荒れる最終日
いよいよ最後の日になった
僕はチスさんに起こされた。チスさんはものすごく不思議そうな顔で僕を見ていた
「イ、イナはどこに?」
「ああ、イナと入れ替わりました」
「な、なんで?」
「今日は僕、テス君と親睦を深めたいんで。ああ、チョンエさん、はい、あまり汚さないでくださいね。丁寧に、大事に扱ってくださいね」
「…あ、ああっきゃあああっかわいいっありがとうこんなに朝早くから届けてくれるなんてぇ」
「そのかわりテスく…」
「おはようチョンエ、お義父さんおはよう。…ミ、ミンチョルさん…なんですか?こんなに早く」
「…いや、その、ミソチョルを…」
「…それにしても早すぎませんか?」
「あ…でも…そのっ」
「テス、行ってきていいわよ。半日付き合ってあげたらきっと満足するでしょ?」
「…わかったよ…。ミンチョルさん、着替えますから、出ててください」
「あ、うん、僕も着替えてくるよ」
僕はドキドキしながら、ちょっとミソチョルちゃんのことが心配だけど…とにかく着替えに戻った
朝食を終え、遊園地に繰り出すと、昨日よりも騒がしい
なんだかパレードをしているようだ
サンバ調のリズムが流れている
でもそれにしては山車みたいなものが見当たらないな
まあいい
僕はテス君と、まずは記念のプリクラを撮ることにした
テス君は恥ずかしがっているけど、僕はテス君と肩を組んでポーズを取った
「はあ〜い」カシャ!
え?「はあい?」
「び〜っぐさぁぷらぁいずふぉ〜ゆうううううっうふ〜ん」
バンバラバンバラバンバラバンバラ
え?
「今日一日楽しみましょうねえん」
「へーい、ぼーいず!ノってるかーい?」
「はーい。マイケルでぇす。おぅっナイスプリク〜ラ。5人で仲良く写りま〜したっ」
「次に行きましょう」
「おー」「いえー」
バンバラバンバラバンバラバンバラ…
な、なんだ?
なんだったんだ?
僕はきょとんとしているテス君(食べちゃいたいくらいかわいいっ)と顔を見合わせ、今の出来事を反芻していた…
テス、驚愕す
ミンチョルさんにせがまれて、プリクラを撮っていたら、突然、三人が入ってきた
最初誰だかわかんなかったけど、後ろ姿で『トリオ・ザ・デラルス』だとわかった
(えへっ多分みんなこの名前覚えてないだろうな。ミンチョルさんに言ったら「なんだそれは」って目を真ん丸にしてた。少し可愛く見えた。)
それで、もう一枚とり直そうって言うから、仕方なくポーズを取っていたら、また邪魔が入った
ダンボール箱が来たんだ!
テプンさんだった
え?テプンさん?なんで?
テプンさんは、僕たちを見ると何も言わずにダンボールを被りなおして走っていった
ミンチョルさんはぶんむくれ
仕方ないので、もう一枚撮った
やっとミンチョルさんの機嫌が直った。でも出来上がったプリクラを見直してまた暗くなった
何が気に入らないのかわからない
僕は、乗り物に乗りましょうと誘ってミンチョルさんの肘を掴んで引っ張った
ミンチョルさんは、なんだか嬉しそうにしている。…へんな人だ、ほんとに…
帰ったらしばらくBHCのヘルプを断ろう!
ミンチョルの嘆き
何ということだ!テス君とのせっかくの思い出を…
最初はあの三馬鹿トリオのせいで台無しに…二枚目は、馬鹿テプンが台無しに…(それにしてもなぜテプンまでここに?)
そして最後のショットは、二人の笑顔が楽しげで素晴らしいというのに、よりによってフレームの模様が…
カエルだった…
くそっ
だが、テス君は、落ち込んでいる僕の手を握って「乗り物に乗りましょう」と誘ってくれたんだ
え?テス君は『肘』と言ってるって?
そうだったかもしれない
大差はないだろう。手も肘も…。同じ『腕の一部』だろう!違うか!そうだろう!
