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寂しいランチタイム〜後編

「遅くなっちゃってごめんなさい。はい。『携帯耳切りギツネ』ちゃん、返すわね」

女は僕にミソチョルちゃんを渡した
予想通り香水と安化粧のニオイがした

くそっ。ミソチョルちゃん、かわいそうに

あ、そうだ、ミソチョルちゃんに見せてあげよう。ほら、あのおじさんが作ってくれた君のケーキだよ
それとこれは君の形のミートボール。僕、食べようと思ったけど、君が痛がるような気がして食べれなくなっちゃったよ

僕がミソチョルちゃんに『ミソチョル・ランチ』を見せていると、隣であの女が(邪魔だ!)テス君にたいそう顔を近づけて(近づけすぎだ!)何事か囁いている(聞こえない!)
テス君は、僕に見せたことのないような美しい笑顔で(なぜ僕に見せない!)あの女に微笑みかけ、そしてミソチョルデザートボックスを開けた

「うわぁぁぁっかわいいいっ素敵ぃ〜。ミンチョルさん、ありがとう、私のために」
「えっ?…」
「うわぁ。凝ってるゥ、ハートのミニバラが敷いてあるわっ。ねえねえ、これ、奥様に差し上げるんでしょう?」
「えっ?…」

なぜ?そしてなに?

僕はこのランチボックスを貴様のためなどに用意したのではない!
ましてやなぜヨンスのためなどに用意するものか!

これは全てテス君のために、テス君のためだけに(いや、ミソチョルのためでもあるが…)用意したものなんだぞっ!

僕は怒鳴り散らしたい気持ちをどうにか押さえてこう言った

「…なぜ…そんな事を…おっしゃるのです?」
「だって、このミニバラのハートって、ミンチョルさんが奥様のヨンスさんにプロポーズしたときにほら…」

ヨンスにプロポーズしたとき?

あまりに遠い昔で記憶が薄れてしまっている…

『あなたは薔薇ばっかり…』『またハート?』

やわらかいが刺のあるヨンスの口調が蘇る…

ああ…そう言えば…あのスウィートルームにしつらえたハートの薔薇
その茎を踏みにじって僕は、ヨンスに求婚したんだ…。しまった!

あの時、『扉を開けるかどうかは君が決めて』というと、ヨンスは開けたんだった

あの頃、ヨンスが厚かましいだなんて微塵も思っていなかったから…
少しは躊躇うかと考えていたが、ヨンスは迷いさえしなかったな…ふっ…あの頃は…よかった…僕は…何もわかっていなかったんだ…

「ロマンチックよねぇ。それでテスにも思い出を分けてくださったのね。それに私の大好きな『携帯耳切りギツネ』ちゃんの人形まで…嬉しいわっ」
「チョンエ、これ、ケーキなんだよ」
「えっほんとう?」
「食べてごらんよ」

なにっ?テス君、今なにか残酷なことを言わなかったか?

「え〜、食べるのかわいそう〜」

そうだ、女。食べちゃかわいそうだ!

「だって食べるために作ったものだよ。一生懸命作ってくれた人に対して失礼じゃん、食べなくちゃ」

…テス君、それはわかるが、だが、それでも人は食べられない時だってあ…

ぶちっ



「はい。ケータイの部分がチョコみたいだよ。あーん」
「やーん、腕もいじゃったのぉ?かわいそう〜。ごめんねぇ〜。ぱくっ」



僕の頭は真っ白になった

「どう?美味しい?」
「すっごーーく美味しい!テスも食べてみて」

ぶちっ

「あーん」
「ぱくっ。あ、おいしい。そうだ、チョンエ、きみが喜ぶと思って半分残しておいたんだ。ほら、見て」

僕は今、起きているのだろうか、それとも眠っていて悪夢にさいなまれているのだろうか…
とにかく僕の目の前には、両腕をもぎ取られたミソチョルケーキが立っている
そして、テス君と女は、そぼろご飯のミソチョルの耳を食べ、ミートミソチョルの耳を食べ、何事か言い合い、笑い合っている

「おいしいねぇ。耳たべちゃったから三角顔だ。誰かに似てるねぇ」
「あ、ほぉんと…この顔…ヤダッ…ミンチョルさんに似てるわっ」
「あっほんとだ。そっくり〜食べにくいな。でも食べちゃえ」

急にヒソヒソ話をしだした二人
ヒソヒソ話さなくてもいいよ。僕の耳は今聞こえない
だって君たちが『耳』を食べたから…

「目、食べちゃおうよ。見られてるみたいだもん!」

あっ…目も見えにくくなった。ガラス玉になったようだ…あまりにも悲しすぎてね…

「ねえ、よく見ると口が大きいね」
「だってキツネだもん、口は大きいよ」
「そうね、食べちゃおっと」

僕は何も話せなくなったようだ。まるで口を消されたみたいだ

「この半分のハートも食べて。おいしいよ。君のために半分残しておいたんだ。あーん。これで僕たちのハートは一つにくっつきました〜」

ずきん
ハートが痛い

僕は、膝の上にいるミソチョルちゃんを撫でようとして手をあげた
いや、あげようとした

でも、手がうごかない。なぜだ?

