷たい
ぼくは、少し文句を言いたかったので、話し掛けたんだけど、オーナーは「丁度いい、これ、どう思う?」と「イベントガイド」を僕に渡した



はあ、大変そうですねぇ

「テス君も遊びにきたまえ。楽しそうだろ?」

…。だめだ。オーナーはわけのわかんないイベントの事で、頭がいっぱいのようだ

ぼくは、水筒と自転車を置いて、『オールイン』に戻った
控え室に入ろうとして、ミンチョルさんの携帯電話を返してないことに気づき、『BHC』に向かった

裏口を叩くと、いつものようにウシクさんが笑顔で迎えてくれた
「チーフは今ものすごく忙しいんだ。いろいろ準備しなくちゃならないらしくてね。やるからには完璧に…とか言ってさ
僕らの髪型にイチイチダメ出ししてくるんだよ〜ふう〜」
「髪型?やるからには?」
「ああ、君、知らなかったっけ…BHCのイベントやることになってねぇ…はぁ…」
「あ、ああ、これかな?」
ぼくはオーナーに貰ったチラシを見せた
「そうそう、この、ヘアスタイルの決め方っての。ミンチョルさんは実際には、1時間かけてあの前髪を作るらしいんだけど
このチラシには10分ぐらいでできるような事が書いてあるだろ?…それでもう、キレちゃってさ、チーフ」
「キレる?」
「そう。…静か〜にキレるから、余計怖いんだよ…」
「あの…テソンさんとどっちがコワイですか?」
「…テソンは病気だからな…」
「…そんなにコワイんですか?」
「…会ってみる?」
怖いのでまた今度にしようと思ってたら、後ろから肩を掴むようにぽん、と叩かれた
ミンチョルさんだ…。そしてぼくは、無言のミンチョルさんに肩を押されて、BHCの控え室の鏡の前に座らされた
ミンチョルさんは押し黙ったまま、ぼくの髪をブラッシングし始め、ヘアスプレーをかけまくった
そして、手ぐしで整え始めた

細部までこだわって、はね髪をつくったり、捻じったり、完成までに18分かかった…らしい

「できた。けど、だめだ」

ミンチョルさんは、暗い目で、鏡の中の僕の髪の毛をにらんだ
「何がダメなんですか?」

「15分以内に整えないとダメなんだ!くそう」

そういうものなんだろうか?別に誰も文句言わないと思うけど…。美容師じゃないんだし…

「でも、ミンチョルさん、この髪型、ぼく、はじめてです。なんかちょっとカッコよくて、ぼく、気に入りました
もう一回やってくださいよ、それで15分以内でできたらオッケーでしょ?」

ぼくは、旅から帰ってきて、少し自信がついたのかな?と思うぐらい、言葉がスラスラと出てきた
それに、このぼくが、ミンチョルさんを励ましているなんて。自分でも信じられなかったが、ミンチョルさんは、もっと信じられないようだった

「テス…君は…」

そういうと、またぼくの髪をくしゃくしゃにして、スプレーをかけた

「君はわかってない!ぼくは同じカタチの作品なんて、作りたくないんだ!」

ん?それは…『作れない』の間違いじゃ?

と言いたかったけど、言わなかった。だってミンチョルさん、涙目になってたんだもん(^^;;)

「できた」

鏡をみると、いつもの髪型の僕がいた

「いつもと同じですね…」
「ちがう。この、前髪の5筋をみろ。この微妙なバランスをみろっ角度を…。ここがポイントなんだ。わかったか。わかったら店に帰り給え」

静かな口調だったけど、ハッキリとキレていることがわかった
コワイけど、暴力を振るわないだけマシだ

ぼくはありがとうございましたと言って『オールイン』に戻ってきた
控え室に入ろうとして、ミンチョルさんの携帯電話を返していないことに気づき(以下、繰り返し)