僕はテス君についていった。何に乗りたいのかな?ワクワクするな
「ここに並びましょう」
そういって並んだのは、ジェットコースターだった
「え?これに乗りたいの?」
「そうです」
「ジェットコースターか…セットが乱れるからなぁ…」
僕がそういうとテス君は少し悲しそうな顔をしてこう言った
「昨日…チョンエと乗ろうと思ってたのに、チョンエが嫌がったんで、僕、乗りたかったんだけどな…」
そんな悲しそうな顔を見せられたら、嫌なんていえないぢゃないか!よし、乗ろう。たとえ前髪がぐちゃぐちゃになっても、テス君のためなら構わないよ
一瞬でもためらった僕を許してくれ
僕はそう言って列にならんだ
しかし、僕たちの前に、あの、三馬鹿トリオがいたのだ
…
「あ〜ら、ミンチョル君、あなたもエキサイティングな体験をするのぉ?」
「…はい。ところでミミさんたちは一体いついらしたんですか?」
「ほほほ。昨日の夜中よ。ジェットを飛ばしてきたの。ねーみなさん」
「そうじゃ。スリリングな体験ができた。わしはこれで寿命が10年延びたわい」
「私も、過去最高の体験でした。上空から見た夜景は、ゴージャス&ビューティホーで、それはまさに、ミミさん、あなたのように神秘的で美しかった」
「まあっお上手だこと。ほほほほほ」
「なんにせよ、三人で空を飛べたことは、わしの人生においても最高の出来事じゃった。わしはこの日を忘れん
わしら三人の固い友情と、そしてあの美しい夜景をな。はっはっはっ」
「会長。私も生涯あの瞬間を忘れないことでしょう。今までの人生が誠に恥ずかしく感じました
…そうそう、私、思うのですが、あのイベントの時、出会ったあの『マツケン』という人物
あの人物がもし、我が国に住まわれておるならば、ぜひ我々の仲間になっていただきたいと…」
「おお、それはいいな。しかしあの方は、ニホンに住んでおられよう?」
「そうです。少し会話を交わしたところ、ニホンで演劇活動などなさっており、年末にはコーハクというものに初出場されるそうです」
「コーハク?セナちゃんが出るって言ってた番組ね?あらあん。私も出場したいわぁ〜」
「はっはっはっ。ミミさんが出られたら、わしらもバックダンサーとして出させてくだされい」
「そう言えばミンチョル君、あなたも出るんじゃなくて?」
「…は。いや、わかりません。知りません。あの…それよりも…空を飛んだ…というのは…」
「はっはっはっ。ナイトダイビングじゃよ」
「そうよぉ。真っ暗な夜空、眼下に広がる点々とした灯りに向かって、身を投げ出し、落下するの」
「そして、タイミングを合わせ、パラシュートを開く…でしたな?」
「はっはっはっ。落下の恐怖、そして至福の時間。今思い出してもジーンとするわい」
「その…、飛行機から、落ちたと?」
「飛び出したのよ!」
「…その…ヘッドライトかなにか着けてらした?」
「そうだよ」
「…夜中って12時頃?」
「そうじゃ!まさに午前0時のダイビングじゃった!」
『ああ…あれはこいつらだったのか…』
謎が解けた
「で、どこに落ちたんですか?」
「はっはっは。人を雷みたいに言いおる」
「落ちたんじゃなくて、着地したのよ。あの樹海の真っ只中よ」
「えっ…あの森ですか?あそこは、深い樹海で迷い込むと生きて帰れないって噂を聞きましたが…」
「ほお〜全く楽勝じゃったが。のぉ、マイケル君」
「…危険な野生動物が出るとも聞きました…」
「ヘビがいたわね」
「蛇ですか?大丈夫でしたか?」
「ちょっとびっくりしたんだけど、怖じ気づいちゃいけないと思って、じっと見つめていたら、逃げてったわ。あと狼みたいな獣も見かけたわ」
「狼らしき物は、私が見栄を切ったらしっぽを巻いて逃げましたな」
「そうじゃった。お二人は素晴らしかった」
「何をおっしゃいます。会長だって、あのコウモリの大群を一喝でバサバサと落としましたぞ」
「おお、ワシが一言『たわけもの』と言ったら、落ちよったのぅ」
「さすがです、会長わっはっはっはっ」
…獣だって逃げたくなるだろうな。こいつらからは
「そうそう、あのオモシロイテプン君も荷物と一緒に乗ってきたのよ」
「荷物?」
「そう。ダンボール被ってたから、捕まえて乗せてきたの」
「…捕まえて?」
「そう」
『どうやって捕まえたんだろう…』
「おおミミさん、わしらの番じゃよ、さあ、ミンチョル君たちも乗り給え」
「…いや、僕たちは次にしますよ」
「ミンチョルさん、時間が無いですから乗りましょうよ」
「え?そうなのか?じゃあ、しかたないな、乗ろう」
僕たちは、トファンの後に続いた
先頭にヤン・ミミとマイケルが
二番目にトファンと僕が…
三番目にテス君が、一人で乗った…
なぜだっなぜ僕はトファンと並んで乗らなくてはならないんだっ
テス君もテス君だ
なぜ一人で乗るんだっ。僕と並んでいたんだろう!どうして僕を君の横に座らせてくれないんだっ
僕は、座ってからその事に気づき、席を後に替えて貰おうと立ちあがった
すると係員の人に
「危ないですから、立ち上がらないでください」
と怒られ、後のテス君にも
「ミンチョルさん、怖いんですか?」
と言われ、そのうちに安全装置が僕の頭にあたり、それを係員が僕に嵌め、そして、スタートしてしまった
僕は、叫んだ
こんなはずじゃなーい!
荒れ狂う最終日
散々な目にあった
ジェットコースターをやっとのことで降りた僕は、後のテス君を振り返りもう一度乗ろう!と言ったが、テス君は嫌だという
…
テス君は、このごろワガママだ。とっても…(でもそんな強気なところがゾクゾクする)
出口近くに、写真があった
「今お乗り頂いたコースターの記念写真でぇす。一枚1000円ですよ。いかがですか?」
ちょっと見てみた
誰だ?これ
デコっぱちの、口のでかい、歯を丸出しにした男…
その隣には、パンチパーマの獅子…。え?
後にテス君がいる…
と言うことは…この…歯、丸出しの男は…ぼく?