ああ、そうか…腕ももがれてしまったんだったな…は…はは…ははは

「美味しいね、じゃ、デザートの残りも食べちゃおうよ」
「うん」
「はい、しっぽ」ぶちっ

『イテッ』

痛いね、ミソチョル…

「じゃあテスは右足ね。はい。」ぶちっ

『ひいっ』

痛いよね。僕も痛いよ、ミソチョル…

「じゃ、左足はチョンエ」ぶちっ

『ツウっ』

…ミソチョル…。手足がもぎとられたミソチョル…。可哀相に…

僕のガラス玉に、熱い涙がこみあげてきた

「チョンエ、胴と頭とどっちがいい?」
「いやぁん、頭なんてかわいそう〜」

その前に、もう、かわいそうだろう!この姿。耳の生えたダルマじゃないか!

「じゃあ、僕、胴にする」
「え〜私、頭?」
「じゃ、僕が頭でもいいの?」
「…そうね…ちょっとかわいそうだけど私頭にするわ」

ああ…

「ぱくっうまいなあ胴体」

ミソ…チョル…

『やめてぇぇ』

ミソチョ…

「ぱくっ」

『うぎゃああっさよおならああ』

ミ…

僕は、ガラス玉になった目から溢れる涙をどうすることもできなかった
ぽとぽとと落ちた涙が、膝にいるミソチョルの頬をつたった…


絶望の果て…

僕は、呆然としていた。僕の目からは涙が溢れ続けていた

「幸せになれよう〜うぉぉんうぉぉん」

遠吠えのような泣き声がする
テプンだ

結婚式が終ったようだ。テプンが僕のテーブルに走ってくる
僕は動けない。悲しすぎて動けない

「チーフ〜、ありがとう。あんたのおかげで、姉さんや妹に恥をかかせずにすんだよ〜うっうううっ」
「…」

何も言えない。だって口が消えたから…。うううん、僕自身が全部、消えちゃったんだから…ね、ミソチョルちゃん…

「…なんだよ、チーフ〜、俺にもらい泣きしてくれてんのかぁ?ううっうううっあんたって…あんたって…
冷たい男だと思ってたけどホントはすごーくいい奴なんだなぁっううううっ」
「テプンさん、ミンチョルさんはいい人ですよ、基本的には」

テス君が、僕を誉めたようだ。でも、僕の心にはもう響きはしない…

裏切り者…
テス君の裏切り者…
テス君の馬鹿!馬鹿!バカッ!

ズタズタになったぼくのハートは、もう修復不能だよ…

「あの…ミンチョルさん、どうしたんですか?結婚式みて感激したんですか?」
「…テ…ス…く…」

ピーピッピピーピーポー・バンバラバンバラバンバラバンバラ

悪魔のようなリズム
近づいてくるけたたましい笑い
とうとう…来たか…

バンバラバンバラバンバラバンッ

「はあい。テプン君、おめでとう。素敵な結婚式だったわねぇ。アタクシ感動しちゃった〜」
「わしもじゃ。もう一度結婚したくなったぞい」
「私など、まだシングルですから、未来の花嫁と君のご兄弟のように、このようなカーニバル広場で人々に祝っていただく暖かい式を夢見ましたぞっ」
「おめでとう〜。アタクシたちから、歌と踊りのプレゼントよぉん。それから、BHCご一行様にお知らせよぉん」
「お帰りの時刻となりました。お荷物は全て支度いたしました。遊園地エントランスにお車をまわしてあります
どうぞお遅れになりませぬよう、お気をつけてお帰りくださいませ。なお、当ホテル総支配人が心をこめてセレクト致しましたお土産ボックスをプレゼント致します
またのお越しをお待ちいたしております。総支配人・ハン・テジュン」
「トファン会長、アナウンスがお上手ですなぁ」
「いや、なに、なあに、わっはっはっ」
「それじゃ『トリオ・ザ・デラルス』から愛を込めて…『ドント・ストップ・ザ・ラブ・パワー』…」

三馬鹿トリオが僕の周りで歌い踊っている
テプンが僕に何か言っている
帰り?テプンはもう一泊して兄弟たちとお祝いするらしい

しろよ!すればいいだろ!

テス君がニコニコしながら話しかけてきた。でも僕の凍り付いた心は溶けないよ…。残念だ…。ミソチョルを食べちゃうなんて…
君がそんなヒドイ男だったなんて…

「ミンチョルさん、そろそろエントランスに行かないと置いてけぼりくいますよ、僕たち行きますからね」

あっ…。そっけない

落ち込んでいるのがわからないのか、テス君
もう少し粘り強く僕を励ましてくれたって…

それに、行っちゃうなんて…
手を貸してくれてもいいじゃないか、僕の腕をもぎ取ったくせに!

ん?テプン…

「なっ何をしている!」
「だってお前もう食わないんだろ?俺、式のときは胸がいっぱいでごちそう何も食えなかったんだ、今ごろになって腹がへってきてさぁ
うめえなあ、やっぱりパッカは自分が食い意地はってるだけあってうめぇよパクパク」

テプンは、僕が食べられずに残しておいたミソチョルちゃんたちを、なんのてらいもなく大きな口に運んでいった

膝の上のミソチョルちゃんは、もう痛がらない

…そうだよね。あれはミソチョルちゃんの形をした食べ物だもん。ミソチョルちゃんじゃないんだもん、ねっ…

僕の神経は、ようやく回復してきたようだ…


希望

ゆうべ遅くまで起きていたけれど、俺は9時には起きた
そしてフロントへ行ってみた

チニさんがいる
あんなに遅くまで起きていたというのに、チニさんの美しさはどうだろう…

俺は昨日の礼をいい、夜遅かったのに眠くないのか聞いてみた

「夜勤だったのよ。徹夜。もう慣れちゃって眠くないわ」
「そうか…」
「ね、イナさん、ご飯食べた?」
「いや、まだ」
「そう、丁度よかったわ。一緒に食べない?そろそろ上がるから」

わおっ。チニさんが俺を誘ってくれた

俺達は朝食を食べ、遊園地で遊び、お茶を飲んだ
もうすぐチェックアウトの時間だと言うと、俺達の帰る時刻を聞いてきた

なぜそんな事を聞くのかと言うと

「私今日から1週間ほど実家に帰るのよ」

と言う
てことは、つまり…

「父のところに帰るの。だから…その…よければ…私の車で一緒に帰らない?」

うわあおうううっ
帰る帰る帰る!

