喪失
若い医師にかけよるふたり
「先生、こちら患者さんの知り合いのキム・イナさんです」
「ああそう。僕はここのドクター、財前ドンゴンです。よろしく」
「ミンチョルは?」
「そうですね、衝撃による身体的損傷は脳を含めてないでしょう。ラッキーでした」
「ショウゲキニヨルシンタイテキソンショウ??」
「要するに、落ちた衝撃で骨折したとか、内臓が破裂したとかはないという事ですね」
「そうです。CTですべて、特に後頭部は入念にチェックしました。とても大きかったので
個人的には興味がわきましたが、残念ながら何もなかっ…いや…」
「よかったあ!テジュンさん…」
「イナさん、泣かないでください」
「ただし…」
「え?」
「慢性的な過労ですね。栄養不良も見受けられ体力が落ちてます
たぶん強度のストレスもあるかと思います、これは僕の専門外ですが」
「はあ…」
「今点滴を入れましたから、少したてば回復するでしょうが、2・3日は安静にしてください
栄養不良ですが、これは長期に渡っていると考えられます。この件は患者が回復したら考えましょう」
「栄養不良…」『家に飯がないとか言ってたな…』
「本人はまだ眠ってますが、たぶん朝には気がつくでしょう。では、私はこれで」
「ありがとうございました」
「急患だっていうから楽しみにしてきたのに、大した事がなくて残念、いえ幸いでした
せっかくの僕の腕を振るえなかった、では」
「はあ?」『背が高くてメチャ、いい男だけど、何だありゃ』
「ちょっと冷たいけど腕はいいそうですよ、ドンゴン先生。よかったじゃないですか」
「え、ええ」
「病室へ行ってみましょうか」
「そうですね」
病室にて、ミンチョルキツネ目を閉じて寝ている。腕には点滴、口は半開き(オールイン23回イナ状態)
「ミンチョル」(涙ぐむイナ)
「イナさん、少し休んだらいかがですか。エキストラベッドもありますし」(気遣うテジュン)
「俺はミンチョルのそばに。テジュンさんこそ休んでください、疲れたでしょう」
「イナさん…わかりました。じゃあ休ませてもらいます。何かあったら起こしてください
それと、イナさんも無理しないで。少し顔色がよくありません」
「俺は平気です。ちょっと電話してすぐ戻りますから」
「ウシク、俺だ。うん、ミンチョルは無事だ。病院にいる。LBGHとかいう病院だ
いや、来なくていい。2・3日休めばよくなるそうだ。お前は奥さんの方を頼む。病院にいる事は内緒だ
出張の一点張りで通せ。弟に感づかれるなよ。あいつはうるさい。ああ、頼む。店は適当にやってくれ
スヒョンはまだ?あとテプンに気にするなと言ってやれ。何?もう食欲は戻った?そうか、よし、うん。じゃ」
イナ、ミンチョルの病室に戻り、ベッドの脇に腰掛ける(オールイン23回スヨン状態)
『ミンチョル、あれ?お前って俺にちょっと似てる?お前の方が太いけど。ああ、でもよかったな、無事で
今回の旅は何だか疲れたな…最後まで…あの踊りは最悪だった…いや…最高か…とにかく…よかった…
お前…死ななくて…生きててくれて…よか…った…チニさん…支配人って…いい…人…だね…背も…高いし…』
「イナさん、イナさん」
「え?チニさん?何か用?」
「は?」
「あ、あ!テジュンさん、俺寝ちまった?」
「よくおやすみになってました。そういう私も実は先ほど目を覚ましたばかりで」
「今何時?」
「それがもう朝の10時過ぎてます」
「そんなに!ミンチョルは?」
「まだ眠っているようです。それよりコーヒーを買ってきました。いかがですか」
「ありがとう。テジュンさん」『なんてよく気のつく人なんだ!』
「おや、ミンチョルさん気がつきそうです」
「え?あ!ミンチョル!おい!気がついたか。大丈夫か?」
「…え?…」
「おい、ミンチョル…気分はどうだ?」
「…何?…」
「まだ気分悪いのか?」
「…君は…誰?…」
「え!!!!」(コーヒーこぼれベッド汚す、迷惑)
「ミンチョル!俺だ!イナだよ、わからないのか?」
「イナさん?」
「俺とお前の仲でさん付けなんかするな、ミンチョル!」
「僕はミンチョル?…ですか?」
「ざけんなよ、ミンチョル!俺だって!キム・イナだよ!」
「イナさん、落ち着きましょう。ちょっと様子がおかしいみたいです」
「ミンチョル、お前自分の名前もわからねえのか?」
「…」
「黙ってないで何とか言えよ」
「イナさん、あまり大きな声を出さないで、落ち着いて。ドクターを呼んできますから」
「あの…そちらの人は?どなたですか?」
「は?私ですか、私はハン・テジュンと申します」
「ミンチョル、お前の命の恩人だぞ」
「テジュンさん…僕のこと知ってます?」
「え?」
「夢であなたに会いました」
「夢…ですか、どんな夢?…実は私も…」
「寒い所でしたね、札幌は」
「たしかに寒かった。心まで凍りました」
「すみません、僕のせいだ」
「え?何?どうしたの?ふたりとも…」(あわてるイナ)
「僕ら2人は…」
「同じ女性を愛してしまった」
「は?」
「そう、そうでした」
「何も知らないあなたは彼女に結婚を申し込む」
「あなたは彼女への思いを胸に抱え、苦しむ」
「でもある日あなたは知ってしまう、僕と彼女の関係を。あなたに責められた彼女はいたたまれずに僕の元へ来る」
「あなたは押さえられなくなり、覚悟を決めて彼女を受け入れる」
「それを見たあなたは苦悩しながら僕らから遠ざかり、他の女性と結婚しようとする」
「でも彼女はふたりのことで悩み続け、あなたの元を去ってしまう」
「彼女を忘れられないあなたは結婚をやめる。彼女への思い、僕との友情、全てに封印をし独りで国へ飛び立つ」
「その頃あなたは病に倒れる。彼女が戻ってきたのも知らずあなたは雪の中でさまよう…」
「あなたは僕の病気を知らない、でも感じる、僕の最期を。あなたの白いワイシャツをぬらす万年筆の青いインク」
「その万年筆は…」
「2人の友情のあかし…」
「そしてあなたは雪の中で倒れる…雪は容赦なく降り積もりあなたを覆ってゆく…」
