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テス、地雷源へ行く

いつもの様に掃除をしていた

ミンチョルさんはBHCに帰ってきたってのに、一度も僕を「ヘルプ」に呼んでくれな…呼ばない
さびし…いや、いいことだ。コホンケホン…どうしたんだろう…僕の事をキライになったのかな?さびし…いや、イイコトだ!

なんて考えながら一生懸命掃除をしていた

ゴミを捨てようと、ドアを開けると…そう言えばいつだったかこうやってゴミ袋を持ってドアを開けたら、不審な格好をしたミンチョルさんがいたんだなぁ…

懐かしいな…

ドアを開けると、僕をじいいっと見ている子がいた

顔を見ればすぐにわかる。BHCの子だ
でもあまり見かけない子だよ。まさかまた増えたの?新人…

「何でしょうか?」

って声をかけたら、オドオドして行ってしまった
路地を抜けるときに向こうから来た誰かと肩がぶつかったらしく、何だか小突かれていた
その子はこめつきバッタのように頭を下げていた

小突いたほうのヤツがこっちにやってくる…あれは…ラプ君だ…
最近、ミンジちゃんと付き合っているらしいけど、僕、この子の事はよく知らない
ミンチョルさんが「危ない奴なのに〜!」ってオロオロしてたのは覚えてる

派手なジャケット着てるなぁ…牛?
黒地に白い模様…牛模様?
この子も僕をじっと見ている

「何か用事?」
「いえ、べつに…」

そう言うとBHCに入っていった

さっき頭を下げていたこめつきバッタ君がまたやってきた
また僕をじいっと見ている

「君、何か用事があるの?BHCの子でしょ?」
「は…は…はい…ジュ…ジュ…ジュンホ…です…」

ジュンホ君?…あの…長期入院してた子?イベントには出てきたけど、また入院したって聞いた…

そう言えばスヒョクって子も長期療養中らしいけど…まあいいや…

「体、もういいの?」
「からだはなんともありません。ぼくはあたまのほうでにゅういんしてました」
「…そ…そう…。頭は…もう…いいの?」
「わかりません。でももうたいいんしてもいいといわれたのでたいいんしました」

ひっ…ひらがな喋りだっ!

「あのっ…」
「何?」
「BHCは…」
「うん」
「どっちのどあですか?」
「…」

BHCのドアがどっちかだって?
あれ?ちょっとは店に出てたよねぇ?入院しているうちに忘れたのかな?
僕はあっちと指差して教えてあげた

「すみません、ありがとうございました」

ジュンホ君は深々と頭をさげてBHCのドアの方に行こうとした

「あのさ、さっきラブ君に小突かれてたけど、大丈夫?」
「らぶくん?」
「ほら、さっきそこで肩がぶつかったでしょ?あの時、君、小突かれてたじゃない」
「あ…あああ…らぶくんですか?ぼくがBHCはどこですかってきいたからです」
「は?」
「なにいってるんだっておこったかおでかたをとんとつかれました」
「…ああ…そう…。で、もう覚えられた?」
「はい…だいじょうぶです」
「そ…よかったね。今日から店に出るの?」
「はい…なんとかいうひとのしたにつけといわれました」
「…ふーん…(誰だろう…)がんばってね」
「ありがとうございます。しつれいします」

ふーん、ジュンホ君もラブ君もいよいよ本格的に店に出るのかな?
チョンマンだとかドンジュンだとかシチュンだとか、いっぱい新しいのが活躍しだしてるし、テプンさんのNo,1の座は…ウフフフ…危ういぞ

「あの」

ん?またジュンホ君だ。どうしたんだろう

「ぼくはなんのしごとをすればいいのでしょうか」

??…

「いや…君…ホ○トでしょ?」
「はい。そうききましたがホ○トとはいったいどんなしごとをするのですか?ぼくはボクシングととりたてぐらいしかやったことがないのです」
「…大丈夫だよ、僕にも出来るんだもん(僕も過去はジュンホ君と似たようなもんだし…違うかへへっ)」
「なにをすればいいのですか?」
「んと、それはBHCの人に聞いてみてよ」
「どなたにきけばいいのですか?」
「んーと…ちょっと待ってね」

めんどくさかったけど、ジュンホ君のことをほっておけなくて僕はBHCに飛び込んだ…
イベントのとき、ボクシング教室とかやってたのにな…。よく教えられたなぁ…
それに、講演だってやってなかったっけ?

「あのときあたまをつかいすぎたようで、ぼくはいべんとがおわってからたおれてねていました。それでにゅういんしてせいみつけんさして、それでもういいといわれてたいいんしました」

ふーん、そう。なんて言ながらドアをあけてここで待っててと言った

中は相変わらず騒がしい
テプンさんとチョンマンが何やら歌の練習をしているし、ミンチョルさんは頭とお腹をかかえて辛そうだ(いるじゃん!なんで僕に声かけないんだろう…さびし…いや、イイコトだ!)し、イナさんは…ん?時々口元を押さえてニヤニヤしてるけど…どうしたのかな?イイコトでもあったのかな?

んーと、ウシクさんは…あ、いたいた

「ウシクさ〜ん」
「やあ、テス、なんだか久しぶりな気がするね」
「ほんとですねぇ」

あーウシクさんはほっとするなぁ。やっぱりウシクさんかな、ジュンホ君の事を頼める人っていうと…

「ウシクさん、実はこれこれこうで…」
「…」

ん?反応が悪い…

「テス、僕、ちょっと…新人担当は…しばらく…」
「どうしたんですか?ドンジュンの教育、うまくいってたんじゃないんですか?」
「僕は教育してない!あんなこと…」

あんなこと?
なんだろう…何があったんだろう…僕がヘルプに来てない間に…

「ああ、そうか、テスは知らないんだ…でも、あれ、ビデオに残してあるから、見たかったら借りて見ればいいよ」

ビデオ?借りる?何?

「とにかく、新人の事は僕以外の人に頼んでくれない?僕、しばらく人の面倒は見たくない気持ちなんだ…」

ウシクさん…なんだか疲れてるみたいだ

「テス君…」
「うっ…スヒョンさん!」
「…ふうーっ…」

スヒョンさんまで疲れた顔してどうしたんだろう…

「どうしたんですか?皆さん疲れてますね?」
「疲れてるわけじゃない。僕は…目標を失ったんだ…テス君、うっううっ…僕はどうしたら…」

…また泣き出した
泣いてるスヒョンさんを、ウシクさんが、すごい顔で睨んでる…そして僕の肩を叩いて
「騙されるな!」
って小声で言ったんだ。めずらしい。ウシクさんがそんな事を言うなんて…

何があったんだろう…

その時目の前を、半裸の男が通って行った。…ラブ君…

「ラーブ!服を着ろ!ミンチョルが頭抱えてるから!」

イナさんがTシャツを持ってラブ君の後を追い回している

「とにかくスヒョンさん、何泣いてるのかしりませんけど…ん?…」

スヒョンさんの目に既に涙はない
かわりに獲物を見つけたような輝きが…
ラブ君の背中を注視しているようだ…そして…

「ああ…なんてこと…若い…ああ…だめだ。勢いだけだ…」

とか呟きながらも、クスクス笑っている。なんなの?この人は!