あ…でも俺、運転手なんだよね

「あら、チョンウォンさんがいるんでしょ?あの人運転ぐらいできるでしょう?」

…。まあ、できるだろうし…他の奴等だって運転できるよな…きっと…

「じゃあ、決まりね」

ふ…ふふふ…。いいのかなぁ。いいのかなぁ、俺
チニさんと二人で帰っていいのかなぁ…

俺は、一応、例のワゴン車をエントランスまで運んだ
チニさんは、チョンウォンに会いたくないから、と、少し離れた場所に車を停めている

エントランスで待っていると、チス叔父貴とテス夫妻がやってきた
あとはミンチョルとチョンウォンだけだ

遅いなぁと思っていると、フクス…ソンジェ君たちも出てきた

「やあ、イナさん。帰りですか?」
「…あ…ああ」

俺はスヨンを意識してしまった。スヨンは相変わらずシレっとした表情だ…

「僕たちも今から帰るんだ」
「え?君たち昨日きたばかりじゃないの?」
「うん、でも兄さんも帰るんでしょう?」
「ああ」
「だから帰らないと、また拗ねてひがむから…」
『拗ねてひがむ?』
「兄さんったら顔に出してないつもりらしいけど、兄さんの機嫌ぐらい、一目で解っちゃうんだよ」
「…ほ、ほお〜」
「なにせ、小さいころから兄さんには気を遣ってきたからね」
「ふ…ふうん」
「髪の毛一筋で今どういう状態か、わかるよ」
「…」
「だから僕とスヨンさんとヨンスさんは先に帰るね」
「ラブとミンジちゃんは?」
「ああ、あの二人は、今日中にはうちにつくだろうと思うよ」
「…ラブ、明日は仕事なんだけどな…大丈夫かな…」
「彼はタフだから…ねえヨンスさん」
「ええ、そうね」

ヨンスさんの方を見たら、スヨンがこっちを見ていた。どきん

「イナさん。何か善いことがあったみたいね」

えっ…

「よかったわ。あなたが幸せになってくれないと、私も幸せになれないから…」

…それはどういう意味?俺と一緒にもう一度幸せになりたいってこと…じゃないよな…。(今そんな事言われると、困るな…)

「じゃあ、お互いに幸せになりましょうね。又会う日まで…」
「あ…ああ…」

そういって三人は去っていった

その後チョンウォンがやってきた。俺はチョンウォンに車のキーを渡して一緒に帰れなくなったからお前が運転していけ
あとミンチョルが揃えば出発だと言ってやった

チョンウォンは、運転と聞いて少し顔をひきつらせたが、できないのか?と言うと怒ったように運転席に乗り込んだ

よかった

じゃあ…と言って車から離れると、チョンウォンのやつ、もう車を発車させた!

おいっミンチョルが残っているってのに…

俺はチニさんの方に言って事情を説明した

「…本当にあの人って馬鹿なのね!」

チニさんは怒ってそう言った(怒っててもかわいいな)

「一緒にミンチョルさんを捜しましょう」
「え?でも…二人っきりで帰るんじゃあ…」
「…私もそうしたかったけど、ミンチョルさんが気の毒でしょ?」
「…そうだね…」
「捜しましょう」

チニさん…

「ほら、イナさん、早く」
「あの…」
「なあに?」
「…君って…優しいね」
「…」

頬を赤らめたチニさんがかわいい

うふっうふふふっうひひひっ。やりぃっ…あ…いけね…。すぐチンピラになっちまう…

俺は長くて暗いトンネルからようやく抜け出したような気がした


大嵐

テス君たちは行ってしまった…。つれない…

テプンは僕のアルマーニを所々汚しながら兄弟たちとどこかへ消えた

僕は広場で三馬鹿トリオの歌と踊りをうつろな瞳で見ていた
ミソチョルと一緒に…

突如「バンっ」という音とともに、音楽が鳴り止み、頭上からまたあの

バンバラバンバラバンバラバンバラ…

という音がした

頭上?

見上げると、ヘリがいる

ヘリから縄梯子が投げられた
ヤン・ミミはそれを器用に受け取ると二、三段ひょいひょいと、身をくねらせるようにして登った

あの女、年の割には身が軽いようだ。…いや、まとわり付くような登りかたはなんとなく『へび』を連想させる…
やはり『人間じゃない!』

続いてマイケルが登った

上にチャイナ・ドレスのヤン・ミミがいるというのに、平気で登っていく
下から見えないのか?!恐ろしいモノが…

ぼんやりとしていると、トファンがやってきて

「さあ、君も行こう!」

と、僕の腕(ちぎられたけど)をつかんだ

「…え?行くって…」

うすぼんやりした頭でトファンを見、そう答えたが、トファンの耳には届いてないらしい
僕の腕をぐいと引っ張り、トファンは僕を立ち上がらせた

「ほら、掴まって。しっかり掴まらないと落ちるぞキミ」

おちるって…え?行くって?何?