「なぜ?」
「同じ夢を?」
「ミンチョル、テジュンさん何言ってるんだよ…お前ら知り合いか?え?」
「わからない…けどそういう夢を見ました」
「私も同じ夢を見ました」
「ミンチョル、お前…どうした?…どうなってるんだ…はぁ…はぁ…」
「イナさん?どうしました?イナさん!」
イナ、例のスタイルで倒れる
診察
「どうしました?」
「看護婦さん!付添の人が倒れてしまって」
「大変!すぐドクターを。あと私の名前はシスターマリアですの」
「失礼しました、シスターマリア」
「テジュンさん、イナさん…イナ大丈夫でしょうか?」
「わかりません。チニさんの話によると昔銃で撃たれた言ってたような…」
「何!銃創患者だったのか、彼は!」
「ドクタードンゴン?」
「なぜ先にそれを言わない!」
「でも撃たれたのは昔のことらしいです」
「いつでもいい、銃創患者なんてめったにいない。僕の患者だ!ストレッチャーを!」
「ミンチョルさんも記憶がないらしいんですが」
「それは僕の専門外。院長も留守だから後で。シスターマリア、彼らにとりあえず食事を」
「わかりました」
「よし!銃創患者、行くぞ!」
「イナさん大丈夫でしょうか。ミンチョルさん気分はどうです?」
「大丈夫ですけど、どうしてここにいるんでしょう」
「私のわかる事を説明しましょうか」
「お願いします。あの夢は…」
「不思議ですね。以前あなたから私に申しわけない事をしたような気がすると言われ私も気になっていたのですが…」
「記憶がないことと関係があるんでしょうか?」
「わかりません」
<マリア登場>
「お食事です」
「シスターマリア、申しわけありません」
「空腹では健康になれません。どうぞ」
「ありがとうございます」
「ミルクお持ちします?」
「いえ、結構です。色々すみません」
「どういたしまして。ごゆっくり」
<ドクター、イナのレントゲン写真を見てため息をつく>
「もしかして、これは…」
「あれ?先生、俺また倒れた?」
「あ、気がついた?銃創患者」
「俺はイナです」
「ああ、そうだった。ところでイナさん、肺の手術はどこで?」
「アメリカですけど」
「やっぱり!ちぃ!」
「何か?」
「難しい手術なのにきちんと処理してあるんだ!
せっかく僕の出番だと思ったのに。アメリカは症例が多いからな、くそっ!」
「はあ」『マフィアのお抱えだからな』
「でもイナさん、僕だったらここんとこ、こうやってああやって仕上げるから
もっと綺麗になる。再手術どうです?」
「このままじゃ命に関わるとか?」
「より完璧になる。私の技術を持ってすれば95%の仕上がりが100%になるはず!」
「そうすれば倒れなくなる?」
「それはない。倒れるのは肺が切除されてて肺活量が少ないから興奮すると酸欠状態になるからで
僕が手術してもそれは変わらない」
「じゃ、何のために?」
「だから!ここんとこ、ちょっとひん曲がってるでしょ!美しくないんだ、ラインが
僕だったらきれいな曲線に仕上げられる!」
「黙ってきいてりゃ、いい加減にしてくれよ」
「は?」
「手術しても肺活量が増えないんじゃ意味ねえだろ」
「そう?僕は最高の外科医なのに。ベントンもかなりだが僕は負けない」
「医者に勝った負けたがあるのか?」
「ある!難しい手術をどれだけ短時間で仕上げるか…スリリングだ」
「あんた、ちょっとおかしい。彼女とデートでもして気晴らしした方がいいぞ」
「ぐ!相手がいない」
「もしかして独身?恋人もなし?」
「世の中は不公平だ」
「?」
「僕のような知的でクールでハンサムな男がもてないなんて!」
「あんたもてないの?」
「僕の知力と美貌に恐れをなして声をかけてくる女性がいない」
「あらら、いい男なのに」
「映画だって女優とあまりからまない。この前も戦争物でドロドロだったし
あんたはその点色男なんかやってずるい」
「あれは俺じゃない」
「それにちょっと隙があってちょっとやさぐれてる。女はそういう男に弱い
放っておけない男の最高峰とか言われてるじゃないか!僕の方がハンサムなのに!」
「でも、あまりいい事はない。別れた理由を記者会見で説明しないといけない」
「それは困る。僕は口下手だ」
「だろ、だから彼女がいなくても落ち込むな」
「落ち込んでない。ちょっと羨ましいだけだ」
「でさ、俺の事はいいからミンチョルの心配してくれ」
「外科医からすれば記憶喪失なんて病気ではない」
「え?」
「僕の患者は手術しだいで命に関わる。記憶喪失なんて命に別状はない。本人の気持ち次第だ」
「なるほど」
「何なら韓ドラみたいにもう一度事故に遭ったら?もう一度落としてみる?」
「医者のくせに何てこと言うんだ!でもあんた、いい事言ったよ、ありがとう。じゃ!」
「せっかくの銃創患者なのに出番がない。一応苦しくなった時に飲む薬を処方しておくから飲むように
イナさん?何処行った?」
<ミンチョルの病室>
「カーターこちらが昨日の急患の方?」
「そうです、グリーン先生」
「初めまして、グリーンです。マークと呼んで。彼はレジデントのカーター」
「よろしく」
「カーター、ミンチョル君の担当は?」
「ドンゴン先生です」
「なぜ彼が?」
「空から落ちたと聞いて外科的処置ができるとカン違いしたみたいです」
「またか。ええと僕はここのチーフ。親切で信望があるのでご安心を。内科医ですが昔ERにいたので何でもできます」
「先生、彼は記憶をなくしたようなんです」
「記憶を?」
「珍しいな。ERはリアルなドラマなので記憶喪失は扱ったことがない。あれは古典的なドラマの手法ですから」
「はあ」
「気分が悪い?」
「いえ、食事もして、とても爽快です」
「そう、じゃ口を大きく、いや普通に開けて。綺麗な歯だ、奥行きもある」
「は?」
「英語は話せます?」
「A little bit.」
「上手ですね。Lの発音も正しい。日本語は?」
「ミナサンコンニチハ」
「英語ほどではない。アメリカ渡航歴有、日本語勉強中と」
「どうしてそんな事を?」
