その日の夜遅く、夕方から降り続いていた外の雨は激しさを増し、大粒の水滴が屋根を打ち付けていた。 明日の客足の心配をしながら、蔵馬は寝室の電気を消した。 今日もいつも通り、自分一人しかいない家の中、ベッドに横になる。眠りに落ちるその時まで、様々な想いが駆け巡り、しかしそれを彼は、あえて抑え込みながら長い夜を過ごしていた。 夜はあまり好きではない。 そんな時だった。 激しい雨音に混じって、微かに一階の方から物音が聞こえた。 「……何だろう……?」 何せウサギの蔵馬、耳には相当の自信有り。不審に感じた蔵馬はそっと部屋を出て、様子を見ようと下の階へ降りて行った。 一階のお店には、雨以外の音はなく特に変わったところはなかった。 「……?」 しかし、その隣、ガーデンハウスから人のいるような気配がした。まさかこんな夜更け、しかも土砂降りの中、誰かがいるハズがない。けれど、もし本当に誰かがいたとしたら……? 不思議と胸騒ぎを感じながら、蔵馬は鍵を外し、そっとそこへ続くドアを押し開いた。ドアから風の重みを感じる。 瞬間、ドアの外から風が舞い込み、それにのった小さな雨粒が顔を打ち付けた。開いたドアから少し顔を出して覗いてみる。暗くて辺りがよく分からない。 「……誰かいるんですか?」 返事はなかった。しかしそこに、何者かが潜んでいるような気配が漂っていた。 「電気を付けますよ!」 蔵馬はドアから出て、暗闇の中に小粒の雨を浴びながら数歩分歩くと、ライトのスイッチを入れた。パッと辺りが明るくなる。急な光に眩しさをわずかに感じた。 「……チッ。とうとう見つかったか……。」 円柱に背もたれて、そこに堂々と座りこんでいたのは、初めて見る真っ黒のペンギンさん……。雨のせいか、全身がずぶ濡れになっていた。目つき悪いし、態度も悪そうなカンジ。そういえば数年前、似たようなペンギンのCMが流行っていたような気がする。 「あ、貴方は誰ッ?……何でこんなトコロにいるんですか?ここはオレのお店の中なんですよ?」 「この大雨で、一晩だけ宿代わりにしようと思っただけだ。朝には出て行く。気にするな。」 そういって、ペンギンさんは再び座ったまま目を閉じた。 「き、気になります!第一、この中を体が濡れたままでビショビショにされたり、血だらけにされたりしたらたまりませんよ!」 ペンギンさんは、体にキズを負っていた。そこからはじわりじわりと血が……。 「大したキズじゃない。もう行け。」 な、何考えてるんだこの人……。自分の店内で、こんな不審人物…いや不審鳥、ホッタラカシにしたまま再びヤスヤスと眠れる訳がない!こんの〜! ズンズンと近寄ると、ガシッ!強気にも、蔵馬はムリヤリ彼の腕を取った。 「き、キサマ何をするッ?」 慌てふためいたのはペンギンさんの方。 「ここに黙って居座られるのは気味が悪いですからね。かと言って、この雨の中追い出す訳にはいかないし。今晩はオレの家の中で寝ればいいです。」 そして蔵馬は、そのまま自分の家にあたる二階に、嫌がる彼をズルズル強制連行してしまった。 「はい、タオル。ちゃんと体拭いて下さいよ……。そのキズ……よかったらオレが手当てしてあげるけれど……。」 こう見えてもオレ、ケガの手当ては結構得意ですし、と付け加えて話しかける。失礼ながら、相手は自分よりも幾分背が低いせいか、思わず弟の様に接してしまうのだ。蔵馬にはその昔、義理とはいえ弟がいた。 しかしペンギンさんは、蔵馬が自分にのばそうとした手を急に振り払った。 「い、いいッ。薬だけよこせ。自分でやる。」 「……はい、どうぞ……。」 何っつーか、あまりしゃべらない人だよなあ……。オレのこと、極端に寄せつけようとしないし。何だか、オレの方が空回りしてるみたいだ。 とにかくこの重苦しい雰囲気を、早く何とかしなきゃ! 「そうだ!貴方の名前、何ていうんですか?教えて下さい!」 とりあえず、最も無難かつ最低限最重要情報として、本人の名前を尋ねてみようと試みた。それに、自分がムリヤリ引っ張ってきたとはいえ、目の前にいてくれている相手のことに対して徐々に興味が湧いてきたのだ。 「何故だ、必要はない。」 うぐっ……。名前すらスンナリとは教えてくれないとは、これはオレより小さいクセに意外なる強敵だ。でも、ここで易々と負けてたまるものか! 「そんなことないよ!オレが、貴方を呼ぶのに知りたいんだから教えてよ。」 するとピタッと、黒のペンギンさんの包帯を巻く手が止まってしまった。彼はその視線を落としたまま、まるでためらうかのように少し黙り込んだ後、やっと、低く呟くように答えた。 「…………飛影、……だ。」 「飛影……か……。何だか素敵な名前だね。あ、オレの方がまだでしたよね。オレの名前は……」 その蔵馬の言葉を遮るように、飛影が口を開いた。 「蔵馬、だろう。……知っている。」 「……そうですか。」 何でオレの名前知ってるのかな?このお店のお客さんの誰かから、聞いたのかもしれない。自慢じゃないけれど、オレのお店は街ではけっこー有名なのだ。 相変わらず、目の前にいる飛影は自分と顔を合わせようとはしない。それでも、名前を教えてもらえたことが、それに自分の名前を呼んでくれたことが、蔵馬には何故かとても嬉しく思えた。 「飛影、あのね。このオレの部屋に誰かが入ってきてくれたの、飛影が初めてなんだ。こうやって夜の間、オレと一緒にいてくれる誰かがいてくれるの、とても嬉しいよ。」 こんな話、今まで誰にもしたことはなかったのに。不思議と口から流れ出した。 「だから飛影、これからもよろしくね。」 そんな蔵馬に、しかし飛影は真っ向から反論した、 「何を言ってる。オレは雨に降られたせいでここを宿代わりにしているだけだ。明日になれば、もうここに用はない。」 「それは分かってますけど……。オレ、貴方のこと気に入っちゃった!だから、もしよかったらまた遊びに来くれると嬉しいな〜なんて。」 不思議なことに、初対面のハズの飛影が、仏頂面だらけの彼が、オレを嫌っている気はしなかった。それよりも、何だかもっと近づきたいように感じる。 「…………。」 もんのすごい蔵馬の楽しそうな顔に、飛影は絶句するしかなかった……。 |