疑問符をつけた僕を、トファンはお構い無しに縄梯子まで連れて行き、縄を握らせた

「はよう上がらんか。ワシが上がれんじゃろう!」

トファンの顔は怒った獅子のようだった
僕はミソチョルちゃんを抱いていたので片手で縄梯子をつかんでいたのだ。上にいけるわけがない

するとヘリはフワリと高度を上げた

「うおっはよう。上へいけっくそう」

トファンは焦った顔で僕の足もとの縄を掴んだ
フワフワ揺れる縄梯子に驚いて僕は咄嗟にミソチョルを放してしまった…

「ミッミソチョルウウウウウ〜」

僕は両手を離しそうになった

「ばかもん!死ぬ気か!」

トファンに怒鳴られて僕は必死で縄梯子にしがみついた

ヘリの高度はどんどん上がっていく

ミソチョルが落っこちていく

ミソチョル…ごめんよ…落ちたら痛いよね…

僕の目にまた涙が溢れた
どうしよう…ミソチョル…どうしたらいい?飛び降りようか…

その時、僕の眼下にイナと背の高い美しい女性が走ってくるのが見えた

その女性はミソチョルをナイスにキャッチした

ミソチョル!助かったね。よかった。ありがとう名も知らぬお嬢さん
あなたの事は一生忘れない

「ミンチョル〜お前そいつらと帰る気かぁ?」

イナが何か叫んでいる

「イナ〜、ミソチョルを連れて帰ってくれぇ」

僕も叫び返した

「はよう、はよう上へいかんか!君、登れないのか?!」

トファンに怒鳴られて、はっとした僕は、一生懸命縄梯子をのぼり、どうにかこうにかヘリによじ登った

「ぷはーっ、まったく、キミは若いのになんと体力のない男じゃ!情けない!野球をしていたというからもっとサッサと登れると思うておったのに!」
「会長〜、お疲れ様でしたわぁ。でも会長の縄梯子を登るお姿、とぉっても若々しくて逞しくて、それはもう素敵でしたわぁん」
「何、ミミさんこそ、あんな色っぽい姿でうまく梯子を登っていかれて、ワシはあなたのお色気に当てられて、縄を離しそうになりましたわい、はっはっはっ」
「会長、それは私のほうですよ。事前の打ち合わせ通りミミさんが登り始めたらすぐに後に続いたのですが、もう、そのミミさんのチラリズムに、私は鼻血がでそうになりましたぞ」
「あらぁん、…見・え・た?」
「ミミさん、それが、あなたの巧みなスネイク・クライミングは『見えそうで見えぬ』という、まさに男心をズギュンと突いたものでした
私、実を言いますと…見てはイケナイ見てはイカンと自分に言い聞かせてはおりましたが、つい、その
『不可抗力で見えてしまったと言えばいいじゃないか!』という悪の心が湧き、その…覗こうとしたのですが…
これが見えない!全く、ヘリにたどり着くまで、色々な角度からトライしましたが無理でした!
あなたのその技術、本当に素晴らしい。そして男心をくすぐり倒してしまうパワー。全くあなたは完璧です」
「わははは、マイケル君、それは良いモノを見せていただいたのう。羨ましい限りじゃ、しかしワシがミミさんの後に続いていたら
それこそ鼻血を出して下に落下しておったろうからなあ」
「まあっみなさんったら、イヤだわ。アタクシをそんな目で見てらしたの?」
「これはこれは、ミミさん、怒らないでください。男というもの、魅力的な美女にはまったく弱いものでして…」
「そうじゃよ、ミミさん、どうか怒りを鎮めてくだされ。哀れな男たちのヨコシマな想いを、どうか、許してくだされ
これ、この通りじゃ」
「私も、どうか許してくださいまし」

トファンとマイケルがヘビに土下座している

「まあっ嫌だわ、冗談ですのよ。お顔をあげてくださいな。もうっ。アタクシ、アメリカでショー・ビズの世界も齧ってましたの
だから、こういったセクシーな衣装でチラリズムを発揮するのは得意でしたのよ。絶対に見せませんの!
コツがあるんですわ。おほほほ」
「いやあそうでしたか。ミミさん、さすがだ。身のこなしが美しかった」
「まあ、誉めすぎですわ。引退してからもう○年も経ちますもの、ほほほほ」

これがテス君のいう、友情の会話か…
確かにこいつらの中では真実、嘘がなく、心の底からそう思って誉め合っているようだ
だが、こいつらの中だけでしか成り立たん会話だな

「それはそうと、テプン君」

テプン?

「今日の髪型はなぜミンチョル君の髪型なの?」

髪型?