…
…
テスの観察記録
ミンチョルさんが写真の前で立ち止まって真っ青になっている
見てみると、とてもミンチョルさんとは思えないくらい乱れた前髪(と顔)のミンチョルさんが写っている
ワナワナと震えている
どうも自分だと認めたくないようだ
僕の写りは…あ…普通だ。えへっ。うれしそうな僕、えへっ
ミンチョルさんが凍り付いていると、デラルスの三人がやってきて
「アタシ記念に頂くわぁ。あらぁ、ミンチョル君、オールバックで笑顔満開じゃない?か〜わい〜いうふっ」
「どれどれ、ほほう、ワシの顔もかなり男らしい顔に写っておる。おお、ミミさん、あなたの髪が後になびいて、まるでアフロディーテのようですな。ワシも買おう!」
「私の写りはいかがですか?」
「おお、マイケル君。このカッと見開いた目が迫力があってなかなか素晴らしいぞ」
「おおっ、これはいい。ミミさん、両手を離して乗っておられたのか?素晴らしい。実に素晴らしい写真だ。これは私がお二人にプレゼントしたい!」
「何を言うかね、マイケル君。この三人の中でワシが一番年上じゃ。是非ワシにプレゼントさせてくれい」
「まあっ、だめよ。私たち三人の中ではそんな事はダメ。ちゃんと一人ずつ、支払いましょう。それがデラルスのルールよ!」
「ミ、ミミさん…しかし…」
「だ〜め。お二人は私の真実のお友達なのよ。なんの遠慮もなく、貸し借りもない仲でいたいわ。ね。一人一人自分の分を払いましょう」
「ミミさん、あなたはなんと高潔で公正な人格なのだろう…。私はお二人と居ると、ますます自分が小さく見え
なおかつお二人に近づけるよう一層の努力をしなくてはと、身が引き締まるのです。ありがとう。ありがとう、会長、ミミさん」
「ワシの方こそ、マイケル君の斬新なアイディアに触発されて、日々若返っておるのじゃ。これからも良い友として末永く付き合ってくれい」
「そうよ。マイケルさん。あなたのセンスは抜群なのよ。アタクシ、あなたとお知り合いになれてどれほど人生が豊かになったか…
アタクシの方こそこれからもよろしくね。もちろん会長もよ」
「うむ。ミミさん。わしら、ずっと『トリオ・ザ・デラルス』として世の人々に元気を与えていきましょうな」
「ええ。アタクシもこんなに気分のいい三人組でいられて、光栄よ」
と、友情の会話を交わしていた
ミンチョルさんはまだ青ざめている
するとそこにホテルの人が何か持ってきた
青ざめたミンチョルさんはそれをじっと見つめると、急に笑顔になった
「どこへ行きたい?」
何が?!
「ランチボックスを頼んであるんだ。どこで食べたい?」
…。なんだこれ。『大切な人と…』
「あのー、オクサマと行けばいいんじゃぁ…」
「だめだ!君のために用意してもらったんだ!」
「…」
えー?岬の修道院って…風の強いとこでしょ?ティーサロンって…お花って…興味あんまりないしぃ…恋人のこみ…
恋人?!冗談じゃないっ!ダメっ
サロンヴィクトリー…ああ…あの、僕の行った旅の、あのへんなビルだ。嫌だ!
広場メリーゴーラウンド…あ、ここならチョンエと合流できるかもしれないな
ここでいいや。人目も多そうだし
「え?メリーゴーランドぉ?」
不満そうだな。他は絶対いやだぞ!
「この恋人の小径なんてロマンチックだよ」
「遠すぎます!それに男二人でそんな道でメシ食って恋人の邪魔する気ですか?!」
「え?邪魔…って…僕たちが…こいび」
「とにかく!メリーゴーランドがいいですっ!」
僕はこのランチタイムさえ終れば、お土産を買って帰れるんだと思い、必死で我慢しているんだぞ!
そんなへんなところに連れて行かれたくない!プンっ
ミンチョルさんは、ものすごくわかりやすくガックリうなだれていた。フンっ
ミンチョルの策略は…
仕方ないのでホテルの人に、メリーゴーランドの公園でランチすると伝えた
「では、一時間後にどうぞ」
あと一時間か…
何をしよう…。テス君とならバンジージャンプしてもいいなっ♪
「いやです」
…つれない
「じゃあ何する?」
「そうだなぁ…あの、タワーみたいなの。あの周りの座席に座って、てっぺんから急降下するヤツ。…ほら、前にソンジェさんとヨンスさんが乗ってたでしょ?」
テス君…なぜ知っている?
「イナさんが言ってました。ドラマ見たって」
イナ…
「あれ、乗りましょう」
「…あれも髪がみだれ」
「いやならもう僕チョンエのところに行きます!」
「わかった!行こう!」
テス君…。ひどい…
僕たちは何という名前なのかしらないが、そのソンジェとヨンスが仲良く乗ったらしい乗り物に乗った
一応隣同士だ。ふふ。安全装置がつけられ、僕たちはゆっくり上空に上がっていった
テス君を見るとニコニコしている
「ミンチョルさん、ほらっ足元みてくださいよ。こんなに高い」
そう言われたので下を見てみた
「…」
コワイ!