○月○日
日記書くのも久しぶりだ。だってこのところ僕、すごく忙しかった
突然BHCのみなさんから素敵な高価そうな不思議なプレゼントもらったり、ミンチョルさんに抱きしめられたり相談されたり(これはちょっと困るな)
そうかと思えばお客さんのお家に出張に行って(内緒だけど)縛られてる人や抱き合ってる人を見たり(スリリングってこういう事?)
路地裏でお客さんに干し柿をポケットにねじ込まれたり(またテプンさんに取られたけど…おやつは取らないって約束だったのに!)いろいろ…
そうそう、僕のかかりつけのお医者さんにミンチョルさんを連れて行ったんだ
先生は、僕を見てとても安心したようにニッコリ笑ってくださった
僕も先生の笑顔を見て、すごく嬉しかった。なんだかちょっぴり大人になったみたいで…
でも先生はミンチョルさんの様子を見て、少し顔を曇らせていたなぁ…。大丈夫かなぁミンチョルさん

BHCのイベントの間は僕たち『オールイン』のホ○ト達も休み
みんなイベントに行くみたいだ
僕は何と言ってもソンジェさんの「キムチチャーハン」が食べたい。美味しそう!楽しみ〜(^o^)
あっそうだ、ミンチョルさんの携帯電話、今度こそ返さなきゃいけないや
いつも忘れる
イベントの時持ってって返そう

さっきからチョンウォンさんが僕につきまとっている
うっとおしいので千歳飴の残りをあげた
見たことがないのか、不思議そうに眺めてたから、テプンさんはそれを立てたまんま舌で挟んで、そして口の中に入れられるんですよ!と
あの旅のときに見た、夢か現実か解らない光景を思い出しながら言ってやった チョンウォンさんは、トライしてた。できっこないけどね。へへっ


○月○日
昨日も涙目のミンチョルさんに抱きつかれた。二回もだ
二回目は、チョンエの前で…。困る
そして今朝は今朝で、なんだかすごい焦った声で電話してきた。それもものすごい朝早く…。困る
でも可哀想で言えない
昨日ミンチョルさんは、何だか知らないけど色々な事で追いつめられていたみたいだ
ワイシャツがぐっしょり濡れてたし、脂汗かいてたし、顔面蒼白になってるとこも見た

今朝の電話で、フクスケフクスケってうるさかったなぁ…
オーナーの事務所のダンボールにあるからって20個持ってこいっていう
だから僕は自転車を無断で借りて20個のフクスケ人形を会場まで持っていった
そしたら、ミンチョルさんは、昨日の服装のままで走ってきて「ありがとう」と言ってフクスケ人形の箱を奪い取り、どこかへ行ってしまった
〈抱きつかれると思ってたのでちょっと肩透かし?〉
ウシクさんが「ご苦労さん、何か飲む?」と言ってバイキングの方に案内してくれた
バイキングコーナーでは、テソンさんがもう準備をはじめていた。…コワイけどかっこいい。プロだなぁと思う。僕も頑張ろう

しばらくするとミンチョルさんがスッキリした顔で帰ってきた。そして僕を手招きして薔薇の花束をくれた
…困る…
僕は今日もイベントを見てまわりたいのに、こんな薔薇の花束持ってると邪魔だ
だからミンチョルさんに判らないようにこっそりバイキングのテーブルの花瓶に、薔薇を活けておいた
活け終ったら、ミンチョルさんの弟さん?が来て、「兄さんにこれを渡してほしいんだ
僕は音響のチェックに行かなきゃいけないんで」というので、控え室に行ってみた
ミンチョルさんのいる控え室をノックすると、中でガシャーンという音がした
「大丈夫ですか?!」と叫んで飛び込むと、床にフクスケ人形の破片が散っていた
「ああテス君、ほんとにありがとう。すっきりしたよ」
「…何個割ったんですか?」
「昨日のイライラがつもり積もってたからね、でも我慢して3個にしといた。ほら、見てごらん、憎々しい目だろう?」
そういって割れたフクスケ人形の顔の破片〈目の部分〉を見下ろして、ミンチョルさんは冷ややかに笑った
僕はちょっと寒気がしたので、弟さんからことづかった風呂敷きを渡してすぐに部屋を出ようとした
「まて。誰にも言わないでくれ。いいな」
「は…はい…」
「後でヘアスタイルのところに来てくれ。カッコ良く決めてあげよう」
「…はぁ…」
僕は部屋を出たいのに、なかなか放してくれない。困る
「そろそろ開場時間じゃないですか?早く着替えてかっこよくなってください」
「…そうだな…じゃあ後でね」
そういうとミンチョルさんは、とても可愛らしい笑顔を僕に向けた。…スッゴク困る!