「…いえ、僕は、ミンチョルですが…」
「んまあ、一日会わなかっただけなのに、冗談がうまくなったわねぇ。愉快な子だわぁ」
「いえ、僕はミンチョルです」
「…?嘘おっしゃい。ミンチョル君がこんなTシャツを着ているわけが…あら?なんだか腕と胸のあたりがダブついているわね?
それに…気のせいかしら…昨日よりおなか周りにお肉がついているようね…」

フンッほっといてくれ
昨日から食べ過ぎているんだ

「…それに、顔もちょっとフトいかしら?」
「僕はミンチョルです。結婚式にでるというからテプンにスーツを貸したんです!」
「…あら…間違えた?」
「テプンは兄弟たちともう一泊すると…」
「あらヤダ。テプン君はアタクシ達が連れて行くことになってたのよ。昨日ダンボール被ってるあの子にそう言い聞かせたのに!」
「…」
「んまあ、逃げたのね!アタクシ達とショー・タイムの研究をするはずだったのよ!」
「ショー・タイム?」
「そう。BHCでのショー・タイムよ。アタクシたちとテプン君でショー・タイムを盛り上げるの」
「は?」
「あら、オーナーの許可は取ったわ」
「なんだって?!」

あのオーナー、どこまで僕を苦しめれば気が済むんだ!そしてテプン!やはりオーナーとグルか!くそっ

僕は電話しようと思って電話を捜したが、ない
しまった。テプンの着ている背広のポケットにいれたまんまだ!

「こうなったら仕方がないわ。ミンチョル君、あなた、テプン君のかわりに付き合ってちょうだい!」
「え?」
「オーナーには連絡しておくわ。アタクシたちの秘密基地へ行くのよ!」
「ひ…ひみ…」
「ダンスを覚えていただくわ!」
「芸もな」
「演歌もじゃ」
「…い…い…いやだあああっ」

僕の頭は再び真っ白になった


いい感じ

空から落ちてきたキツネをナイスキャッチするチニさんって素敵だ

ミンチョルは何か叫んでいたけどあいつらと帰るんだな

って事は…じゃあ…

「結局二人っきりで帰ることになりそうね」
「あ…うん…いや、はい」
「うふっ…もっと気楽に喋ってよ、今はお友達の関係でしょ?」
「…あ…は…う…うん」
「このキツネ、随分汚れてるわねぇ。どうしよう」
「…持って帰れって叫んでたのかなぁ」
「…このままじゃ可哀相ね。クリーニングに出しましょうか?」
「…でもアイツ、毛並みがどーとかこーとかうるさそうだしなぁ」
「大丈夫よ、ウチのホテルなら手洗いで丁寧な仕上げができるわ。総支配人に頼んでおくわ」
「総支配人?」
「そう。会ってみる?素敵な紳士よ」
「…」
「どうしたの?」
「あ、いや」

素敵な紳士…その一言にズキンとした
どうしたんだろう俺…

俺はキツネを抱いてホテルの方に向かうチニさんの後をついていった
フロントでチニさんは、その『素敵な紳士』を呼び出した
親しげに何か喋っている。笑い合っている…

ズキン…

キツネを受け取りまた『紳士』が微笑んでいる
チニさんも優しい微笑みを返している

ズキンズキン…。なんだよ、この『ズキン』は!

はっ『紳士』が近づいてくるっ!

「先ほどはどうも、こちらはミソチョルちゃんですね?」
「は?ミソチョル?」
「…あ…お客様は、ミンチョル様ではいらっしゃらないのですか?」
「…俺…僕…私はキム・イナと申します」
「イナ様…申し訳ございません。ミンチョル様とあまりにも似ていらっしゃるので…。はじめまして。総支配人のハン・テジュンです」

…俺の方がずっとスリムなんだけど!

「ミンチョル様の大切なミソチョルちゃん、確かにお預りいたします。クリーニングでき次第、そちらの方にお届けいたしますが」
「すみません。えっと代金はミンチョルに請求してくださいますか?」
「ああ、サービス致します。ミンチョル様には特別なご注文もいただきましたし…。何よりあの方は心がお疲れのようです
ミソチョルちゃんを可愛らしく仕上げてなるべく早くお手元にお返しいたしますとお伝えください」

丁寧な人だな。それに、感じがいい。すっごくいい
こういう人がチーフだといいなぁ…

「総支配人、私彼と一緒に実家に帰るの」
「え?チニさん」
「彼は昔一緒に仕事していたのよ。とても有能な人なの」
「そうなんですか」
「今はね、ホ○トクラブのNo,1ホ○トなのよ。ね〜」
「チ、チニさん…」
「ほおおお。ホ○トクラブ」

なんだよ、馬鹿にするのか?

「あの、私も行ってみてもよろしいですか?」
「は?」
「ホテルの接客サービスのために、ちょっと参考にしたいと思いまして…」
「あら、でも少し離れたところよ」
「なに、ミソチョルちゃんを届けがてら伺えばいいだろう?」
「ホテルはどうするの?」
「オ支配人がいるから大丈夫さ」
「…そうね。イナさん、総支配人に名刺あげて。総支配人、あちらについたら私に連絡くださいね。一緒に行きましょうよ」

一緒に?!

「ああ、そうするよ。それではミソチョルちゃんをお預りいたします。失礼致します」

「ね、素敵な紳士でしょ?」
「…」
「イナさん?」
「…んぁ?あ、ああ感じのイイ人だね。…もしかしてチニさん、彼の事…好き…なの?」
「好きよ」

がーーーん

「人間としてね。うふっ」

え?人間として?

チニさんはいたずらっぽく笑っている

「上司として尊敬してるわ。そういう意味で好きよ」
「…あの、恋愛対象としては?」
「そうねぇ…でも彼には…好きな女の子がいるみたいだし…」
「…か…片思い?」
「ふふふっ…片思いってイヤなの。そういう場合は、強引に振り向かせるか、あっさり身を引くかね」
「…身を引いたの?」
「いいえ」
「…じゃあ…これから強引に振り向かせるの?」
「…なんでそんな事聞くの?」
「いいいやあ、ささ参考にしようと思って…」
「…どちらでもないわ。さあ行きましょうよ」
「どどどちらでも…ない?」
「行くわよ、イナさん」
「あ。待ってよチニさん」

振り返ったチニさんの笑顔が眩しい
どちらでもないってどういう事だろう
俺は恋愛にうといからよく飲み込めない…

えと…あれ?え?…あ…じゃああの人は『恋愛対象ではない』ってことか!