「あの、スヒョンさん、新人の子のことってどなたに頼めばいいんですか?」

そう僕が言うと、スヒョンさんはハッとした顔で僕を見つめた

この人に見つめられたくないなぁ…危なそうだし…

「その子!任せて!やり甲斐が有りそうだ!」

急に目の輝きが増した

「よし…ラブ君も僕が…クフッ…ああ、テス君、その子連れてきてくれる?実物を見たいな…」

「スヒョンさん、あの、本当に僕、もう、指導を受けなくてもいいんでしょうか…」
「ああ、もう大丈夫だよ。頑張ってね、ドンジュン。さ、テス君早く」
「あっスヒョンさ…。なんか…冷たい…スヒョンさん…」

ドンジュンは寂しそうに俯いている。ウシクさんが無言でポンと肩を叩いた。ドンジュンはウシクさんを見上げると、我慢しきれなくなったのか、泣き出した…

「うわーん、僕が何をしたんですかぁっ…ウシクさんもスヒョンさんも急に冷たくなってぇぇぇぇっうっううっ」

…何があったんだ!

「テス君!新人を早く!」

スヒョンさんは僕の肩を押して裏口に連れて行こうとしているし…何?

「あのっここはBHCですか?」

あ…ジュンホ君…。だから…僕が連れて来たんだから…さっき教えたのに…もう忘れたのかな?

「そうとも。よく来たね、ジュンホ君」
「よろしくおねがいします」

…名前教えてないのによくわかったな、スヒョンさん…それにジュンホ君もさして驚いてないし…前々から顔ぐらいは知ってたのかな?

「ささ、入りたまえ」
「ぼくはなにをしたらいいのでしょうか」
「フフ…それはぁ…僕がぁ…おしえてあ・げ・る」
「ぼくはあたまのけがのことでながくにゅういんしていたのでおぼえるのがおそいとおもいますが」
「大丈夫だよ。僕がちゃぁんと…教えてあっげっるっ♪」

スヒョンさん、えらく嬉しそうだなぁ…
まあいいや。店にもどろっと…

あっ。そうだ…

「スヒョンさん、ウシクさんがなんだかビデオを貸してもらえって言ってらしたんですけど…」
「ビデオ?…ああ…あれか…シチュンかチョンマンが持ってるだろ。聞いてみて。僕は知らない。ささ、ジュンホ君、行こう♪」

うーん、明らかにジュンホ君に対する態度と、それ以外の人に対する態度が…違うような気がするなぁ…

「シチュン、チョンマン〜、ビデオ貸してよ」
「うえっ、テスさん!…これ…見る気ですか?!」
「だってウシクさんが見てみろって」
「…ウシクのダンナが…。じゃあ、見てみますか?」
「何?コワイの?」
「ある意味コワイです」
「…ふーん。…あ、ねえ、スヒョンさんさあ、こないだまでドンジュンを指導してたんでしょ?
さっきドンジュンに対してえらく冷たい態度だったんだけど何かあったの?」
「ウキッ…いくら僕がお喋りでもそれは言えません、ドンジュンが気の毒ですから、使い捨てだなんてあっ!」
「…使い捨て?」
「こらっチョンマン!それは言い過ぎだろ?違うよ!飽きたんだよ…」
「あ…き…た?」
「ニホン地図の北の方にある地名じゃあないですよっ飽き飽きするの『飽きた』です。つまりもうドンジュンいじりは面白くなくなったようなんですねぇ」
「チョンマン!…でもまあ…そうみたいですよ、テスさん…」
「…なんて恐ろしい人なんだ!」
「…天使キャラだったはずなんですけどね…」
「で?このビデオを見ると何か解るの?」
「はい…ドンジュンの指導記録ですから…こっそり撮ったみたいですよ…」
「ウキッ…『盗撮のプロがいる』とか言ってたよね?スヒョンさん」
「…ああ…」
「でも最後のショーのは僕が撮りましたけどうっきっきっ」
「…?まあいいや、とにかく見てみるね」
「…は…はい…どうぞ…」

なんでドンジュンの指導記録が怖いんだろう、そしてなんでみんな暗いんだろう…わかんないや

それもこれもきっとミンチョルさんが悪いんだ!…僕のところに挨拶に来ないから!…

BHCを出ようとしたら、スヒョンさんの猫撫で声が聞こえてきた…

「いいねぇ〜二人とも素敵だ!なんて綺麗な肉体美!ホレボレするなあ。これ、一触り500ウォンとかで芸にしたら?」
「嫌ですよ、そんな事!」

ラブ君の声だ…

「500うぉんももらえるんですか?さわってもらうだけで?じゃあ100かいさわられたらえっと…500うぉんこうかが100まいもらえるんですか?」
「そうだよっジュンホ君!」
「それはいいなぁ」

…。ジュンホ君、大丈夫だろうか?

まあいいや、しーらないっと
それより、うちに帰ったらこのビデオ、チョンエと一緒にみ〜よぉっとぉ…


スヒョンの悩み

僕にだって悩みはある
映画のプロモーションから帰ってきて、BHCに出るようになった
お客様がつまらないわけじゃないんだ
でも何か、生きる張り合いがなくて…

ある日河原を散歩していたら、ぼーっとしたテス君に会った
ああ、ミンチョルが一時夢中だったらしい子だな

ふふん

他人のモノって興味が湧くよね

ふふん

僕はテス君にコナをかけてみた
でもね…警戒心が強い…
彼は相当酷い目にあってきたようだね
ちょっと心の中を覗いてみたんだけど…。ん?

オヤツ…ミンチョルガベタベタスル…チョンエ・キツネニムチュウ…テソンニユビヲヘシオラレソウ…オトウサントオカアサンニエンリョシチャウ…

…。酷い目?…。でもなさそうだよね

興味がなくなったので、ちょっとかき回しておいた

その後、新人の指導をすることになったんだ。うるさい猿とうぬぼれたキザ男、それから…初々しい精悍な青年フフ

もちろん僕は初々しい精悍な青年をホ○トにするべく、熱心に指導したよ

僕は夢中になった
何もかもが楽しくて仕方なかった
教える事を吸収してくれる「喜び」だとか、反対に、教えても教えてもどうしてもできずに泣いている姿に対する「哀れみ」や胸キュンの「切なさ」だとか、そういった全ての感情が、僕を幸せにしてくれた
でも…

何日か指導しているうちに、僕は悟った

教えすぎてこの子の初々しさが無くなってしまったら…お客が減る…

まあ、チラっとはこう思った
そうじゃなくて…

ワンパターンだ…

展開がワンパターンなんだ…

彼の感情的な反応が鈍くて、僕がもしも、本気を出してあんな事やこんな事を仕掛けたら、この子は『そういう意味』だと理解しないまま、あんな事やこんな事を受け入れてしまうのではないか?
(感情は反応しなくても『にくたい』は、反応するだろ?フフ)