テスの旅路

自転車に乗って、見知らぬ町にやってきたテス
爽やかな風、心地よい陽射し。表情が和らいでいく
『来てよかった〜』
テスはニッコリ笑って並木道の下を通り抜けた

カシャカシャカシャカシャッ

『ん?なんだ?気のせいかな?』
カメラの連続シャッターのような音がしたみたいだった

テスはプログラムにある、街中のビルの前に自転車を止めた
『ここか…。VICTORY?…なんか聞いたことがあるような…』
テスは少々不安な気持ちで自転車を降りた
あの水筒は、まだ、捨てる勇気がない
『何かの役に立つかもしれないから、持っていこ』
そう思って、あちこち凹んでいる水筒を手に、そのビルの前に立った。道端に、ヘルメットをかけたバイクと、銀のメルセデスが止まっている
『…この車…ミンチョルさんのに似てるなぁ…』
メルセデスは7221のナンバーをつけたまま、静かに止まっていた

入口は、道路から降りた地下になっている
テスは、緊張した面持ちで、一段一段階段を降りて行った

入口のドアまできて、プログラムを読み直した
『まず最初にあなたがやるべきことは、入口手前にあるパンフレットを何枚か取り、そのあとそこから店内を見る事です
そこに何があるか、そしてあなたは何をすべきか、よく考えましょう。その後、いよいよ店内に入ります
ここからはあなた一人で考え、行動します。何が起こってもあなたの命は保証されておりますので、その点は、ご安心ください
この旅を終えたあと、あなたは素晴らしい自信を得られるでしょう。では、幸運を祈ります』

「入口近くのパンフレット…これね?これを取って、店内を見…はっ!」

見ると、ガラスの向こうで泣いている女がいた
こちらを見て、ポロリと涙を流した

『何をすべきですか?』

テスは自問した

そして、ガラス越しに、その女の涙を拭いてやった

「手垢をつけないでよ!」

背中の方で、大きな女が叫んだ
キレイな顔をしているが、気が強そうだ
「あ…の…ぼく…べつに…」
「ほら、見なさいよ、アンタの手のあとがベタベタベタベタ!見てたわよっ。何てのひらでガラスベッタリ触ってんのよ全く!どいて!邪魔よ!」

テスは有無をいう暇もなく、ひょいと首根っこをつままれ、ドアの方に追いやられた

スーッとドアが開く
中は薄暗い
『なんだこれ…。店じゃないのかな?』
と、恐る恐る中に入ってみると
「いらっしゃいませ…」
とか細い声がした
目を凝らしてよく見ると、柱の影からじっとこちらを見ている女がいた。さっき泣いていた女じゃないか

テスは、不思議な胸騒ぎを覚えながら、一歩一歩進んでいった

柱の女の横を通り過ぎたとき、ふと反対側を見てみた
すると、キャアキャアいいながら、ピンクのスーツを着てベッドで飛び跳ねる、義母ヒョンジャにそっくりのオバサンがいるではないか!

びっくりして目を擦り、もう一度見ると、オバサンの姿もベッドも無い
前を向くとスンドン会長そっくりの大入道がいた
「うわああっ」
テスは驚いて悲鳴をあげた
するとその大入道は、立ち上がってこう言った

「キム・イナはどこだ?」

大入道のおなかに跳ね飛ばされ、尻餅をついたテスは、立ち上がってもう一度そちらを見た
すると大入道は消えていて、かわりに気ぜわしい小男がぶつかって来た

「なんだお前。ゴッドファーザーも見てないのか?見てみろ!」

気ぜわしい小男は、サンドゥにそっくりだった
その小男は、いきなりテスを殴り、逃げていった

テスは、おかしい、おかしすぎると感じ始め、引き返そうと後を見た
だが、背後は壁になっている

テスは恐怖のあまり、叫びだしそうになった

その時、コツンと腰に水筒が当たった

「う…梅のお茶…」

どうせおかしくなるのなら、これでも飲んでもっとおかしくなってやる!