そうか!

俺が笑いかけるとチニさんはフッと笑ってこういった

「やっとわかったの?」


俺の相棒?

チーフのスーツを(所々食べこぼした)着て、兄弟たちと話をしていたら、オーナーから電話があった

「至急帰ってこい。ミンチョルが行方不明だ」
「へ?行方不明?今日帰ったんでしょ?」
「いや、帰ってきてない」
「…家に帰ってるんじゃないの?」
「家にも電話してみたが、フクス…ソンジェ君が『まったく兄さんは決められた事をなぜ守らないんだ!
こんなだったら僕たちももう一日泊ってくればよかったんだ!ねえヨンスさん』などと怒鳴り散らしていた」
「はあ…でもなんで俺が?」
「そのあとヤン・ミミから電話があり、君とミンチョルを間違えたというのだ」
「…あっ忘れてた。俺あのオバサンたちのダンスの練習に付き合うって約束してたんだ!」
「だろう、ヤン・ミミは大層怒っていたぞ。知らんぞあのヒトを怒らすと」
「…こえええっ…」
「で、ミンチョルが君の身代わりになっているそうだ」
「じゃあ行方不明じゃないじゃんか」
「…そうだな。行方不明ではない、ただ」
「ただ?」
「安否不明だ」
「…ああそう…チーフって案外ヤワだもんなぁ…すぐ涙目になる。俺みたいに泣きたいときは泣く、笑いたいときは笑う
怒りたいときは怒るってすれば発散できるのにな」
「…君は、笑ってるとき、心が泣いている…のではなかったか?」
「…そういう時もあるさ…。で?俺はどうするって?」
「店に帰ってきてくれ、とりあえず」
「え?あのオバサンたちんとこに行かなくていいのか?」
「いい。とりあえず帰ってこい」
「チーフにはキツイだろ、あの三人」
「だからだ!」
「…オーナー」
「この際ミンチョルも脱皮してもらわなければ」
「…」『へび女に預けて脱皮させるのか…』
「なっ君もそう思うだろうヒヒ」
「…あっ。オーナー…もしかして…あのオバサンにチーフの様子をビデオ撮影しておけとかなんとか頼んだだろっ」
「うっ…」
「やっぱし…」
「なぜわかる」
「…オーナーの考えてることはお見通しだよっ」
「ミ・ミンチョルには内緒にしておけよ」
「わかってるよ!そのかわりそのビデオ、俺にも回してくれよな」
「…う・うーん…」
「なんだよ、イヤなのか?」
「…いや、この会話、なんだかエロビデオを貸し借りする若者のようだと思ってなぁ…」
「何言ってんだよ。まったくヘンタイ趣味だよなぁオーナーも」
「なにっ、き、君こそ、なぜミンチョルのそんなビデオを見たいんだねっ」
「えーだって面白そうじゃん、しごかれるチーフなんてさあ。BHCのみんなで観たいくらいだぜ」
「…それもいいかもしれんなぁ…」
「…衛星中継…どう?」
「う…うむ。そうだな。設備はオリー支配人がなんとかしてくれるだろうし…」
「やるならチーフが掴まってる今のうちだぜっ」
「…」
「オーナーだけが楽しんでちゃ、ほんとのヘンタイだぜっ」
「…ううむ。口のうまい奴め…。わかった!ミンチョルが帰ってくる前にヤン・ミミに話をつける。お前も早く帰ってこい
ショー・タイムの研究ということで衛星中継であの三人の秘密基地と回線を結んでおく。お前が帰り次第、研究会を開こう!」
「そうこなくっちゃ!」

そんなことが計画されてるなんてチーフは知る由もないよな

そうだ、テス君も誘ってやろうかな?(^^;;)


災難

なんでこんな事に?

僕はダンスのレッスンを受けさせられている
ソシアルダンスはなんとかできるけれど、こいつらの踊るわけのわからない踊りを、なぜ…なぜこの僕が…やらねばならない?
本当ならテプンがやるべき事(らしい)だ!

「ほらっまたターンを間違えたわっ!ちいっ!」

恐ろしい。今にもビンタされそうだ

「ほらっステップが違うわっ。会長、もう一度やって差し上げて!」
「全く君は運動神経がないのか?よく見ておれ、ほれ、ここをこう、ここをこうこうこうじゃ」
「んまあっ素敵っ。会長さすがですわぁん」
「いやいや、ミミさんの指導がうまいからですわい」
「ほらミンチョル君、会長の真似をするんだ!」

なぜ僕が?