「君は記憶がないんだろう?些細な事でも役に立つかもしれないよ」
「マーク、キャロルを見なかったか?」
「彼女ならケリーにつかまってたぞ」
「まずいな、おや新しい患者さん?」
「記憶がないそうなんだ」
「それは大変だ。僕はロス、小児科医です」
「はあ」
「君、ハリウッドに興味は?」
「え?」
「言い直そう、ハリウッドの映画に興味は?」
「あるような気がします」
「マーク、俳優志望の可能性大だ」
「オーケー」
「なかなかいい目をしている、ハリウッドでも受けるかも。あそこでは僕のようなタイプがセクシーと言われる。覚えておくといい」
「あ、はい」
「ロス、キャロルを助けなくていいのか」
「おっと、行かなきゃ。じゃ失礼」
「ロスは女性にもててね。もてすぎて問題もある。カーター何がおかしい?」
「いえ、別に」
「血圧正常、食欲ありと。気になることはあります?」
「実は僕とこちらのテジュンさん、知り合いではないんですが、2人一緒に不思議な夢を見まして」
「どんな夢?」
「札幌でひとりの女性を2人が愛してしまうといった…」
「ほお?」
「テジュンさんはミンチョル君とは面識がなかった?」
「私はホテルマンなんですが、一度ホテルにお客様としていらした時が初めてです」
「わかりました。これは院長担当…と。カーター、院長と話がしたい、連絡とってくれ。大至急だ」
「はい」
「記憶喪失と何か関わりがあるんでしょうか」
「何ともいえません。院長がそういう症例が大好き、いえ、得意なので相談してみます。他になにか質問は?」
「ありません」
「頭が痛くなったり、気分が悪くなったりしたら僕を呼んで。いつでも来ますよ。じゃ」
「ありがとう、マーク」
「その調子だ」
偽装
<イナ、ミンチョルの病室に戻る>
「ミンチョルどうだ?」
「イナさん、じゃなくて、イナ気分はすごくいい」
「顔色もいいな」
「僕よりイナは大丈夫か?」
「俺はいつもの事だ、気にするな。で何もわからないのか?」
「思い出せない」
「そうか、でも俺はいい事を思いついた」
「何?」
「記憶喪失なんか病気じゃないそうだ。忘れたものはまた覚えればいいんだ」
「え?」
「お前は頭がいい、はずだ。だから覚えられる。覚えたら退院して職場復帰だ」
「テジュンさんは僕がホストだって」
「お前はホストクラブのチーフだ。あまり留守にするとまずい」
「そうなのか」
「ミンチョルさん無理して大丈夫ですかね」
「テジュンさん、こいつには記憶喪失でふらふらしている時間はないんです」
「なぜ?」
「まず家庭だ。お前が記憶喪失とわかったら弟が絶対こう言う
『兄さん、何にも覚えてないなんてあんまりだ、ヨンスさんはどうなるの!そんなんじゃヨンスさんを支えられない
僕が兄さんの代わりにヨンスさんの面倒を見る!』そしたらお前は家庭を失う」
「僕の弟はそんな風にしゃべるのか?」
「そうだ」
「うっとおしい奴だな」
「そうだ」
「僕は結婚してる、ヨンスさんが僕の妻?」
「そうだ」
「職場も困る。オーナーにしれたら一大事だ。どんな仕打ち、いや妄想で暴走されるかわからん
『記憶喪失のミンチョル、おいしすぎる!』喜ぶ声が聞こえそうだ」
「ひどい人なのか」
「そうだ。経営には頓着しないが妄想に入るとひどい。お前だけでなく俺たちも絶対!とばっちりを受ける。いやだ」
「そうか、わかった」
「物分りがいいのは変わってないな」
「どうやって覚える?」
「まず本だ、近くの本屋で買ってきた。後で読め」
「『美日々完全攻略本』『美日々に見るキザ男テク』『室長の口技・目技・手技徹底研究』何、これ?」
「お前の事や家の事が色々書いてある。細かい所はそれを読め。大体は俺が今から話す」
「僕の事が本になってるのか。それって…」
「ドラマも放送中だ。今夜ちょうどいいところをやる。後でそれを見よう」
「プライバシーの侵害じゃないか。本人が何も覚えてないのに」
「ミンチョル、俺たちにプライバシーはない。慣れろ」
「イナもか…わかった」
「よし、始めよう」
「何か書くものを。覚えられない事は書いておく」
「いいぞ、ミンチョル。これに書け。落ち着いて聞けよ」
「わかった」
「私は席をはずしましょう」
「いえ、テジュンさんよかったら一緒に聞いてください」
「いいんですか。それでは」
<ドクタードンゴン入ってくる>
「イナさん、発作の薬忘れてます。で何を聞くの?」
「ミンチョルに昔の話をちょっと」
「僕も聞きたい」
「なんで?」
「僕は主治医だ」
「さっき、専門外だと言ったじゃねえか」
「でも担当患者だし」
「イナ、先生にも聞いてもらおう」
「いいのか?ちぇっ仕方ねえ。まずだ、お前が一番愛しているのは妹だ」
「僕には妻がいるんじゃないのか?」
「いる、だが妹だ。次が妻」
「不思議な男だな」
「お前のことだ。というのは、昔からお前の家庭環境は厳しい
最初に親父があんなことして、こんな事があって、お前には妹を守るしか生きがいがなかった
だからお前の愛は妹が優先だ」
「なるほど」
「それで親父がこんなで、お前はこんなで、妹はあんなで、義弟はこんなで、ああして海に行ってああなった
その後こうなってヨンスさんと別れた。で倒産してああなってこうなった」
「すごい半生だ。これはストレスがたまる」
「先生、僕記憶なくしてよかったかも」
「ううむ」
「まだある、黙って聞け!」
「すまない」
「でその後こうなってああなって、ヨンスさんと結婚した」
「ヨンスさんから身を引いたのに、なぜまた戻った?」
「それは、ヨンスさんは実はああで、こうなっちまったんだ
2人でそれを乗り切るためにお前は彼女の元へ戻った」
「なるほど、一応筋はとおるな」
「で最後に奇跡が起きて、お前がワープして弟の隣へ行って終わりだ」
「僕がワープして…終わりと。よし。それで?」
「その後ホストクラブのチーフになって、あんなことこんなことして、ジェットから落ちたわけだ。どうだ?」
「ドラマのようだ。すごい…」
「ミンチョルさん、こんなに色々なしがらみを背負っていらしたとは」