でもね。それって…つまんない

恋は駆け引きじゃん

これじゃあ、まるで僕が誰かさんのように強引に彼を振回してるようにしか思えない

僕が、彼にとっての無理難題を押し付けるだろ?
彼は「できません」って言うんだ、必ず!
僕は、難癖つけるんだ。そしてどうしてもその難題を彼に「やらせる」

始めは、楽しかった
泣きながらも、言うとおりにする彼を見て…ゾクゾクしたものさ、フフ

でも、驚く程のスピードで技を吸収し、無自覚ながらもその「色気」を使ったサービスをしだした彼を見て、僕は少し「あれっ」と思ったんだ

嬉しくない…

あれほど嫌がっていた『ボタン外し』の芸も、お客様の前でやってのけた
まあ、僕が嵌めて無理矢理やらせたんだけど…。でも…ものすごく受けたもんね…。面白くない…

こんなにすぐに飽きちゃっていいのだろうか…。僕は天使キャラのはずだったのにな…

だからまたテス君に相談しようと思ったんだ…。相談したところで、彼に解決能力はないとわかっているけれど…

そうしたら…

あんな事もこんな事も勢いでヤってきたあの子と、それから、朴とつとした、何故かひらがな喋りの、はかりしれないあの子がやってきたんだ

一筋縄ではいかない二人だ
どうやって料理しよう
僕好みの味付けになるだろうか…
不安だがワクワクする

かつてないほど、気分が高揚しているんだ
でも

…。料理法が見つからなくて…。ぐすっ…。悩んでるんだ…フフ


じゅんほのなやみ

ぼくはちゃんとこうとうがっこうをでています
なぜ、ひらがなしゃべりなのかというと、ぼくさーのときにあたまをなぐられすぎて、「くも」があたまにいるからです

あたまをなぐられすぎると、あたまがよわくなるようです
ときどきたおれたりするのも、あたまのなかの「くも」のせいでしょう

ほんらいのぼくは、もうすこしかしこかったです
でも、ちょうきにゅういんをしていたので、すこーしぼやけてきました
でも、ぼくは、がんばってしごとをして、つまやこどもやおとうさんやさんみんせんせいのために、おかねをかせがないといけません。ああ、おかあさんもいました

でもホ○トというのは(これはかたかなでしゃべれます)、いったいなにをすればよいのでしょうか

きのう、すひょんさんというひとに、からだをさわらせて500うぉんもらうのはどうかといわれました
ぼくは、ただでべたべたさわられるのはいやだけど、さわられるだけでおかねをもらえるなら、まだいいかなとおもいました
けど、いっしょにいた、らぶくんが「よせ!」というので、いままだへんじはしていません

でもぼくにできることがほかにないのなら、てっとりばやいその「さわってさわって500うぉん」をやってもいいです
はやくおかねをためて、かぞくのみんなにぷれぜんとがしたいのです
なぜならば、いぜんしゅうしょくしたそうこの、けいびでもらったおきゅうりょうを、ちんぴらにすられてしまい、かぞくにぷれぜんとをすることができなかったという、とてもかなしくてみじめなおもいでがのこっているからです

ぼくは、がんばります


テジン、悩む

昨日また新人が二人入ってきた
というか、以前からいたんだけど、入院してたとかで、昨日から本格復帰したんだって

その子は、ジュンホ君と言った

なぜか、ひらがな喋りなんだ
よくよく聞いてみると

「あたまのなかに『くも』がいるそうです」

という

多分クモ膜下出血だったのだろう…

ジュンホ君は、嘘がない子だ…。嘘にまみれた僕は…はっ…これは誰もしらない事だった…コホン、ケホン、あまり純粋でない僕は、彼の純粋さが羨ましかった

スヒョンさんが目を輝かせてジュンホ君に何事かを薦めていたが、あれは…どうなんだろう…
上半身ハダカで客前にでて、一触り500ウォンもらうというのだ

確かに彼にはまだまだ芸がない
即、お金が必要なら、「身体を売って」でも(表現は悪いが…)と思うだろう…
どうする気なんだろうか、ジュンホ君は…

今日、店で、小物を作ろうと早めに出ていったら、ジュンホ君が僕の作った小物コーナーをじっと見つめていた

「どうしたの?何か気に入ったもの、あった?」

そう聞くと、小さな貯金箱を持って

「これ、いくらですか?」

と、不安げに聞いてきた

10000ウォンと言うと、少しうなだれた

「誰かにプレゼントするの?」
「ぷれぜんとです。でも10000うぉんということは、20かいさわらせないとかえないですね」
「…いいよ、僕から君にプレゼントするよ、これ」
「だめです。それはだめ」
「なんで?これ、気に入ってくれたんでしょ?それなら僕、嬉しいから、プレゼントしたいな」
「…でもいっこじゃたらないからやっぱりいいです」
「…いくついるの?」
「んと、つまのぶん、こどもふたりのぶん、おとうさん、おかあさん、さんみんせんせい」
「6つか、いいよ、あげるよ」
「だめです。ぷれぜんとはちゃんとぼくがかってあげないとだめなんです」
「…えーと、じゃあ…」
「10000うぉんが6こですから…60000うぉん、あってますか?」
「えと…そうだね。60000ウォン」
「10000うぉんかせぐためには20かい、さわられる。だから。6かける20は1…20…120かい…あってますか?」
「あってるよ」
「120かいさわってもらって60000うぉんですね。」
「…ねぇ…ジュンホ君、やるの?」
「ぼうえいせんはやりません。つまがかなしむから」
「じゃなくて、『さわってさわって500ウォン』だよ…」
「はい」
「…そ…」

あまりにも無防備なジュンホ君に、僕は、できるだけのアドバイスをしてあげたかった

そうだな…ち○びはガードしろ…とか…

ああ、そうだ、これだ!

「あのね、きっと『練習』だとかいって触る人がいると思うんだ、このBHCの中にも」
「はい」

ん?

「…もしかして、もう触られた?」
「はい。すひょんさんとらぶくんに…」

やっぱり…

「…。きっと他にも面白がって触りに来るヤツがいると思う」
「はい」

え?

「…他にも来たの?!」
「はい、しちゅんさんとちょんまんさんと」

…と?…

「…。他にもいるようだね」
「はい。てそんさんとてぷんさんといなさんと」
「イナさん?イナさんまで…」
「あと、みんちょるさん」
「み…」

ミンチョルさんまでが、彼の身体を触りに来たって?(@_@;)

「そ…それでみんなお金はくれたの?」
「いえ、れんしゅうだからって…」
「で、どんな風に思った?イヤじゃなかった?」
「えと…べつに…」
「…もしもすごくイヤだったら、ハッキリ断るんだよ!」
「はい。そうします」
「それと、今日からは、『練習だ』と言って触りに来ても、かならず500ウォン取るんだ!」
「はい」

素直だな

「頑張ってね」
「はい、がんばります」

大丈夫かな…
スヒョンさんなんか、きっといやらしい触りかたしてるんじゃないのかな…
それにしてもミンチョルさんまでが…


ミンチョルの悩み

僕はイ・ミンチョルだ。記憶がない。いや、一部ある
ミソチョルの事だけは覚えていた

イナ君の助言により、『偽装』を続けている。いつ記憶が戻るんだろう

ヨンスさんと家に帰ることになったときは、焦った
しかし、僕のIQは、155あるらしいので、機転をきかせて乗り切った

いつもなら20分でつくらしいが、6時間かかった
僕は本当にこの女性を愛していたのか?
いや、愛していたのだろう、病院で見たVTRでは、それはそれは恥ずかしくなるぐらいに嫉妬したり腕を掴みまくったり、フェイントでキスをしたり…

ああ…なんてことだ…
いっそ、あの時、花見の場所などに行かなければ…
そうすれば、僕は今ごろ…

しかし、そうなってしまった以上、仕方がないことなのだ…BR> 僕は、生活を維持せねばならない

そして、僕は、VTRに刺激されたのかどうだかよくわからないのだが、「キムチチャーハンを作る」と言ってしまった…
イナ君に聞くと、包丁さえ持ったこともないらしい
そんなにも僕は不器用な人間だったのかな

