2002年11月 東京都区内 ヤクルト球団事務所

今シーズンのヤクルトの成績はギリギリAクラスの3位。優勝した中日までのゲーム差は8だった。

俺自身の成績はといえば打率.322本塁打22本打点59、セリーグ一年目では頑張ったほうだと思っている。

しかし…、契約更改はまだ先なのにこの時期に呼ばれるとは…。一体、何の用事だろうか…?

もしかしてトレード!?いやいや、捕手を放出するとなると相手球団も捕手でトレードになるはずだからそれはないな。

などと考えながら事務所内の接客室の長椅子に座った。数分待っていると球団のお偉いさんたちが来た。

「こんな時期に呼んで悪かったな、加藤くん。早めに言っておきたいことがあってな。」

まったくだ。時期的に秋季キャンプ前なんだからなぁ。しかし、早めに言っておきたいこと…?一体なんだろう…?

「結論から言うと…、来期、うちは加藤くんと再契約する気はない。と言うことなんだ。」

「なっ…!」

俺はそこで固まってしまった。何故、何故だ!成績的におかしい所は全然ないぞ!

「ど、どうしてですか!?成績だって悪くないし!第一、シーズンフル出場してるんですよ!?」

そう、俺はあの成績プラス140試合全イニング出場をしていた。

解雇の理由としては全然ないはずだった。しかし、お偉いさんが言った言葉に俺は驚いた。

「成績の問題じゃないんだよ、加藤くん!実は、選手内部からの告発でね、君が選手と肉体的関係を持ってると言うことなんだ!」

はぁ!?肉体関係!?一体誰と!?ってか選手内部からの告発ってなんだよ!?