「僕にはできません。こんな、こんなタコ踊りっ!」
「何をほざくか!これはタコ踊りではないわっ!ぶれえくだんすという若者の踊りじゃっ!」
「君は若者ではないのかね?ミンチョル君」
「少なくともあなた方よりは若いです」
「では出来なくてはなぁ」
「僕は踊る必要などないはずだ!僕はチーフなんだ!それにあなた方がBHCのステージに立つなどとオーナーから報告は受けていない!」
「あ〜らお気の毒ねぇ。ミンチョル君が知らないだ・け」
「僕はチーフです。オーナーは僕に一番に」
「でも今あなた、お休み中でしょ?」
「…」
「ほらっリズムにのって。違う違う!何度やればできるのっ!ふうっ…テプン君はカンがよさそうだったのに…」
「…今からでもテプンと変わりましょうか?」
「…そうしたいのはヤマヤマだけど…」
「じゃあオーナーに電話をいれて…」
「今し方電話がかかってきて、あなたを特訓してくれって」
「なにいっ」
「あなたも脱皮が必要だってよ」
『へび女のもとで脱皮…』
「さ、時間がないわ。もう一度だけステップの練習をして、それから今度はマイケルさんの『見栄きり教室』よ!」
「見栄きりきょ…」
「本気で取組みたまえ!君、迫力というものが足りんぞ!」
「…」
「近頃の若者は、やる気がないのう…」
「…あの…あそこに置いてあるあれは…ビデオカメラですか?」
「そうよ。後で見せてあげるわ。あなた、自分がどれほど不格好かちゃんと見てみなさい!見てみれば本気になるかもしれないわね」
「…不格好?」
「そうじゃ。イヤイヤやっておる!」
『だってイヤだもん!』
「死ぬ気でやらんか!」
『死ぬ気でやるべきことじゃないだろう!』
「…いいわ。10分休憩よ。そのあとマイケルさんの講義を受けなさいな…。全く、ミンチョル君がこんなに使えないなんて。幻滅だわ…」
『…幻滅?』
「…そうじゃの。わしはもうちっと骨のある奴かと思っておったわい…」
「…BHCのみなさんが可哀相ですな。他の人たちはみな、やる気に溢れているというのに…」

なんという言われようだ…。お客様の要求に、僕はきちんと答えているぞ
愛想笑いだってできる。ヤン・ミミ、貴様のその厚化粧だってうまく誉めてやれる!
トファン!貴様の馬鹿息子の事だってちゃんとうまく誉めてやった!
マイケル、貴様のその趣味の悪い着こなしだって心にもないがうまく誉めて…

心にもないことを?

はっ

テス君…
もしかして

上っつらだけの言葉を重ねているというのは…僕のことか?

それで…君は…

テス…君…

僕はうちのめされた




どうしたというのじゃ、ミンチョル君。君は本当の骨なしになってしまったのか?!
わしの息子チョンウォンに通ずるモノを持つ君を、わしは本当の息子のように思うぞ。じゃからこうして特訓をしておる

オーナーの『ミンチョルが一皮むければ…』の言葉を、わしらデラルスの三人が叶えて差し上げようとしておるのに…
わしらの心は通じんのかのう…。寂しいことじゃ

お?何をうなだれておるか

カッコ悪いと思っておるのか?

ふふ。青いのぉ

カッコ悪いことに命を賭ける!それが男ぞ!

まだまだわからんようじゃのう…。その点、チョンウォンは、頑張っておろう
あいつもまだまだじゃが、進んでカッコ悪いことに挑戦しておる
ワシは涙が出てくるぞ

イカン。感傷的になってはいかん。心を鬼にして、君に成長してもらわねばのう…


時は流れて…

あれから何時間経ったのだろう…
僕は今、帰りのジェットの中にいる
疲れ果てて何をする気にもなれない

僕は、ダンスのレッスンのあと、マイケルの見栄きり教室、トファンの演歌教室、それからコント教室、手品教室
スマートな会話教室(これはできているつもりだった…)などを受けさせられ、最後にオリジナルダンスを創作させられた

何時間…いや、何十時間あの秘密基地?にいたのかわからない

「まったくヘタクソねぇっ!アナタはショー・ビズの世界には向いてなくてよ!」

だって僕はプロデュースの方が専門だったんだ

「君は冷ややかな視線を送るのは得意らしいが、人から冷ややかな視線を送られると卑屈になるようだな」

…。誰だってそうじゃないのか?

「もっと自分に自信を持て!」

持ってるつもりだった…つい最近までは…。それが…あのイベント以来、僕は…
ああ、なぜここにミソチョルがいないのだろう。ミソチョルさえ居てくれれば僕は

「君、フクスケ人形にあたり散らしたり、キツネの縫いぐるみに安らぎを求めたりするのは、君らしくないと思うぞ」

…だったら僕は、一体どこに安らぎを求めればいいんだ!

「あの美しい妻君を大切にせんか!」

…。大切にしていた…けど…けど…

「あ〜ら会長ったら、家庭第一ですのね。羨ましいわぁ〜。ほほほ。ミンチョル君、家庭も大切だけど、あなたの場合、お色気を失ったらダメよ」

お色気?

あるだろう!お色気

「最近アナタからお色気が消えたわ」

なにっ?