とにかく、家に帰って、ヨンスさんと二人でキムチチャーハンを作った時のことを話したい
こういう話も、以前は、テス君とやらが聞いてくれていたらしい

「あなた。包丁使えるの?」
「ソンジェだって使えるんだろう?じゃあ僕にだってできるさ」
「もう、あなたったら、どうしてそうソンジェさんに対抗意識を燃やすのかしら」
「そう?そんなつもりはない」
「じゃあ、チャーハンの材料は、ネギと、ハムと、にんじんと、そうねぇ…あと、何か入れたい?」
「キムチ」
「いやあねぇ、キムチチャーハンなんだからキムチを入れるのは当たり前よ」
「うん、そうだね」『わかっているなら早く言え!』
「じゃあ、それを刻んでね」
「後は僕ひとりでやるよ」
「Tえできるの?」
「できるよ、テソンにコツを教わったし、テソン特製のキムチも貰ったし…」
「…それ、キムチだけで食べたいわね…」
「…」『イヤミ』
「じゃあ、わからなくなったら呼んでね。お腹すいたわ。楽しみだわ」
「美味しく作るよ」
「そうね、空腹は何よりの調味料ですもの」
「…」

こんな女性を僕は?

僕は震える手を押さえながら、一生懸命ネギだのハムだのを切り刻んだ
テソンのようにタンタン切りたかったのだが、無理だ
肩に力が入り、10タンタンするたびに深呼吸が必要だった
手を止めた時にふと、エプロンを見た
ヨンスさんが用意してくれたエプロンには、熊なのか犬なのかわからない動物のアップリケがしてあった

随分垂れ目で、への字口。そしてやたらと手足が長い犬だか熊だかわからない動物

ものすごく気になってヨンスさんを呼んだ

「すごく気になるんだけど、この動物は何?」
「あら、あなたの大好きなキツネよ」
「え…」

キツネ?これが?

「ウフフ。私が絵を描いて、アップリケにしたのよ。かわいいでしょ?それと、あなたの縫いぐるみをモチーフに、ほら、フェルトでキーホルダーも作ってるの」

ヨンスさんが見せてくれたそのキーホルダーは、やはり、犬だか熊だかわからない、やたらと手足の長い、そして垂れ目でへの字口の動物の形をしていた

決してキツネではない!

「う…」
「どうしたの?」
「いや、少しめまいがしただけだよ、ありがとう。手を止めさせてごめんよ。裁縫を続けてくれ」
「ええ。楽しみにしてね」

嫌だ!

あんな得体のしれないモノをキーにつけるだなんて…

ミソチョルをモチーフにだと?

えらくデフォルメしたものだ!

ヨンスさんは抽象画専攻だったか?

僕はイライラしたが、とにかくキムチチャーハンを作らなければと材料を切り刻んだ
1時間かかった

つぎに、炒める

材料とご飯を炒め、適当に味をつけ、キムチを投入する

よし、切り刻むよりはうまくいったぞ

えっと、それから…
ああそうだ、半熟目玉焼きを作って乗せ、上から海苔を散らすんだった

半熟目玉焼き…って…どうやって作るんだ?
またヨンスさんを呼ばなくてはならない
仕方がない

「まあ、目玉焼きはこうするのよ」

ヨンスさんは呆れたようにもうヒトツのフライパンで目玉焼きを作った
そしてキムチチャーハンの上に乗せ、海苔を散らして、台所の床に座り…007ゲームをやりながら食べた

キムチチャーハンはとてもうまかった
でも

僕にとっては、楽しい食事ではなかった
おかしいな。VTRでは、ソンジェとヨンスさんがこうやって食べているところを羨ましそうに見ていた僕が映っていたのに…
やってみると楽しくない
恥ずかしい

腕掴みや、キザなセリフや、フェイントチューや、ペアルックよりももっと恥ずかしかった…。なぜだろう…

食事の後、ものすごく疲れたので、後片付けをヨンスさんにお願いして、僕は書斎に入った

机上に奇妙な人形があった
僕の方を穏やかそうな笑顔で見ている

こんなに穏やかで福々しいのに、僕は悪寒を感じた
なにか憎悪に似た感情が沸き上がり、僕は無意識のうちに、その福々しい人形を叩き割っていた

はっ…

この感覚…

どこかで…覚えがある…

思い出せそうなのに、なんだろう、心の奥底で「思い出したくない」と誰かが叫んでいるような気がする

僕は頭を抱えて椅子に座った
俯いた僕の目に、エプロンのキツネ(らしい)が飛び込んできた

「うっぷ」

僕は強烈な吐き気を覚え、トイレに駆け込んだ

「あなた、どうしたの?」
「いや…なんでもない…ちょっと胸やけがして…君は大丈夫?なんともないかい?」
「まあ、キムチチャーハンのせいなの?私はなんともないわよ?」
「…そう…ああ、ちょっと風邪気味なのかもしれない…すまない…もう寝るよ。このエプロンのアップリケ、汚してしまった…。すまない」
「まあ…」
「ごめんよ、明日洗うよ」
「私が洗っておくから、お部屋で休んでちょうだい」

ヨンスさんは、言葉は優しかったが、目が氷のように冷たかった

おや?

僕は以前、ヨンスさんに対して、よく、そういう冷たい目をしていなかったか?
立場が逆転しているのか?

だとしたら、僕は…幸せなんだろうか…うぷっ…また吐き気が…


クリスマス計画

「明日は週末の食事会でしょ?」

ヨンスさんが嬉しそうに言った

「そうだね」
「クリスマスだし、クリスマスパーティーにしようと思うの。それでね…」
「クリスマスパーティー?」
「そうよ。25日はセナと私の誕生日でもあるし…」
「…」

待てよ…えっと…そうだ1話だ。ふんふん。そうだったな

「そうだね。僕、プレゼントを用意していない。今から何か買って…」
「いいのよ、買わなくても」
「でも」

後からイヤミを言うくせに…

「あのね。ケーキを作ってほしいの…」
「えっ?」

ケーキだって?作る?買ってきちゃいけないのか?
ポラリスのサンヒョク君のイトコだか知り合いだかの会社で、新作の「松の木ケーキ」を出すって聞いたぞ。それじゃダメなのか?

「つ…作るって…誰が?」
「あなたが」
「ぼ…僕が?!」
「そうよ。愛情のこもったケーキを作って欲しいの。材料は揃えてあるわ」
「…。うまくやれる自信がないよ」

そうとも、こんな事を唐突に言う女性と、この先うまくやれる自信なんてない!

「大丈夫よ、ホラ、お菓子の本もあるわ」

『リュ・シウォンの美味しいお菓子』…げっ…ソンジェに似ている…

「お菓子づくりに必要な材料は揃ってるから、これを見ながら作ってね」
「…待って…。僕がどーしても作らなきゃだめ?」
「…」

あ…涙が左目から…

「…その…手伝ってくれないかな?」
「ウフ…手伝いたいけど、私はパーティーのお料理の支度をしなくちゃ」
「…だったら料理の手伝いをするから、ケーキは買ってこよう。知り合いの知り合いが『松の木ケーキ』っていうクリスマスケーキを…」
「うっうううっ…あなたはいつも私の望みを聞いてくれないのね…うっうううっ」
「…いや…だって…」
「自分の思う通りにしようとするわ…私の誕生日だっていうのに…」
「…あ…の…ごめん。…でも…本当に自信がないんだ…。だって作ったことないし、その…せっかくの誕生日のプレゼントなのに、もし、失敗したら…」
「…」

まずかったらどうするんだ!イヤミを言うくせに!