「患者として興味深い」
「それでだ、さっきも言ったが、弟はまだあきらめてないぞ、ヨンスさん」
「彼女もそうしたいのかな。だったら僕と別れて一緒になればいいのに」
「お前、やっと弟から盗った奥さんだぞ。もうちょっと真剣になれ」
「盗った?」
「車でかっさらって。今夜がその9話だ。形勢は一気にお前にかたむいた。主役もな」
「強引な男だな」
「だからお前だの事だ!」
「先生、僕目を覚ましてから随分すっきりした気分だったんですけど、理由がわかったような気がします」
「たしかに、あれを全部抱えて生きていくのは…無理せず忘れたままがいいかも」
「こら!医者のくせに無責任なことを言うな」
「職場は?」
「ああ、それはだな、こんな奴あんな奴そんな奴ばっかりで、みんなそれぞれドラマチックだ
スタッフ以外ではテス、馬鹿御曹司と会長、マツケン、へび女あたりを押さえておけばいいだろう」
「スタッフも濃いけど、スタッフ以外も濃いなあ」
「お前はそれを相手にしている」
「イナ、転職してもいいか?」
「弱気になるな!お前らしくない」
「わかった、でイナは?」
「俺?」
「イナの事も覚えないとまずいだろう。親友らしいから」
「そうだ、イナさんの人生も聞きたい!」
「ドクター、俺の半生聞いたら泣くぞ」
「うわ!もう涙が出てきた…」
「よし、話してやる。俺はギャンブラーだ。金がない分お前より悲惨だ
いいか、ああして刑務所に入って、ああなって密航して、こうなって
撃たれてこうなって、ああなって、最期にああしてこうなった
でもって、最近家が嵐で壊れて女も出て行った」
「ふう、イナもすごいな。半端じゃない」
「だろ?」
「ドクター、どうした?気分悪い?」
「何も考えられない…」
「泣くなって」
「イナさん、再手術はタダでするから!」
「またその話か、それはもういい。よし、ミンチョル、覚えろ。覚えたら退院して帰るぞ!」
「ええと、ビクトリーの企画室長、ゼロの出現これが弟と…
親父が…ヨンスと空港…ヤン・ミミ…会社倒産…と。人物ごと時系列に並べた方がいいな」
「ミンチョルモード戻ってきてるぞ、いい感じだ」
<深夜ミンチョルの病室、ドラマ鑑賞会>
「これって誘拐とは違うの?」
「彼女逃げないでしょうが!」
「うわ!海に入った!」
「着替えは?」
「左手でシャツのボタン留められる?」
「拗ねてる!他の男の話は聞きたくないだってさ」
「キスのやり方どうやって覚えたんですか」
「先生、僕は記憶喪失ですよ」
「ちょっと弟さんお気の毒ですね」
「僕の対応冷たいな」
「気にするな、奴が先週仕掛けた事だ」
「ほお!」
「何気に妹が腕組んでる」
「僕の父さんてあんな奴なのか」
「戻ってきた、ウワ!会社であんなこと、セクハラだ!」
「同意の上なら問題ないでしょう」
「出た!へび女!今日は赤いぞ」
「あれか…」
「あれですか…」
ドタッ!
「おい!ドクター毒気が強いからって倒れるな!しっかりしろ!」
「ミンチョルさん、火のつけ方完璧ですね」
「僕やっぱりホスト向いてます?」
かくしてLBGH2日目の夜はふける
帰還
「支度できたか、ミンチョル」
「イナ、僕はこの服着たくないんだけど」
「テプンのだからな」
「趣味に合わない」
「途中で何か買おう」
「もしよかったら私のポロシャツをお貸ししますが」
「え?」
「予備を何枚か持ってます、これなんかミンチョルさんに似合いそうですが」
「いいんですか、ラルフ・ローレンをお借りしても」
「何?」
「ラルフ・ローレンだよ、イナ知らないの?」
「そういう事覚えてるのに、なんで名前思い出せないんだ?」
「さあ」
「結局2日間も足止めしてしまってすんません」
「いや、おかげで勉強になりましたよ。病院をくまなく回って観察しました。やはりここも接客業ですから」
「まったくあんたは仕事の虫だな」
ドアがバッタンコと開く
「ミンチョル君!あなた!」
『げ!ヘビ女!』
「記憶喪失なんですって!」
『チョンウォンだな…』
「ミミさん、何の話?」
「イナ君、ミンチョル君記憶喪失だって聞いて飛んできたのよ!」
「心配したぞ、ミンチョル君」
「全然思い出せない?僕らのことも?」
『こいつら完璧セットになってやがる』
「記憶喪失?何の事です?」
『そうだ、ミンチョル!』
「あなた何ともないの?チョンソ状態かと思って楽しみ、いえ心配してきたのに」
「やだな、イナとチョンウォン君をちょっとからかっただけなのに」
『イエス!』
「そうなの?チョンウォン君、違うってよ」
「え、だって昨日は…」
「チョンウォン、冗談と本気の区別くらいつけろよ」
「何じゃ息子の早とちりとはワハハ」
「仕方ありませんね、会長」
「でもでも、昨日先生のカウンセリング受けて…」
「2日間みっちり休みました。いい静養になりましたよ
それもこれもミミさん達が僕を落としてくれたからですよね」
「ああら、ご、ごめんなさい。わざとじゃないのよ」
「忘れましょ、命があったわけですから」
「ところで航空局には連絡したんでしょうね」
「航空局?」
「飛行機から人を落としたんだ、届け出しなくちゃ。まだしてない?」
「だからイナ君たちに連絡したじゃないの」
「ちっちっ、そういう問題とはまた別。車に乗ってて事故起こしたら警察呼ぶっしょ」
「そ、それは。ミンチョル君が無事だっていうから…」
「ミミさん、もしかして航空機安全運行取締法ご存知ありません?」
「違反してるから一応届けないとな」『あるのかなあ、そんなの、へへ』
「あ、ああの規則ね…」『何だって?』
「あまり事を荒立てたくないけど、飛行機の違反て厳しいらしいよな、ミンチョル」
「そうだな、罰金刑とあと少し入るのかな」
「入る?」
「航空刑務所」『あるのかなあ、そんなの、へへ』
「ミ、ミンチョル君、な、何か代わりにできることないかしら、あたしに!」
「じゃ、これ頼んじゃう?ミンチョル」
「ミミさんにそんな厚かましい事できないよ、イナ
やっぱりちゃんと届けてもらおう。僕は曲がったことが嫌いだ」
