納骨堂


中学二年の時のことである。教室で友達とコックリさんをしたり、何か話しをしているうちに尾鷲の町中にも怪奇スポットみたいな場所はないものか、親とか近所の年寄りに聞き及んで知ってはいないか、という話題になり、そのうちのM君が「あそこに納骨堂があるよ」と言い出した。「何、納骨堂って」その聞き慣れない名前は不可思議な響きを持ち、瞬時にして先程からの話しの流れに見事に応答し、著しく怪奇性に彩られた。M君によると、無縁仏の遺骨を祀ってある家屋で以前、入ってみたことがあるという。「中はどんな感じやろ」かなり興味がわいてきてそう尋ねると「いやあ、だいぶ小さい頃やであんまり覚えてないけど、薄気味悪りかった」そして、じゃ帰りに行こう案内してくれというふうなわけで、M君と僕とK君の3人で放課後、そこへと見学に向うことになった。

納骨堂はM町の奥まった路地を入った所にあった。3人で目の前までくると、K君が「何か普通の家っぽいなあ」と言い、入り口のガラス戸が施錠されているようだと確認を促した。好奇心旺盛とはいえ、やはり内心何か罰当たりな行為であると感じているようである。それは彼だけではなく僕もM君も同様であり、一番手に進んでそのくもりガラスの戸を引こうとは誰も思ってはいない。
新学年が始まったばかりの昼下がりの春の陽射しは、優しさと温もりにあふれていた。辺りは静かな暖かさで包まれ、これから足を踏み入れるであろう異様な空間とはまるで無関係に広がっている。意を決し自分がガラス戸に手をかけた。「だめだ、やっぱり鍵がかかってる」失意ながらもどこかで安堵していると、M君が「あっ、上にも戸あるよ」と言った。見れば入口の鴨居の上に明かり取りのような横長で低いが同じ仕様のガラス戸があり、合わせの部分のガラスが少し割れている。3人は顔を見合った、そしてM君は僕に向い「あんた軽いからK君に肩車してもらい、あそこから手入れて開けてみて」と言う。なるほど案内してもらったからここはそうするしかない、と即座に納得すると屈んだ小太りのK君の首にまたがった。
小窓の割れにゆっくりと手を差し入れ、内側の鍵のネジを慎重にまわす。手首は割れたガラスに触れそうで、思わずぐっさりと突き刺さるのではと不吉な思念が走った。やがて鍵は外れ、小窓が開かれ、視界には今までに見たこともない光景が飛び込んできた。「開いた!もうちょっと上げて!」K君に踏ん張ってもらい、僕は何とか上半身を中にくぐらそうと必死になり、ようようK君の肩から身を放すことができた。その瞬間、うしろで「うわっ〜」と二人の声がして遠ざかっていく気配を感じたが、上半身を突っ込んだままの体勢では振り返ることが出来ない。とっさに頭を横切ったのは誰か人が来たのかもしれないという恐れであり、身体が硬直してくると同時に、目に映るその異様な部屋の中へとすぐさま身を潜めるしかないと、大あわてでその身を丸め、内側へと機敏に潜入ついには飛び下りたのである。
背丈ほどの高さで数列に並ぶ棚、数段に区切られそれぞれに正方形に包まれた白っぽい物体、疑いない、これは骨箱でなないか。数多くのそれらは人を畏怖せしめ圧倒するのに十分の迫力を持ってそこに鎮座している。激しくはないがねっとりとした恐さに包まれた。とにかく入口を、と僕は直ぐさまにねじ式の鍵を外しにかかり、ガラス戸を開け放ち、外の世界へと救いの眼差しで飛びだした。もう人がいるとかなどの懸念は忘れてしまって一刻も早く、そこから出たかったのだ。
すぐ目の前に二人の姿はあった。「何で逃げった」吐き捨てるようにそう言うと「いきなり風が吹いてきたんでびっくりした」と答える。何やら無気味な突風が吹きつけ、度胆を抜かしたらしい。「てっきり誰かきたかと思った」少し安心して僕達は再び、開けっぱなしにさせられた納骨堂の中へと足を踏み入れた。
陽光が降りそそがれ、ぽかぽかしたうららかな気候はこの屋内にあっても、一種さめた厳粛さがあるが意外なほど明朗な雰囲気であった。ただ辺りの空気は淀みほこりっぽい。棚にもうっそらと塵がつもり、歳月の推移を感じさせる。「いっぱいあるなあ〜」K君が首をまわしながら、勘定するように目を泳がしている。するとM君が「でも何でさー、鍵が内側なんやろ、どうやって出いくのかな」とぼやく。「そうや、出口はもうひとつ別にあるじゃない」
そういってしばらく探してみたがそれらしき所は見当たらない。それからどのくらいその場にいたかは忘れてしまった。正直思ったよりも刺激的ではなかったし、期待していた怪奇性なども感じられなかった。
鍵はかけ直すことはしなかったが、入口と小窓をきちんと閉め、形ばかりの黙礼をして納骨堂を後にした。帰り際、二人のいう突風が吹き抜けた。
その声なき風が春一番であると知ったのは随分と大人になってからである。

五頁へ      七頁へ

目次へ



の頁