「美味しく作ってくれると信じているわ」
「…」

そうじゃなくて!

「みんなが来るのよ。そこであなたの手作りケーキをみんなで食べるの。きっとソンジェさんも喜ぶわ。『兄さんがこんなにもヨンスさんを愛してたなんて』って…
ラブ君も来るのよ。『僕もミンチョルさんのような夫になりたい』って言うわきっと」

夫?誰の?…ミンジか?…ミンジ。えーっと…妹だ。僕はミンジにしか心を開いてなかったから、ミンジが大切で…で、ラブとミンジは、付き合っているんだったっけ?…だから…心配だったんだな

「…あなた…どうしたの?考えこんで」
「ラブが?!誰の夫になるつもりだ、あの男!」
「…あなた…反応が遅いわ」

反応が遅いのはヨンスさんだろう、曲がり角を通り過ぎたあとで『そこを曲がるんだったわ』なんて!

「…あなた?」
「…あ…いや…その…」
「大丈夫よ、この本はとても分かり易く書いてあるの。小学生向けなんですって」
「小学生?」
「そうよ。失敗しないんですって。ね、お願いね」
「…今から作るの?」
「明日の朝からでいいわよ。研究しておいてね」
「…」
「私にとって一番ウレシイプレゼントだわ」
「…わかった…。店でテソンにコツを聞いてみる…」
「ウフッ嬉しい。…あなた…」

なんだよ。…ん?…目を閉じて唇を突き出しているが…何だ?

…えーっと…これは…こういう場面があったな。僕はその時何をしたっけ…あ、そうそう、確か僕も目を閉じたんだ。…それから先はえーっとどうなったっけ…

「…あなた…あなたがなぜ目を閉じているの?」
「え?違ったかな?昔、君がそうやって唇を突き出しているとき、僕は目を閉じて…それで…」
「ああ、そうだったわね。あのときは悲しかったけど…じゃあもう一度」

そうなんだよ、それからえっと何が起きたんだったっけ…思い出せない

僕はまた、目を閉じて考えていた

はっ…いけない!このままでは…
目を開けたとき、僕はヨンスさんに顔を両手で掴まれ、強引に…

助けてっ助けてっ…いや、僕たちは夫婦なんだから、こんな事ぐらいでめげていてはいけないんだっでもっ…いやだっ…

「もうっあなたったら…。うふっ…」
「…ふ…ふふ…」

僕は涙目を見られてはマズイと思い、俯いた…
口をすすぎたい!

「ねぇ…」
『ぎくっ』
「私…もうひとつプレゼントが欲しいな」
「な…何?」
「何でもくださる?」
「何でも買ってあげるよ」『金で解決させてくれ!』
「ウフ…」
「…」
「お誕生日の夜…ウフっ」
「…」

まさか…。まさか…

「…何?…はっきり言って」
「…いやだわ。わからないの?」
「…わからない…」
「もう…。みんなが帰ってから…ウフッ」
「…」
「きゃあっいえないわぁ〜。その時までお楽しみ」

…。ヨンスさんは、多分…。ヨンスさんの求めているものは…多分…ぼ…

い…嫌だ!
助けてくれ。僕は書斎で、ひとりで眠りたいんだ!


ミンチョルの憂うつ

テソンにケーキづくりのコツを問うてみた

「スポンジケーキですか?バターケーキですか?」
「なんだ?それは…」
「ケーキの種類ですよ。スポンジケーキなら基本的に泡立てが大切です。木目細かな泡立てが出来なければ、うまく膨らみません。バターケーキなら、泡立てなくてもいいけど、こちらもかなり混ぜなくてはいけません。どちらも力仕事です」

わけがわからない

「どちらが素人向き?」
「そうですね…チーフは力はありそうですからねぇ…バターケーキにしたらどうですか?」
「それは、クリスマスケーキに向いてるのかな?」
「クリスマスケーキですかぁ…うーん…まあ…出来ないこともないですけどぉ…それじゃやっぱりスポンジのほうかなぁ…」
「難しいのか?」
「…ハンドミキサーはありますか?」
「…???」
「あー。お貸ししましょう…これを使えば簡単です。多分失敗は無いでしょう」
「この本を見て作れと言われたんだ」
「…そうですね、この通り作れば大丈夫でしょう」
「あの、ペーキングパウダーとか重曹とかいうのは何?」
「膨らし粉ですよ。十分に泡立てられたらそれだけで生地は膨らみますから、そういうものは入れなくても大丈夫です」
「ふうん…」
「なかには入れるケーキもありますけどね」
「…ええ?…入れるの?」
「…だから、十分に泡立てて、この写真のようになっていたらいらないです」
「じゃあ、この写真みたいにならなかったら、入れればいいの?」
「…この写真みたいになるまで泡立てるんです。大丈夫です、僕のハンドミキサーは性能がいいですから」
「…心配だな。膨らむのかな?『よくある失敗』ってところに『膨らみの悪いケーキ』って写真があって、ペシャンコなんだ…そうなったらどうしよう…」
「…僕がスポンジだけでも焼きましょうか?」
「…だめなんだ…妻の前で焼かなくてはならないんだ…」
「じゃあ奥さんに教えてもらったら」
「それが、教える暇は無いというんだ…」
「…」
「妻はきっと、僕がアタフタする様を見て喜びたいんだろうね…」
「…え」
「僕がケーキを作りはじめるところから『プレゼント』だって言うんだ…僕のオロオロした姿も全てって…」
「…愛されてらっしゃるんですね…少し好きだな、そういう愛しかた」
「…」
「それなら失敗しても愛敬で済みますよ」
「だが、そのケーキをデザートとして、妹や弟、そしてあのラブも…食べるんだよ…」
「…そうですか…」
「出来るだろうか…」
「この本はとても分かり易いですから、まあ、失敗はしないでしょう。何かに気をとられない限りは大丈夫ですよ。分量を間違えないように注意してください」
「…わかった…」

とりあえずハンドミキサーを借りて、僕は家に帰った
本を暗記するぐらい読んだ。頭の中でシュミレーションもした
だが、実際にやったことがないのに、シュミレーションなんかできるもんか!

ああ、ばかばかしい。嫌だ。はやく明日と言う日が終わってほしい
パーティーだと?
なぜうちのクリスマス会のために、BHCを休まなくてはならないんだ!

そう、ヨンスさんはオーナーに直談判して、クリスマスだというのに、僕を休ませたんだ!
新人がたくさん入ったのでミンチョル君は休んでも構わないと言われたらしい

余計な事をする!