「い、いいのよ、少しくらいの無理ならきいてあげるわよ、ぜひ!」
「悪いよなあ、でもそこまで言ってもらって遠慮してもかえって悪いか?」
「そうよ!イナ君。ぜひ!」
「じゃ、これ、病院の入院費」
「あ、あらお安い御用だわ。あたしに払わせてちょうだい、ぜひ!」『げ!50万!』
「ほら、ミミさんやっぱり驚いてる。やっぱりやめよう、イナ」
「そ、そんな事ないわよ、よ、喜んでお支払いするわ」『ギリギリギリ!』
「そうですか?じゃ、お言葉に甘えることにします。届けた方がよければいつでも言って下さい」
「ホホ、そうね。でも全然平気よ、それに会長とマイキーだって同乗してたんだからちょっとは責任あるわよね」
「僕は先に上に上がったから責任はありませんよ、ミミさん」
「わしも次に上がったからなあ、最後の人が扉を閉めるのは常識じゃろワハハ」
「ああら、会長もマイキーも水臭いわ。遠慮なさらなくても
さっ、3人で折半した方が気分がスッキリするでしょ!」
「ううん、そうかスッキリするのか、じゃあマイケル仕方ないか」
「そうですねぇ、会長。でも僕今キャッシュないですよ」
「わしが立て替えておこう」
「でも3で割り切れないわ、どうしましょ」
「そんなら1人20万にして、10万はミンチョルの洋服代にしてくれ」
「イナ君頭いいこと。さ、20万づつよ、早く!」
「わかった、わかった」
「ところで私のトランクはどこ?」
「あれなら木っ端微塵だそうです」
「何ですって!ああ!私のヴィトンが!」
「マダム、失礼ですがあれは偽物です。どちらでお求めになりました?」
「偽物?失礼な!何てこと!」
「ミミさん、この人はプロなんだよ、ホテルマンだから
何でもみかん箱に布が貼り付けてあったらしいぜ」
「みかん箱!」
「あれがヴィトンの仕事だとすると、由々しき問題です
保証書がおありでしたら問い合わせてみたらいかがです?」
「保証書?」『そんなもん、あるわけないっしょ』
「だったら合鍵をお持ちでは?番号がついていますからそれでトレースできます」
「合鍵?」『あるわけないっしょ』
「でしたらやはりお求めの店に抗議に行かれた方が」
「店?」『上野のバッタ屋だったわ…』
「ミミさん、ブランド品買う時はちゃんとしたとこで買った方がいいぞ」
「イナ君、失礼ね。あんまり使いこんでいたから忘れちゃっただけよ
いいわ、あたしたくさん持ってるから一つくらいなくしても」『チッ!』
「何の騒ぎですか?ミンチョル君退院の準備できました?」
「ドクタードンゴン」
「うわ!赤いマタドールの生だ!」
「ドクター、倒れるなよ」
「危険すぎる、目が眩む」
「あら、こちら先生なの。素敵!可愛いいわあ、バンビちゃんみたい」
「うう…」
「ドクター、しっかり!」
「こんな素敵な先生がいらっしゃるなら今度健康診断はここでやろうかしら」
「ミミさん、そりゃいいや。ここは最高の病院らしいぜ」
「いえ、私は最低の外科医で、ここは最低の病院です」
「こら!昨日と言ってる事違うじゃねえか」
「だって…あの人来たら困るじゃないですか…」
「何コソコソしてるの。帰りがけに予約入れるわね、ドクター、ウフ」
ドタッ!
「ああ、また倒れた。しょうがねえ先生だな、まったく」
「じゃあテジュンさん、気をつけて。色々ありがとうございました」
「こちらこそおもしろい体験をさせていただきました」
「あのミンチョルの事…」
「大丈夫です。お客様の秘密は守りますよ。前世では親友だったかもしれませんしね」
「そうですね、前世と言わず、これからぜひよろしくお願いします」
「んじゃ、ここで。店寄ってくださいよ。待ってますから」
「いい人だったなあ、テジュンさん」
「ほんとに」
「それにしても入院費をうまく逃げられてよかった」
「何だっけ?航空運行なんちゃら?ハハ、あれはよかった。そらミンチョル、ボーナス10万お前の分だ」
「え?」
「あいつらから60万巻き上げたろ。入院費30万で、残り30万は俺とお前とテジュンさんで山分けだ」
「イナ、やるなあ。テジュンさんにいつ渡したの?」
「あの人は固い人だから受け取らないと思って、カバンの中に滑り込ませといた」
「なるほど、完璧だ。どうせなら、もっと取ればよかったか」
「山を仕掛けるにはよほどの大物じゃないかぎり無理はしない方がいいんだ」
「さすがギャンブラー、手堅い」
「さあ帰るぞ!」
復帰
「ウシク、どうしたの?にやにやして」
「スヒョンさん、わかってるでしょ」
「イナから帰ってくるって電話があったんだね。君も肩の荷がおりる」
「チーフ、イナさんの不在に加えあの3人組ですから」
「昨日注意はしておいたよ」
「ありがとうございます」
「君は裏表のないいい人間だね」
「は?」
「ウシク大変だ!」
「どうしたテジン!」
「侵入者だ!」
「え?」
「兄さん!どこに隠れてるの!」
「あっちゃー、来ちゃった…」
「ウシクさん兄さんはどこ!」
「出張ですよ。奥さんに連絡しましたけど」
「ホストが出張なんてあるはずない!出張ホストならともかく」
「たまにあるんです、会議とか視察とか」
「何の会議?」
「もう帰ってくる頃です」
「3日間もヨンスさんをほっぽり出して信じられない!どうなってるんだ」
「ソンジェさん、私のことはいいの」
『奥さんも来てる!』
「よくないよ、心配ばっかりかけて!もう許せない!」
「もう戻りますから落ち着いて、ね」
「おーっす、ただいま!」
「ほら…ね!」『タイミングよすぎ、まずい!』
「ミンチョルが戻ったぞ、おーい、みんな!おーいい!」
「イナさん、ちょっと、そこ…」
「ってば、ソンジェさん、奥さんも?」『いきなりかあ!』
「やあ、ただいま」
「兄さん!」
「う…ソ…ンジェ?」『いきなりだな』
「あなた!」
「ヨンスさ…ヨンス」
「どこ行ってたの、心配かけて!」
「ちょっと仕事で…」
「嘘だ、3日も連絡なしで仕事だなんて!何してたの!」
「何もない、忙しくて」
「おはよーっす!あっ!ミンチョルさん!すんません!
