「そんなことがあったんかいな…。なんちゅうか…、えげつないなぁ…。」
解雇の事情を話し終えると上田選手はそう呟いた。
ちなみに「えげつない」とは関西弁で「いやらしい」という意味である。
「まぁ、うちから見てもそういうことはしなさそうに見えるしなぁ。しかし、そんな噂話で解雇にするとは…。」
ちなみに「うち」とは関西弁で… いや、もうよそう。このままだと関西弁講座になってしまう。
「っと話聞いてたら結構時間経ってるますがな!加藤はん、準備はいいですか?」
だから話が長くなるけどいいですか?って聞いたのに…。
俺は鞄の中にあったキャッチャーミットを取り出し、帽子を再度被り直した。
「ああ、大丈夫、準備万端です。」
「よっしゃ、ほなグランドに行こかー。」
球場内のロッカールームを出てグランドに向かう途中で何人かの阪神の選手とすれ違った。
中には「あれ、ヤクルトの加藤だぜ」とか「いや、元ヤクルトだよ」という声が聞こえてきた。
まぁ、「元」ヤクルトっていうのは間違ってないけど、あのことがあったからヤクルトって聞くとなぁ…。
やっぱり、ダイエーのユニフォームの方がよかったかも…。FDHだしなぁ…。関係ないか。
などと考えながら上田選手の後を付いていってると…
「あれ?ヤクルトのユニフォーム着てる人がいるよ?」
「あ、本当だぁ。何で阪神のキャンプ地にいるんだろう?」
と進行方向から2人の女の人の声が聞こえてきた。…阪神の球団職員の人かな?
しかし、どこかで聞いたことのある声だ…。対阪神戦で甲子園に来たときに聞いたのかな?
などと思っていると上田選手が女の人に俺の説明をし始めていた。
「この人はなぁ、元ヤクルトの正捕手だった凄い人やねんで。な、加藤はん。」
確かにヤクルトの正捕手だったが他の球団の選手にそう言われると照れるな…。
「ヤクルトの正捕手って…!上田くん、それ本当!?」
女の人の一人が上田選手に詰め寄っていた。な、何だ?
「い、いや、うちの後ろに本人がいるんやで、聞いてくださいよ!竹内はん!」
竹内!?ま、まさか…。ってことはもう一人の女の人は…。
「ちょ、ちょっと渚ちゃん、落ち着いて…!」
「これが落ち着いていられますかって!環ちゃん!」
やっぱり、か…。
そういえば2人とも一昨年、広島を解雇されてテスト入団で阪神に入ったんだったな…。
そうか、もし阪神に入団決定するとまた同じとこで野球できるのか…。
「2人とも落ち着けって…、渚ちゃん、環ちゃん…。」
俺の言葉を聞いた途端、上田選手に詰め寄っていた渚ちゃんが上田選手を吹き飛ばした。
吹っ飛ばされた上田選手は壁に激突し、動けなくなっていた。
環ちゃんはその場で固まっている。よく見たら涙目だった。
「キャプテン!どうして携帯に出ないの!解雇になったとき心配したんだから!」
「いやぁ〜、携帯実家に置いてきてしまって。まだ取りに帰ってないのよ…。」
というと渚ちゃんはため息をひとつし、
「それ携帯の意味ないじゃん…。」
と続けた。
「それでキャプテン、何で阪神のキャンプ地にいるの?ヤクルトの偵察部隊?」
いや、こんな分かりやすい格好で偵察するのかよ!
というか解雇済みなんだから偵察しても無駄なような気がするんだが…。
「違いますがな!うちの球団のテストを受けに来たんですわ!」
お、上田選手!俺の言いたいことを代わりに言ってくれるとは、以心伝心したか?
しかし上田選手、吹っ飛ばされた時に動けなくなったのにもう活動してるのか。
「テストって…!それじゃあ、また一緒に野球できるんですか!?」
硬直が解けた環ちゃんが俺の聞いてきた。
「まぁ、テストに合格すればね。」
「キャプテンなら100%合格間違いないね。何たって私の「女房役」だったし。」
と渚ちゃんは自慢げに話した。
確かに「女房役」だったけど、それと合格は関係ないような…。