「そうですな。以前の君は、いやらしさがにじみ出ておったのに」



「なんだか小さいことばかり気にしているようで…つまらないわ」



僕は、ほぼずっとこの調子で三人から責められていたのだ
その上わけのわからないレッスンだ

このレッスンを最低限クリアしないと帰らせてくれないと言うので、僕は…イヤイヤだったけど、レッスンを頑張った

何度も泣きそうになった(堪えたけど)
くじけそうになった
一生家には帰れないのかと思うほど…僕は…不器用だった…

僕が沈んでいると、頓珍漢ではあるが、トファンの親父が励ましてくれた
たとえ頓珍漢であっても、励ましの言葉は心に響く

だからなんとか頑張れた

「これで最後よ。この創作ダンス、アナタの持ちネタにしなさい!」
「持ちネタ?」
「そうよ。BHCのショータイムで披露するの!」
「おお、ミミさん、素晴らしい提案だ。さすがは元ショー・ビズ界の女王」
「まあっマイケルさんたら。…ミンチョル君。アナタの未来のために、アナタはその頑なな心を開かなくてはダメよ!」

頑な?なんだろうか、僕は…。昔より随分柔らかくなったつもりなのにな…

「そうじゃ。殻を脱ぎすてんとイカンぞ」
「そうですとも。自分だけの世界に閉じこもっていると狭い世界しか知り得ません。がしかし、殻を破ってみると、素晴らしく新鮮な世界が待っています」
「わしら三人は、わしら自身の殻を破ってこうなったのじゃ!」
「そうよっ!」

…なら破りたくない…

だが…こいつらの言うことにも一理ある…ような気がしてくる…
洗脳されたのか?

いや、しかし、その創作ダンスを完成させなければ…僕はここから脱出できないのだ

僕は頑張った。必死でいろいろなダンスをやって見せた
全てNOだった…。どうしろというのだ!

僕がキレかかったその時、マイケルが奇妙なものを出してきた

「ヒントを差し上げましょう。創作とはいってもドシロウトが一から創作するのには無理があります
そういうときは…パクるのです!ほらっこれを…」
「なんじゃマイケル君、それはミミさんのミンクの襟巻きではないか?」
「そうよ。アタクシからのプレゼント。ミンチョル君、これを使いなさい」

は?これをどうやって?

「ちょっと後を向き給え。よし、ほら、ここに括り付けて…」
「あ〜ら〜かわいいっ」
「おお、これはいいぞ、ミンチョル君!」
「まさにキツネでしょう!」

キ・キツネ?

「そうです。キツネ。ミンチョル君、あなたはこれをつけた途端、キツネに変身して『サンバ』を踊るのです!」
「あらっ楽しいわっそれ見たいわっ!」

サンバ?

「ほほう…マイケル君、ではミンチョル君が踊るサンバというわけだな?」
「そう。名付けて『ミンチョル・サンバ』…ま、私の『マイケル・サンバ』のパクりですが…」
「はっはっはっ。パクりのパクりというわけか?」

…ミンチョル・サンバ?!

「いいわ。素敵な企画よ。さ、ミンチョル君。サンバのステップは先ほどなんとか出来るようになってたわね?やってごらんなさい!」
「…え…で…でも…」
「さあ、殻を脱ぎ捨てて、キツネになった気持ちで!」

キツネ…キツ…ミソチョル…ミソチョルになった気持ちで…

僕は三人組の呪文のような言葉と、腰に括り付けられたミンクのファーとに惑わされ
今一番恋しいミソチョルを心に描き…そして…流れてくるサンバのリズムに乗って…乗ってしまった…

ああ。自分でもわかる。たどたどしいステップだと…

「素晴らしい!まるで本物のキツネが踊っているようだぞミンチョル君!」

マイケルが手を叩いて喜んでいる。本気か?

あ…本気の目だ…。ほんと?

「愛らしいぞ、ミンチョル君。子ギツネが習いたてのサンバを一生懸命踊っているようじゃ。こりゃあ楽しいぞ!」

トファンも笑顔でそう叫んでいる。…ほんと?

「ミンチョル君!笑顔よ!笑顔を忘れないで!下手でも構わないの。笑顔が大切!それがお客様への一番のサービスなの!笑って!」

笑顔が一番のサービス?笑う…踊りながら?難しい…だが…やらなくては帰れない!
僕は、ミソチョルのかわいい顔を思い浮かべ、そして笑顔を作った

「そう!それよっ!その笑顔!忘れないで!その笑顔がお客様を幸せにするのっ!」

ヤン・ミミ…あんた…ほんとはいい人なのか?
イマイチ信じられないが、だがテス君も言ってたように、こいつらは三人組になると『頓珍漢だが善良な人々』になるらしい
実際、この何時間…いや何十時間か一緒にいて、こいつらの真剣さにはちょっと感動した…
何のためにこんなに一生懸命なのか、よく解らないが、この三人のほとばしる情熱は、本物らしい

僕は、三人組の前で、キツネになって踊り続けた

やがて音楽が終り、三人組は涙を浮かべて僕におめでとうを言ってくれた
僕は素直にありがとうを言えた…

そして今、ジェットの中にいる

もうすぐ家につく
イナはミソチョルを持って帰ってきてくれたろうか…

明日から仕事だ…

「ねぇっ。ショー・タイムは明日からやるんでしょう?善は急げよ!」

ヤン・ミミの声が聞こえた。だが僕は疲れきっていて、今は何も考えられない
僕はいつのまにか眠りに落ちていた…


衛星中継

うまくいったかしら…。アタクシたち『デラルス』は感動的に映ってるのかしら…。ちゃんと録画してあるかしら!
明日オーナーのところへ行ってたしかめなくちゃ

そう言えば生中継でBHCのホ○トたちに見せるっていってたけど、どんな様子だったのかしら

きっとウケたわよね。疲れきったミンチョル君。打ちのめされたミンチョル君。そしてキツネ踊りするミンチョル君なんてサイコーだわっふふふっ

そろそろ旅が終るわね
明日からミンチョル君、ちゃんと職場復帰できるのかしらぁ…

あ〜んなかっこわるい姿、みんなに見られたんですもの…ほほほ…気・の・毒!
あ〜タノシイわぁほほほほっほぉっほっほっほっ


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