僕はパニックになりそうだった
チョンウォンに無理矢理させられたあの恐ろしいバンジージャンプを思い出してしまった…
「テテテ、テス君っテテテ手を握ってもいいいいいいかなっ?」
「え?何気持ち悪いこといってるんですか」
「きききき君はへへへへ平気なの?」
「え?平気って?」
「こここ怖くない?」
「高さですか?別に怖くありません」『ミンチョルさんのほうが怖いです』
「頼むっ手をっ手を握ってくれないかっ」
「ダメです。係員が言ってたでしょ?この、安全装置のとこを握っておけって。へんなとこに手を出してたら
もしかして手がふっとんじゃうかもしれませんよう〜」
「えっ…手が…ふっとぶ…」
それは…怖い。もっと怖い
そんなことをしているうちにてっぺんまできてしまったじゃないかあっ…
ガクン
と音がした
途端に急降下する僕たち
「うぎゃああああぁぁ」
…
気絶こそしなかったが、また叫びまくってしまった…
…
「あー面白かった。さ、ミンチョルさん、行きましょう。ミンチョルさん?」
「…あ…ああ…。行こう…」
僕は立ち上がろうとしてよろめいた
「ふーん。夫婦って似るもんですねぇ。ヨンスさんもこれに乗ったあと、よろめいてましたよっ。仲がいいんだなぁ〜」
テス君は、よろめく僕を助けようともしないでさっさと歩いていく。冷たい!
「テス君…きみちょっと僕に対して冷たくない?」
などと言ってみたい!
でもっ…。言えない
このごろのテス君は、強気だ。いや、このごろというより、この旅でのテス君が随分強気なんだ!
やはり『家族』で来ているからか?
ならば僕だって『家族』で来ている!望んだわけではないがな!
同じ立場のはずだ!なのになぜテス君はああまで強気なんだ?合点がいかない。可愛らしさが半減している!それもこれもあの女のせいだ!
そういえばミソチョルちゃんは大丈夫だろうか…
またあの女の口紅責めにあってないだろうか…
あの女の安化粧のニオイがついてないだろうか…。あああ心配だ
「ミンチョルさん、オバケライドに乗りましょう!」
オバケライド?何それ?
「乗り物にのって、オバケ屋敷めぐりするみたい。チョンエはこんなの怖いからイヤって乗ってくれなくて…」
「オバケか…。女性は怖がるだろうな…」
「ね、面白そうでしょ?乗りましょう」
「…」
オバケ出る→意外と怖かったりする→テス君、泣き叫ぶ→僕に抱きつく→僕を頼り、尊敬してくれる→前以上に親しい間柄となる…よしっ
「乗ろう!君、僕の隣に座るんだよね?」
「ええ、これは二人ないし三人座席ですから」
『三人?…まさかまた邪魔が入るんじゃ…』
「さあ、乗りましょう、ミンチョルさんっ」
「ああ、乗ろう、テス君っ」
幸い、邪魔者は現れなかった。ウレシイ。今日初めてものすごく嬉しい
テス君と僕は、オバケライドの座席に仲良く座った。いつ抱きつかれてもいいように、僕はテス君の方へほんの少し体を開いておいた
「ぎゃーーーつぎょわーーーつひいいいっ」
前の座席の客がものすごい悲鳴をあげている。そんなに怖いのか?
「前の人、うるさいですね。確かに気味悪いけど、それほど怖がる必要もないでしょう?」
テス君が少し興ざめした顔で呟く
ああ…冷静なテス君の横顔が…カワイイ…
僕はテス君の横顔に見とれていた
すると、その後ろに不気味な顔が浮かんで消えた!
「テテッテステステスッ」
「?」
「テステス君っ君のそのっ横にっ恐ろしい顔がっ」
「?ああ…仕掛け人形か仕掛けの映像ですよ。ミンチョルさん、怖いんですか?」
「…しかし仕掛け人形にしてはっ…動きが変だった」
「はあ?どう変なんです?」
「なんだか…踊っていたような…」
「そりゃあオバケ屋敷なんだから、驚かすためにはへんな動きだってしますよ。ほら、回転しますよ」
座席が回転しはじめた。前の客はずーっと叫びまくっている。どこかで聞いたことのある声だ…
くるくるまわる座席。テス君は大喜びだ
テス君ってこんなに元気ハツラツだったか?いつも臆病そうに店のすみで震えてたのに…
「テス君、随分明るくなったね」
「え?そうですか?」
「オバケ、怖くないの?」
「僕ね、あの旅で…ほら、一人旅のとき…あれで怖いこと全部体験したような気がします。だからへっちゃらですよ。へへっ」
「…そう…」
強くなったテス君は…確かに魅力的だけど…僕から遠のいて行きそうで寂しい…
ほーっほほほほほほほっ。わっはっはっはっは。わはははわははははわはははは
なんだっ。この笑い声。また仕掛けか?フンっ驚かないぞ!
そう思っていたら、突然テス君が僕の太股に手を置いた
「ひっ」
「ミ、ミンチョルさん。この声はなんですか?仕掛けじゃないですよ、これ。…なんだか腹黒い悪魔の声みたいですっ…」
「なっ何を言ってるんだてっテス君っ悪魔なんているいるいるわけないじゃないかっはははっ」
僕は、太股に置かれたテス君の手に緊張してしまって、引きつったように言った
するとテス君は、僕の瞳をマジマジと覗き込んで(ああっそんなに見つめないでくれたまえ。僕は、自分が見つめるのは得意だが
人から見つめられるとどうしていいのかわからないんだっ)こう言った
「声が震えてますね、ミンチョルさん。ミンチョルさんも感じてるんだ」
『ああ感じてるともっ君の手をっ』
「悪霊でしょうか?」
「あ…悪霊?」
「ほら、なんだかオバケ人形の間をうごめく悪霊の気配がしませんか?」
「え?」
テス君が視線を向けた方を見てみた。確かに、オバケ人形とは全く違う動きをする物体がいる
「うぎゃああああああっ」
また前の客が叫んだ
ささささっ
僕の横で音がした
どんっ
何かがぶつかった様だ
ガンガン、どすっさささっ
異様な音がして、僕たちの乗っている座席が揺れる
テス君と僕は、あまりの恐怖に声も出せず、ただお互いの腕を掴みあって周りを探った
うふふふふふ…
「暗闇でもイイ男ねミンチョル君」
は?
