これは以前、人から聞いた話である。国道42号線、尾鷲警察署下にもう随分と前から地下歩道がある。階段と自転車なども通行できるよう滑らかなスロープになっている。日中、入口から道路下の方へ降りてみても、さほど薄暗くはない、じめじめもしていない。いわゆる地下とかトンネルとかの陰湿な雰囲気はまるでない。その付近での話しである。
ある日、親戚の叔母さんと42号線沿いにスーパーに向って連れ立って歩いていたところ、不意に叔母は立ち止まり、国道を隔てた反対車線側の歩道あたりをじっと見つめていた。何かあったのかと自分もその方向に目をやったが、特に変わった事もなくありふれた昼下がりの光景である。どうしたのと思わず叔母に聞くと、少しばかり声を曇らせ、「あれは違うよ」と一言もらし、又、あちらを凝視している。「何よっ」とよく目をこらすとやはり別段、何もない。ただ、ひとりの赤いランドセルの女の子が向こう側の地下歩道に降りていくのが見えるだけ。もう一度、「何があるのー」と焦り気味の口調で問うた矢先、叔母の顔色が泣きそうな感じに、くしゃっとなり「ほら〜」と身体をこわばらせる。その瞬間、何か気配を感じ、はっと横目に見ると何とたった今、向こうにいたはずのランドセルの女の子がいつの間にか、こちらの出口付近に立っているではないか。早すぎる、一瞬や、そんな思念が急降下し、そのまま女の子に目が釘づけになっていると、その子はこちらに歩みよってきた。そしてすれ違い様、叔母の顔を見上げて「何で分った」こう一言いうなり、くるりと向きをかえ今度は駆け足でもと来た地下歩道に吸い込まれていった。全身から血の気がすーっと抜けていきながら、ああ、今の子はもう向こう側から出てこないだろうとしっかりと感じた。