僕は苛立つ気持ちを押さえ、書斎のベッドでミソチョルを抱いて眠った

朝。憂うつな朝が来た…
僕はミソチョルをぎゅっと抱きしめて言葉をかけた

「ミソチョル、お兄ちゃんはこれからとっても怖いところへ行くんだ。今日一日が無事に過ぎるよう祈っててくれ
今夜、無事に君と一緒に、ここで眠れるように、念じてくれ。ねっ」

「あなたぁっ」
「はあいっ…ミソチョル、怖い女の人が呼んでるよ…お兄ちゃん行ってくるね。じゃあね」

僕は、服を着替えて、ハンドミキサーと本を持ってキッチンに行った
材料が並べてある

「うふっ。頑張ってね」
「あの…分量とかも、僕が計るんだよね…?」
「まあっ。甘えたさんね。そこからやらなきゃ意味がないわ」
「……そう……」

僕は小麦粉などを計りはじめた

「あら、エプロンは?」
「あ…えああ…そ…そうだね…」
「つけてあげるわ。…はい。いいわよ」
「…ありがとう…」

あの、へんな動物のエプロンだ…ああ、気分が悪い
えーっと、小麦粉が…

ピンポーンピンポーン

「はあい…」

誰だ朝っぱらから!えーっともう一度計り直しだ

「やあ兄さん!頑張ってるね」
「げ…なぜソンジェが…」
「うふ。あなたのお手伝いをしてもらおうと思って」
「…」
「へえ〜。かわいいエプロンだなぁ。兄さん、似合うよ」
「…」
「ソンジェさんのもあるわ。待ってね」
「ええ?僕にも?」
「ええ。だってソンジェさん、いつもお料理手伝ってくれるから、一緒に作っておいたの」
「うわぁうれしいなぁ。あ、兄さん、計量はちょっと待ってて!分量を間違うととんでもないものになるからね」
「…」
「うわぁ、かわいいキツネだね。へえ〜兄さんとおそろいかぁ…でも微妙にキツネのスタイルが違わない?」
「そんなことないわよ。同じ型紙で起こしたアップリケよ」
「そう?なんだか兄さんのキツネの方が太くて足が短いような気がする…」
「それは、こないだゴシゴシ洗ったから…」
「洗った?」
「そう、この人ったら、アップリケの上に吐いちゃったの」
「なんだって?!ヨンスさんが一生懸命縫ったアップリケの上に?」
「…謝ったよ…」
「自分で洗わなかったのか?」
「…洗うと言ったんだが、ヨンスさ…ヨンスが洗うと言ってくれて…」
「そもそもなんで吐いたりしたんだよ、飲みすぎかい?!」
「…いや…」
「キムチチャーハンを作ったのよ、ミンチョルさんがソンジェさんの真似をして。それで、それを食べた後に…」
「えっ?食あたり?ヨンスさんは大丈夫だった?」
「ええ、おいしかったのよ。多分、彼は風邪をひいてたのよ」
「そう…ヨンスさんが大丈夫ならよかった…」

僕自身の心配はしてくれないんだな、やはり…

「兄さんったら、計量は僕が用意できてからって言ってるだろ!」
「…計るぐらいできる…」
「ほんとうだね!後で確認するよ!10グラム間違えると大変な事になるんだからねっ!」
「え…そうなのか?」
「ほらっ!いい加減に計ってるだろう!…あ…ヨンスさんありがとう。…ほら、さっき計った小麦粉、乗せて!…ねえ、このボールの重さ、計算してあるの?」
「ボール?」
「入れ物だよ!その重さ入れてるじゃない!バカなんだから!」
「…」
「やり直し!まずボールだけ計るんだ。ほら!」
「…」
「何グラム?」
「50グラム…」
「覚えといて。で、ここに粉を80グラムだから…目盛りどこまでいけばいい?」
「え?」
「…だから、このボールを乗せるでしょ?そこに粉を80入れるんだから、全部で何グラム?」
「え?…粉って小麦粉だろ?」
「そうだよ!何グラム?」
「小麦粉は…80グラム」
「それはさっきから言ってるだろ?!わかんないなぁ!ボールとあわせて何グラム?」
「え?…」
「もういいよ、ボールを置いて、粉を入れて、130のとこでストップだ!わかった?」
「…」
「んもうっ!聞いてるのか?!」
「…聞いている…」

他のものの計量もずっとこの調子で、ソンジェはここぞとばかり、僕を怒鳴りつけた
ふっとヨンスさんをみると、テーブルでお茶を飲みながら僕らをニヤニヤして見ている

「ヨンスさ…ヨンス、料理はいいの?」
「うふっ…あなたは自分の心配をして。…兄弟が仲良くケーキを作っているなんて…素敵よ。昔では考えられないわね」
「そうだね、ヨンスさん。これもみんなヨンスさんのおかげだよ。兄さん、ヨンスさんを不幸にしたら承知しないよ!」
「まあ、ソンジェさん、私とっても幸せよ」
「…悔しいな…。僕の方がヨンスさんを幸せにできるって今でも思ってるのになぁ」
「まあっうふふふ」
「ははははは。…兄さん!粉が散ってる!まったく、粉ふるいも満足にできないの?」
「…すまない…」

「さあ、兄さん。ここからが大変だ。卵を割って、白身と黄味にわけて、別々に泡立てるんだ」
「え?本には一緒に泡立てるって…」
「だめだよ。美味しいケーキを作りたいんだろ?僕の教えるやり方の方がずっと美味しくできる!」
「…」『シュミレーションが…』
「ああっ何使おうとしてるの!だめだよ、ちゃんと自分の力で泡立てなきゃ!」
「…これ…だめなのか?」
「そんな手抜きしちゃいけない!ヨンスさんに失礼だろ?男ならシンプルな泡立て器でシャカシャカやるんだ!」
「…」
「違うよ、もっと素早く、もっと!そう!その調子!」
「ソ…ソンジェ…はあはあ…これ…はあはあ…この写真ぐらいになるまで…はあはあ…泡立てなきゃいけないって…はあはあはあ」
「そうだよ。何?もう息切れしてるの?」
「くはっ…う…腕が痛い…」
「情けない!こうやるんだよ、貸して!」

ソンジェは卵白を泡立て始めた
シャカシャカシャカシャカ…

うまい…

そうか。肩の力を抜くんだな

「はい、やってみて」
「…」
「もっと早く!もっと!…そう。その調子!しばらくがんばってね。ところでヨンスさん、ごちそうは何にするの?」

はあはあはあ…はあはあはあ…なかなか倍にならない。…はあはあはあはあはあ…ああ…めまいがする…なぜあのハンドミキサーを使ってはいけないんだろう…はあはあはあ

僕は、30分ぐらいそれをシャカシャカしていた…はあはあはあ…

「ソ…ソンジェ…まだだめか?」
「…なんかスカスカしてる…泡立てすぎたね」
「…!!」
「写真の状態ぐらいで止めなきゃ!」
「…し…失敗か?」
「まあいいよ、やってみよう。キメが荒くなるかな。それと膨らむかどうか…」
「ふ…膨らし粉を入れてはどうだろう…」
「邪道だ!」
「…でも…」
「僕に口応えする気?!」
「…」
「そうよ、あなた。ソンジェさんは料理はプロ並みの腕なのよ」

だったらもっとキチンと教えろよ!