テスは、半ばヤケになって梅のお茶を一杯飲んだ
不思議と気分が落ち着いてきた
目を凝らして見ると、ドアがある

「ふうっ。進むしかないってことか!」

覚悟を決めたテスは、ドアのノブに手をかけた

思い切ってドアを開けてみると何かが床いっぱいに蠢いている…。足を踏み入れてしまったテスは、背後でドアがバタンと閉まる音を聞いた
進むしかない…
何が蠢いているのかわからないその床にそっと右足を差し入れた

ウニョロ…

『ウニョロ?』

「ドジョウだよ。レースに使うんだ。ヒヒヒ」

ニヤリと笑うチス義父さんの顔が浮かぶ

ウニョロニョロニョロウニョロニョロ〜

「ぎゃああっ」

『合わせてニョロニョロ』「続かねぇ〜っぎゃああっ」


テスは思いっきり叫び声を上げながら、ニヤニヤしているチス義父さんらしき影の横を通り過ぎた

やっと次のドアにたどり着く
ドアを開けるしかないテスは、生唾を飲み込みながらノブに手をやった

「テス…イム・デスだな」
「…テジュン…シボン、サング、ヨンテ!」

4人はテーブルを囲んで酒を飲んでいた

「何してるんだ、お前もチョンエとくっついたんだから、俺達の仲間だ。さあ、飲めよ」

にっこり笑うテジュンは、いつものテジュンだ
ほっとして、グラスをもらうと、一気に飲み干した

「ぐ…酒じゃないの?」
「ああ…お茶だよ…梅の…」
「…」
「ところでお前、顔が二つある人間って見たことあるか?」
「…?」
シボンもヨンテもいつになくまじめな顔でテスを見つめている
どこに視線を向けて良いのかわからなくなって、正面にいたサングを見たテス
サングはにっこり笑うとこう言った
「ほら…こんなの…」
サングの顔が、二つに見える…
「「やあテス」」
二つの顔が同時に喋る
「ぎ…ぎゃああっ」
テスは立ち上がって逃げ出した

「…やっぱりこれ、驚くみたいですね、パウィさん」
「これ、店でやってみようか、サング。どじょうレースの合間にな。はっはっはっはっ…」

笑っている4人(いや、5人)を後に、次の部屋に走り込むテス

『もう限界だ…』

びっしょりとイヤな汗をかいている。しかし、とにかく進んで、この建物を出るしかない
それに、命は保証すると書いてあった…
ただ、『寿命の保証』ではない。確実に縮むはずだ、『寿命』
息を整え、顔をあげた。薄暗いフロアーだ
何か事務所のようにも見える。そっと進んでいくと、突然音楽が鳴り出した

びくぅっ

音源を探し出し、必死で音を止めたテスは、立ち上がってまた心臓がとまりそうになった

一筋の光の中に、誰かがいる

「だだだれっ」
「こんなところで何をしている」
『その声は…』「ミ、ミンチョルさんっ」
「何をしている!」
「ままま迷ってしまって…」
「そう…君の心は…迷っているんだね…」