俺のせいで…落っこちたと聞いた時には、まじで食欲なくなったんす!」
「黙れ、テプン!」
「イナさんだってビビッてたじゃないすか。でもよかった!幽霊じゃないっすよね」
「いいから黙れ!」
「落ちたって何?幽霊って?兄さん!やっぱり何か隠してるね!」
「何でもない」
「わ!ソンジェさんいたんすか?あちゃー!」
「テプンさん、兄さんが落ちたってどういうこと?」
「あ…い…う…えお」
「よせ、ソンジェ」
「じゃあ兄さん説明してよ」
「大した事じゃない」
「兄さんはいつもそうだ。自分ひとりで勝手な真似してヨンスさんに心配ばかりかけて!」
「何でもないと言ってる」
「そうやって僕を無視する態度、いい加減にしてほしい。家族でしょ!」
「大声を出すな」
「だったら何してたの!答えによっては僕にも考えがある。あの家にヨンスさんひとり置いておけない!」
『土曜日の放送見て思い出したんだ!あの24時間さえなければ』
「ミンジがいるだろう」
「ミンジは妹だ、夫じゃない!何があっても離さないって約束したのに!」
『そんな約束してたか…なかったことにしたい…でも今は押し切るしかない』
「いいだろう。僕は旅行の後テプンと間違えられて拉致されて、あんなことされて、あんな目にあって
こんな目にあった。意識不明だったがこうなってああなった。2日間入院していたからヨンスに連絡もできなかった」
「兄さんほんとにジェットから落ちたの?」
「聞きたかったんだろ、満足か」
「どこか怪我ないの?大丈夫なの?」
「問題ない」『ように徹夜で覚えたんじゃないか!』
「ソンジェさん、嘘をついたのは俺だ」
「イナは、ヨンスさ…ヨンスの事を思ってよけいな心配をさせまいとしたんだ」
「あなた、無事でよかった…」
「ヨンス、すまない」
「兄さん、騒いでごめん。そんな事とは考えもしなかった」
「ソンジェ、真実は時として人を傷つける、覚えておけ」『きまった!』
「悪かったよ」
「さて、話がすんだところで、ミンチョル、今日はこのまま帰ったらどうだ」
「いいのか?」
「 いいさ、スヒョンもいるし。な、ウシク」
「イナさんもいるしね」
「そう?」
「兄さんの車で来たから2人で帰って。僕はミューズに寄って行く」
「ありがとう。そうだ、ソンジェ、明日から夕飯を作りに来なくてもいいぞ」
「え?」
「これからは出勤前に僕とヨンスで夕飯を食べる事にする」
「ヨンスさんが毎日作るんじゃ大変だよ」
「僕が手伝う」
「兄さん、料理なんかできないじゃないか」『また無理なこと言い出して!』
「できないものは習えばいい、違うか」『ああ、うるさい奴!』
「そうだけど」
「きちんと食事を摂るように医者に言われた。ヨンスと2人でやってみたい」
「わかった。じゃ、週末の食事会だけにする。土日に行くから」
「そうしてくれ」『想像以上にしぶどいな』
「ヨンスさん、じゃあ土曜日にね」
「待ってるわ」
『待ってるだと!?』
「チーフ!」
「ミンチョルさん!」
「チーフ、 あのね、“#$%&'()=?"#()=%…」
『イナ、誰だ?このサルと暗いのとキザいのは。資料になかったぞ』
『すまん、俺も忘れてた。新人だ』
「君達、店に出てるの?」
「昨日からトライアルで出してます」
「僕とイナに自己紹介してくれないか」
「俺はチョンマンです。俺は物まねが得意で“#$%&'()=#…」
「名前だけでいい。黙ってくれ。次!」
「シチュンです。もてます」
「ドンジュンです。車が好きです」
「昨日は誰がついた?」
「テスです」
「テスか。スヒョン、手伝ってやってくれ」
「わかってるよ」
『スヒョン、黙っててくれよ。結構覚えるのしんどいんだから』
『わかってるよ、僕は天使のような男だよ』
「じゃ、僕はこれで。イナ、ちょっとこっち」
「ミンチョル、完璧だぞ!」
「すごく頭を動かした気がする」
「無理するなよ、あの3人の資料は明日まで揃えとく」
「ありがとう。で、問題がある」
「何?」
「家はどこ?」
「は?」
「僕の家だよ。間取りとか家具とかの説明は本にあったが、住所がなかった」
「知らん。行った事ない…」
「ヨンスは運転しないのか」
「俺の知る限りしないな」
「まいったな…」
「あなた、まだなの?」
「あ、今行く」
「お前の車2人乗りだしな」
「そうなのか!」
「ベンツSLK230だぜ」
「僕とヨンスしか乗れない…」
「あなた?」
「あ、待たせたね、行こう」
「ミンチョル…」
「何とかする、じゃ明日」
「いつも通り明日は5時に来るのか?」
「そのつもりだ」『5時出勤か』
<帰り道のミンチョルとヨンス>
「あなた、今の角を右よ」
「ヨンス、早く言ってくれないと曲がれないよ」
「ごめんなさい」
「君がカーナビ、僕が運転手、こういう遊びなんだから」
「わかってるわ、あ、今のところ左よ」
「またかい。戻るよ。僕は君のいうとおりにしか運転できないんだから、いいね」
「どうしてこんな遊びを?」
「楽しくない?カーナビごっこって言うんだ」
「?」
「僕は楽しい、少しでも長くドライヴできて、君はどう?」
「そうね。じゃもっと間違えちゃおうかしら」
「もうかなり間違えてるじゃないか」『何故曲がる前に言えないんだ!』
「今のところ右だったわ」
「またかい、ハハ。戻るよ」『いつ家に着けるんだろう…』
「なんだかあなたちょっと変わったみたい」
「そう?」『どうでもいいからきちんと道を教えてくれ!』
「のびのびしてるわ」
「そお?君もいつもより綺麗だ」
「あなたったら、あら今のところ左よ」
『ちぃ!』
繰り返す…
厨房
「テソン、いるかい?」
「ミンチョルさん、どうしました?」
「ちょっと相談があってね」
「何でしょう」
「キムチチャーハンの作り方教えてくれないか」
「キムチチャーハン?」
「ほら、昨日ヨンスと飯を作るなんて啖呵切っちゃったろ、何かしなくちゃいけなくてね」
「監視きびしいですからね」
「あいつより美味いチャーハンが作りたい」