「次、こちらの卵黄をすり混ぜて。もっと。もっともっともっと!」
「ソ…ソンジェ…腕がちぎれそうだ…」
「ふ…兄さんらしくない。弱音を吐くなんて…。ヨンスさんに恥ずかしいと思わないのか?!」

思わない。思わないからもうこの、混ぜるとかシャカシャカするとかいうのはやめさせてくれ…

「も…もう…よく混ざってない?」
「まだだよ、白っぽくならないと!」
「…白っぽく?それはバターケーキじゃないの?」
「…わかったような事を言うなよ!親切に教えてあげてるのに!」
「…」
「もういいよ!勝手にすればいい!」
「…そ…ソンジェ…すまない。悪かった…謝るから続きを教えてくれ…」
「…二度と逆らわない?」
「それは、料理に関してだな?」
「!」
「…あ…ごめん…」
「じゃあ、メレンゲと卵黄をあわせて!」
「メ…レン…ゲ?」

ソンジェは僕をキッと睨むと、泡立てた白身を持ち、僕に差し出した
その後もソンジェの言う通りにやった

「膨らまないかもね!膨らまなかったら兄さんの愛情が足らないってことだよ!」

にくったらしい!僕は、ソンジェの隙をついて…こっそりと膨らし粉を入れてやった

40分後。ケーキは立派に膨らんでいる
僕は、また、生クリームを泡立てるために、震える腕で、シャカシャカやっている
ゴールは近い

ケーキが膨らんでいるのを見たソンジェは、口角と目尻を下げ、

「いいんじゃない?」

と不機嫌そうに言った

やった!

そして、僕はケーキをつくり終えた
デザートタイムまで、冷蔵庫で冷やしておく

確かあの本では、もっと簡単に出来るはずだったのにな…
異常に手が震える…シャカシャカのしすぎだ…

食事が終り、いよいよケーキがお目見えだ

「うわぁおいしそう」
「これミンチョルさんが作ったの?すっげー」
「お兄ちゃん、素敵!」
「僕も手伝ったんだ」

「嬉しいわ、私のために…ありがとう」

僕はケーキにナイフを入れた。手が震える…

「まあ、あなたったら、震えてるなんて。カワイイ」

そうじゃない。痙攣してるんだ!

ケーキを切り分け、みんなで食べた

「…」
「…」
「…何?これ…」
「…苦い…」
「…まずっ…」

え?…苦い?

食べてみた

苦くてクスリのような味がする…

「兄さん…どういうこと?」
「お前の言うとおりにしたんだぞ!」
「僕のせいにする気?」
「だってお前の指示どおり…あっ…」
「…何?何か入れた?」
「…膨らし粉…」
「重曹?どれだけ?」
「…どれだけって…スプーン1杯…か…2杯か…」
「大きいスプーン?小さいスプーン?」
「大きい…」
「ばかっ!入れすぎだよっ!どうして勝手にそんなもの入れたのさ!台無しじゃないか!ばかっ」
「だだだって…膨らまないかもしれないってお前が…」
「また僕のせいにする!どうしてその時に『これを入れてもいいですか?』って聞けないの?兄さんはいつもそうだ!勝手になんでも事を運ぶ!」
「…す…すまない…」
「僕はいいよ!ヨンスさんに謝れよ!ヨンスさんの誕生日プレゼントが台無しだ!」
「うっうううっ…」

泣きたいのはこっちだ…こんなに体力と気をつかってこのありさまだ…
なぜソンジェを呼んだんだ、ヨンスさん…なぜ僕にケーキなんかを作らせたんだ…

僕はその場に居辛くて、…それに…涙が流れそうだったので…席を立って書斎に入った

「ミソチョル〜…お兄ちゃん、失敗しちゃったよぅ〜…腕も痛いよう〜、みんなが責めるんだ…ソンジェがいっぱい口出しするからいけないのにぃ〜」

ミソチョルをギュッと抱きしめて小声で泣いた

背中に視線を感じる
誰だ!

机をみると、前に割ったはずの福々しい人形がいる!

「ぎゃあああっ」

「どうしたんだ兄さん!」

「つくっつくっつくえにっわ…割れたはずの人形がっ!」
「なんだ!驚かせるなよ、割れてたから、またここから出して飾っておいたのさ。兄さん、相変わらずそそっかしいな。
前髪切ったら?前がよく見えないんだろ?だからこのフクスケ人形を落っことしちゃうんだろ?
切りなよ前髪!よく見えないから重曹の量も間違えたんだろ?
何そんなデブのキツネ抱きしめてるんだよ!兄さんの抱きしめるべき相手はヨンスさんだろ?ちゃんとケーキの事謝っとけよ!
さ、僕が用意してきた『松の木ケーキ』で口直ししよう!」

「…」

松の木ケーキを口直し?…なら最初から買ってくればよかったんだ
いや、それよりも、あの福々しい人形…『ここから出した?』どういうことだ?
ストックでもあるというのか?記憶が…記憶が…

僕はソンジェにひっぱられながら机の人形を見た…

あの人形が、ふっ…と…笑ったような気がする…

ぎゃあああっ…

その夜、僕は熱を出した…
だから、僕は、…ある意味無事だった…

テス、新たな悩み

こんなものっ!早く返さなきゃ!

よかった…チョンエに見せなくて…

チョンエがお友達と飲みに行った日に、コッソリと見たんだ、このビデオ…

怖かった。すっごく怖かった
どんなホラーよりも、僕は怖くて、ドンジュンが気の毒だった…

あれならミンチョルさんの方がずっとましだし、ずっとカワイイ

…か…かわいい?…違う違う!かわいくない!

そうじゃないぞ、ずっと…紳士だと思う!…でも帰ってきてから全然僕にかまってくれな…じゃない、挨拶無しだ!礼儀知らずじゃん!紳士じゃないじゃん!

今日は、スヒョンさんが「旅行に行った」って情報が入ったので、その隙にこのビデオを返しにいくことにした

恐る恐るBHCのドアをあけると、ウシクさんがいつものように掃除してた

そう言えば、ウシクさんがドンジュンに呆れて突き放したシーンもあったなぁ

「やあ、テス。どうしたの?」
「あの…このビデオ…返そうと思って…」
「…見たの?…どう思った?」
「すっごく…怖かったです…ドンジュンがかわいそうで…」
「コワイ?可哀相?」
「かわいそうじゃないですか?スヒョンさんにあんなに泣かされて…」
「…。なんで泣いてるかわかる?」
「できないことをやれって言われて、なんか…ヤらしい…へんなこといろいろ…」
「…君なら泣く?」
「…以前の僕なら、やっぱりドンジュンの様にただ涙するしかないと思いますけど、今は…ハッキリと『いやです!やめてくださいっ』って言えます…ミンチョルさんには!」
「…チーフ限定?」
「…は…いえ…スヒョンさんにも言えると思います…思いますけど…でも…あんな風にされたら…」
「はあ〜。やっぱ、スヒョンさんがイケナイんだよなぁ…」
「はい。そう思います。誰も止めないんですか?」
「うまくかわすんだもの、あの人…」
「かわす?」
「そ。『指導』だって言って…でもね、ドンジュンも悪いんだ。『できない』は言うくせに、『嫌だ』はなかなか言えない子なんだよ、彼」
「はあ…」
「でも、スヒョンさんに突き放されたからもう大丈夫だろう。チーフがうまくフォローしてたし」
「…ミンチョルさんが?フォローを?ミンチョルさん、体調はもういいんですか?!」
「うーん、日によって調子よかったり悩んでたり」
「…なんで挨拶に来ないんだろう…」
「テス?どうしたの?何か言った?」
「あっいえ!なんでもないっす。…ところで…あの…あーんな顔くっつけられたら、ウシクさんでもやっぱりぽーっとなりますかね?」
「え?スヒョンさんに?…僕はそんなことされないから大丈夫だけど」
「だから、もしもですよ、もしもあーんな近くで色っぽく囁かれたら…やっぱりポーッと…」
「なんない!僕は女性の方が好きだから!変なこと言うなよ!」
「ごっ…ごめんなさい。…あの…これ…誰に返せば…」
「おはようございます、テスさん、ウシクさん。それなんですか?」
「どっドンジュン…あれっ…なんかかっこよくなってない?」
「え?そうですか?へへ。チーフに色々アドバイスを頂いて、なんとなく自信がつきました。もうスヒョンさんに冷たくされても大丈夫です!」
「ほんとか?」
「大丈夫ですよ、ウシクさん」
「…」