そう言いながらミンチョルらしき人物がテスに近寄り、耳元に口を寄せた

「ここから出たいなら、迷いを断ち切らないといけない。…頑張り給え…」

そう、バリトンボイスで囁くと、ポンと肩を叩き、どこへともなく去っていった

緊張のあまり、身動きできなかったテスは、30秒後、我に返り、慌てて出口を探し始めた

『あった。ドアだ』

そちらの方に向って走り出した時、暗闇からヌッとマグカップが差し出された

「ひいぃぃぃ」

ミンチョルらしき人物だった。彼は無言でマグカップを揺らし、飲めと勧めているようだった

テスは、仕方なく、それを飲んだ

『…』

予想はついていた。やはり梅のお茶だった

「ありがとうございます」

幾分落ち着いてきたテスは、丁寧に礼を言ってマグカップをミンチョルらしき人物に返した
そして、先に進もうとしていると、腕を引っ張られた

「ひっ」
またミンチョルらしき人物だ

「忘れてた、これ、君に」
「…」

赤いギフトボックスだ

「開けて」

中には携帯電話が入っていた

「この電話では、僕からの電話だけを受けるんだ。いつも持っていて」

そう言いながら、ミンチョルらしき人物は、闇に消えていった

『なぜぼくがミンチョルさんからの電話を受けなければならないのか?』

心の中ではハッキリと言えるのに、言葉にはならない
仕方なく携帯電話を持って先に進むことにした

次のドアを開けてみた
草原?ビルの中に?

「止まれ!地雷原だ!そっと左に進め。…よし…お前、何者だ?まさか北から来たんじゃないだろうな!」

声のする方に首をブンブン横に振りながら向き直ると、顔中迷彩色を塗りたくったスヒョクがいた

「うわぁぁっ」
「バカ!大声をだすな!撃つぞ」
「スス、スヒョクさん…」
「何故俺の名前を知っている!怪しい奴だ。ん?何だそれは、携帯か?」
「あっ…そそそれは…」

スヒョクが携帯電話を手にしたとき、着信音が響いた
反射的に出るスヒョク
「なんだ!誰だ!俺はスヒョクだ!…何?替わるのか?…おい、お前に電話だ!」
『あたりまえじゃん、僕の携帯じゃん!』

テスは携帯をひったくって電話に出た

「もしもし」
「なぜお前の電話にスヒョクが出る!何故だっ!」

恐ろしい声で怒鳴りちらし、怒って電話を切ってしまったミンチョルらしき人物
この状況に段々慣れてきたテスは、フッとため息をついて電話をポケットに突っ込んだ

「あの〜スヒョクさん、出口はどこですか?」
「お…俺が知りたいくらいだっ…うっううっううっ」

スヒョクは顔をくしゃくしゃにして泣き出した

もう一度深くため息をつくと、泣きじゃくるスヒョクを押しのけてテスは前に進んだ

『命の保証はされている。地雷なんかない!地雷なんかないっ!』

ぐにょん

「うっ…なんか踏んだ…まさか地雷…」
「このバカッ!」

バコーン

思いっきり頭をひっぱたかれた

「イテテ…」
「おれのドーナツ踏んづけやがって〜!」
「テテテプ…テプ…」
「バカヤロー。食べ物を粗末にすんなっ!一生うらんでやるっ」

もう一度頭を叩いて、テプンそっくりの男はどこかに行った

10秒間じっとしていた
そしてテスは悟った

『いつもテプンにおやつを取られる訳がわかった…。僕がドーナツを踏んづけたからだ…』

そして二、三歩歩いてから『あれっでも…変だよな…』と気が付いた

その時目の前が真っ白になった

ばああん

「うわぁっ」

音の方をみると、テプンが、割れた風船ガムを顔半分にくっつけて、こっちを睨んでいる
どうやら威嚇していたらしい

「今度踏んづけたらバックスクリーンに叩き込んでやるっ!」

テスは落ち着いていた。そしてポケットに残っていた『ぺこちゃん千歳飴』を一本テプンにやった

「お…お前ってイイヤツだな。何かあったら助けてやるからな。電話もってるか?おっハイカラだな。ちょっと貸せよ」

そういうとテスの電話に何か登録している

「これ、俺のポケベル番号。電話したらすぐに駆けつける。じゃあな」

そういってにっこり笑ったテプンは、嬉しそうに千歳飴の包みを開け、千歳飴を立てたまんま、舌で挟んで口の中に収めた

「うわああっテプンさんじゃないいっ」

テスは再び取り乱して走り逃げた

『あ…あんな…千歳飴が…あんな…』

混乱しているテスは、泣きながら次のドアを開けた

「こらっ子供はあっちへ行ってなさい!」

美しい彼女が美しい声でテスに言った
その隣には小犬のように怯えた目をしたジュンホのような男がいる

「ジュ…ジュンホさんじゃないですか?こんなところで一体何を…」

そう尋ねたとたん、なぜかヘッドギアとグローブを着けさせられ、スパーリングの相手になっているテス
「なななんだこれっうわっ待ってちょちょっと待ってっジュ…ン…ホ…さぐえっ」
 