ちなみにヤクルトは去年、全選手を解雇にして選手を全員女性にし、今年の野球界の話題をかっさらっていた。

しかし、女性に捕手のポジションは厳しすぎるため俺がダイエーから金銭トレードでやってきたのである。

「そのため、うちの球団はそのような選手は必要ないと判断し、契約を結ばないことにしたのだよ!」

と球団関係者はこう付け加えた。

「な、内部告発って…、誰なんですか!?そのことを言ってた選手は!?」

「そんなの言えるわけないじゃないか!いいかね、もう君とは契約を結ぶ必要がなくなったのだよ!言いたかったのはそれだけだ、とっとと出て行きたまえ!」

そこまで言われて怒らない俺じゃない。俺は怒りに任せて

「ええ、解雇でいいですよ!来年、俺が居なくなったことで泣かないでくださいね!」

球団関係者は「フンッ。」と鼻で笑っていた。俺は席を立って事務所のドアまで来た。

ドアまで行くと聞くことを忘れていたことがあったので最後に聞いてみた。

「そういえば、これは自由契約と言う事でいいんですか?それとも任意引退ですか?」

「ああ、自由契約でいいよ。精々、再雇用先でも見つけるんだな。」

最後の嫌味を聞き流しながら俺は球団事務所を後にした………。


ヤクルトスワローズ選手寮 の隣にある小屋

「さて…、荷物を持っていかないとな…。ついにこの小屋ともおさばらだ。」

ヤクルトの選手寮は女子専用。つまり男の俺は隣に建てられた小屋に住んでいるのだ。

しかし、荷物といっても冷蔵庫や布団は球団の備品だから持っていけないし、テレビとパソコンとかは後で引越し会社に頼むとするか。

持っていける道具は…判子、通帳、財布と着替え、野球道具ぐらいか。以外とないものだなぁ…。

俺が荷物をまとめていると後ろから誰かが尋ねてきた。

「あれ?加藤先輩、何してるんですか?秋季キャンプの準備ですか?」

後ろを振り向くとそこには薄い青髪の少女が立っていた。

「まぁ、そういうことにしておいて。橘さん。」

「よく意味が分かりませんが…。」

橘みずき…、ヤクルトスワローズのリリーフエースでサイドスローから投げ出す魔球「クレッセントムーン」が武器の投手だ。

シーズン途中までは中継ぎをしていたが、早川あおいが日本ハムにトレードされてからは抑えをしている。

今シーズンのセーブポイントは33、最優秀救援を獲得した中日・小川選手にあと3と迫っていた。

「さて準備も終わったし、そろそろ行くか。」

俺は野球道具の入った鞄と日用品が入った旅行鞄を抱えた。

外に向かおうとする俺の進路を橘さんが防いで、

「加藤先輩!本当のこと教えてください!」

と不服そうに言った。

参ったなぁ…。今、このことを話すとヤクルトの選手たちが大騒ぎするぞ。

いや、でも明日の朝にはニュースで流れてるか。「女子選手に手を出した悪魔」とかのタイトルで。

仕方ない、橘さんだけなら話してもいいか…。

「ふぅ…、仕方ないか…。分かったよ、全部話すから。」

その言葉を聞いて橘さんの顔が少し綻びた。

しかし、俺の次の言葉でその顔は驚きに変わった。

「さっき、球団事務所で来期の契約を結ばないとお偉いさんが言ってきた。まぁ、解雇ってことだよ。」

「か、解雇って…!!何でなんですか!?」

「ヤクルト選手からの告発で、俺が選手と肉体関係を持ってた。とかが理由でね。」

肉体関係…、その言葉を聞いた橘さんは目が点になっていた。

「加藤先輩が肉体関係!?絶対にありえないことじゃないですか。」

ううっ…、なんていい子なんだ!俺のこと信頼してくれている…。

やっぱり橘さんだけに話したのは正解だったか。

「だって、先輩にはそんな度胸がないですし。例えそれが事実だとしたらすぐにニュース沙汰ですよ。」

前言撤回、全然信頼してないし…。

とりあえず、橘さんはこの話の内容を信じてないようだな。

「第一、私はそんな噂、聞いたことないですよ?誰が言ってたんですか?」

噂を聞いたことない?顔の広い橘さんが知らないならこの話はでっち上げか?

「誰が言ってたかは教えてくれなかった。とにかく、契約を結ばないの一点張りだったよ。」

その言葉を最後に流れは一時止まった。


「そ、それで、先輩はこれからどうするんですか!?もうプロ野球選手じゃないんでしょ!?」

その流れを断ち切るかのように橘さんは尋ねてきた。

そう、これからが問題である。

「もうプロ野球選手じゃない」=無職ということだから、収入源が断たれるわけだ。

ヤクルトと契約したときの貯金は残ってるから生活はできるけど…、それが底をついたときにまだ無職だと…。

「もう合同トライアウトも終わってるしなぁ…。各キャンプ地に出向いてテストを受けさせてもらうしかないかも…。」

12球団合同トライアウト−−戦力外通告により解雇になった選手たちが「俺はまだやれるんだ!」とアピールをして現役続行を果たそうとするためのテストである。

しかし、俺が解雇になった時にはトライアウトも終わってしまっている。だから各球団のキャンプ地に行ってテスト入団するしかプロ続行はないのだ。

「ただ、この話がニュースで流れるとどこの球団も取らないだろうなぁ。今の時代だと各球団1人は女性選手がいるし。」

「女性選手に手を出した悪魔」このタイトルでニュースに出されると俺のプロ野球人生は終了だな。

いや、公に出るわけだから野球人生終了後、他の仕事にも就けなくなる可能性も…。

「一体誰が先輩をこんな目に…。埼川さんはそんなこと言うはずがないし、高木さんも−−。」

橘さんは誰がこのことをヤクルト球団関係者に話したかを考えていた。

しかし、一体誰なんだ?俺を陥れたのは…。


「さて、俺はそろそろ行くよ。いつまでも解雇になった選手がいたらまずいだろうし。」

俺は鞄を抱えて外へ向かおうとした。

「せ、先輩はそれでいいんですか!?こんなことで解雇になって!」

「まぁ、「成るように成れ」ってことで。例えヤクルトに残留したとしてもみんなの雰囲気が悪くなるだけだし。」

もし残留…、絶対にありえないことだけどな。あれだけのこと言われたんだ、再契約は絶対にない。

「もし中日や広島と契約したら敵同士になると思うけど、手加減はなしでね。」

まぁ、ヤクルト以外の球団と契約をすればどこでも敵になるけど。セリーグならシーズン通して対戦するんだしな。

その言葉を最後に俺は寮の敷地の外から実家に向かおうとした。

「ちょ、先輩!まだ聞きたいことが−−。」

橘さんが何か言ってた感じがするけど気にも留めずに俺は実家を目指した。


その日の夜、ニュースから俺の戦力外通告のニュースが報道された。

解雇の内容は、ヤクルト投手陣全体の防御率の悪さと打点の少なさだった。

後で橘さんに聞いた話だと、どうやら本当のことは話さなかったらしい。ヤクルトの選手たちにもニュースと同じ内容が伝えられたそうだ。

解雇後は実家に戻り、一年の疲れを取った。春季キャンプでのテストのために力を蓄えてかおかないと…。

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