「ところで、そのビデオは何ですか?」
「えっいやっその…研究資料なんだっ」
「研究資料?じゃあ、チーフが言ってたのはこれかなぁ…」
「ん?ミンチョルさんが?ビデオの事を?」『見たいのかな?』
「はい、なんか、自分をここまで捨てられるのがスゴイんだ…とかって…あ、それはイナさんが言ってたことですけど…」
「?自分を捨てる?」
「一度見ておけって言われてるんです。シチュンさんとチョンマンが持ってるって…」
「…じゃあこれだね。そうですね、ウシクさん、他にビデオってないですよね?」
「…うーん、僕はそんな研究資料なんて見たことないから…」
「じゃあこれだよ。でも、これを見ろって?」
「はい」
「ほんとに?」
「はい」
「…じゃあ…君に渡していいんだね?君、見たら、シチュンとチョンマンに返してくれる?」
「はい、わかりました」

ドンジュン、自分で自分の『成長記録』を見るのかな?
確かに最後のヤツは完全に自分を捨ててた…っていうか自分を見失ってた?

あれ?なんか違うかもしれないぞ?
でもドンジュン、開店までまだ時間があるから、寮に戻って見てみるって言ってたな…

と言うことは

「テス、あれドンジュンに見せちゃっていいような出来か?」
「…」
「僕は見てないけど、ドンジュン、ボッロボロなんだろ?」
「…は…はい…なんていうか…その…」
「あー、そんな自分を見つめろっていうチーフの鍛え方なんだろうか…」
「そ…そうですよ、ミンチョルさん、冷酷なところ、ありますもん!」
「…そりゃチーフは、以前はそうだったかもしれないが、今は違うぞ。クリスマスの時、奥さんにケーキを作ってあげたらしいし…」
「ひえええ。奥さんにケーキを?」
「うん…なんだか苦いケーキになっちゃって、家族みんなが一斉に文句言ったらしくて…今日、休んでる」
「…ケーキが苦い?」
「うん、なんだか知らないけど弟さんが電話でそう言ってた」
「…毒でも入ってたのかな?」
「…ウシクさん、あのビデオ見てないんですか?」
「見てないよ、練習には何回かつきあわされたし、目の前で彼が泣くのは何度もみたもん」
「…セリフ…言ってました?」
「セリフって?『できません』とか?」
「いえ、ドンジュンがスヒョンさんに『好きにしてください』とか『あなた好みになりたい』とか言って叫んでるのとか…あとスヒョンさんが『君が欲しいんだ…』とか囁いてる」
「おいおい、僕は目の前で見てたんだよ。そんな事一言も言ってないよぉ…まてよ。と言う事は、誰かがセリフを付け足したってことか?」
「…あの、ボタン外す時だって…『僕を感じてごらん』とか…ああっ恥ずかしくて言えません!」
「…誰だよ、勝手にセリフ入れたのは!で?そんなものをチーフはドンジュンに見ろって言ったの?」
「みたいですねぇ…」
「ちょっと待って、チーフに電話してみる。あ、チーフ、ウシクです、実はこれこれこうで、これがああで、そのビデオを見るというのは、
ドンジュンの記録のビデオでいいんでしょうか?え?違う?恥ずかしいけど、悪魔の三人組とチーフが特訓してた時の映像を?
それを見て、参考にと?…はあ…ありがとうございます。お体の具合はいかがで…あ…そうですか…明日は来てくださるんですね?
はい、わかりました。すみません、お休みのところ…テス〜、あれじゃないって」
「えっ…どうしよう…」
「おい、テス、どこ行くんだよ」
「とっ…取り返しに行ってきます!あれ見たらまた落ち込んじゃうよ、ドンジュン」

僕は走って寮に行った。でもドンジュンはいなかった。どこに行ったんだろう…
僕は一旦『オールイン』に戻って、イナさんに確認しようと思った

『オールイン』のドアを開けたら、イナさんがいた

「イナさん」
「ひっ」
「どうしたんで…あっ…ち…チニさ…」
「あら、こんにちわ、父が出勤する前に『オールイン』のお店を見たかったから…」
「…イナさん…何してたんですか…電気もつけずに…」
「な…何もしてないよ!」
「うそだあ…」
「ほんとだ!何もしてない!…まだ…」
「まだ?ふーん、どうせ、店を案内しながら…『飛びキス』決めようと思ってたんでしょ…」
「ばか!それはだな…しようと思ったらアイツが…」
「あいつ?」

いた…ドンジュンだ。控え室の戸が開いてる

「ドア、開けっ放しですね。何やってるんでしょうね」
「だろ?せめて閉めておいてくれれば…できたのに…」

うわあああっ違う〜違う違う〜僕はこんな事言ってない〜うわああうわあああんうわあああん

「どうしたんだ!ドンジュン!」
「イナさん、待って…だめだ…もう見ちゃったんだ、あのビデオ…」
「ビデオ?」
「昨日ミンチョルさんとイナさんがドンジュンに研究資料のビデオ見ろって言ったんでしょ?僕、僕の借りたビデオがそうなのかと思って、ドンジュンに貸しちゃったんですよ…で、取り返しに寮に行ったんだけど、いなくて…ここに来たら…」

うわあああんうわああんひどいよひどいよあんまりだああああ

「…何のビデオ見てるんだ?」
「ドンジュンの成長記録…」
「…あれを?」
「イナさんも見たんですか?」
「…う…ああ…」
「あれ、セリフが入ってるでしょ?」
「あ、ああ、チョンマンが面白がってシチュンと一緒にアフレコしてた…」
「…」
「まさか本人の手に渡るなんて…」
「…」

うああんうああん、みんなだいっきらいだあああんああん

「あーあ、ミンチョルがうまく誉めたのに…赤ちゃん返りしちゃったよぉ…」
「しょうがないですよ、このあとミンチョルさんの、例のキツネ踊り修行のビデオ見せてやりましょうよ。きっと自信を取り戻せますよ!」
「んあ…ああ…そうだな…」
「しかし、ミンチョルさん、よく、自分があんなかっこ悪い映り方してるビデオをドンジュンに見せてやる気になりましたねぇ…」
「んああ…あ…いつは太っ腹なんだ…今は」
「そうですか?結構気にするタイプですよ、ミンチョルさん」
「ん…ああ…そうだけど…まあ…まあいいじゃねぇか、ミンチョル自身はそのビデオ、見てないんだからさ」
「なあんだ、見てないんだ…」

うあーんうあーんもおいやだあースヒョンさんのばかあーこんなことして僕をおもちゃにしてぇー

「…ああ、叫んでる…僕、ミンチョルさんのビデオ取ってきます!」

僕は、シチュンとチョンマンからミンチョルさんのビデオを借りようと、二人を必死で捜しまわった
ドンジュン…かわいそうだもん…

だって最後のドンジュンのセリフ…

「あなたになら…あげてもいい…」

だったんだもんな…


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