容赦無くパンチの雨を降らせるジュンホらしき男。それをかわすのに必死のテス

『あわわ、なんでこんなことにっ。…でも僕、結構かわしてる。あれっイケてるじゃん、僕…』

そう思った途端、ジュンホらしき男が急に倒れた

「どどどうしたんですっもしもしっ?ぼぼ僕、医者を呼んできますっ」

テスは慌てて次のドアを開けた

外へ出たつもりなのに、なぜかロッカールームである

「またタバコを吸ったろう!」

低い、恐ろしい声とともに、テスは右手の中指と薬指をねじ上げられた

「ひいいっテテテソテソテソ」
「何故言うとおりにしない!」
「あわわわ」

テスは慌てて左手だけで携帯電話を操作し、テプンに電話した

「たた助けてっ助けてっ」

折り返しかかってきた電話に出るテス。右手は今にもへし折られそうである

「テプンさんっ助けてっ」
「何故テプンがお前の電話に電話してくる!!これは僕専用だと言ったはずだ!」
「ミンチョルさんでもいいから助けてっ!」
ブチッ!!!
「あああっひどいいっ」
「なんだっこれはっ馬鹿にするなああっ」

恐ろしい形相のテソンは、テスから電話をもぎ取るとガシャーンと投げつけた
そしてテスから手を放し、ブルブル震えながら

「もう…行け…」

と言った

テスはボコボコに凹んだ電話を拾い、慌てて部屋を出ようとした。すると

「まてっ。その水筒…」

とテソンが近づいてくる

「ここれは、その…」
「俺の水筒…お前が盗んでいたのか!」
「違います違いますっ」
「俺の水筒には梅のお茶が入っているんだ。もしも中味が梅のお茶だったら…」
「うう梅のお茶だったら?」
「…」

テソンはテスを睨み付けながら、水筒の中味を飲んだ

「…」
「どどどうですか?うめうめ梅じゃないでしょ?」

テスは必死でごまかそうとしている

ガシャーン!

「ひいいいっ」

テソンは力まかせにロッカーを叩いた。血が流れている

「テソ、テソ、怪我、怪我」
「うまいっ!」
「…え…」
「お茶は梅に限る!」
「…」

目をつぶって梅のお茶の余韻を味わっているテソンからそうっと離れ、テスは次のドアを開けた

「バカッ危ないっ」

テスは突き飛ばされた

パンパンパンッ

乾いた銃声が響く
イナが胸に弾丸を受け、倒れている

「イイイ…」
「お…俺は…大丈夫だ…先へす…進めっ…」
「だってだってだってイナさんっ」
「ほら、俺の天使がやってきた…」

イナの視線の先を見ると、ミルクを飲みながら強風に吹かれて、一人の女がやってきた
そして女は、そっとイナの手を握った
イナの胸の弾丸は、ポロリと落ち、傷もみるみる治っていく