「わしも若いころは君のようじゃったぞ」
…
「きみに僕のワードローブの一部をプレゼントしたい」
これは…。もしや…
「あ〜らだめよ、マイケルさんのお衣装じゃミンチョル君には長すぎてよっ」
「そうでしたな」
「わあっはっはっはっ」
『デラルス』
「ミンチョルさん。悪霊以上にすごい人たちでしたね」
正体が解った途端、掴んでいた僕の腕をパッと離したテス君
ドライだ…
でも僕はまだ掴み続けていたけどね。フフ
「み、みなさんはここで一体何を?」
「ほほほほっ驚かしボランティアよっ」
「ボランティア?」
「そうじゃよ。わしら世のため人のためになることを一日一回しようと決めてな」
「一日一善ですよ。そして人々を幸せにしようと」
「そうなの。ほほほほ」
「…は、はあ…」
「しかし、前の席の男、ミミさんが何か言っただけでがっくり下を向きおったな」
「…会長〜ごめんなさあい…あれ、チョンウォン君でしたの…」
「なんじゃと?チョンウォン?…ああ…情けない奴じゃ…まったく度胸のない奴じゃ!」
…チョンウォンだったのか。それであんなに叫んでいたのか…
だがどうでもいいけれど、こいつらなぜ僕たちの座席にへばりついているんだろう…
「ほほほ、これ、筋肉トレーニングに丁度よくてよ」
「そうじゃな、上腕二等筋と腹筋に効くようじゃな」
「ほんとうに。たのしいですなぁ。人様の役に立てる上に我々の体も鍛えられる!」
「「「ほっはっはっ。一石二鳥!ほっはっほっはっほっはっはっ」」」
僕たちの座席は、そのまま『悪霊』をくっつけて、出口近くまできた
出口付近にくるとようやく『悪霊』は、ぱっと離れた
ほほほほほ。はははは。わははははは
高笑いだけを残して…
だからっ!なぜっ!僕はあいつらにっ!つきまとわれるんだっ!くうううっ
まだまだ荒れる?最終日
あの三馬鹿トリオめ!二度と顔を見たくない!
そう怒っているとテス君が冷たい視線で僕の方を見ている
なぜそんな冷たい目で僕を見る?
「ん?」
僕は微笑みながらテス君に、顔中で聞いてみた
「『デラルス』のお三方は、そりゃたまには人の迷惑になったりもするでしょうけど、でも、基本的に楽しい三人組じゃないですか!」
何を怒ってるんだ?テス君…(怒った顔もゾクゾクする)
「少なくとも、僕は迷惑かけられてません。むしろ助けて貰ってるくらいです!」
「ほお?何が助けになっているんだ?」『聞きたい』
「あのお三方がいなければ、ぼ、僕は…僕は…」
「なんだね?」
僕は俯いて真っ赤になっているテス君をじっと見つめた
「…言えません…」
「なぜ?なぜ言えない?」
「…人を傷つけるから…」
「人?」『ははーん、あの女の事だな?』
「とにかく、あのお三方の事を悪く言わないでください!そりゃあ、一人一人だとアクの強い、イヤな感じのする、どちらかというと『悪人』ですけど
あの方たちが三人集まって『デラルス』になると、その『アク』も『悪』も、消えちゃうんですよ!不思議なことに!でしょ?」
「…」
「僕は『デラルス』の友情に満ちた会話を聞いていると、心が熱くなります。だって、三人とも、お互いに心から誉めあってるんだ
誰かさんのように、心のない上っ面な言葉だけ並べ立てるなんてしないんだ」
「上っ面な言葉を並べる奴がいるのか?」『誰だ』
「…。ええ。時々…。僕は、知ってます」
「悪い奴だな、そいつは」
「…」
「どうした?黙り込んで」
「…とにかく、『デラルス』は、三人になって、お互いの長所を伸ばし、それぞれの短所を改め、日々精進し、人生をエンジョイしてるんですよ
だから…悪く言わないでください…。お願いします」
どうしたんだ。テス君。三馬鹿トリオにそんなにも入れ込むなんて
まあいい。テス君の機嫌を損ねないようにしなくては
「そうだテス君。そろそろお昼だし、予約した場所へ行こうか」
「…は…はい…」
テス君は、熱く語ったからなのか、少し青ざめた顔をして、震えていた
抱きしめてあげようかな
テス、もう少しの辛抱
だんだん我慢できなくなってきた
お昼ご飯をメリーゴーラウンドの広場公園で食べたらオワリだ
ミンチョルさんと会うのは、BHCのヘルプの時だけでいい
チーフのミンチョルさんは、尊敬してるし、かっこいいと思う。でも、最近、店以外で会うミンチョルさんは…
『上っつらの言葉…』を時々言うのは、ミンチョルさんなのに、気づいてないのかな?
ほら、お店にくるお客さんだとか、それから、ヨンス奥さんとかにも言ってるじゃん、心のこもらない言葉…
まあいいや。最後の試練だ。今年いっぱい、絶対BHCのヘルプには行かないからなっ!
あっ、またヤラシイ目で僕を見つめてる
スキあらば抱きつこうとしてるみたいで怖い
ほらっ腕を組んできたっ
もちろんふりはらったよ
僕はとっとと進んでいった。すると前からダンボールを被ったテプンさんがやってきたんだ
邪魔者?