「なるほど」『兄弟そろって気が強いからな』
「目玉焼きのせたり、海苔をのせたりなんて誰でもできる。何か違うコンセプトで」
「単純な料理ですからアレンジはいくらでもできますが、やはり基本でしょう」
「というと?」
「キムチです。テソン特製キムチをお分けしましょう。それを使えばバッチリですよ
あとご飯は炊きたてを使ってくださいね、残りご飯はだめです」
「わかった、ありがとう」
「ミンチョルさん…」
「何?」
「大丈夫なんですか?」
「テソン?もしかして君、知ってるの?ばれた…かな?」
「いえ、昨日は完璧でしたよ、ただ僕は…」
「もしかしてmayoさんていう人から?」
「ええ。でも僕は誰にも言ってませんから」
「イナの資料にあったけど、すごい情報収集力なんだってね、彼女」
「ええ、まあ。あ、来た」
「mayoさんだね、おはよう」
「○…▽…▲」
「mayoさん、僕の秘密知ってるんだって?」
「▽…▲…X…」
「いや、責めてるんじゃないんだ。大したもんだと思ってね。悪いけどしばらく内緒にしておいて
イナがオーナーに知られるのをすごく嫌がっててね。何でも妄想に暴走されるとか言ってる
テプンに知れたら最後だって。僕は覚えてないんだけど」
「$…%…&…▲…#」
「そう、ありがとう。ところで来週『生』に会うんだってね」
「#▲○▽▲&」
「いや、当たるべき人に当たったというべきだよ。楽しんでくるといい。でお願いがあるんだが
彼に僕は何とか復帰したから大丈夫だって伝えてくれないか」
「○▽▲X#X」
「ハハ、芋洗い状態だって大丈夫だよ、mayoさんの存在感があればむこうできっと見つける、心配しないで」
「▽▲X#$」
「ありがとう、頼んだよ。その日店は休みだろ。日当出すから代わりにレポも頼むよ
みんなもどんな芋洗い状態か知りたいだろう」
「▽…○…%」
「よろしく、楽しみにしてるよ。じゃ」
「ミンチョルさん、キムチ持って行ってくださいよ」
「ああ、そうだった。テソンありがとう。また相談にのってくれ。じゃ」
混沌
「ミンチョル、コーヒーだ」
「ありがとう、イナ」
「落ち着いたか」
「何とか。腹は治った」
「チーフ、チョンウォンさんが来てますけど」
「チョンウォンていうのは確か会長の息子でバカって資料に書いてあったよな」
「無視していい」
「忙しいとか何とか言って断わって…」
「やあ!ミンチョル君!」
「…」『ミンチョルクン?』
「ちょっと話がある」
「チョンウォン、後にしろ」
「あの伝言を聞いて、その後どうなったか知りたくて…じゃなくて心配で」
「伝言?何の?」
「家庭内離婚?それとも離婚調停に入った?どっち?」
「悪いが何の話だろうか」『ああ、面倒くさい…』
「だから君の弟からの伝言だよ、僕とヨンスさんはもう一度愛し合うって兄さんに伝えてくれって
あれ?聞いてない?イナ、言ったよな」
「へ?」『何か聞いたような、でも流れですっかり忘れた』
「何!ミンチョルさんはチョンソと別れるのか!」
「あんた、誰?」
「突然失礼、僕はソンジュ。金持です」
「ウシク、こちらどなた?」
「実はチーフとイナさんと旅行に行ってる時…ヨンスさん…チョンソ…ソンジェさん…
兄さんの奥さん…5年間…人違い…ブーメランっていう騒動がありまして、その御曹司なんです」
「別れる可能性大だ、そうだろ?」
「だとしたら僕の話もはかどる。弟ってこの間の奴だろ」
「君会った事あるの?弟に盗られるっていうのも辛いよね、うんうん」
「それなら僕が引き取る。チョンソでなくてもチスさんでもヨンスさんでも全然問題ない。大切にしますよ」
ミンチョル顔を覆ってソファに深く座り込む
「お前ら、ちょっと静かにしろ。ミンチョル、おい!」
『イナ静かにしててくれ、今思い出してる』『何を?』『1話から24話まで』『え!』
ミンチョル顔を上げる
「チョンウォン君、その伝言には事実でない事が含まれている。だからこの件はこれ以上議論する価値がない。忘れよう」
『ミンチョル、24話まで全部覚えたのか!』『お前が覚えろと言ったろ!』
「いや、僕は聞いたぞ!弟が顔面蒼白フクスケ状態で僕に迫ったんだからな」
「僕の記憶にある限り、あの2人は過去に一度も愛し合ったことはない
だから『もう一度』愛し合うことはできない。話は以上だ。さ、もういいだろ」『ああ、ほんとに面倒くさい』
「あれ?そうなの?」
「チョンウォン君は情報処理能力があまり高くなさそうだから、たぶん何かと混同したんだろう」『バカとはっきり言いたい』
「あんた、バカだって言われてるぞ」
「ソンジュ君、僕はそこまで言ってませんよ」『こいつの方が少しましかもしれない』
「え、そうなの?ジョーホーショリノーリョク…」
「別れないのか…僕は待ちますよ。奥さん記憶喪失ってことないですか?ソンジュお兄ちゃんとか寝言言いません?」
「言わない!」『記憶がないのはこの僕だ!バカタレ!』
「残念だ、でも何かあったらすぐ僕にお知らせを。弟に盗られるよりいいでしょ」
「ヨンスは僕の妻です。ご心配なく」『どうしてみんな道案内もろくにできない女がいいんだろう』
「さて、用件が済んだら、皆さんお引取りを。開店前で忙しいんだ」
「こっちだって、今おたくのテプンが変なの連れてきてうるさかったぞ」
「テプンとチョンマンか。あいつらはうるさいからオールインに行かせた」
「僕の所は打ち合わせ場所じゃないんだ、あんまり来ないでほしいな」
「チョンウォン君、その件に関しては申しわけない。新人が3人も入ったのでね」
「その新人で何か新しい技でも企んでるのか?」
「え?」
「いや、何でもない」
「ここはホストがたくさんいていいなあ」
「あんたもすごいクラブ開いたじゃないか」
「設備はすごいんだが、人手がない。僕とチャン理事と絵描きしかいないんだ。なぜか客が来ない」
「あんなに広いのに?」