『んなバカな…』

テスは、急激に平常心を取り戻し、見詰め合って微笑み合う二人を残し、さっさと歩き出した

『…どっきりかよ!…』

ドアの前で、深呼吸をし、開ける
と、いきなりゴルフボールが飛んできた

「うはっよっとっ」

テスは器用にボールを避ける
中に野球のボールも混じっている

ボールのこない方へ逃げると、木刀が目の前を掠めた

「ひっ」
「気をつけろ。ゴールは近いようで遠いかもしれない」
「チュ…チュニルさん…」

油断しているとまたゴルフボールと野球のボールが飛んできた

飛んでくる方向を落ち着いて見ると、トファンとスングク、そしてテプンがテスを狙っているのがわかった

『テプンさん!あんなところに!助けてやるって言ったのに。…あてになんない奴!』

テスは少しムッとして、落ちていたグローブを拾うと左手に嵌め、ボールを受けながら前に進んだ

「こっちだよ」

という声がして、テスはいきなりドアの中に引っ張り込まれた

「…ウシクさん!ああよかったぁ」
「ん?僕はギヒョンだけど」
「?」
「君、物を食べる前には感謝の歌を歌わなきゃいけないよ」
「は、はあ…」
「感謝しなくちゃ食べ物は与えられないんだよ」
「はっそうか…僕今までちゃんと感謝してこなかった…だから」

テプンにおやつを横取りされるんだ!

そう考えていたら、チェストを運ぶテジンが通りかかった

「テジンさん…どこへ行くんですか?」
「ああ、テス、ちょうど良かった。はい、これ」

テジンはテスに封筒を手渡すと、またチェストを持ってどこかへ行った

「こ…これって…」

ここに来る前に、並木道を通った時の僕の写真だ…
何故テジンさんがこんな物を…

ぼんやり考えているとポンっと肩を掴むように叩かれた

「入り給え」
「ミミミンチョルさんっ」

ミンチョルらしき人物は、ドアをあけ、顎をしゃくって入るように勧めた

テスは恐る恐るその部屋に入った

「座って、そこ」

テスはぎこちなくソファに座った

「で、なにか?」

ミンチョルらしき人物は、ドアのところで、不自然に両腕をあげ、冷ややかな目でテスに言った

「え?何かって?」
「どういう事かと聞いてるんだ」
「…何が…ですか?」
「ふ…一から説明しないとわからないのか?君もある人物に似たところがあるようだ…」
「…何の話ですか?」
「僕が怒っていることがわからないのか!」
「…ああ、電話?」
「…」
「…ですか?」
「…そう」
「テプンさんが勝手にこの電話に、自分のポケベル番号を入れて、そいであの時僕は恐ろしい目に合ってて
そいであの、テプンさんを呼び出して助けて貰おうとしたら…」
「もういい。帰り給え」
「は?」
「君のどっちつかずの態度に振回されるのはごめんだ!」
「は?な…何言ってんですか?!ふふふ振回されてるのは、ぼぼ僕の方なんですよっ。大体ここはなんなんですかっ」
「…テス君、随分ナマイキな口を聞くじゃないか…」
「ナマイキも何も、僕は今まで一生懸命ヘルプについてきましたっ。みなさんのわけのわからないワガママにも我慢してきましたっ!
梅のお茶だって飲みましたっ。この旅だって、僕は別に来たくなかったのにっ。なんなんですかこれはっ!」
「ほお。逆ギレか。君にしては珍しい」
「僕はもうイヤですっおやつを横取りされるのも、ヘルプに入ったときに猫背にしているのももうイヤですっ」
「…それが君の望みか…」
「…は?…」

パパーンパパーン

突如くす玉が割られ、「おめでとうテス君」と書かれた垂れ幕が降りてくる

「ななな…」

「いやぁやっと君の望みがわかったよ。よし、その望み必ず叶えてあげよう。君はよく頑張ってくれたよ」
「は?」
「さあ、ここから外に出て、君の町まで帰りたまえ。自転車はそこにある
帰ったら君の望みどおり、おやつの横取り禁止令とヘルプの時猫背にしなくてもいいというチーフ命令を出すよ
よくこの旅に耐えたな。これを持って店に帰るんだよ」
「は…はあ?」

ミンチョルはテスに赤いギフトボックスを渡すと、無理矢理部屋から追い出した

目の前にママチャリがある

テスはなんだか訳がわからないまま、チャリに跨ってこぎ始めた

「???これって…何?」

しばらく進んでからギフトボックスの中身を確かめていないと思い、そっと開けてみた

「チョコベビー?」

チョコベビーが一箱入っていた
中のベビーなチョコたちは…溶けていた…

「ぐすっ…」
テスはどうしようもないチョコベビーを、どうやって食べればいいのか考え、泣きながら店に向かった



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