テス君は何をプリプリしてるんだろう。ちょっと腕を組もうとしただけなのに、振り払われた。…
きっとおなかがすいてるんだろう
先に行くテス君の前から、サイコロオバケが…あ、違う、ダンボール被ったテプンが来た
通り過ぎろよ。邪魔するなよ
「チーフ」
…。やはり邪魔するか…
「頼みがある」
「ちょっと待て。テス君、待ってくれたまえ」
テス君は、怖い顔で僕を睨んで(なぜ睨む?ああ、テプンを睨んでいるのだな)たちどまった
「なんだテプン」
「そのスーツでいいから貸してくれ」
「…。はあ?」
「頼む」
「…まず、理由を言え。手短にな。あと30分で現場に行かなくてはいけないんだから」
「現場?ならオレだって15分以内に着かないとダメなんだ。だから貸して」
「何のために?」
「式に出なきゃなんない」
「式?」
「ん。結婚式」
「…だ、誰の?」
「…姉さんと、妹の…」
テプンの兄弟は5人いて、弟と上の妹は既に結婚している。ということは、残っていたお姉さんと妹さんが結婚式をあげるのか?
「ええっここで結婚式があるのか?」
「うん」
「…なんでお前、用意してこなかったんだ?」
「…用意してる最中にさ、捕まえられて、知らないうちにここに着いてた。オレ、夢でも見てるのかと思って、歩き回ってたら兄弟たちに会ってさ」
「…オーナーになんか言ったか?」
「うん、結婚式に出る。ついでに温泉にも入りたいって」
「…そのときあの三馬鹿トリオが近くにいなかった?」
「いなかったけど、式場がここだって言ったら、オーナーだれかに電話してたな。それで…」
「拉致されて連れてこられたのか…」
「まあいいんだ。とにかく、二組合同結婚式だからさ」
「…ホテルの人に頼めばいいじゃないか、貸衣装があるだろう。なくても用意してくれるだろう。ここの総支配人は親切そうだぞ」
「…そうか、考えつかなかった。でももう遅い。あと10分だ。すぐ貸して」
「…無理だよ。どこで着替えるのさ。それに僕のスーツはアルマーニだぞ」
「頼むよチーフ」
「貸してあげてくださいっ!」
「テス君…」
「ミンチョルさん、テプンさんに服を貸してあげてよ。可哀相じゃない。用意する間もなく拉致されて連れてこられたんだよ。ひどいよ」
「テス君、ひどいと思うか?」
「ひどいです!」
「そのひどい事をしたのがあの三馬鹿トリオなんだよ」
「でもっそれはっオーナーに頼まれたからでしょ?」
「ん…まあそうだけど…」
「『デラルス』はテプンさんのために一肌脱いだだけですっ悪く言わないでって言ったのに!」
「あああ、ごめんごめん」
「テプンさんに服、貸してあげてよ」
「…わかったよ。で、どこで着替える?」
「サンキューチーフ。恩に着るよ。さ。この箱に入って」
「箱に入る?」
「そ、脱いで。スーツとネクタイとワイシャツも」
「…ワイシャツも?」
僕は言われるがままに、服を脱いでパンツ一丁になってしまった。ダンボールの中だから平気だけど
「ちょっと待ってて。おいテス、手伝ってくれ」
「はい」
「あ、おい、僕はどうなるんだよ」
「俺が着替えてくる間、そこで待っててくれ」
「は、早くしてくれよ」
「わかってる」
僕はそんな格好でダンボール箱に入っていた
5分が1時間に思えるぐらい長かった
途中で誰かに覗き込まれたらどうしよう…
そう思うと、ダンボールのふたが開かないように必死で押さえていた
「ミンチョルさん、これ、着替え」
テス君の声がした
ふたを開けて顔だけ出すと。テス君が笑った
あ…笑い顔、カワイイ…
「はい、これ着てくださいって。スーツは後日クリーニングして返すって」
「テプンは?」
「もう間に合わないからって行っちゃいましたよ」
「そうか。じゃあこれ着るよ、待ってて」
僕はテプンのTシャツとGパンをはいてみた
太いなぁ、アイツ…
あ、そういえば靴は…よかったのかな?いいか、アイツの水虫(ないかもしれんが)移っても困るしな
「ミンチョルさん、なんか…らしくないですねぇ」
テス君は笑いながら言った
「そう?たまには良くない?」
「…良くない…似合わないです、あまり」
がーん。はっきり言うな、テス君…
着替え終わってようやくメリーゴーラウンドの公園に着いた
やっとランチタイムだあっ!
ランチでデート
『ご予約席』と書かれた札。そしてかわいいピンク色の布につつまれたランチボックス…
僕はあの、総支配人(名前なんだっけな…)に感謝した
「素敵だ…」
そう言ってテス君を見ると、テス君は黙って俯いた
恥ずかしいのだな?フフ
だが、きっとあの三人組が現れるような気がする…。現れる前に食べるだけでも食べてしまおう
僕はテス君を座らせ、自分も向かい側に座り、ランチボックスを開けた
ドキドキ
どんな風になっているんだろう、ハートとミソチョルちゃんのモチーフは…
テス、最後の試練
これが終ったら、自由だ。はやく食べてしまおう。変な色の包み。何なんだ中身…
ドキドキする心臓
僕は包みを開けてみた
カードが入ってるよ…
なになに?