「スカスカだ。スケートリンクとメリーゴーラウンドはいつでも貸切できる。シンデレラと王子様の格好で乗れるんだぞ」
「僕は白いタイツ履きたくない!」
「確かにあんたには似合わない…クク」
「失礼な奴だ」
「チョンウォンとそちらのソンジュさんでしたっけ、用がすんだら帰ってくださいよ」
「いや、僕はまだミンチョルさんに用事があるんだ。ミラさんに御曹司修行をしてこいと言われてる」
「ミラさん?」
「別名ミミさん」
「ああ…へび女」
「ソンジュ君、申しわけないが僕はもう御曹司ではないので、力にはなれない。じゃ、そういう事で」
「そんなつれない。でも元御曹司だろ、その頭良さそうな喋り方ちょっと真似してみようかな。ハハッ!」
「僕は昔からこういう喋り方なんだ」『頭良さそうじゃなくて良いんだ。IQ155!』
「それそれ、その冷たい言い方、クールだなあ」
『イナ、何だか頭痛がしてきた』『え!そりゃまずい』『昨日あまり寝てないんだ』『え?』『家に着いたら12時回ってた』
『何で?6時前にはここを出たろう』『ああ、その事はもう思い出したくない…ああ…』
「おい、ミンチョル!しっかりしろ!」
「あらら、失神しちゃったの。元御曹司」
「イナさん、お客さんですけど。あれチーフどうしました?」
「え、誰?」
「イナさん、来ちゃった、ふふ」
「チニさん!いやあ、さっそく来てくれたんだ」
「あら、どうしたの?そちら具合悪いの?」
「ミンチョルがちょっと具合悪くて。気を失った」
「大変!ちょっと待って、こういう時は支配人がやってたのを思い出すわね
ええと、頭を上にして、ネクタイを緩めてっと、ボタンをはずして…あと呼吸はしているみたいだからキスはしなくていいわね」
「キス!!!」
「じゃなかった、人工呼吸、ふふ。やーね、イナさん反応しちゃって」
「チニさん〜、僕もいますよん」
「あら、(お馬鹿な)チョンウォンさん。お久しぶり」
「チョンソ!!」
「え?」
「なぜ僕に黙って髪を切ったんだ!」
「あ、ごめんなさい、私お友達連れてきたのよ。チェリン時代の
ポラリスの前でばったり会ったからこっちに連れてきちゃった。ユジンよ」
「髪の短いチョンソも素敵だ!」
「私は違います」
「ミンチョル大丈夫か!」
「チニさん、オールインに来ませんか」
「あたしはオールインはもう卒業!」
「テソン、梅のお茶を!」
「チーフ!大丈夫ですか!」
「ミンチョル!」
「チョンソ!じゃなくてもいいから」
「チニさん〜」
「チョンウォン、チニさん嫌がってるだろ!」
『頼むから静かにしてくれ、僕はただ眠いだけなんだ、すっごく…』
乾杯
「イナさん、乾杯しましょう」
「そうだね、こんなにすぐきてくれるとは思わなかった。嬉しいよ。じゃ再会を祝して」
「お邪魔してもいいかな」
「ミンチョルさん、大丈夫?」
「さっきはありがとう。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「じゃ、ユジンさんも一緒に、かんぱ…」
「あ、あの僕らも!」
「おや、チョンウォン君とソンジュ君、まだいたの?」
「帰れって言ったろう。もう営業に入ったんだから」
「そんな…チニさんに会えたのに」
「僕も勉強したいな、ここの」
「隅っこの方の空いてるテーブルに行って壁と同化してろ。それなら許してやる。声はだすなよ」
「そうだね。一応僕らライバルだからあまり歓迎できないけど、その程度だったら今日は大目に見ますよ」
2人しぶしぶ壁になる…
「ではあらためて乾杯!!」
「ここってホストの方、たくさんいらっしゃるのね」
「そうですか」
「ポラリスはミニョンさんが肉体改造に走って、サンヒョク君はどうも歌手になっちゃったみたい」
「ああ、ミニョンさんすごくいい体になったそうですね。羨ましいな」
「私、モリモリは…」
「うちはみなツルツル、スベスベですよ」
「やだ!イナさんたら!スベスベだなんてぇ!」
「ハハ、だってほんとだもん、な、ミンチョル」
「ええ、まあ。ちょっとサイズにばらつきがありますけど」
『ミンチョル、チニさんと2人になりたい、なりたい、なりたい!!』
『わかったよ』
「ユジンさんは僕の知リ合いに似ている」『…のであまり手を出したくない』「ここは初めて?」
「ええ」
「じゃあ、楽しんで下さい。うちのベストを紹介しましょう。スヒョン、今空いてる?」
「もちろん」
「こちら、ユジンさん。いつもポラリスにいらしているようなんだが、ここは初めてだそうだ。お相手して」
「了解。スヒョンです。よろしく」
「こんにちは、ユジンです」
「キスしましょうか」
「え?あら…あ…んん…」
『スヒョンの奴、いきなり吸い付いた!』
「さ、ご挨拶がすんだところで、あちらの席に移りましょうか」
「ええ…」
「スキー場のことも、タートルネックのことも、マフラーのこともみんな忘れさせてあげる。僕と来て」
「はい」
『見事だ。キスのテクは僕と同じくらいかな』
『僕はミンチョルより進化してるよ』
『でも粘着性は僕のほうが高い』
『なるほど』
『ミンチョル、スヒョン、サンキュー!』
『がんばれよ!イナ』
壁のふたり
『み、見ましたか、今の』
『ここはいきなり客に吸い付いていいのか!』
『なら僕もやってみよう。デヘデヘ…』
『メリーゴーラウンドにキスコ-―ナーを設けよう。ちょっとメモして…』
「君達!」
「ミンチョルさん…」
「メモは困るな。ご招待のファンミじゃないんだからレポート用紙持込はだめだよ
覚えたい事があるなら暗記して。さ、それはこっちに」
「厳しいな」
「見学だけでも随分譲歩しているんだ」
「わかったよ」
「ありがとう」『このレポート用紙はmayoさんにあげよう。だいぶ手持ちのを使ってしまったようだから』
「あ、あのミンチョルさん」
「おや、君は…ドンジュン君、だったね」
「ご、ご相談があります!」
「どうしたの、涙ぐんで」
「え、え、え!」
「こら、店で泣くやつがいるか、ちょっとこっち来て」
「す、すみません」