それからしばらくが経った。飛影は閉店後の蔵馬のお店に数回訪れていた。いつも食事をしてはすぐ帰って行った。だからあまりたくさんのお話は出来なかったけれど、それでも少しずつ、飛影自身のコトを知るようになっていった。 はじめ、蔵馬が『飛影はどこに住んでいるの?』と尋ねた時に至っては、『……そこら辺だッ』とだけ言い残して、速攻で消え去ったこともあったのだけれど。 その時は、やっぱり飛影は変なペンギンさんだと思ったほどだ。 その後、『お客さんの中に、生き別れの兄を探している女の子がいるんだけれど、飛影はそのことで何か知っていることはありませんか?』という話をしたことがあったが、さすがにその時は驚いた。 少々顔をしかめた後、飛影は 「……もしそのシロネコが、このオレだったらどうする……?」(ニヤリ) なーんて言い出したのだ。 「………は…?」 蔵馬だって、一瞬冗談だと思った。しかし、飛影はそんな訳の分からない冗談を言うようなペンギンではない……。 「……マジで…?」 「オレがウソを言ってどーする。」 ということは、飛影が雪菜ちゃんのお兄さん、ってコト……?じゃあ何でネコの兄がモモンガ……じゃなくてペンギンなんだッ?(聞くな) 「よ、よりによって鳥類とは……って、爬虫類や両生類だったらもっとヤだけど……。」 「悪かったなッ!」 飛影は、自分は兄だと名乗るつもりはないのだから、絶対他の者には言うな、と強く念を押した。 以前自分のことをあまり知られたくない、と言っていたのも、そのせいだったのかもしれない。 やはり飛影は蔵馬にとって、変な知り合いナンバー1であり、同時に一番特別な友人だと気付き始めていた……。 そんなある日の昼下がりだった。修行中だと言っていた幽助が、今日は久々に訪れていた。 「まだ終わっちゃいないんだけれどな。久しぶりに遊びに来たぜ!タマには息抜きも必要だもんな。」 「幽助……修行も大変みたいですね。」 彼の手・腕・顔には、バンソウコウやら包帯やら……これはよほど厳しい修行なのかもしれない。 しかし幽助の顔には、何かを掴みかけているような、希望に満ちた笑顔がやたらと光り輝いていた。 「オメー、一体どうしたんだ急に!幻海のバーサンに聞いても知らんって言われたし、一体どこに行ってんだよ。」 「フッフッフ。それはまだ言えねーな。まあ、せいぜい楽しみにしておくんだな!」 「ちっとも楽しかネェわーーッ!」 ライバル(?)の幽助の考えていることがサッパリ分からず、桑原は例の如く逆上しかけた。 「まあまあ、桑原くん落ち付いて!雪菜ちゃんもいることですし……。」 店内が騒がしくなるのは毎日のことで、蔵馬は桑原を(おもしろ半分に)なだめようとした、その時だった。 来客を知らせる、お店入口の鈴が大きな音を鳴らした。 「秀兄……秀兄いるッ?」 大声で呼ばれてふりかえると、そのお店の入口には、高校生くらいのうさぎの男の子が、息を切らして立っていた。少し汗もかいているようで、ここまで急いで走って来た様子だった。真剣な表情で蔵馬のことを呼んだ。自分を『秀兄』と呼ぶのは、彼しかいない。 「お前……秀、どうしたんだい、こんな所に……。」 その見慣れぬうさぎ少年は、実は蔵馬の義理の弟、畑中秀一だった。しかも、彼とは3年近くも会っていなかったのだ。 あまりにも急なことで、正直、蔵馬はどんな顔で彼に向き合えばいいのか困惑した。過去は捨てるつもりで、今日まで生きてきたのだから。 それよりも、ずっと今まで会うこともなかった彼が、急に訪ねてくるなんて、どうしたんだろうか……一瞬、不安がよぎった。 「秀兄、やっぱりここにいたんだ……。お願いだ。一度でもいいから、家に戻ってきて欲しい……。」 家に、ってまさか……? 「もしかして、母さんがどうかしたんじゃ……。」 住む場所は離れていても、もう会うことはないかもしれないと思っていても、蔵馬は母親の体だけは心配していた。いくら気丈な彼女でも、年には勝てないのが生き物だから。 「絶対、秀兄のせいなんだから!母さん、秀兄のことばかり気にしていて、それで体を壊したんだ……。」 秀一少年は、もう半泣き状態で蔵馬に言葉をぶつけた。 「母さん……倒れたのかッ?」 「軽い疲れだって……家で少し安静にしていれば、すぐに治るって医者は言ってた。でも、ずっとこのままの状態はイヤだったから。母さんを安心させなきゃ、事態はちっともよくならないって思ったから……。」 店中に重い空気が流れていた。 「オイオイ、どーゆーことなんだべ?幽助、オメなら何か知ってんじゃねーのけ?」 「いや、確かにオレは、蔵馬が自分の家にいた頃から知っちゃいるけど、アイツ自分のことはなーんにも話さないだろ?オレにもよく分からん……。」 店の隅っこアチコチでヒソヒソ話……。しかし当事者二人には、そこまで気が回るはずもない。 