『大切な人との大切な時間
思い出の品々を集めた宝箱
この青空の下でお二人の愛を深めるお手伝いができて光栄です
総料理長 パク・ハ
総支配人 ハン・テジュン』
…
さっさと食べよう
ランチボックスは三段重ねになってる。こんなに食べれるもんか!
開けてみよう…
…。なんだこれ?
感動のランチボックス
ありがとう総支配人(ハン・テジュンというのだな?覚えておこう)
心のこもったカードだ。テス君も感動しているようだ
さあ、どんな風になっているんだろうか…
おお…。素晴らしい
全てがハートとミソチョルだ!
僕は興奮して、二つ目、三つ目のボックスも開けてみた
一つ目はそぼろご飯。大きなハートは桜でんぶというのかな?それで描かれている。ミソチョルのお顔は肉のそぼろで…
前髪はきんぴらゴボウで…。ケータイは卵焼きが組み込まれている…
二つ目はおかずだ
全てハートのモチーフになっているじゃないか、心憎い演出だ。かわいい
にんじんもジャガイモも、そしてお肉までハート型だ
こちらのミソチョルはミートミソチョルだ。ミートボールの変形だな?つやつやしていて素敵だ
この前髪は…ほう、春雨を揚げたものか…
脆くて壊れやすい僕のハートを表しているようだ
他に、ほうれん草のお浸し、ひじきの煮物といった、テソン得意のニホン風のおかずが入っている。テス君は気に入るかな?
それも全てハートのケース入り。きめこまかな配慮だ。恐れ入る。パク・ハさん
そして三つめはデザートのボックス
おお。ハート型に敷かれたミニバラの真ん中に立つミソチョル型のケーキ…
なんと手の込んだデザートだ
ポーズまでミソチョルと同じだ。感動。素晴らしい
カメラを持っていないのが残念だ…
食べるのがもったいない…
「よう、今からメシか?」
ん?テプン…
「結婚式に出るって言ってなかった?」
「出てるよ、ほら、あそこ。この広場公園の壁画前で人前結婚式なんだ。式だけ挙げて、入籍は後日って段取り…」
「…君、近くに行かなくていいのか?」
「…だめだよ、泣いちゃう…」
「ってもう泣いてるじゃないか」
「もっと泣いちゃう…。これで入籍なんかされたら死んじゃう…」
「ふーん。でもあっちに行っててくれ。僕たち今から食事…あっちょっと待て。君、カメラ持ってるじゃないか。ちょっと貸してくれないか」
「…いいけど、何するの?」
「この素晴らしいランチボックスを記念に撮りたいんだ」
「…そんなもの撮るってのか?俺は姉さんと妹の晴れ姿を撮るために…」
「いいじゃないか二、三枚ぐらい。スーツ貸してやったんだぞ!」
「そりゃそうだけど…一枚にしてくれよ」
「フィルム代なら出すから」
「そんな問題じゃねえよ。姉さんたちの結婚式のネガの中に、わけのわからない弁当の写真が混じっててみろよ…
オレまたパッカやユンジュに『相変わらず食い意地がはってる』って思われちゃうだろ」
「いいじゃないか!」
「なんだよ、強引だなぁチーフ…。わかったよ、じゃ、チーフも入れて一枚撮ってやるよ」
「…じ、じゃあ、テス君も一緒に…」
「へっ?」
見るとテス君は、自分の分をもう食べはじめているではないか!がーん
一緒に『いただきます』をいいたかったのに…
「わかったよ、じゃあテス、ちょっとチーフの隣にきてよ。チーフ、笑って」
僕は笑えなかった。テス君、ヒドイよ。先に食べはじめるなんて…
「おい、いいのか?そんなコワイ顔で写っても」
「あ…ああ…。この…ランチボックスを中心に写してくれたまえ…」
「はいはい。いくよ。チーズ。カシャ。はい、もういいだろ?じゃ、俺行くよ」
「あ…ああ…」
写真を撮った後、テス君はまた自分の分をワシワシと食べていた
…
ミソチョル…。いただきます…
ぐすっ…
寂しいランチタイム〜前編
僕は悲しかった。一緒に『いただきます』を言って、おかずやごはんの事を語らいながら、そして僕たちの未来の夢なども語らいながら、親交を深めようと思っていたのに…
テス君は、ワシワシと食べ続けている
時々むせている…
あ…そうか…よっぽどおなかが空いていたんだな…
それで、先に食べはじめたんだ…きっとそうだ
「テス君、美味しいかい?」
「モグモグええ、おいひいれすよ」
「そう。よかった。このデザインなんだが、何かわかるかい?」
「ヘヒャヒン?」
口一杯ほお張っているテス君は、はっきり喋れないらしい
「うん、ほら、これ。解る?」
「ひふへへふは?」
『キツネですか?』と言っているのだな?僕には解るよ、テス君
「そう。ミソチョルだ。かわいいだろう。それにこのハート。僕の今の気持ちを現しているんだ」
「へっはーほ?」
テス君は目を真ん丸にして、食べかけのランチボックスを覗いている
仕種がキュートすぎるっ!
僕は抱きしめたい衝動を押さえ、下を向いているテス君の肩に手をかけ、説明しようとテス君のランチボックスを覗き込んだ
「これがハー…」
…
僕は絶句した
ハート型にくり貫いてあった野菜や肉や、ハートのケースに入れてあったほうれん草やひじき、そしてご飯のハートも…全て半分になっている
「もぐもぐ。美味しいです。ハートだったのかぁ。へんな形だなぁとおもってたんだ。ハートだなんて気づかなかったけど、美味しいですよ」
テス君はニッコリ笑ってそう言った
でもミソチョルのラインは残してある!そうか、テス君、ミソチョルのことはカワイイと思ってくれているんだな
「やはり君もこの部分は食べにくい…いや食べるのがもったいないと思ったのか?」
「あ、このキツネの部分はあとからチョンエにあげようと思って」
…
なに?
なぜあの女に?!
「チョンエ、あのキツネのことすごく気に入ってるから、見せてあげたら喜ぶだろうし…。それにこれ、結構量が多いですよ、ミンチョルさん」
…
「そうか…」
「美味しいですから早く食べてくださいよ」
「…ああ…いただくよ…」
僕は、ショックだった
ミソチョルちゃんをあの女にあげる?信じられない
裏切りだ!
いやまて、今テス君は『見せてあげる』と言ったんだ
食べさせるとは言ってない
落ち着こう
僕はようやくランチに手をつけた
ハートのご飯。甘くで切ない味だ。おいしい
ミソチョル、ケータイをいただくよ。パクッ。おいしい。おいしいケータイだね、ミソチョル
ああ、本当はテス君にこうやって話し掛けながら食べたかったのに、テス君、いくらひもじいからって、全部(ミソチョル以外)半分ずつ一気に食べなくてもいいじゃないか…
ハートのにんじん。ぱくっ
いい味つけだ。パク・ハさん。どんな人だろうな
ハートのじゃがいも
ほくほくしてておいしい
ハートのお肉
ジューシーだ。口の中でとろけそうだ
そしてミートミソチョル…
食べるのがもったいないな。でも…耳からいくよ、ミソチョル
僕はミートミソチョルにごめんねと言ってから耳を箸で切った
『イタッ』
ミソチョルの声がしたような気がした
ぱくっ…もぐもぐもぐ『いたっいたっいたっ』
ミソチョル、ごめんね。やはり食べなければよかった…
僕は片耳食べただけで、ミートミソチョルを食べるのをやめた
ごはんのミソチョルだって、よく考えたら食べられやしない
周りのご飯とハートだけ食べた
テス君を見ると、デザートのミソチョルケーキをまじまじと見つめている
そしてボックスに仕舞った
やはりテス君も食べられないらしい
だってこのケーキはミソチョルそのものだもの…
よかった、テス君は、やっぱり優しいんだ
僕がミソチョルケーキ入りボックスを見つめていると、テプンがやってきた
「よう、紹介するよ、これ、うちの妹のユンジュとそのダンナのヒョヌ。まだ籍は入れてない!」
「お兄ちゃんったら籍に拘りすぎ!…初めましてユンジュです」
「ああ、よろしく。今日はおめでとう」
「兄がお世話になってます。ご迷惑かけてませんか?」
「いや、テプン君は、うちの店のNo,1なんですよ。」
「本当に?」
「ユンジュ、信じないのか?兄ちゃんは一番だってさっきも言ったろ!」
「でも…」
「あの、僕たち、お店のほうに遊びにいかせてもらってもいいですか?」
「ああ、いいよ」
「あの…ヤ○ザだけどいいですか?」
「ヤ○ザ?」
「シニョプ!足を洗ったってピルドゥ義兄さんと言ってたでしょ?」
「ああ、そうだった。あの、元ヤ○ザでもらいいですか?」
「…どうぞ。うちの姉妹店の方にはそういう人が働いてますから…」
「…そういう人?…で今はまっとうに?」
「…ん…まあ…まっとうといえばまっとう…」
「ちゃんとしてますよ!」
「テス君…」
「僕だってヤ○ザだったんですっ!」
「あ…そうだったね…そうとは思えないが…」
「へぇ〜そうなんですか。じゃあ、僕たちも頑張ればまっとうな人生を歩めるんだなぁ」
「そうよ。…あら失礼しました。じゃあ、これからも兄をよろしく…」
「わかりました」
綺麗な妹さんだ。婿の方は二枚目半って感じだがなぁ…
「それとこっちは姉さんだ。まだ籍は入れてない。入れさせたくない!」
「テプン…。こんにちは。弟がお世話になってます」
「いやあ、おめでとうございます」
「あ…そそそ、それ、ぼぼくが…ぼくがつくったべんとうだ」
「あ…あなたは…たしか…イベントのとき、『花の贈り方教室』で講師をしてらした…」
「パパパ…パッカです」
「姓がパクで名前がハですのよ」
「えっ…パク・ハさん…あなたがこのランチボックスを?」
「ははは…はい…」
「素晴らしい。僕は非常に感動しました。あなたは今日結婚式だというのに、僕たちのためにこんな素晴らしいお弁当を作ってくださったなんて…」
「あ…い…いいいえ…喜んで貰えてうれうれうれしいです」
「早く籍を入れて幸せにうぐぐ」
「余計な事言うなよチーフ!」
僕は、テプンに似合わず美しいお姉さんと妹さん、そしてそのお婿さんたちに次々と挨拶をした。テプンはなぜか入籍に拘っている。変なヤツだ…
それにしてもパク・ハさんがあの人だったなんて
テプンのお姉さんは、人を見る目があるのだなぁ。素晴らしい才能の持ち主と一緒になって…。どうぞおしあわせに…
挨拶を終え、席に座ると…何故かあの女がテス君の席にいた