「そう……分かったよ。オレの方が避けていたのに、会いに来てくれてありがとう、秀。だけど、オレは……。」 オレは、本当に母さんに会ってもいいのだろうか?いや、会えるハズがない。それは言葉に出来ずに、心の中で呟いた。 「秀兄……母さんを看なきゃいけないから、オレは先に帰るけど、きっと来てよ!お願いだから!」 そう告げ、秀一少年はすぐに店を出ようとすると、慌てて幽助が呼び止めた。 「秀一、オメー走ってここまで来たんだろ?急いでるみてーだし、表にいるプーを貸してやっから、それに乗って帰れよ。あっという間に家に着いちゃうからよ!」 「ありがとうございます、幽助さん。」 秀一少年は喜んでプーに乗り、瞬く間に自宅に向かって飛んで行った。 彼が出て行った後の店内は、珍しくシーンと静まりかえっていた。蔵馬がうつむいたまま、動こうとはしなかったから、誰もがみな、何を口にすればいいのか途惑っていた。 そんな中で、幽助が真っ先に状況を打破してくれた。 「……蔵馬、事情はよく分かんねーけど、行った方がいいんじゃねーのか?」 すると、次々に声が上がり始めた。 「そうだ。何よりも自分の母親のことだろう?行かなければ、後悔することになるかもしれん。」 「そーそー。後はオレらがテキトーに片付けておくだ!」 うつむいたままだった蔵馬だったが、徐々に顔を上げた。 「みんな……だけど、オレは本当に母さんには……。」 「オイ、蔵馬ッ!!」 突然の声に、蔵馬のセリフは途切れた。だけど、今の声って、もしかして……。 「ひ、飛影!どうしてここに……?」 一瞬に、といってもいいくらい、本当に突然飛影は蔵馬の真正面に現われた。どうしてここに?だって、飛影は決して昼の間には姿を見せない。他のみんなには知られたくないって……。 「そんなことはどうでもいい。お前、このままでいいのか?本当にいいのか?」 飛影に手首を掴まれて、自分を見上げる彼の顔は真剣だった。こんな表情の飛影、初めて見る。 「ど、どうして貴方がそんなことを……。」 さっきの会話が、外にも聞こえていたのだろうか。けど、オレの身内のことで、どうしてこの人がこんなに必死になるのか、全然分からない。 だけど、オレは本当に母さんには会えない。合わせる顔だってないのだから。 「オイオイ、また知らねー奴だぜ。黒いペンギン少年だ。」 「♪スーパー〇ード……ケケケ。」 「く、蔵馬の、て、手首が……。アァァ〜」(ガクッ) 「和真さん……私、何だかあの方を見かけたことがあるような気が……。」 店の隅っこアチコチでヒソヒソ話再び。知らない人が二人も急にやって来たのだから、みんなが途惑うのも無理はない。もちろん当事者二人には、そんな周りの声など耳にすら入らない。 「お前が行かないのなら、オレがムリヤリにでも連れて行く!来い!」 「……は?ちょ、ちょっと……!」 手首を掴まれたままで、強引に引っ張られて店から出てしまった。街が見渡せる丘の上。店内に残されたお客達はあっけにとられている。 「跳んで行くから、しっかりつかまっていろ。」 「え?……わあッ!」 気付けば、自分の体は飛影の背中の上に乗って、空の中にいた。どういうことなのかサッパリ分からない。ものすごいスピードで、強い風が顔にあたって髪が宙に流れた。 「お前の家はどこら辺だ?」 「あ……あそこです。サクラの大きな木のある家……。」 「あそこだな。」 飛影は徐々に方向修正しながら、木々の枝や屋根の上を足がかりに、トンッ、と気持ちいい音をそこに残して、二人分の体重もものとせず軽々と空を舞い跳んで行く。その度に身体は放物線を描いたように、思いっきり急上昇すると、頂点の辺りで最高の景色が目の前に広がり、そして急下降する。不思議と、全然恐いとは思わなかった。 跳んでいる間に、次の、次の着地点を探しているようで、空中で方向転換なんて出来ないから、前に言っていた『跳んでいるだけだ』という言葉以上にコレってスゴイことみたいだ……。 このまま、オレの家に連れて行ってくれるらしい。どうして飛影がワザワザこんなことをしてくれるのだろう。やっぱり理解できない。だけど、何だか似たようなことが前にもあったような……そうだ、初めて飛影と会った時だ。あの時は、オレの方がムリヤリ飛影のことを引っ張って行ったんだけれど、今度は逆になっちゃった……。 3年振りの自分の家を前にして、飛影は背中から降ろしてくれた。 「飛影……今日は本当にありがとう。オレ、頑張ってみるね。」 決心のついた蔵馬は飛影にお礼を言った。 「……ああ。行ってこい。オレはただのペンギンだが……空をとぶことだって出来る。お前もこれが終わったら、お前にしか出来ない生き方をすればいい。」 「……うん!」 その言葉を聞くと、蔵馬は迷いが晴れたような顔で微笑んで、家の中に入って行った。 |